「はーっはっはっはっはっはっ!」
 ガラガラガラガラガラガラガラガラガラ!
 病院の廊下を、キャスター付きベッドの上に乗ったアドレーが高笑いをあげながら、疾
走する。押しているのはクリフとマリアだ。その後を、フェイトとアルベルが走りながら
追っている。
「こっこんなの、フェイトとか、アルベルがやれば良いじゃない! なんでっ…私がやっ
てるの!?」
 キャスター付きベッドを押し走りながら、マリアが前を見ないようにして叫んだ。
「しょうがねえだろう!? おめえとオッサンの足が一番遅いんだからよ! ならおめえ、
フェイト達のように、走ってこれに追いつけるのか!?」
 同じく、ベッドを押し走りながら、クリフは隣で一緒に押しているマリアに向かって怒
鳴った。クリフだってあまり前は見たくないのだが。
「ううっ!」
 マリアは泣きたくなってしまった。今まで涙を人前に見せる事は弱さと思って、どんな
に辛くて泣きたくなった時も我慢してきたのに。こんなにも情けなくて、あっさり泣けて
きそうになるとは。
 なにせ、前を見れば、ミニスカートのナース服を来たアドレーが、立てひざをついて前
方をねめつけているのだ。一番の問題は、ナース服が短くて、立てひざになって前かがみ
になると、彼の尻が半分見える事だろう。おまけに、股からは赤いふんどしがひらひらと
ひらめいている。
 何が楽しくて、オッサンの半ケツを見ながら走らなければならないのか。
 クリフだって叫びたくなってくる。
「前を見ろ! 真っすぐ進めなくなるぞ!」
「うううーっ!」
 クリフの方はだいぶ開き直っていると見えて、きちんと自分の仕事をこなしているよう
で、マリアが下を向いて走るので、じぐざぐに走りがちなのを軌道修正している。
「……あれ、ベッドを押して走ってたら、あれを間近で見る事になるんだよね…」
 青く引きつった顔で、フェイトは少し前を走る3人を見ながら走っていた。
「言うな」
 普段あまり表情を動かさないアルベルでさえ、低く重い声で言う。さすがに、これに関
しては遠回しにフェイトに同調している。
 やがて、テログループが陣取っていると思われる中央待合室が見えてくる。
 中央待合室は、かなりの人数が収容できるほどの広さがある。
「見えてきたぞ!」
「むう! あやつらか!」
 アドレーは手を額に軽く当てて、前方をぎろっと見据えた。なるほど、ライフルを手に
した男たちが十数人、人質と思わしき人々といるではないか。噂のテログループは、スフ
ィア社にうろついているような、セキュリティサービスと姿形がよく似ていた。
 これから戦闘が始まると思うと、アドレーは気持ちが高揚してくる。
「ふっふっふっ! くらえぃっ! スピキュールッ!」
「えっ!?」
「ちょと待っ…!」
 マリアやクリフの制止の声も届かず、アドレーは鼻息を強く吹き出すと、ぐっと身をか
がめて、勢いよく上空へと飛び上がった。
 ずがああぁんっ!
「うおおう!」
 目測を誤ったのか、はたまた天井の存在を考えてなかったのか、アドレーは病院の高い
天井に頭から思い切り突っ込んだ。
 待合室の天井は、赤いふんどしをひらひらさせた、男の下半身がぶらりとぶら下がり、
突っ込んだ勢いで、天井の壁がぱらぱらと下にこぼれ落ちていた。
「あの馬鹿…!」
「もーっ!」
「うわあ…」
「阿呆が…」
 走りながら、それぞれが感想をつぶやく。
 ともあれ、アドレーが突然天井にのめり込んだ事で、その場は騒然となった。しかし、
ふんどしをはいたナースがいきなり天井にのめりこむなど、誰も予想などできようはずも
なく、全員が激しく戸惑い、動揺が走る。
「人質の命を最優先に助けろ! とにかく撹乱するんだ!」
「このベッドは!?」
 我慢して、頑張って今まで押してきたキャスター付きベッドを押し走りながら、マリア
は隣のクリフを見る。
「突っ込ませろ!」
「わかったわ!」
 こういう修羅場はクリフの方がリーダー性を発揮する。マリアは素直にクリフに従い、
テログループと思わしき人物達に、ベッドを押し離した。
 がっしゃーん!
「うおおおーっ!」
「わああー!」
 怒号と悲鳴が重なり、勢いのついたベッドはテログループ達にぶつかった。
 それを皮切りに、大乱闘の火ぶたが切って落とされる。
 フェイトとマリアが人質を助ける事に専念し、クリフとアルベルがテログループと乱闘
を繰り広げる。
「吼竜破ぁっ!」
「うわーっ!」
「キャーッ!?」
 どごおおおぉぉぉんっ!
 人質の女性を助け出そうとしていたフェイトのすぐ近くで、アルベルの技が炸裂した。
その威力に、人質の女性とフェイトは二人して、その場から吹っ飛ばされる。フェイトは
どうにかして、女性をかばって、受け身をとった。
「危ないじゃないか!」
「それくらい避けろ」
「避けろって…! 避けたけど、もうちょっと技を考えろよな!」
 ましてや、今は人質の女性も一緒にいるのである。フェイトは感情的になって怒鳴った。
「陽動と言うからには、派手な技の方が良いんだろう?」
 しかし、アルベルはあくまでしれっとしている。そのうち、テログループが応戦してき
たので、彼はそれにかかりきりになってしまう。
 アルベルの言う事も確かは確かなので、フェイトは不機嫌そうな顔で押し黙った。が、
しかし、すぐに我に返って人質の女性を安全な場所まで移動させる。
 ようやっと、テログループは自分たちに敵対する者が表われたのだと悟り、応戦モード
に入るが、未だわけもわからず混乱している者も多く、チームワークも収拾もとれていな
い。そうこうしているうちに、人質のほとんどが待合室から助け出されてしまった。
「あとは!?」
「あの人で最後よ!」
 フェイトとマリアの切羽詰まった声。最後の人質を指さして、マリアはライフルを撃と
うとするテログループの男を撃つ。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ…」
 少年と青年の間のような若者が、何故かこの病院のナース服を着用して自分を助けよう
としてくれている。どうやら医者らしい中年の男は、戸惑った顔でフェイトを見た。
「てめえ!」
 人質と連れ出そうとするフェイトに、テログループの一人が、銃口を向けた。クリフや
アルベルや、マリアも人命救助のサポートをしてくれているが、いかんせん人数が厳しい。
「くっ…!」
 この距離で間に合うかわからない。クリフは顔をしかめて、目の前の男殴り飛ばすと、
フェイトのサポートをするべく、走りだした。
 その時。
「スピキュールっ!」
 ずがあああぁーんっ!
「うわーっ!」
「うおーっ!」
「ひええーっっ!」
 なんと、天井から全身に炎をまとわせたアドレーが落ちてきて、フェイトもクリフもテ
ログループも、人質の医者でさえ、全員一緒に爆発に巻き込まれる。
「なにやってるのよ!」
「…………」
 もはや阿呆と言う事でさえ、阿呆らしくなったアルベルは横目でこの騒ぎを見る。
「おい、阿呆どもはともかく、人質の男を連れて行け」
「あ、う、うん!」
 みんな一緒にノビて床に横たわる様子を一瞥して、アルベルがマリアに言うと、彼女は
少し慌てた顔で頷いた。
 その場に転がっていた、先ほどのキャスター付きベッドを引っ張り出して、人質の男を
乗せると、マリアは待合室から逃げ出す。
「待てっ!」
「空破斬っ!」
 まだなんとか残っていたテログループの一人が、逃げるマリアの背中に銃口を向けるが、
アルベルの放った衝撃波に吹き飛ばされた。
「い…、いたい…」
「くっ…くそ…」
 さすがに鍛え方が違うフェイトやクリフは、ノビながらも、まだぴくぴくと動いている。
フェイトは無事だろうかと、クリフは彼の方を見て一瞬、言葉を失った。ちょうど、位置
が悪く、見たくもないのにフェイトのスカートの中が見えてしまった。
「…おまえ…、白衣の下にそんな派手なガラパンはいてたのか…?」
「ばっ! な、見るなよ!」
 下着までさすがに着替えなかったフェイトは、そのまんまだったのだ。フェイトはカッ
と顔を赤らめて、スカートをおさえる。あのように派手な色合いの下着でも透けないのだ
から、やはりこの白衣は特殊な生地でできているのであろうが…。
 マズイ事だが、戦意とか、ヤル気というのが著しく削げる事ばかりである。このまま寝
転がっていたい気分もちらっとだけ起こる。
「はーっはっはっはっ! うむ! ここらでノビている場合ではないのう!」
 きっちり気を失った後、すぐに復帰して、アドレーがむっくりと起き上がる。クリフと
フェイトは思わず恨めしげな瞳でアドレーを睨みつけたが、もちろん、彼は気が付かない。
「おい、阿呆。ノビてる場合じゃねえぞ。騒ぎをききつけて、援軍が来やがる」
「むう! 陽動しておるのう!」
 アルベルの言うとおり、廊下の奥から、テログループが大挙して押し寄せて来るのが見
える。もしかすると、たいした人数ではないのかもしれないが、廊下が狭いので、そう見
えるだけなのかもしれないが。
「くっそう…!」
 怒りにこめかみをひくつかせながら、クリフは立ち上がった。フェイトも、どうにか立
ち上がる。恥ずかしかったらしく、白衣のスカートをぐっと手でのばした。
「人質がもういないとなれば、あとはひたすらに暴れているだけで良いんだな?」
「そういうこった」
 抜き身の刀を肩にかけ、ナース姿のアルベルは起き上がったクリフに声をかける。クリ
フは少し焦げたナース服をぱんぱんと手ではたきながら、不機嫌そうに頷く。
「ぐっふっふっふっ! 腕がなるのう!」
 腕をぐるぐると回して、先ほどの捨て身のスピキュールもなかったかのようにアドレー
は元気だ。スピキュールは本人の服に支障が出ないらしく、彼のナース服に焦げ目はない。
ただ、ミニスカの下からひらひらと赤い布がはためくのみだ。
「はあ…」
 口から焦げた煙を吐き出すと、フェイトは剣を構える。やっぱりナース姿なので、どう
にもしまらないが。
「貴様ら、いったい何者だっ!?」
 テログループのリーダーとおぼしき男が、立ちはだかる怪しいナース集団に銃口を向け
て、叫ぶ。
「見りゃわかるだろ!? ナースに決まってんだろうが! 来いよ! たっぷりお相手して
やるぜ!」
 片手を上げて、クリフは不敵に手招きした。もう、羞恥心は捨てたようである。
「うむ! 来るが良い!」
 アドレーもぐっと構えて、小さく呪文を唱えながら、手のひらからエネルギーの塊を作
り出している。フェイトとアルベルは無言でそれぞれの武器を構えた。
「クソッ!」
 テログループは狭い廊下に押し固まって移動している。慌てていたせいで、このような
不利なかたちで移動してしまった。こちらだけでなく、どうやら西の病棟でもなにか騒ぎ
が起きているようで、どうにもわけがわからない。さらに、目前にいるナース集団は強さ
も見た目も異常だ。
「マックス・エクステンション!」
 クリフが吠えて大きく振りかぶると、巨大なオーラを廊下にひしめくテログループにぶ
ちかました。
 どごがーんっ!
「ウワアァァーッ!」
「ギャアァーッ!」
 狭いところに一所に固まっているなど、攻撃しやすいのだ。それを見逃すクリフではな
い。
「フェイタル・フューリーッッ!」
 そこへ、アドレーが全身をまばゆく光らせて、すごい勢いで体当たりをぶちかます。呪
文を唱えていたのではなかったのだろうか。
 ちゅどーんっ!
「グゥオーッ!」
「わああーっ!」
 それが追い打ちとなり、テログループはもはや全員ピクリとも動かなくなる。ついでに
アドレーもそこで一緒にノビた。
 思わず、そこにいた3人はそれを見て揃って深いため息をついた。
 ヴ、フゥゥゥーン…。
 その時である。病院中の明かりという明かりが点灯し、光る文字板などが次々と表われ、
大量の文字がそこを流れはじめる。
「メインコンピューターが作動したわ! 急いで戻るわよ!」
 いつの間にかマリアがクリフ達の背後に来ていて、せかすように3人に声をかける。ど
うやらロジャーがうまくやったようだ。
「お、そうか。じゃ、行くぞ!」
「アドレーさんは?」
 走りだそうとしたクリフは、フェイトの困った声ではたと立ち止まる。アドレーはテロ
グループと一緒くたになって、しっかり気を失っていた。
 クリフはフェイトとアルベルの二人を見た。この二人に力仕事を与えても、余裕でこな
してくれるだろう。だが、この中で体力も腕力も一番となれば…。


「くそっ! もっとキリキリ走れ! オッサン!」
「はぁ、はぁ、走りっぱなしはコタえるんじゃあ!」
 いつも貧乏クジを引くクリフは、やっぱり今回もそれを引いて、アドレーの手首をとっ
て病院の廊下を疾走していた。
「マリア! 頑張って!」
「ハァ、ハァ、う、うん!」
 足の遅いマリアは顔を真っ赤にして、フェイトに手を引かれて走っている。彼女のフォ
ローをしてくれるのは有り難いが、ぜいたくを言うなら、オッサンではなく、可愛い女の
子の手をとりたいものだと思う。
 アルベルはしんがりを走り、時折露払いをしてくれる。二人がアドレーとマリアのフォ
ローをしてるとあっては、そうならざるをえないだろうが、助かるは助かる。
「急いでください! 機能回復までの時間もそうですが、政府軍がもうすでに乗り込んで
きています!」
 エターアナルスフィアへの端末がある部屋の入り口で、ミラージュが待っていた。来た
時のように暗かった事はなく、メインコンピューターが作動したおかげで、どこもかしこ
も、病院中に煌々と明かりがついているのだ。マリアが手にしているナビにはタイムリミ
ットの時間が光りながら流れていく。思ったよりも時間がない。
「マリア! 行くよ!」
「わ、あああ!」
 ラストスパートとばかりに、フェイトは速力をあげて、マリアと一緒に走りだす。
「おい、おっさ…」
「うおおああ!」
「おい!」
 急ごうとしたクリフに、先ほどからもたついていたアドレーは足をもつらせて、派手に
すっころぶ。それに釣られて、クリフのスピードががくんと落ちた。
「しっかりしろ!」
「す、すまん」
 クリフは激しく叱咤し、アドレーは肩で息をするほど呼吸が荒いながらも、どうにか立
ち上がる。
「おい急げ! 向こうから来やがるぞ!」
 きちんとしんがりを努めてくれているアルベルが、廊下の奥を見据えて、立ち止まる。
どうやらいっせいに政府軍が乗り込んできたらしい。
「急ぐぞ!」
「お、おい、待て…」
 やっと立ち上がったアドレーに、クリフは後ろを振り向かずに、彼の手をとり、走りだ
した。結局、アドレーは立てなくなり、そのままずるずると廊下を引きずられる。それで
ももう構わずに、クリフはミラージュの待つ端末のある部屋へと走った。
 それを見届けて、背後を気にしながらもアルベルも走りだす。
 そこへ、ひらりとアルベルの前を横切るものがあり、思わず彼は足を止めた。


「全員来ましたか?」
 いつもは慌てないミラージュも、タイムリミットが近いと少し焦っているようだ。よう
やくアドレーを引きずって、クリフが飛び込んできた。
「ハァッ、ハァッ、くそっ…。アルベルの野郎で最後だ…」
 なおもアドレーを引きずり、クリフは端末の上に乗る。ソフィアの方も、すぐにでも作
動できるように準備していた。
 ナビを見れば、どうにかまだ少しだけ時間に余裕がある。
 ところがである。すぐに来るはずのアルベルが来ないのだ。残りわずかな時間を示すナ
ビの時計がみんなをさらに焦らせる。
「どうした? なんで来ねぇんだ、アイツ?」
「すぐ後ろを走ってたんでしょ!? なんで!?」
 思わずあせりだす面々。
「アルベルちゃーんっ! 早くっ! もう時間がないよっ!」
「クソッタレがぁ!」
 スフレが叫ぶと同時に、部屋の外で剣を振りかぶるアルベルが見えて、なにやら衝撃波
を飛ばすと、すごい形相で飛び込んできた。
「急いで乗って下さい! 行きますよ!」
 間一髪、アルベルが波打つボードに乗ると、ソフィアはすぐさま端末を作動させる。



 フウウゥゥゥン…。
 エターナルスフィアを通る時の不思議な浮遊感は相変わらずで、急いで走ってきた面々
には、それが妙に安堵できた。
「うわぁぁーっ」
 端末を通り、スフィア社に戻ってきて、フェイトは思わず声をあげて、その場にへたり
こんだ。フェイトだけではない。マリアも一緒にへたりこんだのだ。走りっぱなしが続い
た上に緊張からくる疲れが、今になってドッと出たのだ。
 ソフィア達のグループは余裕があったようで、ほっとした表情でへたりこんだ二人を見
た。
「くそっ!」
 未だにアドレーと手をつないだままだった事に気づき、クリフは舌打ちして手を離す。
そして、思わずその手をナース服で拭いてしまった。その時にあがった、アルベルのひど
く忌ま忌ましげな声に、クリフだけでなく、全員が振り返った。
「このクソ虫めがっ!」
 ばふっ!
「おうっ!?」
 アルベルは手にしたものをアドレーの顔面に投げ付けた。
「え…?」
 それを見たソフィアはかすれた声を出し、ミラージュ以外の全員が顔をしかめさせた。
「てめえがなにか落としたと思って拾ってみりゃそれかよ! そんなものを拾って遅れた
なんざ、俺は正真正銘の阿呆だっ!」
 アドレーの赤いフンドシを投げ付けて、アルベルはカンカンに怒っていた。どうやら、
それを拾っていて、遅れてしまったらしい。
「いやー、悪かったのう。この服は短すぎていかん。クリフ殿に引きずられているうちに
脱げてしまってのー。いや、悪かった!」
 悪びれなく、アドレーはからからと笑って謝っているが、アルベルは顔を引きつらせて、
ますます睨みつける目付きをキツくした。
「ちょっ…、ここで着替えるのはやめてよ!」
 その場でフンドシを着けようとするアドレーに、マリアも顔を引きつらせて怒鳴りつけ
た。ちなみにソフィアはこの時すでに気を失ってネルに支えられていた。
「あー? しかし、着けぬより、着けた方が良いに決まっとるじゃろうが?」
「ここでやらないで! しゃがまないで!! 動かないで!!!」
「最近の若い娘は無茶を言うのう…」
 だんだんと声が大きくヒステリックになっていくマリアに対し、アドレーはあくまで落
ち着いている。
「……私達からこの部屋を出よう」
 頭痛がひどくてたまらないネルは、黙っていた口を開いて一言、そう言った。


「本当にありがとう」
 シャールはぐっと深く頭を下げて、みんなに感謝の言葉を述べた。あの後、病院には政
府軍が突入し、テログループは残らず逮捕されたという。人質に負傷者は出たものの、死
者が出なかったのは不幸中の幸いである。
 レイリアは落ち着いてから出社するとの事だが、怪我もなく元気だと言う。
「エターナルスフィアの演算速度は相変わらず遅くしているから、少しくらいゆっくりし
ても何の支障はないわ。本当に、重ね重ね有り難う」
「あ、いや、その…」
 こうやってお礼を言われるのは、なんとも照れるものである。ナース服を脱ぎ、元の服
装に戻ったフェイトは照れて少し頭をかいた。
「礼と言うものは、いつ聞いても照れるもんじゃのう」
 上半身が半裸であろうが、下半身が半裸であるより何万倍もマシである。アドレーは相
変わらずな様子で豪快に笑っていた。
 アルベルがそんなアドレーを怖い目付きで睨んでいたので、まだ怒っているらしい。
 シャールだけでなく、ブレアや他の開発室の面々からお礼を言われ、たっぷりと謝礼の
品はもらったものの、どこかスッキリしないのはクリフだけではないらしい。
「クソが…。クリムゾンブレイドが聞いて呆れる…!」
 未だ怒りが覚めやらないアルベルがネルにも聞こえるように言っていたが、今回ばっか
りはクリフも同じ気持ちだったし、さすがのネルもそれに反論しようとさえしなかった。
 あの国にとっては誇り高い存在であるクリムゾンブレイドだろうが、先代がアレではネ
ルも大変かもしれない。実力はあるのだろうが…。
 アルベルの気持ちもネルの気持ちもなんだかわかってしまったクリフは、ただため息を
吐き出すのみであった。

「…なんか…今回は疲れたわよね…」
 マリアがひどく憂鬱そうな口調で、ひたすらに疲れた表情を浮かべてつぶやいた。エタ
ナールスフィア、つまりはエリクールへ戻るため、彼らは賑やかなジェミティを歩いてい
た。
「同感だ…」
 クリフもため息をついてそれに同意する。せっかくの女性陣のナース姿も、あんまりに
もあんまりな思い出によって、ただただ恨めしい出来事になってしまった。
「……けどよ」
 今まで怒って黙っていたアルベルが、あまり怒っていない様子で口を開いた。
「……もしかして、あの衣装。やっぱり女物だったんじゃねえのか?」
 訝しげな口調で、小さく眉をしかめる。
 思わず、それを知っている人々は立ち止まって彼を見た。今更というか、彼は今まで何
だと思っていたのだろうか。
「やだなあ、アルベルちゃん。潜入用の変装なんだよ? 男も女も、関係ないって言った
じゃない」
 相変わらずにスフレはにこやかに、裏手でアルベルの腹をポンと叩いたのであった。
 ジェミティは、今日も平和である。


                                                                         END

























えーと、ギャグのつもりです。
ノリと勢いがこの話のすべてでございますので、なんだか無理があるっぽい設定やら、矛
盾とか、細かい所は突っ込まないでやって下さい。
以前とったアンケートで「ギャグが読みたい」との感想をいただきましたので、書いてみ
ました。
一応、この話はクリフが主人公のつもりですが、私がアルベル好きなので、ちょっとヒイ
キされてると思います。…まあ、全員あんまり良い目にあってない気もしますが…。
しかし、10人もいると、大変です。結果、ほとんど活躍しないキャラとかいます。一応、
全員それなりにやっている事があるので、誰かを削るわけにもいかず…。…でも、10人は
多いよな…。やっぱり…。