「んもう。頼まれると断れないのね」
「いや…うん…。悪かったよ」
 マリアの愚痴を聞かされ、一行はアーリグリフ城の入り口前で、アルベルが来るのを待
っていた。
「あら…?」
 愚痴を言うのをやめ、マリアは向こうからやってくる男に顔をあげる。それに気づいて、
全員がそちらの方を見た。
 長身のスラリとした男で、腹だのももだの出した格好をして、左にはなかなかに凶悪な
デザインのガントレット。それでいて、顔は女と見まがうばかりの美青年。
「……まさか…あの人が、昨日のアレ…?」
「昨日のアレだ」
 昨日のムサくて、痛々しい様子とは一変して。彼を初めて見るマリアとロジャーは戸惑
い気味だ。
「…で? ウルザ溶岩洞に向かうんだな?」
 やって来て開口一番。挨拶もしない。だが、彼の悪い評判しか聞いていなかったマリア
は、彼の態度には戸惑う事はなかった。
「あなたがアルベル?」
「そうだが?」
「一応、自己紹介しとくわ。私はマリア・トレイター」
「オイラはロジャー。ロジャー・S・ハクスリー様だ!」
「その、改めてっていうのも、なんか変だけど。フェイト・ラインゴット」
 そう言えば、あちらはこちらの事を知らないのではないかと、フェイトはとりあえず軽
く会釈する。
「クリフ・フィッターだ」
「ネル・ゼルファー…」
 おそらく、一番面白くないであろう、ネルが低い声で自己紹介するが、アルベルは意を
介してないようだ。というか、きちんと聞いているのか疑問なくらいの態度だが。
「本当なら、あんたとなんか一緒にいたくはないんだけどさ。…陛下の命令だからね。我
慢するさ…。せいぜい足を引っ張らないようにするんだね」
 低く、押し殺したようなネルの声。本人が目の前にいるというのに、殺気をおさえよう
ともしない。
 しかし、というか、やっぱりというか。アルベルはまるで意に介したふうもなく。
「フン」
 横目で一瞥しただけで。とりあおうともしないらしい。
 この二人のやりとりに、フェイトは顔をひきつらせた。彼らよりも、むしろフェイトの
方が気を使いそうだった。
「そ、それでね、アルベル…。その、次はウルザ溶岩洞じゃなくて、シランドに向かうん
だ」
「…何故だ?」
 まったくもって当然の事だが、アルベルは聞き返してくる。
「いや、その、ちょっと、アーリグリフ王から、その、ちょっと私事を頼まれて…」
「そうか」
 なにか言われるかと思ったが、あっさりとした答えが帰ってきて、むしろ肩透かしな気
分であった。
「それじゃ、急ぎましょう」
 マリアが外へ歩きだすと、みんながそれに連れられるように歩きだした。


「なんだこりゃ!?」
 医者に傷を治してもらい、風呂に入り、ヒゲも剃って身なりを整えて、一息ついて。ア
ルベルは部下に言って、星の船とやらの事を調べてすぐ。大きな声をあげてしまった。
 アリアス周辺で激しい戦争があったそうで、そこで星の船の襲撃を受けたと。
 そして、報告書に書かれた犠牲者の数というのが、尋常ではなかったのだ。しかも、ヴ
ォックスはじめ、精鋭の騎士の名前もかなりある。
 そこにいて生きて帰ってきた者の報告も聞いた。
 ウォルターの言ってる事は、冗談でも何でもなかったのだ。
 これは戦争でもなんでもない。ただの一方的な虐殺だ。被害の規模や、敵も味方もまる
で関係ないとこは、ほとんど天災に近い。
 事態の重要さと大きさをようやく理解して、アルベルは疲れた様子で、椅子にもたれか
かった。
 城で用意されている、アルベル用の私室で、彼は一人、報告書の山に目を通していた。
 漆黒の団長としての資格も剥奪されたが、かといって、今すぐ一般兵士に降格というわ
けでもなく。彼が投獄されてる事情もよくわからない者が多い中、いきなり待遇を変える
のもおかしいので、結局正式には漆黒団長ではないものの、前と変わらない待遇となった。
 右手を顎にやり、アルベルは考えにふける。
 そして、目を閉じて、ため息をついた。
 今は、侯爵級ドラゴンを従え、シーハーツの施術兵機を使って追払う。それしか方法が
ない。
 口ではなんのかんの言っているが、アルベルだって生まれ育ったこの国が無くなるなど
とは、我慢ならない事で。
 過去の失態を、それでもって帳消しにしてやろうという国王の考えもわかる。皮肉な結
果だが、自分の弱さが招いた事だ。うだうだ言ってられないだろう。
「…せいぜい、侯爵級ドラゴン相手に強くなるか…」
 こういう、他人と旅して歩くなどアルベルには初めての事であったが。戦い続く旅とも
なれば、己の修行ともなろう。
 シーハーツの人間と一緒というのも、正直気持ちの良いものではないが、もう仕方がな
い。彼らを殺せるうちに殺しておかなかったのは自分だし、油断して負けたのも自分だ。
気に食わないが、ここは割り切るしかないようだ。
 そう心に決めると、アルベルは気持ちを切り替え、食事をとるべく、呼び鈴を鳴らした。


 パッと見て、その者の戦力は大概見抜ける。体力的にも、腕力的にも男の方が優れてい
るのは周知の通りだが、女でも、武器や施術次第ではかなりの戦力になる事はアルベルも
知っている。
 ネルというシーハーツの隠密も、マリアというシーハーツ側(?)の女も戦力的には自
分に及ばないようだった。
 だが、ネルの施術はかなりのものなのは見てわかるし、マリアの取り扱う武器で、やた
ら早い飛び道具や、戦場時の冷静な判断力はなかなかのもののようだ。
 だから、それほど足手まといになる事はないようだ、というのがアルベルの判断だった
が、彼が個人的に驚いたのはロジャーの存在だった。
 なんで、メノディクス族の、しかも子どもが一緒にいるのか。
 確かに、メノディクス族はタフで手先が器用で、鍛えればかなりの戦士になるらしいと
いう話は聞いている。だが、彼らがサンマイトから離れるのは珍しい事だし、しかも子ど
もである。
 元気にうるさく、ちょこまか走り回ってるサマは、ハッキリ言うとうざいの一言だ。
 とはいえ、この集団のリーダーであるフェイトがいる事を許可したようなので、自分が
文句を言う筋合いではないのも承知しているので。
 特にどうこう言うつもりはなかった。
 戦闘中邪魔だなとは思うものの。全員が戦力的には補助的な要因くらいとしか見ていな
い事も感じ取って。せいぜい勝手にやっていろと思っていた。
 一行はカルサア周辺の荒れた土地を、アリアス目指して歩いていた。このへんはけっこ
うな荒れ地で、大小の岩がごろごろしている。たまにモンスターなどがそこらに隠れてい
たりするのだが。
「うおおおおお! てめぇ、そこになおれじゃん!」
「きしゃあああ!」
 ロジャーが一人、カエル戦士相手にわけのわからない張り合いをしていた。全員そんな
ロジャーを尻目にさくさくと敵を片付けている。
「ぬおおおおお!」
「きしゃあああ!」
 斧と斧をかちあわせ、ロジャーとカエル戦士は鍔ぜり合いをしていた。
 残っている敵はロジャーが鍔ぜり合いをしているカエル戦士だけで。みんななんとなく
二人の様子をながめていたが。
 彼らを取り巻く空間だけ、妙に平和に感じたのはその場にいたほとんどの人間だったよ
うだ。
 ざく。
「きしゃあああ!」
 眺めていても仕方がないので、わりと近くにいたアルベルがつかつかと歩いて、カエル
戦士を横から刀で突き刺した。カエル戦士はあっさり絶命する。
「おああああ! 何するじゃん! オイラの男と男のサシ勝負の真っ最中によ!」
「時間の無駄だ」
「何だとう! おまえには、男と男のまっこーな熱い勝負ってぇのがわかんねえのか!」
「わからん」
 取り付く島もないようなアルベルに、ロジャーは気にもせずにつっかかっていく。相手
するのも面倒だというアルベルの足元にまとわりついて、ロジャーはまだごちゃごちゃ言
っている。
 みんなは、敵が片付いたとわかると、やはりさっさと歩みを進めていた。
「いいか! 男勝負っていうのはだな! こう、熱い拳と拳のぶつかりあいでもあるんだ
ぞ! タタカイを通じて俺とあいつの気持ちのタカブリと熱さを語らい合うんだよ!」
 腕を組み、ロジャーはその場でとくとくと語り始める。が、みんな無視してさっさと歩
きだしていた。
「つまりだな……って、待つじゃーん!」
 やっと置いてきぼりにされた事に気が付いて、ロジャーはみんなの方に走りだした。
「ひでぇぞ、置いてくなんてよう!」
 しんがりを歩いていたアルベルにやっと追いついて文句を言うが、アルベルは無表情の
まま無視する。
「兄ちゃんもさー、男ならちったぁわかれよなー! 男勝負ってヤツをさー。こう、メラ
熱い闘志を燃やす、男と男の! 意地とイクジのそーぜつでキョーレツなぶつかりあいと、
ツバゼリアイだぜ!」
 おそらくわかってなくて言ってるのだろうなと、ぼんやり聞き流しながら、アルベルは
すたすたと歩いて行く。
「こう、メラ燃える心の……って、だから待つじゃーん!」
 やっぱり置いていかれた事に気づいて、ロジャーは小さなコンパスで、歩いて行ってし
まうみんな目指して走った。
「うぎゃー!」
 突然、ロジャーの悲鳴が聞こえ、全員が驚いて振り返った。一人、遅れて走っていたロ
ジャーの足をその手でつかまえる巨大なキノコがいた。岩場の蔭にいたらしく、全員そい
つの存在に気づかなかった。
「や、やめろ! なにすんだよ!」
「タ……タヌキ……タヌキ…ウマイ…」
「やめろーっ! ってか助けろってー!」
 キノコの口から、タヌキウマイとか聞かされては、さすがのロジャーも青くなる。
「キ、キノコか…」
 あのキノコの胞子は精神力を削る効果がある。そちらの方が心もとないクリフは、以前
ひどい目にあった事があり、思わず及び腰になる。
「ちっ!」
 アルベルは舌打ちすると、腰の刀を抜いて素早く一閃した。
「シュギャッ!」
 振りはらった刀から衝撃波が飛び、ロジャーを掴んでいるキノコの腕を斬る。
「うへっ!」
 やっと足が解放されて、ロジャーは慌てて起き上がって駆け出した。
「はぁっ!」
 もう一度、返す刀で衝撃波を飛ばすと、キノコのかさをさっくりと斬り飛ばす。
「エイミング・デバイス!」
 かなり離れた距離であったが、マリアの銃から光線が放たれて、キノコはその場で燃え
尽きる。
「っとに…なにやってるのよ…」
 さすがのマリアも疲れを隠せないらしく。少し眉をしかめて、髪の毛をかきあげる。
「うへーっ…。びっくりした…」
「一人でごちゃごちゃやってるからだ。さっさと行くぞ」
 ロジャー相手に小言を言ってもはじまらないとわかっていても。クリフはため息混じり
にそう言って、歩きだした。
「いやー! すまねぇなー! けどよ! 男勝負の熱さは変わりねえわけでよー!」
 懲りないロジャーはからっと笑って。アルベルのすぐ横を歩いて彼の足、ちょうど太も
ものあたりをぺちぺち叩く。一瞬、フェイトはそのロジャーの豪胆さというか、あまりの
気にしなさに血の気が引いたのだが。
 あのアルベル相手にそんな事をして、斬られやしないかと思った。ネルも同じ事を考え
たらしく、一瞬殺気をざわりとふくらませて、武器にさえも手にやり、アルベルを振り返
ったが。
 アルベルは横目でロジャーをちらりと見ただけで。特に何もしなかった。
 味方でなかったら、斬ってるところかもしれないが、一応味方だし、子供だしで。たと
え、今の状態が手を組んでるだけだとしても。敵意もない子供を意味もなく斬る気にはな
れなかった。
 多少ムカつかないわけではなかったが。
 もう一度、アルベルはロジャーを横目で見下ろした。
 自分を知る子供なら、恐れて近寄らないのが普通だったのだが。
 無邪気というか、天衣無縫というか、とんでもないマイペースというか。こういうのが
メノディクス族なのかとも思ったり。
 正直、調子は狂う。
「…アルベルのヤツ…斬るかと心配したんだろ…」
 びっくりして後ろを見るフェイトに、クリフがこそっと耳打ちする。
「いや…うん…。なんか、そんな感じしたんだけど…」
「まぁ、味方を、しかも子どもを斬るようじゃ、俺も考えるけど、そこまで無分別ってワ
ケじゃなさそうだな」
 ふっと鼻息を吹き出して。クリフはそう言って空を仰ぎ見た。彼は、アルベルとは取り
合わない方向に決めたらしく。かなり早くから割り切っているようだった。
 もしかすると、クリフも内心はフェイト同様、アルベルをあまり良く思えていないかも
しれない。けれども、表面上の態度はあっさりしたもので、その割り切りの早さに面食ら
いつつも、感心していた。
 もっとも、確執の深いネルはそうもいかないようで。相変わらず、警戒を怠らない目で、
アルベルを睨みつけていた。


「ネル!」
「クレア」
 アリアスを訪れ、領主屋敷へと足を運んだ一行に、クレアは笑顔で出迎えてくれた。
「ようこそ、いらっしゃいました。今日はどのような御用で?」
「え? あ、いや、その…ちょっと、シランドまで行く途中なんですよ」
 クレアにそんな事を言われて、フェイトは戸惑う。まさか、アーリグリフ王に私用を頼
まれてとまでは言えなかった。マリアとネルの視線がちょっと冷たい。
 その視線の意味を解したか、クレアはそれ以上何も言わずに、全員を出迎える事にした。
「ええっと…」
 そして、一番後ろにいるアルベルにやっと気が付いた。クレアも、彼の噂を聞いている。
本人を目の前にするのは初めてだが、これだけ特徴的な男など、そういないだろう。しか
し、クレアはあまり顔色を変える事はしなかった。
「それでは、それぞれの部屋に案内するようにします」
 目配せで、後ろに控えている部下の女に指示すると、彼女はかしこまった。そして、彼
女もアルベルを見るなりギョッとして、驚いてクレアを見る。
 だが、クレアは気にするなと、何も言わずにジェスチャーで示して。
「さあ」
「あ、は、はい…」
 戸惑いを隠せないながらも、彼女はそれぞれを部屋に案内した。さすがに、アルベルを
案内する時には顔が引きつっていたが。
 アリアスは、国境付近の村で、もっとも戦争の被害を受けた場所だ。家屋が壊され、前
線基地にされ、負傷者などの数も相当なものである。
 そんなアリアスで、アルベルのような目立つ格好の敵将が道を歩いていたらどうなるか。
みんな、怖くて近寄りはしないものの、刺すような視線を彼に投げ付けた。もしくは、脅
えてそれぞれの家屋の中に引っ込んでしまう。
 明らかな敵意と憎しみと恐怖の視線の中。アルベルは平然と、むしろどこか不遜そうな
態度で、町中を歩いていた。
「フン」
 短く息を吐き出して、アルベルは案内された部屋の椅子にどかっと座り込んだ。ちなみ
にロジャーと同室である。
「腹減ったな」
「…………」
 相変わらず、ロジャーはアルベル相手でも気にもしないで、話しかけてくる。面倒なの
で黙って無視していたが。
「なんか、おやつもらってこようかな」
 ロジャーの方も、無視されてもあまり気にしていないらしい。
 ここまでくると呆れるというか、なんというか。
「やめとけ」
 ため息をはきだしながら言うアルベルを、ロジャーはちょっと驚いて見上げた。別に返
事や受け答えを期待していたわけではなかったからだ。
 自分の言ってる事を無視されるのは慣れっこで。むしろ、父親の長い話を聞いていない
人間があまりに多いので、人間というのはそういうものだと認識していたのだ。そりゃも
ちろん、返答してくれるに越した事はないのだが、そう期待もしていなかった。
「ん? なんでだ」
「ここの状況を見てみろ。そんな余裕があるように見えるか?」
 確かに、この領主屋敷だけは、物資があるように見えたが、他はどうだろうか。壊れた
家屋があり、疲れた人々や負傷者がたくさんいて。毎日の食事でさえも大変そうな状況で。
おやつなどとのんきな場合ではなさそうだ。
「そっか…。じゃー、メシの時間まで我慢するか」
 アルベルの言いたい事を理解して。ロジャーは床に座り込んだ。そして、ヘルメットや
鎧などの装備品を脱ぎはじめると、その場で武器の手入れをしはじめた。
 ロジャーは一人でもうるさい。ウンともスンとも言わないアルベル相手に一人でしゃべ
り続けていた。
 いいかげん、アルベルの方も聞いちゃいなかったが、ロジャーの方も別に受け答えを期
待しておらず。ただただ一人でしゃべくっていた。




                                                             to be continued..