ポーン…、ポポン! ドンドン!
 抜けるような青空に花火が打ち上げられ、綿のような煙を出して、大きな音を響き渡ら
せる。
 鋭い笛の音が響き、それを合図に鼓笛隊が音楽を奏ではじめる。
 人々のにぎやかなざわめきにも負けぬ鼓笛隊の音楽が、シランド中に響き渡るようであ
った。
「戦闘をしに行くわけではない。そのガントレットは外して行け。武器は剣だけで十分だ
ろう」
 あまりアルベルにどうこうは言わない国王だが、さすがについこの間まで戦争をしてい
た国に赴くともなると、やはり気を使うようだ。
 以前のアルベルなら、聞き入れはしなかったろうが、今はあの時の程のようにいちいち
反発する気にはならなかった。小さく鼻を鳴らしただけで、わりと素直にガントレットを
外した。
 式典用の黒地に銀糸模様の礼装軍服に、白い手袋。長袖だから、焼けただれた肌を露出
する事はない。愛用の魔剣クリムゾンヘイトは、いつもの鞘ではなく、黒塗りに金細工を
施された華美な鞘におさめられている。
「ジジイは役得だな。年寄りってだけで、こんなクソ面倒くせぇモノに出なくて良いとは」
「未だ国内がごたごたしているというのに、ウォルターまでもがここに来るわけにもいく
まい」
 あまり広くはない馬車の中。国王専用とはいえ、彼の性格を反映してか、剛健で重みの
あるデザインの外装にしては、内装はほとんどなく、質素そのものであった。
 中では男二人が顔を突き合わせて、馬車に揺られている。
「シランドは相変わらず豊かだな」
 窓の外から望む、にぎやかで楽しげな人々を眺めながら、彼は目を細めた。
「まだ欲しいと思っているのか?」
「いや。ただの感想だ」
「フン」
 長い足を組み替え、アルベルは面白くも無さそうに鼻を鳴らす。軍服もブーツも黒いた
め、動くたびにマントの裏地の紅が暗い室内に妙に映えた。
「ドラゴンを使えば早いってのに、のんきに馬車かよ。やってらんねえぜ」
「たまには良いだろう」
 穏やかな声で、国王が返す。額の、月桂樹に似せた造りの冠にはいくつか宝石があしら
われていて、頭が少し重い。
 国王はファーで縁取られた藍色のマントに、あまり目立たない色だが装飾に重きを置か
れた鎧を身につけ、こちらもいつもよりは少し華美ないで立ちであった。
 お互いに式典とかでないと、身につけないものばかりだ。
 それが慣れないのか、少し落ち着きなげに、アルベルは息を短く吐き出す。
「ふん…」
 相手が国王だというのに、アルベルはまるでぞんざいな態度で、顔をそむける。しかし、
国王の方もそれをとがめるわけでもなく、小さく苦笑しただけであった。

 タパラターッ! ドンチャカドカドカ!
 アルベルにとっては雑音でしかないのだが、一応は自分たちを歓迎するための音楽であ
る。ついこの間までの敵国の国王や将軍相手に、心底からの歓迎などしていないに決まっ
ているであろうが、彼らも仕事でやっているのだ。
 軽くため息をついて、アルベルは国王に続いて騒音の中を歩いて行く。人々の花道の先
にはシランド城の中庭へと続いていた。
 抜けるような青空に、白いシランド城が悠然とそびえている。今回、城の方に用はない
が美しいあの城は、建造物に興味もないアルベルでさえも目を引く存在であった。
 シランド城を一瞥して、アルベルはあまりシャッキリしない様子で人々の花道を歩く。
 今日は戦争終結と、両国の友好を祝う記念式典が催される。アーリグリフ側はあまり乗
り気ではなかったのだが、シーハーツ側の申し入れに断る理由も無かった。なにより、ア
ーリグリフ国王はシーハーツ女王の姪との結婚を間近に控えている。
 式典の面倒な挨拶などはすべて国王の仕事だ。自分は彼の護衛でもあり、そして、招か
れた賓客でもあった。
 アーリグリフ軍「漆黒」団長であるアルベルまでもが招かれたのは、世界を平和に導い
た「英雄」の一人でもあるからだ。アルベルはそんなものに出たくは無かったのだが、国
王の護衛という事で、仕事として結局来る事になった。
 シランド城の中庭は広々としており、青々とした芝生に混じって小さな花が咲いていた。
 今日は式典、という事で人々は正装し、簡易式の立食パーティーが行われる。そのため、
中庭には簡易テントが立ち並び、白いクロスがかけられた長机も設置されていた。人々は
慌ただしげに料理を机の上に運んでいた。
 料理の運び途中だが、式典の開催の音楽が鳴り、進行の誰かが何か喋っている。シラン
ド側の挨拶も、自国の王の挨拶も、アルベルの耳は右から左に通り抜けるだけだ。
 国王があちら側との挨拶が終った後、アルベルは国王からある程度の距離を保ちながら
も、ぼんやりと中庭を見回していた。
「よう!」
 まるで場違いに感じる、底抜けに明るい子供の声。
「久しぶりだなー、兄ちゃん!」
 タヌキの耳にタヌキのしっぽ。メノディクス族の少年が、着慣れない一張羅を着て、早
くも口に肉をほおばりながら、手をぶんぶん振っている。
「兄ちゃんも、着替えたんだな。いつもの服じゃねえんだな!」
 骨つき肉をしゃぶりながら、短い足でこちらへ駆けてくる。
「……何で、てめえがここいいる?」
「えー? へへっ、オイラこれでもいっぱしの英雄だぜ? え・い・ゆ・う! ユーシャ
様だな! へへへっ。オイラだってばっちり戦ったかんな! 招かれてトーゼンってヤツ
だな」
 手にした食べかけの骨付き肉が妙にしまらない感じだが、ロジャーは空いた方の手を腰
において、大きく胸をはる。
「とうちゃん、かあちゃんも呼んでよ! それから、近所のヤツらも引き連れて来てやっ
たぜ」
「は?」
 アルベルは眉をひそめて、ロジャーを凝視した。ロジャーの父親と言えば長く下らない
話しをする男で、彼の家に泊まった時は、食事はともかく、その長話だけが激しく不愉快
であった記憶がある。
「ほれ」
 ロジャーの指さす先には、おのぼりさんよろしくメノディクス一族ご一行が、シランド
の中庭でわいのわいの群れをなしてさわでいた。
 彼らは特有のなまったイントネーションで、口々にのんびりと大声で会話している。頑
張ったのか、やっぱり着慣れない一張羅をみんな着ており、そのちぐはぐさが返って浮い
ている状態で、とにかく、異様な集団になっていた。
 そんな彼らを目の当たりにしたアルベルは激しい脱力感を覚え、ほんの一瞬だけ、目の
前が暗くなった。
「おーい! 父ちゃん! 母ちゃん! オイラと一緒に旅した兄ちゃんだぜー!」
「呼ぶな、オイ!」
 と言ったところで聞き入れるロジャーではないし、あげてしまった声を引っ込める事な
どできない。
「おおー! そうかそうか! 息子のお友達ですな!」
「あーら、今日はまた随分と良い男になっちゃって」
「あんれまあ、ええおとこでねえか。さっすが都会はちがうでなぁ」
「ほんとだなー。はるばるシランドまで来たかいがあるべ」
 恐ろしい事に、メノディクス一族ご一行がわらわらとアルベルの方にやって来る。
「いやいやいや。ウチのロジャーがお世話になって」
「あんた、ウチに泊まった事があったねえ。なんだかピラピラした服を着てた人だろ?」
「んー? そうだっけか?」
「あたしゃ覚えてますよ。頭がプリンみたいな人だって、記憶にあるんだから」
「頭がプリンか! なるほどー。そういやあそうだな」
「いやー。やっぱ都会は違うなぁ。頭がプリンの兄ちゃんがいるのか」
「ここは、きれーなおねえちゃんも多いしなあ」
 なまったイントネーションで口々にしゃべくる彼らを、片っ端から蹴り飛ばしたい衝動
をどうにかこらえ、アルベルはロジャーを睨みつけた。
「シキテンって、祭りって言うからよー。オイラの親戚全員集めて来てみたんだ。ちょっ
と、大人数になっちまったけどよー」
「………………」
 歯を見せて大口で笑うロジャーの顔面に蹴りをいれたくなったが、これもどうにかこら
えた。まったくあの「歪のアルベル」とあろう者が、随分と丸くなったものである。
「紹介するぜ。オイラの父ちゃん、母ちゃんは会った事あるよな? 父ちゃんの兄ちゃん
と、父ちゃんの母ちゃんの弟と、父ちゃんの父ちゃんの兄ちゃんと、それから、父ちゃん
の従兄弟と、又いとこと、母ちゃんの妹の友達と、その従兄弟と……」
 ぶしっ。
 とうとう我慢できなくなって、アルベルはよどみなくしゃべるロジャーの顔面を正面か
ら踏み潰した。
「なにすんだよ、兄ちゃん!」
「俺はてめえの親戚を覚える気はねえ」
 しかも、親戚でも何でもない人間も平気で混ざっているようだ。
「ちぇっ。兄ちゃんもおねいさまと同じような事を言うんだな」
 踏まれた鼻を軽くさすりながら、ロジャーは口をとがらせる。
「誰だって似たような反応するに決まってんだろうが」
「けどよー。来いってゆーから来たけどよー、結局、なにすんだ? 今日?」
 ロジャーは踏まれた鼻の事はもう気にならなくなったらしく、手にしていた骨つき肉を
口に運び、食いちぎる。
「え? おまつりじゃないのかい?」
「食い物がたくさん食えるらしいから、そうなんだろ?」
「なにか、躍ったりするのか?」
「歌ったりもするべか?」
「ま、なんだって良いべ」
 式典の目的もよくわからないままにやって来るのはロジャーらしいが、彼らの親戚その
他の人々もあまり気にしていないのが、もう何とも。
「で? なにすんだ? 今日は」
「さあな」
 親戚その他同士でしゃべってもわからないものは、わからないので、ロジャーはアルベ
ルを見上げるが、返ってきたのは素っ気ない返事であった。しかも声の調子がかなり不機
嫌そうである。
「ああ、ロジャー。こぼしてるよ。せっかくの一張羅なんだから、もう少し気をつけなよ」
「なんだよ、母ちゃん」
 ロジャーの母親がポケットからハンカチを取り出して、こぼした食べ物をふき取る。う
ざったそうながらも、ロジャーはあまり嫌がってはいないようだ。
「これでいいかね」
「んー」
 汚れをふき取ったあと、崩れた襟をなおし、どうにか整える。その手つきが優しくて、
アルベルは知らずその手つきをぼんやりと眺めていた。
「アルベル」
 自分を呼ぶ声に振り向けば、国王が向こうに立っていた。彼はロジャーを軽く一瞥して、
国王の方に向かう。
「俺たちの席はあっちだ」
 国王が目で示す先に、アーリグリフ国旗が描かれたテントが設置してあり、机の上に食
事を運んでいる最中であった。数人のアーリグリフ兵士達が忙しく歩き回っており、シー
ハーツ人と入り交じって、食事を運んで行く。どうにも落ち着かないが、出来立てのもの
を食べさせたいという意向のためらしい。確かに、料理は出来立てに限るという説には、
アルベルも頷く。
「本来なら、立食パーティーの中、歩き回って挨拶をするところだが、面倒ならばずっと
あそこにいてもかまわん」
「そうさせてもらう」
 アルベルの性格を熟知している国王は、彼が挨拶回りとかいう事なんかできないのはわ
かりきっていた。
 実際、彼ほどの肩書ともなれば、それくらいの社交はできなくてはならないのだろうが、
あいにく軍事一辺倒の性格である。軍務をこなす事には長けていても、それ以外はわりと
どうしようもない所がある。国王としては、軍人なのだから、それで良いとは思うが、や
はり、こういう場に連れて来るような男ではないなと改めて思う。
 アルベルはその自国のために用意されたテントにまで赴き、食事が慌ただしく運ばれて
いく中、そのへんにある椅子に腰掛け、横柄に足を組んだ。
 ―かったりぃ……。
 胸の内で悪態をつき、ため息をつく。
 随分と態度が尊大だが、これでも相当マシになったのだ。
 そのへんの料理に手をのばそうかと思ったが、まだ準備の途中のようだったのであきら
めて、腕を組んだ。
 庭の中央では、シーハーツ女王が淡々とした調子で挨拶を述べていた。
 彼女の姪が、自国の王妃となる。聞けば、女王の妹の娘だそうだから、あの女王もそれ
ぐらいの年頃の子供がいてもおかしくない年齢だろうに、見た目の若々しさや美しさに、
陰りといったものが見えない。
 女王の言葉はアルベルに耳を右から左へと通り抜ける。
 だが、アルベルはぼんやりと女王を眺めていた。
 長い黒髪に紅い瞳。
 それは、どこかで見た記憶。



                                                             to be continued..