ネル達はまだ起きているのだろうか。久しぶりの親友とのおしゃべりを楽しんでいるの
だから、きっとまだ寝ていないのだろう。
 アルベルは自室の天井を見上げた。ベッドの隣のサイドボードの上に置いてあるランプ
の光では暗すぎて、天井の様子はぼんやりとでしかうかがえない。
 そういえば、この広いベッドを独りで寝るのは随分と久しぶりだ。仕事で遅くなれば大
抵ネルは先に寝ていて、布団の中を暖めていた。抱き締めても手が出なくなったのは本当
に最近なので、彼女は自分とは少し離れたところに寝ていた。それでも布団の中は彼女の
体温で暖かくて、寒い日は本当にホッとしたものだ。
 眠ると蘇る悪夢のせいで、アルベルにとって寝る事は苦痛であった。夢も見ない程に体
を疲れ果てさせても、見る時は見る。体をこき使いすぎて、金縛りに合う事だってある。
疲れすぎてそうなると、経験から頭ではわかっていても、認めたくない恐怖がアルベルを
襲う。
 それが、最近は眠る事が苦痛ではない。むしろ一日の終わりをゆったりとした気持ちで
布団に入る事ができたのだ。
 冷えた身体の自分が布団に入ると、寒いとか冷たいとか文句を言われた事も一度ではな
かったが。
 その不満そうな声もない。
 不満そうな声でも良い。抱き締めたいとまでも思わない。側にいてほしいと願うのは我
がままである事もわかりきっている。
 泥沼状態の自分にため息をついて、アルベルはネルと初めて会った事を思い出していた。
 本当の事を言うと、ネルと出会った頃の彼女の印象は薄い。なにせあの頃は戦争という
ウザい仕事に従事していた事と、気に食わぬヴォックスの下で動いていた事にくわえ、自
分の強さに甘んじていた頃だ。
 初めて出会いの時は、グリーテンの技術者とかいうおかしな二人組みと一緒にいたシー
ハーツの女くらいの認識しかなく、紅い髪で、わりと悪くない眼をしていたというくらい
の記憶しかないのだ。
 当時は、自分より弱い存在にはまったく眼中に入らなかったし、興味も無かった。
 ところが、あの3人組に敗北を喫し、それを咎められ投獄されたと思ったら今度はそい
つらと一緒に行けという国王直々の命令を下された。
 その時も、なにか文句を言われたような気がしたが、あんまり覚えていない。シーハー
ツの人間の言う事だから、そんなものだろうと思っていた。
 それからも、彼女の思い出はほとんど無い。いちいち殺気を放つうざい女としか思って
いなかった。
 アルベルの認識が引っ繰り返されるのは、彼女が手にしていた武器を見た時だ。
 青く怜悧な、かなりの業物であろう小太刀を手にしていた。あれは、ウォルターの執務
室で見た事のある小太刀だった。武器に対しては強い関心を持つアルベルだから、その業
物には正直に興味があった。
 見せてくれと言ったアルベルに、ウォルターは本当に見せるだけにして、手に取らせて
もくれなかった。
 もちろんアルベルは文句を言ったが、ウォルターに通じるわけもなく。彼は遠い目をし
て、戦場で交わした勇者との約束のために預かった物だから、見せてもらえるだけ有り難
いと思えとか、何とか。そういう事を言われたと記憶している。そして、そのいきさつも
簡単に語ってくれた。
 仲間を助けるために、己の身を犠牲にする事など、アルベルにとっては信じられない行
動であり、理解もできない心理である。
 だが、ウォルターがそれを認めたという事は、自分に理解できぬ事とはいえ、なにかス
ジがあるのだろうと、そういう信念もあるらしいと悟った。口を開けば悪態や罵詈しか出
ない間柄だが、生きている人間の中では実は一番に認めている人物である。
 ネルがあの武器を持っているという事は、ウォルターに認められたという事だ。見る目
が厳しいあの老獪が、あの武器を渡してまで認めるなどとは本当に珍しい事なのだ。
 ウォルターと、ネルと、そしてネーベルとでどのようないきさつがあったのか、アルベ
ルはくわしくは知らない。
 とにかく、ウォルターに認められた女というのが、アルベルにとっては色んな意味でシ
ョッキングだったのだ。
 それからだ。アルベルがネルをまともに見るようになったのは。
 最初は、何故あのウォルターに認められたのか知るためだった。
 しかし、いくら観察してもウォルターに認められる程とは思えぬ行動が多くて、首をひ
ねりながらも、それが何なのかを必死で探った。なにしろ、ウォルターは未だ自分を子ど
も扱いしていて、なかなか認めてくれていない事を感じていたからだ。今から思えば焦る
必要もないと思うのだが、当時はそれが妙に悔しかったのだ。
 そして、自分なりの答えをどうにか導きだしてみた。
 ネルは父親であるネーベルを深く敬愛している。そして、父親のようになろうと必死な
のだ。無駄でも届かなくても、それでもあがき続ける姿を見つけて、それがいつかの自分
に似ている事に気づいた。
 戦闘力として見れば、ネルは女という肉体的ハンデがあったとしても施術でカバーしき
っているので問題ない。問題は性格の方である。
 冷静で冷血を装ってるくせに、頑固で感情的な性格を露呈してしまうのは、隠密として
失格である。どんなに父親の姿を追っても、彼女はおそらく父親に追いつけない。それに
自覚していない所も苛立ったし、昔の自分を見ているような感覚に陥ったのにも腹が立っ
た。
 だから、最初は本当に何故、あのウォルターがネルを認めたのかがわからなくて、本当
に困惑したのだが、ウォルターとネルではなく、ウォルターとネーベルとして考えれば、
あっさり納得がいくのに気が付いた。
 ネーベル・ゼルファーは噂でしか聞いた事がなかったが、あのウォルターでさえ苦戦し
たというのだから、強さの程は想像がつく。それほどまでの男だ。
 シーハーツの隠密頭など、国家機密情報の宝庫のような男を捕らえず殺したという事は、
余程ウォルターは彼の事を気に入ったらしい。気に入ったという言葉が適しているかどう
かは、ともかくとして。
 それほどの男との今際の際の約束だ。ウォルターにそう長い人生が待っているわけでは
ないし、目が黒いうちに約束を果たしたいだろうと思う。それに、ウォルターとてネルと
じっくり付き合ったわけではない。ネルが実は頑固で感情的な性質など、すぐにはわから
ないのも無理もないだろう。それに、彼女が冷静で冷血な隠密を目指して努力しているの
は確かな事であったし。それが全うしていなくても、努力し続けている姿は認めてやって
も良いと思った。
 となれば、彼女があの武器を持つ事は父親の意志なのだ。ウォルターはそれを仲介した
に過ぎない。ネルがどうこうというより、ネーベルの意志を優先しただけだ。
 アルベルはネルを観察し、ようやっとそこまで結論づけた。まあ、ウォルターがモウロ
クして若い娘に甘くなっただけかもしれないが。
 やっと納得した頃、今度はネルにやたらと注目している自分に気が付いた。
 一人の人間にこれだけ注目して考えた事は初めてなのだから、少しクセになってしまっ
ているのだろう。最初はそう思っていた。
 ところがである。注目しているせいで、ネルの甘さがいちいち目につくのである。無理
なくせに誰かを護ろうとしたり、意地を張ってわざわざ危険な目に合ったり。
 一応でも何でも味方は味方である。シーハーツのクリムゾンブレイドが、こんな所で戦
死されてはシーハーツに何を言われるかわからない。ネルが死のうが知った事ではないが、
国家間がまたごたごたすれば、ひたすらに面倒臭い事になるだろう。お前がついていなが
らと、上から何か言われるのも癪だ。
 だから、護ってやる事も少なくなかった。
 最初はムッとした顔で面白くも無さそうにお礼を言っていた彼女も、だんだん慣れてき
たらしい。普通に礼を言うようになった。
 いちいち礼を言うなど律義なヤツだと思っていた。
 いつだったろうか。彼女を護って怪我をした時だったか。いつものように治癒施術をか
けてもらっていた。
「ったく…。よくこんなケガで動こうとするもんだね」
 常人なら動くたびに悲鳴をあげそうなほどの大ケガだ。ネルはため息をつきながら、手
のひらから緑色の光を出して、アルベルの患部に当てていた。
「フン」
「…終わったよ。どうだい?」
 治療が終わったようだ。アルベルは立ち上がって見て、怪我を負っていた右足を動かし
てみる。もう痛くない。
「…ご苦労」
「…ったく…。まともに礼も言えないんだから」
 文句を言われるのもいつもの事だ。お互い気にしていては疲れるだけだ。
「他は? 痛いとことかないだろうね?」
「ねえよ」
「そうかい」
 安心したのか、ホッとした苦笑いを顔全体に浮かべる。彼女の方も、自分を護ってくれ
た上での怪我だから、完治してあげるに越した事はない。
 自分が怪我をする事はいつもの事だし、彼女に治してもらうのだって珍しくもない。文
句を言われるのだってもはや日常的である。だから、お互い気にしていては疲れるだけな
のだ。そこに、慣れがあり、無防備にもなっていた。
 その無防備なアルベルの心に、ネルの笑顔が突然焼き付けられてしまった。
 一瞬、何が起こったのかアルベルにはさっぱりわからなかった。
 確かに、自分に向けられる素直な笑顔など滅多にない。だから、珍しいものを見ただけ
だと思っていた。
 無防備になってしまった自分の心を戒め直さなければ。こんなもの、一時の感情の気の
迷いに過ぎない。
 誰かと連れ立って協力して、何かを成し遂げる事など、初めての事でそれで戸惑ってい
るだけなのだ。それだけだ。
 それだけなはずなのに。
 あんなに苛立った彼女の甘さが、ちっとも心に引っ掛からない。むしろ、それを他の男
に施しているのを見かけて苛立つ有り様だ。
 確かに、従順素直な女より、じゃじゃ馬の方が乗りこなし甲斐があると思うし、どちら
が好みかと言えば、後者である。クールな印象の美人であるのも、好みと言えば好みだ。
肉付きだって自分の好みの範囲内ではある。
 しかしだからといって、自分が特定の女に対してこういう感情を持つとは思えなくて、
とにかく困惑した。
 彼女と別れて、フェイト達とも別れて、再び合流して。それからまた彼女が仲間になっ
た時、彼女がフェイトに自覚がないままに惚れている事実を直視して、自分が彼女にどう
いう感情を抱いているのか、思い知らされてしまった。
 そのうち冷めるだろうと思ったのに、冷めるどころか何故か転がり落ちるように泥沼に
はまるばかりで。
 もう、半ばやけっぱちな状態でそれを認めたが、表面上はいつもの素っ気もない、傲岸
不遜な人物で通していた。
 味方にまでも「歪のアルベル」と呼ばれたこの自分が、そんな感情を持ち合わせている
事を悟られるなど、恥と感じたからだ。
 決して悟られてはならぬと必死だった。幸い、というか何というか、ネルは自分の事を
嫌っている。さすがに嫌悪や憎悪をいつまでも抱いていては、仲間としてやりにくい事こ
の上ないので、出会った頃のようにいちいち殺気を撒き散らすような事はしなくなったが。
 仲間として一緒に戦って、適当に口げんかして、あまりない彼女の笑顔を盗み見て。
 ただそれだけで。
 それ以上望んでも、自分が辛いだけだ。彼女も戸惑うだろうし、迷惑だろう。
 だから、何ともない、この関係のまま別れて、お互いにそれぞれ生きて行くのだろう。
 そう思っていたのに。
 誰もこんな展開に陥るなんて、予想つかなかっただろう。自分自身でさえも、少し半信
半疑だ。
 だから、今まではすべて夢であり、目が覚めれば泡となって消えてしまうのではないか
と思った事も一度ではない。
 こうして、大きくて広いベッドでたった一人、寝ているのはその証拠ではないかと。
 そんな事があるわけがないと頭ではわかっているのに。
 気が付けば、自分は見覚えのある洞窟内に一人で突っ立っていた。
 忘れようにも、忘れられない、溶岩たぎるウルザ溶岩洞窟だ。うだるようなマグマの熱
で、洞窟内は暑い。
 むせ返るような熱気が鬱陶しい。自分は一人、剣を手にドラゴンと戦っていた。自分の
戦っているドラゴンはあんなに巨大だったろうか。あの侯爵級クロセル並か、それ以上の
大きさがあるのではないか。
 真っ黒い竜は入道雲のようにむくむくと大きくなっていく。内心の恐怖心を必死で押さ
え付けて、虚勢を精一杯張って。
 青い自分は、ドラゴンなんか力でねじ伏せてやると意気込んでいた。そのために必死に
なって修行してきたのだ。
 あのヴォックスが「テンペスト」と契約を交わしたという。悔しかった。それ以上かそ
れ並のドラゴンを力でねじ伏せてやる。そうすれば、父親も自分を認めてくれるはずだ。
 そう思っていたのに、自分はどんどん窮地に追い込まれていく。引っ込みがつかなくな
っている自覚があったが、それを認めるのは癪であった。
 ここまで来たら突っ走るしかない。死んでしまったら、数多い愚か者の名前がもう一人
増えるだけだ。
 覚悟はあったはずなのだが、いざ、自分が殺される段階になったら恐怖を覚えた。真っ
黒いドラゴンが真っ赤な口を開けて、灼熱のブレスを吹き付けてきた。
 今まで感じた事のない激しい恐怖に足がすくんだ。動けなかった。
 自分はここで死ぬんだ。
 そう思った時、恐怖で一瞬目を閉じた。誰かに突き飛ばされる感覚と、左腕の猛烈な熱
さに目を開けた。
 あの激しい炎の中で燃えているヤツは誰だ。自分が燃えているのか。
 いや、父親だ。
 父親が。目の前で。燃えている。あまりの熱さに声をあげながら。
「ウワアアアアアアアアァァァァっっっ!」
 この悲鳴が父親のものか、自分のものかもわからない。いや、そんな事はどうでも良い。
 喉も張り裂けんばかりに叫んで駆け寄ろうとするのに、燃えている父親の姿は走っても
走っても近くにならない。
 焼けて、燃えてもがき苦しむその姿が、炭となる事もなく、延々燃え続けている。どん
なに走っても、手を延ばしても、叫んでも。父親の体は炎に包まれながら、苦しみ続けて
いる。
 左腕だけが燃えるなど生ぬるい。燃やすなら、焼き尽くすなら自分の体をすべて焼き尽
くせ。父親がそうなる事などなかったではないか。
 ただひたすらに愚かで弱い自分が受けるべき罰だ。なぜその罰がこの身に下されないの
だ。
 燃やすなら、俺を燃やせ。なぜ、父親が永遠にもがき苦しみながら燃え続けなければな
らないのだ。なぜ。
 なぜなんだ。
「……ルベル…。アルベル…! アルベル!」
 揺らされる肩に気づいて、アルベルは目を覚ました。点けてあったはずのサイドボード
の上のランプはすでに消えていて、自分の肩を揺らすネルの持つランプが彼女の心配そう
な顔を照らし出していた。
「………………」
 声も出ないまま、ネルの顔を凝視して、アルベルの力が全身から抜けた。
 ゆっくりと起き上がり、力のない動作で汗に濡れた前髪をかきあげる。
「……なぜ…おまえがここにいる…」
 クレアのために用意した部屋にいるのではなかったのか。今夜だけは彼女と一緒に寝る
とあんなにはしゃいでいたではないか。
 ネルが用意していたタオルに顔を拭かれながら、うつろな目で彼女を見た。マタニティ
パジャマの上にショールを羽織っている。アーリグリフ程ではないとは言え、まだ寒い季
節だし、夜は冷え込む。
「トイレで起きたんだけどね。あんたまたうなされてるんじゃないかと思って、ちょっと
様子を見にきたんだけど…。案の定ってヤツだね…」
「……………」
「こんなに汗かいて…。また体を冷やすよ…」
 優しく静かにそう言って、ネルは首筋の後ろを拭く。そのタオルを自分で取って、それ
で自分の顔をぬぐった。
「…だから…なんで…おまえがここにいる…」
「さっき言ったじゃないか。あんた、よくうなされてるから。隣でそんなに苦しがられち
ゃ、目も覚めるし、心配だってするもんだよ」
「…………」
 深いため息をついて、アルベルはタオルを口元に当てる。全身にかいた汗が気持ち悪く
なってきた。
 アルベルがうなされるのはよくある事で、ネルも最初の頃は戸惑っていた。そのうち慣
れてきて、うなされたらとりあえず起こしてやっていた。
 その理由をアルベルが言った事はないし、ネルも深くは追求しなかった。彼が詮索され
る事を好きでないのはわかっていたし、彼女もその気持ちがわかるからだ。
「今日は、てめえの親友とやらが来てるんだろうが…。そいつと一緒に寝るって、言って
たじゃねえか。それが……」
「もちろん、一緒に寝るよ。さっきまで同じ布団に入ってたんだから。でも、あんたの事
が心配になったって…、もう3度目だよ。何回も言わせないでよ」
「…だから…。…なんで、あっちを優先しねえんだと…聞いている…」
「あんた寝ぼけてるのかい? まあ、寝起きだから仕方がないか」
 こちらは寝ぼけているつもりなどないのだが、そういう事にされてしまった。
「別にあんたに言われなくても、あんたが落ち着いたら、あっちに戻るに決まってるだろ」
「……………」
 相変わらずうつろな目付きで、アルベルはネルを見つめている。その視線に、彼女は少
し首をかしげた。オレンジ色の弱い光が、彼女の顔を照らす。
 しばらくネルを見つめていたアルベルの手がのびて、彼女をゆっくり抱き寄せた。
「? どうしたんだい?」
 手にしたランプをサイドボードの上に置いて、素直に抱き寄せらる。ネルはアルベルの
肩に顎を軽く乗せた。
「……おまえ…、相当な阿呆だな…」
「あんたに言われたくないよ」
「救いようがねえ…」
 アルベルのネルの背中を抱く力が強くなる。お互いの鼓動が聞こえてきて、ネルは静か
に目を閉じた。
 あんなに嫌悪したはずの男なのに、今は腕の中の暖かさが気持ち良い。
 不思議なものだと思った。
 ゆっくりとアルベルの背中をさすってやると、彼の動悸の早さと呼吸が落ち着いてくる。
まるで子どもみたいだと思う。怖い夢を見て、泣きつく子どもと一緒だ。
 そう思うとネルは苦笑が止められない。
「……落ち着いたかい?」
「………………」
 サイドボードの上に置いた小さなランプでは、アルベルの表情はよくわからない。どう
やら照れているようだが、未だネルは彼の表情を全部は読み取れない。
 それくらいに感情を素直にしない男だ。
「……悪かったな……。もう寝る…」
 低く聞き取りにくい声でぼそぼそと言う。戦闘時はあれだけ凶悪なツラで敵を葬り去り、
哄笑しながらも容赦なく敵を切り刻むというのに、また随分と対照的である。
「…そうかい…。じゃあ、おやすみ」
「ああ…」
 ランプを手に取り、ネルはベッドを後にする。
「…ネル…」
「え?」
 一緒に暮らすようになった今でも、滅多な事では名前を呼ばれない。少し驚いたのもあ
って、ネルは立ち止まった。
 なにかをつぶやくように、アルベルの唇が動く。ほとんど声になっていないようで、こ
んなに静かでも何を言ったのかまったく聞こえない。
 やがて、ため息をついてアルベルは首を振る。そして、さっきよりは少し大きくなった
声量で言う。
「…………ワリィ…なんでもねえよ…。…寝ろ…」
「あ、うん…。おやすみ」
「おう…」
 相変わらず無愛想な声であったが、なんだか愛しく感じてしまう。ネルは小さく苦笑し
ながらアルベルの私室を後にした。

                                                            to be continued..