「……というわけなの。…それでね」
 セフィラからブレアの声が流れ出る。ソフィアは抱える程の銀色の玉を持ち、真剣な瞳
でそのセフィラを見つめていた。
「…ごめんなさい、ちょっと待ってね。…なに? シャール?」
 話途中だというのに、ブレアの方から話を止め、なにやら向こうの方で誰かと話してい
るようである。音声のみの通信となるので、向こうで何が起きているのかわからない。
「ええ!? 本当なの!? 大変じゃない!」
 セフィラの向こうのブレアの驚いた声。ただならぬ雰囲気にその場にいた全員が顔を見
合わせる。
「あ、あの! ブレアさん! どうしたんですか!?」
 たまらなくなって、ソフィアはスフィアに向かって話しかける。
「あ、ああ、ごめんなさいね。実は…」
「大変なのよ。あんた、アタシの妹のレイリアっていうの覚えてる?」
 ブレアの話に割り込んで、少し切羽詰まった別の女の声が聞こえてくる。またもや顔を
見合わせる面々。ネル達の間では女神の名前である。覚えてるもなにもと言ったところだ
が、クリフなどは覚えていないらしく、少し眉をしかめる。
「開発室にいて、色々お薬をくれたり、必要なものを売買してくれた方…ですよね?」
 だが、ソフィアはきちんと覚えていたようで、セフィラを持ちながら答える。
「そうそう。その子。あの子、ベリアルさんのお見舞に病院に行ったらさ、病院にテロ組
織だかなんだかが入り込んじゃってさ、色々機能停止させられて、連絡もつかない状態な
のよ!」
 もう一度、顔を見合わせる面々。こんな時に、あちらの世界で事件とは。
「あんたら、あの幹部二人を倒せる程の力を持ってるんでしょ? ちょっと協力してくれ
ない? もちろん、エターナルスフィアの崩壊をくい止めるのは無理でも、少しでも時間
を遅らせる処理は施させてもらうし、お礼の品もいくつかつけるわ! テロ組織から病院
を解放するのを手伝ってほしいの!」
 まさかこんな事を頼まれるとは思ってもおらず、みんなはやっぱり顔を見合わせた。


「悪いね。本当はこんな事を頼める義理でもないんだけど」
 スフィア211ビルの開発室で、妹救出を頼んできたシャールは少しこわばった顔で一
行を出迎えた。
「さっきの約束、守ってくれるんでしょう?」
「それは約束するわ。もうオーナーはここにはいないし、幹部二人も今は入院中だからね。
ここにいる全員でエターナルスフィア内の演算速度を遅らせるわ」
 マリアの問いに、シャールは強く深く頷いた。彼女の周りにいるブレア並びに開発室の
面々も心得ているようで、一緒に頷いた。
「というと?」
「だから、オーナーがどう入力しようと、それを実行する演算速度が遅ければそのプログ
ラム自体は止める事はできなくても、それを遅らせる事はできる。一時しのぎでしかない
けど、有効な時間稼ぎよ」
「ちょっと待って。それって…」
「そう。あんた達がこちらに来ている場合のみの手段。ようはウラシマ状態になってしま
うんだけど。そんな何年もこちらにいるわけではないし、こちらとしては、これだけのお
礼を用意しているわ」
 マリアのあげた声にわかっているという風に頷き、シャールは言ってしまえば一時しの
ぎ対策でしかない事を白状する。彼らの世界崩壊を考えれば自分がどれだけ勝手な願いを
しているかわかっている。それがわかっているだけに、シャールとしては自分でできる限
りのものを用意しておいた。
「リザレクトミスト、リザレクトボトル、フレッシュボトルをそれぞれ20個。もちろん、
効果は最高のデキを保証するわ。他にもこれだけ用意しておいたわ」
 言って、近くにおいてあった箱を持ち上げて、マリア達の前にどんと置く。彼女の用意
した薬だのなんだのが、どれも質の良いものばかりを揃えてくれたようだ。
「これで足りなければ、もう少し時間をくれれば用意しておくわ。お願い!」
 真剣な瞳で見つめられ、シャールは頭を下げた。ここまでされてしまっては、断る理由
も見つからない。マリアはため息をついた。
「…わかりました。僕たちでよければ協力します」
 そしてやっぱり、フェイトが一歩出てそう申し出たのであった。

 テロ組織による病院乗っ取りは大ニュースらしく、開発室で一番大きなビジョンがその
報道にチャンネルが合わせられ、全員がリポートされる様子を見つめていた。
「オールドシティ中立病院では、メインコンピュータ等、すべて破壊され、通信遮断フィ
ールドを張っており、中で何が起こっているのかさっぱりわからない状態です。犯人側か
らの要求は未だ出ておりません。これに対し政府は…」
 リポーターの女性が病院と思われるビルの前でカメラと手元の資料を交互に見ながら状
況を説明している。
「すべてコンピューターで統括しているため、それを破壊されると弱いのよ」
 ブレアは苦笑して画面を見る。
「ハイテク社会の脆さってか。あまりこっちと変わりねえんだな」
「それに頼りきってる以上、それが壊された時の問題は深刻なの。一応、こちらでも軍と
いうのはあるんだけどね。あなた達の戦いを見て思ったけれど、シミュレーションと実戦
は違うという現実を私達は知らなさ過ぎる。あの幹部二人がやられたのだって、そこだと
思うのよ」
「なるほどね」
 何故シャールがわざわざ自分たちに頼んできたのか。いまさらながらわかるような気が
してきた。
「命を懸ける覚悟とでも言うのかしらね? それがあるないっていうのはだいぶ違うよう
ね」
「生き物の不思議ってヤツだろうさ」
 クリフの微妙な皮肉に、ブレアはまた苦笑した。このビジョンを見せながら、それにブ
レア達が途中途中口を入れるといった具合に状況説明がなされているのだ。
 その合間にシャールは一人でなにかキーを打ち込んで入力している。
「で? どう? シャール」
 どうやらそれが終わったらしい彼女にブレアが声をかける。
「うん。現在の病院内の状況はもちろんわからないけれど、残ってるデータから照合して、
ここから入り込めるようね。正常にコンピューターが機能している時は人物照会があるは
ずだけど、今ならそれもないようね。あなたたちならここに入り込める」
 シャールの目の前の画面に病院と思われるビルが線で映し出され、入り口と思わしき場
所が赤く点滅する。
「中のコンピューターがお釈迦になってんのに、何でそんな事ができるんだ?」
「病院内にもエターナルスフィアへの端末があるわ。だから、エターナルスフィアを仲介
して病院内にもぐりこめるのよ。たとえあちらのコンピューターが機能していなくても、
ソフィアちゃんの力を使えば無理やりにでも入り口を開けるはずよ」
 確かにそういう反則的な事をできるのも彼らだけだ。シャールは相変わらずの口調で説
明を続ける。
「ただ、内部の状況がどうなっているのかさっぱりわからない上に、あなたたちが突然や
って来たらテログループも混乱するわよね…」
「じゃあ、内部に入り込んでも怪しまれないようにすれば良いって事かい?」
 潜入などをもっとも得意とするネルが、マフラーで口元を隠しながら少し低い声で言う。
「そういう事。つまり……」

「変装ね…」
 マリアはため息をつきながら手渡された白衣を眺めた。オールドシティ中立病院のナー
ス制服を人数分用意してもらい、怪しまれないようにナースに変装するのだ。
 古典的だが有効な方法である。制服の効能というのは、世界が違っても変わりないらし
い。
「看護婦さんって、昔、憧れたんですけど…。デザインはちょっと古い感じですね」
 むしろ喜んでナース服を着たソフィアが、対になっている帽子をかぶりながら、鏡で確
かめる。男女ともに更衣室としての個室に通され、女部屋で彼女たちは着替えていた。
「……こ、これで良いのかしら?」
 ソフィアの大きな胸のふくらみをほんの一瞬だけ睨みつけて、マリアは慣れない手つき
で帽子をかぶる。それを、ソフィアが手伝ってくれる。
「ちょっと待って下さい。えっと…、……はい、良いですよ」
「ありがとう」
「みなさん、着替え終わりましたね」
 なぜかミラージュだけ白衣の上に紺色のカーディガンを羽織っていたが、それがまた似
合っていた。
「えへへ、なんか、ドキドキするね」
 ソフィアと同じく嬉々としてナース服に着替えたスフレが胸をおさえている。
「じゃあ、その「なーす」って言うのは…」
「ええ。簡単に言えば医者の助手の仕事です。病院ですからね」
「なるほどね」
 ネルはミラージュから「ナース」の職を簡単に聞き出していた。潜入工作みたいなもの
は彼女の専売特許というか、本職だから飲み込みも早いようだ。

「おーっ! 着替えてきたな!」
 女性陣の看護婦姿にクリフは喜んで手を打ち鳴らした。こういうのを見ると、オヤジく
さいとマリアは心底思う。
「いいじゃねえか。ちょっと古いデザインだが、そこがまたそそるじゃねえの!」
「クリフ。コスプレとは違うのよ」
 腰に手をあてて、マリアは上目使いにクリフを睨みつけた。にやけた笑みが下品でマリ
アはクリフのこういうところが好きになれない。
「…ところで、何故まだ着替えてないんですか? 人数分渡されたはずなのでは?」
 未だ着替えないまま、ここにいるクリフとフェイトを見てミラージュが少し首をかしげ
る。
「それだよ、それ! 冗談じゃねえよ!」
 ミラージュがそう言うと、待ってましたとばかりにクリフが彼女を指さした。それに呼
応するかのように、疲れたように椅子に腰掛けたフェイトが、手にした白衣を憂鬱そうに
眺めてため息をついた。ここはシャール達がフェイト達に用意してくれた部屋で、それぞ
れの更衣室とつながっている。
 フェイトの隣にはロジャーが腰掛けている。さすがに彼に合う白衣はないし、それに彼
の場合はその小さな体をいかして別行動をする手段となっているため、彼だけは変装して
いない。
「どうしたんですか?」
「見てみろ、コレ!」
 そして、クリフが腰掛けていた場所に置いてある白衣を手に取り、ばっと広げて見せた。
「……………」
 あまり驚かないミラージュがきょとんとした表情を見せた。
「………女性用のデザインですね」
「そうなんだよ! なんで俺たちがこれを着なきゃなんねーんだよ!」
「………せ、説明はあったの?」
 さすがのマリアも戸惑いながら、クリフが広げて見せているナース服を見上げた。
「…乗り込める端末が婦人科の病棟なんだって…。必然的に看護士は女性しかいないわけ
でさ…。おまけに、女性用の方が調達しやすいっていうのもあって…。コレ…」
 フェイトは珍しく情けない弱りきった声を出して、同じく手にした白衣をちょっと上げ
て見せる。
「ど、どうしてまた…」
「シャールさんが政府軍にハッキングして調べた情報によれば、テログループは婦人科病
棟にはいないらしくてね。犯人側の配慮なのか、それとも単に目的違いなだけなのか。そ
れはわからないそうだけど…。だからって何で僕がこんな事…」
 説明を受けて納得できないわけではないが、実行するとなるとそうできる事ではない。
「クリフちゃんもフェイトちゃんも、ここでワガママ言ってる場合じゃないじゃない」
 渋る二人に叱咤の声は意外なところから上がった。スフレだ。腕を組んで見せて、口を
とがらせてクリフを見上げる。
「けどよ、スフレ。ものには限度ってもんがあるじゃねえか」
「クリフちゃん! そういうのを大人気ないって言うんだよ! 見なよ! アルベルちゃ
んはちゃんともう着替えてるよ!」
「なにいぃぃぃっっっ!?」
 思わず驚いて、クリフは驚いてスフレの差し示す先を見た。そして絶句した。
 いつの間にかアルベルが、ナース服を着て刀を持って立っているではないか。少し丈が
短いのはサイズが小さかったのだろうか。それにいつもの長手袋とニーソックスをはいて
いる。彼のトレードマークと言えるガントレットは、小手の部分だけ装着していた。
 口を大きく開けたまま閉められないクリフとフェイト。
「……なんだ…」
 二人に凝視されて、相変わらず不機嫌そうに低い声を出す。全体的に細いアルベルなの
で、少しガタイの良い女性と言えば通じなくもない雰囲気がある。
「スースーする服だな。こんな服で医者の助手が勤まるのか?」
「アルベルちゃんは背が高いからね。短くなっちゃうのはしょうがないよ」
 そういう問題なのかわからないが、スフレが妙に満足そうにアルベルを上から下まで眺
める。
「だから、ホラ! クリフちゃんもフェイトちゃんも! 早くした方が良いんでしょ!?」
 情けない事だが、クリフもフェイトも今のスフレに反論ができなかった。

「おう、終わったぞ」
 フェイトは未だ恥ずかしがっていたが、クリフはいい加減に肚が座った。羞恥プレイで
あろうが何だろうがやるしかないのだ。
 マリアは振り返り、一瞬絶句すると口元をおさえて背中を向けてかがみこんだ。肩を震
わせているところ、笑いを必死でこらえているようだ。ソフィアはクリフを見て一瞬顔を
引きつらせたが、後ろに続くフェイトを見てマリアと同じ事をする。
 年頃の乙女にとっては刺激が強いようだ。
 クリフの巨体に用意されたナース服はやはり少し小さかったようで、ピチピチと肉体に
張り付いている。スカート部分なんて、タイトになってしまっている。もっとも、特殊な
素材を使っているらしく、小さくとも動きにくい事はない。問題なのはアルベルと同じく
丈が短い事だろう。予備の着替えがあるので急遽トランクスからボクサーパンツに変えた
が、股の透き間から吹き込む空気が微妙に寒いかもしれない。女の生足披露は大歓迎だが、
自分や男の生足披露は見たくもなんともない。
 自分だって見苦しい事は百も承知である。
 その点、フェイトはまだ若い事もあって、クリフほどに異様な空気はない。確かに、そ
ろそろ体つきがガッチリしてくる頃なので、妙に骨太な印象を受けるが、隣にいるクリフ
の方が存在感が強すぎて、普通に見えてしまう。
「着替えは済みましたか? アドレーさんはまだでしょうか?」
 あくまで冷静に対応するミラージュはある種尊敬するというか、ここまでくると、むし
ろ怖ささえ感じそうである。
「あのオッサンなら少し手間取ってるようだったぜ。じきに来るだろ」
 さすがに不機嫌さは隠せずに、クリフは低い声で言う。
「クリフ。アルベルさんみたいに、ニーソックスでもはいた方が良いんじゃないですか?」
「あ? 何でだよ」
「スネ毛が目立ちます」
 恥ずかしがっていたフェイトでさえも、口をおさえて吹き出してしまった。まったく面
白くもなんともないクリフだが、女装というより、潜入用変装として考えればミラージュ
の意見は真っ当であった。
「網タイツでもはいてやろうか!?」
「病院ですから、それは不自然ですが。何かないかシャールさんに尋ねてきます」
 もはやミラージュの冷静さは異常ささえも感じる。自棄っぱちに言ったクリフにやっぱ
り冷静に答えて、ミラージュはこの部屋を後にする。
 このような格好をしていなければ、白衣のミラージュの後ろ姿をそそるとか良いとか思
いながら見れるはずだったのに。今のクリフにとってはすべてがただただ恨めしげな世界
に見えてしまう。
「あのっ…、あのっ…、その…、ご、ごめんなさい…」
 とうとう涙まで流して笑っていたらしい。苦しいらしい腹をおさえながら、ソフィアは
何とか顔をあげる。
「え、えっと、ごめんなさい。不愉快ですよね…」
「…しゃあねえよ。こうするより他ねえって言うんだからよ」
 ため息をついて、クリフは頭をかいた。不本意であるが、もう仕方がない。もう割り切
るというか、開き直るしかないだろう。
「その……えと……お似合いですよ」
「嬢ちゃん。そういうフォローはいらねえんだよ」
 ソフィアのトンチンカンな取り直す言葉が、なんだか悲しい気分にさえさせてくる。
「…なあ…」
 今まで黙っていたアルベルが声をあげたので、全員がそれに注目した。
「…さっきからもしやと思っていたが。コレ、女物の服なのか?」
「もう、アルベルちゃんたらなに言ってるの。潜入用の服なんだから、男も女も関係ない
んだよ!」
 まるで突っ込むように、スフレが笑いながら裏手でアルベルの腹をぽんとはたく。スフ
レのナース姿は可愛いが、道化のような派手な靴と、真っ赤なケープがなんだか妙だ。彼
女の武器だから仕方がないのだが。
「え? でも、さっき…」
 今までずっと黙っていたロジャーが口を開くと、スフレが普段滅多に見せないキツイ目
つきで彼をキッとばかり睨みつけた。思わず萎縮するロジャー。
 余計な事は言うな。スフレは眼力で語ってロジャーを黙らせた。
「…………そうか……」
 いまいち納得がいかなそうであったが、わからない世界の事だったので沈黙してしまう。
 結構簡単に騙せるんだなあとか思いながら、クリフがアルベルを眺めていると、扉の開
く音がして、ミラージュが姿を現した。
「借りてきました。コレをはいて下さい」
 言って、いつもと変わらぬ表情で黒いニーソックスをクリフに差し出した。しばらく無
言でそれを眺めていたクリフだが、ため息をついてそれを受け取った。
「ちょっと。見苦しいから、更衣室へ行ってよ」
「ああ? しゃあねえだろ」
 更衣室へ移動するのも面倒くさがったクリフが、その場でニーソックスを履きだした。
さすがにマリアが顔をしかめてそう言うと、彼も負けじと顔をしかめて言い返す。だが、
そこでちょっとしたいたずらを思いついた。
「ちょっとだけよ♪ ってか?」
「やめてよ!」
 クリフが片足をあげてニーソックスを軽く脱いで見せたので、マリアは顔を引きつらせ
て怒鳴った。
「悪趣味ですよ、クリフ」
「けっ」
 マリアに嫌がらせをしているクリフに、ミラージュが軽くたしなめる。と、そこへカラ
コロと下駄の音がした。
 間違いない。アドレーである。本当なら、全員ナース服でいきたい所であったが、彼は
立派なヒゲも生えているし、歳もとっているから、威厳ある医師に見せようという事で、
彼にはナース服ではなく医者用の服を与えられていた。
 ずるいとは思ったものの、彼のナース服は確かに目の毒なので、文句を言うつもりはな
かった。フェイトもクリフと似た考えらしく、アドレーに与えられた服を見た時、一瞬か
なり遠い目をしていた。
「おう、待たせたのう! やはりここは、フェイト殿達と同じ服にするべき事が大事だと
思うてのう! こちらに変えたわい! 待たせてしまってすまんのう!」
 世にも恐ろしい発言をしながら、アドレーが下駄を高らかに鳴らせて歩いてきた。
 まさかと思い、クリフが振り向くと、そのまさかが歩いてこちらにやって来る。
「イヤアアア!」
 思わずソフィアが悲鳴をあげてマリアに抱き着いた。いつもはクールなマリアでさえも
青ざめて、引きつった表情になる。
 変装、という事で上半身を剥き出しにする事はせず、みなと同じナース服に身をつつみ、
クリフと同じようにそれは彼の全身をぴっちりと包み込んでいた。それだけでも見るに耐
え難いシロモノになっている上に、ナース服のスカートの下から赤い、ヒラヒラとした物
がぶら下がっている。
「アドレーさん。渡された服はお召しにならなかったんですか?」
「うむ! ワシだけ別というのも寂しいではないか。それに、全員で同じ服に変装してこ
その潜入工作であろう!」
 ミラージュが少し困ったように言うと、アドレーは相変わらずの大声でそう言って、豪
快に笑って見せた。
 そういう問題じゃねえだろ、二人とも。
 クリフは絶句して言葉は出なかったものの、思わず脳内で突っ込む。突っ込んだところ
で動じる二人ではないのはわかっている。
「えーと…。アドレーちゃん、その赤いのは…」
 この場で、ミラージュに続いて発言できたスフレはやはり大物かもしれない。すこし引
きつった笑顔で、スフレはその赤いぴらぴらしたものを指さした。
「うん? ああ、男子たるもの、下着は赤フンドシと相場は決まっておる! この服が小
さいせいではみ出てしまったがどうしようもなくてのう。ちと邪魔じゃが仕方ないわい!」
 そしてまた、アドレーは豪快に笑っている。彼をよく知るネルは頭痛がしてきたらしく、
深いため息をつきながら、苦い顔付きで頭をおさえていた。
「みんな、用意できっっ……」
 待ちきれなくなったのだろうか。シャールが扉を開けて飛び込んできて、この光景に絶
句した。自分で用意しておいて何だが、なかなかに壮絶なモノになっていた。
「……………」
 茫然と突っ立っていたシャールだが、やがてハッと我に帰った。
「え……ええと……そうそう! 転送準備ができたの! 行ってくれる?」
「うむ! すべて我らに任せておくが良い! 妹殿の救出と悪党どもの掃討、すべて滞り
なくこなせて見せるわ!」
 ばっと右足を出して身を乗り出すようにして、シャールに向かって余裕の笑みを浮かべ
て見せる。
 シャールは後ずさるほどにたじろいで、引きつった笑みを浮かべた。



                                                             to be continued..