モーゼルの古代遺跡を通り抜け、一行はファイアーウォールに足を踏み入れていた。六
角形が蜂の巣のように張り巡らされた模様の、光ったり半透明だったりする廊下の上、フ
ェイト達は歩いている。
「やっぱ、下に落ちたらヤバイのかな…」
 歩いてる途中、ロジャーは浮く廊下のはるか下に見える、光っているよくもわからない
モノを、少し身を乗り出して見下ろす。
 支えもないのに浮く廊下や、いちいち光る扉(?)やら透明な壁やらと、とにかくエリ
クール出身組には理解しようもない場所へ来て。
 うち二名はとっくの昔に仕組を考えることを放棄して、うち一名はわかりようもないの
にまだちょっと考えてしまい、そしてうち一名はわからないながらも、とにかく好奇心だ
けが旺盛で、いちいち反応していた。
「落ちてみたらどうだ?」
 振り向きもしないで、クリフは平然とした顔で言っている。
「この廊下はいわゆるプログラム上の道だから、下に落ちたら…、プログラムから外れる
事になって…どこへ行くかわからないわ」
 モーゼル遺跡から同行しているブレアは、クリフの言葉が冗談とはわかっていても、本
当にそうしたら大変なのが誰よりもわかっているので、苦笑しながら言った。
「レコダとは違うんですね」
 浮いている―ように見える―衛星都市レコダから落ちてみるとどうなるか。そんな事を
実践した人の結果を聞いているフェイトは、そう口をはさむ。
「そりゃあ、レコダは居住区ですもの」
「そ、そうですよね…」
 思わず馬鹿な事を口走ってしまったと思い、フェイトはちょっと顔を赤らめた。
「みんなも気をつけてね。ファイアーウォールはいわゆる防衛ソフトだから。至るところ
にトラップが仕掛けてあるわ。はぐれたら、指示があるまでジッとしていてね」
「はぐれちゃうんですか?」
 ブレアの言葉にソフィアはビックリして、泣きそうな顔でロッドを両手で握り締めた。
「あちこちに転送装置があるでしょう。侵入者に対して施すトラップとしては、一番しか
けやすいのはそこよ。大丈夫。そうしたら、私の方で検索して捜してあげるから」
「時間はかかるのかしら?」
 今まで黙って聞いていたマリアが、少し眉を寄せながら声をあげた。
「…そうね、飛ばされる先の時間の概念がバラバラだから、どうとも言えないけれど…」
「って事は、ウラシマ効果も有り得るわけか?」
 歩きながら、クリフは顔をしかめる。
「裏島硬貨?」
「だまってろ」
 わかってるわけないロジャーのあげた声に、クリフはやはり見向きもしないでクギをさ
す。
「多少はね。そんな心配するほどの流れる時間の差はないわ。そもそも、ファイアーウォ
ール内の時間の流れ方が特殊だから、あなたが心配するほどの時間のロスはないと思うわ。
施してあるプログラムがそもそも防衛用だから、バグを検索する能率を高めるために、こ
のソフト内の時間の流れ方がゆっくりになってるのよ」
「時間を設定できるんですか?」
「設定できるというか、流れる速度が設定されていると言えば良いかしら? ここもエタ
ナールスフィアの一部と言っても良いから…」
 ながながと続くブレアの説明を、アルベルは平然とした顔で聞いていた。
「あんた…わかるのかい?」
 未だ続くブレアの説明に、ネルは困惑顔をさせて、みんなから少し離れて歩くアルベル
の隣に来ると、そっと聞いてみる。
「いや、全然」
 やはり、相変わらず平然とした顔で、きっぱりはっきり言い切った。
 ネルはため息をついた。きっと、アドレーに聞いても似たような答えが返ってくるのは、
わかっていたからだ。
「まだぐだぐだ考えてやがるのか? 考えるだけ無駄だぞ」
「頭、使わないと馬鹿になっちまうじゃないか」
 アルベルが横目でそんな事を言ってきたので、ネルはムッとした顔で言い返す。
「ほう、じゃ、てめえの頭は使っててアタマ良くなったのか?」
「少なくとも、アンタより退化してないよ」
「ほう…。なら説明してみやがれ」
 今度はアルベルの方が剣呑げに目を細めた。相変わらず顔は前を向けたままで、睨みつ
ける。
「アンタに言ったって理解しやしないじゃないか」
「てめえだって似たようなモンだろ」
「なんだって!?」
「静かにしてくれないかしら?」
 最初は小声だったのに、いつの間にか声のトーンが大きくなっていたらしく。説明を聞
いていたマリアが、怒りをおさえた声で不機嫌そうに後ろを歩く二人を振り返った。
 思わず口ごもる二人。ここが彼らにとってわけがわからない空間で、そして、この空間
をどうにかできる術を持っているマリアに逆らうわけにいかないので。というか、彼らが
そのために大事な話をしているというくらいはわかっているので。
 お互い睨み合いながらも、二人は押し黙ったのだった。
二人の醸し出す殺気に、近くにいたロジャーは少し顔を引きつらせて、身をたじろがせ
た。
「あの二人…。仲が良いのか悪いのか、時々本当にわからなくなるわ…」
 相変わらず不機嫌そうに、マリアは小さな声で口をとがらせた。今までの確執があるか
ら、すぐには無理であっても、多少なりとも仲良くさせようと彼らを同室になるよう仕組
んだりしているのだが…。
 その効果はマリアの目には、正直判断がつかなかった。仲良くしているらしいと思った
ら、周囲が戸惑うほどの殺気をふりまいてのケンカをしていたりするのだ。痴話ゲンカ、
というにはふりまく殺気が強すぎる。
「おまえは相変わらず、そのへんだけ鈍いな…」
「え?」
 クリフが苦笑しながらそんな事を言ってきたので、マリアは思わず顔をあげた。「だけ」
を強調する口ぶりが引っ掛かる。
「どういうこと?」
「ま…、そのうちわかる……と良いな」
「なによ?」
「なんでもねえ」
 後ろ頭に手を組んで、クリフは妙に優しい目付きでマリアを見下ろした。それに居心地
の悪さを感じて、というか少し照れて頬を赤らめた。
「とにかく」
 照れ隠しに、コホンと小さく咳をして。マリアは歩きながらついてくる仲間たちを振り
返った。
「転送装置のトラップが作動したら、指示があるまで動かないで。はぐれたら、動かない
事。この先、どんなトラップがあるかわからない以上、なるべくかたまって移動したほう
が、バラバラになる確率も減るし、捜す方も楽だわ」
「でもよー、それだと、なんか戦いにくくねえ?」
 ロジャーがマリアを見上げて、彼にしては、なかなかにするどい事を言う。
「戦闘中はやむを得ないわね。でも、移動してる時間の方が長いから、やっぱり意識して
ほしいのは移動中ね。そうだわ、アルベル」
「なんだよ?」
 突然名前を呼ばれ、彼は少し面食らう。不機嫌そうに返事をするとマリアを睨みつける
が、もちろんマリアは気にも止めない。もっとも、彼に睨まれて思わず怯えてしまうのは、
このパーティではソフィアだけなのだが…。
「あなた、もっと前を歩いてちょうだい。そうね、最後尾はミラージュに頼むわ」
「なんで、俺がそんな事をしなきゃならん」
「あなたが一番はぐれやすいからよ。すぐに私たちから距離を置いて歩くじゃない」
「………………」
 言い返せずに、アルベルは不機嫌そうに押し黙る。確かに彼は団体行動を疎い、かたま
って歩くのは正直好きでないようだ。仲間に入った当初よりマシになったとはいえ、相変
わらず協調性は低い。
 もちろん、戦闘中ともなれば、先頭の人間を追い越して突っ込んでいくわけだが。
 こうして、アルベルはいつもの最後尾をミラージュに譲り、彼はいつもの二割増不機嫌
そうな顔で、仲間達と近い距離で歩いていた。

「じゃ…、行くよ?」
 今までが大丈夫だったとはいえ、やはりトラップがあると言われると緊張する。フェイ
ト達は転送機の上に立つと、少し緊張の面持ちで、転送するためのスイッチに手をのばす。
 転送機はこの広い円陣がそうで、スイッチは円陣の直径上の空間に文字として光ってい
た。その光りに指を触れるとさらに光りを強く発し、周りの景色が一瞬白くゆがむ。
 押し潰されるような重力を一瞬だけ感じたあとは、浮かび上がるような浮遊感を感じて、
転送先に転送される。…のが、本来の転送機なわけだが。
「…早速トラップが発動したわけか…」
 クリフはため息をつきながら、頭をわしゃわしゃとかきまわす。
 全員で転送機の上に立っていたはずなのだが。気が付けば、クリフの周りにはスフレと
ロジャーしかいなかった。
「もしかして、もしかしなくっても。はぐれちゃった?」
 ついさっきまでファイアーウォールの機械的な景色だったのに。自分たちが立っている
この場所は見たこともない、古ぼけた廃屋の中だった。使えるんだか、使えないんだか微
妙な具合に崩れた調度品がそこかしこに置かれている。廃屋にふさわしく部屋全体が埃っ
ぽい。
 壊れた木窓からは光りが差し込んでいるが、動くなと言われている以上、この廃屋がど
ういう建物で、ここがどんな場所なのか、外に出て確認する事は叶わない。
 スフレは小さな眉を寄せて、この薄暗い廃屋の中をぐるぐると見回してみる。
「そういうこった。ま、ジタバタするわけにはいかねえ。今まで休み時間もあんましなか
ったからな。ちょうどいいだろ。おまえたちも休め」
 クリフは近くにある、朽ちかけた椅子の埃をはたいて、申し分キレイにすると、それに
腰掛けた。椅子はクリフの巨体にきしんだ悲鳴をあげたが、案外頑丈で、それだけだった。
「なあ、ここから外に出たりとか…だめだよな?」
 ロジャーは好奇心に勝てずそういう事を言い出したが、クリフの答えはもちろん、
「ダメだ」


「いつまでかかりそうか、わからないんだな」
「そうですね」
 こちらはアルベルとミラージュ。そしてネルがため息をついている。
「じゃあ、休むしかねえって事か」
「そうですね」
 通路にしては横幅がかなり広い空間で、壁も天井も床も真っ白い廊下がただひたすら、
先も見えないくらいに続いているところだ。もしかすると、歩いていけば別れ道くらいあ
るかもしれないが、どこもかしこも白い景色がその存在をわかりにくくさせている。
 一定の距離おきに設置された白く照らす電灯が、そのわかりにくさを増長させているよ
うだ。
 壁も床も同じ材質のようで、先ほどのファイアーウォール内部の、壁や床とあまり変わ
りないような感じがする。そのせいか、全体に無機質に感じる。
 アルベルは早速壁にもたれかかり、ミラージュもネルもやはり同じように壁にもたれか
かる。さすがに全員、騒いだり、ジタバタするような事はしない。
 壁にもたれかかると、アルベルは自分の武器の手入れをしだし、ネルは道具の点検など
していた。ミラージュもクォッドスキャナーでなにやらチェックをはじめた。
 そのうち、やる事もなくなり、特に会話する必要性もないので。全員黙ったまま、静か
に休んでいた。
 その矢先。
 ピピピピ。ピピピピ。
 ミラージュから、電子音が鳴り響いた。全員すぐパッと目を開け、ミラージュはさっと
ポケットから電子音を鳴らしているコミュニケーターを取り出す。
「はい、ミラージュです」
『聞こえる? マリアよ』
 コミュニケーターから、マリアの声が聞こえてくる。いい加減慣れてきてはいたが、相
変わらずの未知の道具の不審ぶりに、ネルは少しだけ眉をひそめる。
「はい、聞こえています」
『そっちはミラージュだけかしら?』
「ネルさんと、アルベルさんと一緒です。そちらは?」
『こちらは、私と、フェイト、ソフィアの三人よ。さきほど、ブレアから連絡が入ったわ。
あ、アドレーさんは彼女と一緒だそうよ。あなたたちのくわしい座標を調べるから、もう
ちょっと待ってくれる?』
「わかりました。では、このまま待機でよろしいですね?」
『あ、それなら、こっちの指示通りに動いてくれる?』
「全員で移動した方がよろしいですか?」
 ミラージュの声に、わずかに腰を浮かすアルベルとネル。
『座標を調べるだけだから、ミラージュだけでいいわ』
「わかりました。では、ちょっと行ってきます」
 ミラージュが二人に向かって軽く会釈をすると、ネルだけが軽く手を上げて応えた。
 コミュニケーターを手にして、ミラージュはマリアの指示通りに歩きだす。彼女の後ろ
姿が左に曲がり、見えなくなる。あそこに曲がり道があったようだ。
 一瞬、身を乗り出すネル。だがすぐに腰を降ろした。とにかく、動かない方が良いのは
わかっているからだ。
「ふう…」
 長いため息を吐き出して、ネルは疲れた顔で前髪をかきあげた。
「疲れたのか?」
 閉じていた目を開いて、アルベルは横目で彼女を見る。
「すこしね。施術をちょっと使いすぎたみたいだ。休めば、回復するだろう」
「そうか」
 それだけ言って、アルベルはまた目を閉じた。
 回復アイテムを使えば早いのだろうが、これから先、何が起こるのかわからないのだ。
せっかくの休息時間なわけだし、ここは使わず休んでいる方が良い。
 そうして、言葉も少なく壁にもたれかかっていて、どれくらいの時間が過ぎたのだろう
か。ミラージュは相変わらず帰ってこない。


                                                            to be continued..