フウウゥゥゥン…。
 エターナルスフィアを移動する時に感じる妙な浮遊感。
 気が付けば、見知らぬ場所に来ていた。使われていないらしく、明かりも消えて薄暗い。
どことなく薬くさいのは、病院であるがゆえか。
「ここが…、オールドシティ中立病院?」
「…そのようですね」
 マリアがつぶやきながら、きょろきょろと周囲を見回す。エターナルスフィアへの端末
というだけあって、ジェミティのそれと、それほどの大差はない。ここを出れば、本格的
に病院内に配る事になる。
「では、ロジャー君。頼みましたよ」
「おう! オイラにばっちり任せとけい!」
 ミラージュに言われて、ロジャーは大張り切りでガッツポーズを作って見せた。今回の
計画はロジャーが一番重要な役目を帯びている。こんなにも重要だと言われた事は、生ま
れて初めてなので、とにかくはりきっているようだ。
 今回テログループに乗っ取られた原因は、病院内のコンピューターがすべて作動不能に
なっている事が原因である。だから、ロジャー以外の全員でテログループの注意をひきつ
け、裏ルートで忍びこんだロジャーが簡易修理キットでメインコンピューターを機動させ
る。仮にでもメインコンピューターが動けば、あとは政府軍に任せれば良いはずだ。
 これがシャールの提案した計画であった。
 体の小さいロジャーの事、病院内の天井裏を通って行く事になった。
「…なんか、わりと原始的な建物なんだな…」
 病院の立体地図を見せてもらいながら、クリフがつぶやくと、シャールが頷いた。今回
の計画を、スフィア社内で打ち合わせていた時の事である。
「オールドシティ中立病院は、そこがウリなの。見せかけではなく本物を、というのがこ
このポリシーでね。だからこそ、復古主義のお偉方などがよく利用しているのよ」
「ジェミティと一緒で、他の街と建物の構造が違っているから、政府軍も手をこまねてい
るというのが現状のようね」
「ふーん…」
 クリフは伸びはじめた顎を手でさすりながら、立体地図をながめた。とにかく、今回は
陽動して撹乱する事が一番であり、ロジャーの存在を悟られてはならない事が絶対である。
「けど、こんなに狭い通路なら、9人ってのは大所帯じゃないかしら? テログループが
何人いるのか、わからないけど…」
「そうですね。この程度の幅ですと、まとまって動くのは危険です」
 立体地図の情報を半分睨みつけるようにして見て、マリアが声をあげる。そして、ミラ
ージュがそれに同調した。
「……そうね…。じゃあ、二手に別れてもらおうかしら…」
「別れるのは良いが、どうやって分けるんだ?」
 言って、クリフは全員を見回した。女性陣は本当に目に嬉しいが、男どものは、自分含
めこの衣装はどうにかならんかったかと、本当に愚痴りたくなってくる。
「ソフィアちゃんとアドレーさんは、一緒にいる必要がありませんから。彼らを仮のリー
ダーにして、分けるのが適当かと思います」
「そうね。じゃあジャンケン…は、わからないのよね…。それじゃ、公平にクジで決めま
しょ」
 マリアはエリクール星出身の面々を見て、最初の意見を引っ込めると、次の意見を言っ
た。確かに、公平と言えば公平だったろう。
 …だが…。
「なんだこれは!」
 まるで狙ったかのような組分けに、クリフはたまらなくなった声をあげた。
 ソフィアのチームはミラージュ、ネル、スフレ。アドレーのチームはクリフ、フェイト、
アルベル、そしてマリア。…見事に男性陣と女性陣で別れてしまったのだ。
「クジで決まったんだから、しょうがないじゃない!」
 泣きたいのは、むしろマリアの方である。何が嬉しくて男ばかりのチームに一人でいな
ければならないのか。しかも、全員ナース服着用をしている野郎どもに囲まれるのである。
ハッキリ言ってたまってものではない。
「も…もっかい…やりなおす?」
 クリフとマリアの様子をみて、スフレがおずおずと言い出した。
「やり直しだろ、やり直し!」
「メインで陽動するのが、アドレーさんのチームと思えば、適当に思いますけど」
「ミラージュ! おめえ、面白がってるんじゃねえのか?」
「まるっきり否定すれば、それはウソになりますけど。しかし、目立つという意味でなら、
間違いなくあなたがたは目立ちますので、陽動には適任に思いますけど」
「おまえな〜…」
 珍しく、クリフは少しだけ機嫌が良さそうなミラージュにくってかかるが、やがてため
息をついた。
「じゃあ、おまえらはロジャーの護衛も兼ねるっつーこったな」
「そうなりますね」
「へ? オイラの護衛」
 聞いていた話とは、ちょっと違うので、ロジャーは声をあげた。
「いくらおめえがチビとはいえ、見つかっちまったら、そこでアウトだからな。あくまで
ミラージュ達に注意がいくように仕向けて、本命のおまえを目くらます必要がある。それ
だけ、おまえのやる事が重要なんだよ。肝に命じとけ」
 不機嫌そうではあったが、クリフの低い声に、ロジャーも今更ながら、自分がどれだけ
重要な役目を負っているか思わされる。
「じゃ、じゃあ、ルートの説明に入るわね…」
 やりとりを眺めていたシャールは、口をはさんで、本件に入る。政府軍へのハッキング
により、随時情報が入ってくるようで、それによって計画も具体的になってきた。
「……だから、アドレーさん達はこっちのルートで、ソフィアさん達はこちらのルートで。
ロジャー君は、こういう道筋で行くのよ?」
 それぞれに簡易ナビゲーターを手渡しながら、シャールは説明していく。
「あと、これも重要なんだけど、メインコンピューターを機動しても、あくまで応急キッ
トによる仮機動だからすぐは大丈夫なんだけど、そのうちに自己回復機能がフルになれば、
端末を移動するのに人物照会があるの。だから起動したらすぐにこちらに戻ってきて。人
物照会機能が機動になれば、端末が使えなくなってしまうから」
 最後にシャールはこわばった顔付きでそう言った。
「じゃあ、大急ぎで戻ってこなきゃいけないのね?」
「ええ。まあ、病院のメインコンピューターだから、人命救助に関する事から先に回復し
ていくと思うけど…それでも、油断は禁物よ。一応、タイムリミットもそのナビに入れて
おいたから」
「随分機能をつけたんだな」
 クリフが手渡されたナビを見ながらそう言うと、シャールは相変わらずこわばった顔付
きでうつむいた。
「こちらから無理をお願いしてるんだから。それくらいはね…。ともかく、レイリアを…
お願いします」
 そう言って、シャールは頭を下げた。
「……リフ! クリフ! どうしたんだよ、ぼさっとして」
 いろいろ思い返していて、ボーッとしてしまった。フェイトに呼ばれて、クリフも我に
帰る。
「あ? ああ…。悪い。ちょっとな…」
「ミラージュさん達が出てから、もうすぐで10分か…。僕たちが出発するのは…」
「あと、5分よ。とにかく、この婦人科の病棟を出て、テログループが居座っている外科
の方へ移動しなくちゃいけないのよね…。それまでにあまり人に会いたくないわね…」
 珍しく憂鬱そうな口調で、マリアがシャールから渡された簡易ナビゲーターを見つめた。
「わはははは。腕がなるわい。このような工作はネーベルの特権じゃったが、なぁに、ワ
シにだってやれるという事を示してやらんとのう!」
 アドレーが豪快に腹をゆすって、笑っていた。それを横目でにらみつけて、アルベルは
相変わらず黙ったままだ。
「とにかく…。もう一度、私達がやるべき事を説明するわね。私達はこの婦人科の病棟か
ら、外科の病棟へ移動する。そこで、とにかく派手な事をして、テログループの注意を引
くの。ロジャーの方がうまくいくまで、時間かせぎもしないといけないでしょうね。で、
メインコンピューターが機動したら、あとは政府軍に任せてとにかく急いでここに戻って
くる。それだけよ」
「ま、メインコンピューターさえ動けば、俺達の出る幕じゃなかったんだろうがな」
 ふっとため息をついて、クリフは顎をなでた。少しチクチクするところ、ヒゲが伸びは
じめているのだろう。
「…けど、武器を持ってるナースって怪しいよね? 武器なしでどうにかできそう?」
 ミラージュやクリフは良い。マリアも格闘ができる。だが、フェイトは立派な剣を持っ
ているし、アルベルだって刀やとがったガントレットをつけているのだ。ハッキリ言って、
そんなナースなどいないだろう。
「陽動してる最中は、やっぱり武器がいるから…。なんとかごまかすしかないわよ…」
「なんとかごまかすって…どうやって?」
「なんとかするしかないでしょう?」
 困った様子のフェイトに、マリアは投げやりな口調で返す。そんな事を言われても、彼
女だって困るのだ。
「一応、名目上は外科で急患がきたっつー事にして、そこに急いでるナースが俺達っつー
コトだ」
 クリフは、打ち合わせの内容を改めて繰り返す。
「…本当に…怪しいナースの集団だよね…」
「おまえもその一人なんだからな」
 思わず遠い目をするフェイトに、クリフはクギをさす。遠目で見たら、フェイトはあま
りおかしくないのだが、近くで見ると、やっぱり少し異様である。
「私はその中に入ってないからね」
 子供みたいに、マリアが一言付け加えた。いくら外見が変でなくても、この集団の中に
入ってしまえば、逆に浮いているのだが。
「…時間だ…」
 今まで黙っていたアルベルが、刀を手に、全員をうながす。
「うむ! では、早速やるとするか!」
 アドレーがやっぱり鷹揚に笑って、愛用の刀を手に取った。

 パタバタバタバタバタバタバタッ!
 とにかく、この病棟を抜けて外科へ急がねばならない。5人は一目さんに病院の廊下を
駆け抜けていた。
 テログループが占拠しているせいなのか、廊下に人気は少なく、案外楽に進めるかと、
少し楽観してきたところだった。
「外科病棟の入り口…。誰かいるわね…!」
 息をきらしながら、マリアはライフルを持って立っている2人の男を見つけた。
「テログループか?」
「そう考えるのが妥当じゃないかな?」
 フェイトも走りながら、そうこたえる。背中に背負った剣が不格好だが、もう仕方がな
い。
「おい、止まれ!」
 案の定、男二人は、ライフルをかまえ、走り込んでくる怪しいナース一団に向かって怒
鳴った。
「どうした!?」
 マリアを先頭にしておいたおかげか、とりあえずはナースと認識されたようである。問
答無用で撃ってくる事は無かった。
「外科で急患が出たのよ! 私たちはその応援に駆けつけるために急いでいるのよ!」
「なに? そんな話、聞いてないぞ」
「ここは病院よ! 急患が出るのは当然でしょう!?」
 ちっとも受け答えになんかなっていないのだが、とにかく急いで走ってきたマリア達だ
から、ある種の迫力はあった。ライフルを持った男が一人、マリアの見幕にたじろいだ。
「け、けど、そんな武器を持ったナースがどこにいるんだ!?」
 もう一人の男が、今にも刀を抜き放ちそうなアルベルの、刀をライフルの銃口を向けて
指し示す。
「これは新型のメスよっ! 執刀するのに必要なの!」
「は? なっ、そんなメスが…」
「あるのよ! つい最近開発されたばかりなのよ! あなた知らないの!?」
 マリアの見幕はさらに強くなっていき、言われた男もたじろいだ。
「えっ…、そ、それは、その…。そ、そっちのかっ…、おい、本当にナースかおまえ!?」
 もっと早くに気づくものじゃないかと思ったのだが、マリアの見幕がそうさせたか。男
は巨大なクリフを見て、うろたえた。実はクリフの背後にはヒゲヅラのアドレーまでいる
のだが、ちょうどクリフの巨体に影になっているようだ。
「ナースよっ!」
 もうやけくそである。クリフもマリアにならって押して押して押しまくる事にして、気
合をいれて怒鳴った。
「こっこんな、不気味なナースが…」
「あなたはジェンダフリーをなんだと思ってるの!? 性同一性障害を知らないとは言わせ
ないわっ!」
「えっ…? えっ?」
 押しに弱い人間なのだろうか。マリアの迫力に、男は押されっぱなしだ。
「け、けど、そ、そのナースがつけてるのって、ガントレットじゃ…」
「手術用手袋よっ! 新型のっ!」
 目茶苦茶である。
「なっ、まさかそんっ…」
 ごんっがんっ!
 男たち二人の注意はマリア達にばかりいっていたので、アルベルの動きにまるで気が付
かなかったようだ。怒鳴り途中、背後からアルベルに刀の柄で殴り倒され、あっさり気絶
した。
「…早い話、ここを抜ければいいわけだろ?」
「…………そうね……」
 もっと早くこうすれば良かったと、マリアは前髪をかきあげて、ため息をついた。
「殺して良いのかわからんから、気絶させといたが…」
「こいつらの処理は、こっちの人に任せましょう。私たちがやるべき事は、陽動なんだか
ら」
 早速この二人をふん縛るクリフを見下ろしながら、マリアが言う。
「じゃあ、ここを抜ければ、テログループのいる病棟に入るんだね…。シャールさんから
もらったナビの通りなら、階段を下ってすぐみたいだけど…」
 フェイトはシャールからもらったナビを見ながら、目前に広がる外科の病棟を眺める。
FD人に「原始的」と言わしめるこの病院の造りは、フェイト達の故郷地球の20世紀か
ら、21世紀のもののようであった。病院だから、エレベーターはもちろんあるのだろう
が、メインコンピューターが止まってしまった以上、階段を使うしかない。
「ふー…まだ走るんかいのう。走りっぱなしは、老体にちとキツイわい」
 どっかとあぐらをかいて、アドレーが息を整えている。ミニスカからびらっと広がる赤
ふんどしを惜しげもなく見せて、思わずフェイトはアドレーから目を背けた。
 マリアが嫌そうに渋そうに顔をしかめていたが、やがて、廊下のはしっこに置いてある
キャスター付きベッドに目をやった。
 慌てて投げ出されたように置いてあるところを見ると、テログループが入ってきた途端
に、ここに置かれたのだろう。おそらく、本物の患者も医者も病室から閉じこもって出て
いないはずである。
「…ねえ、これ、使えないかしら?」
 マリアのあげた声に、全員がそれに目をやった。



                                                             to be continued..