「…そういえば、クレアは私ほどアーリグリフを憎んでなかったようだけど…」
「憎むとまではいかないけどね。けど、あれだけ苦しめられたんだもの。正直なところ、
好きじゃないわ。…でも、この国の事情もわからないでもなかったから。鷹派のヴォック
スがいたとはいえ、アーリグリフもアーリグリフで必死なのはわからないでもないわ。だ
からといって、むざむざ負けるような事などしないけど。まぁ、受けて立つ気ではいたの
よ。あんなかたちで終わった戦争だったけど」
「…クレア…」
「アーリグリフ人ではない私が、アーリグリフの苦しみなどわからないわ。開戦した時に
色々調べてみてね。悲惨な状況なのはなんとなく伺い知れたわ。明日の食事の心配なんか
した事のないシーハーツ人にはわかりようもないのは承知よ。だけど、同時に突然言い掛
かりみたいな理由で攻め込まれる私たちの驚きと怒りは、彼らにはわからない。私達の純
粋な信仰を踏みにじるアーリグリフのやり方にだってやっぱり憤りを覚えるわ。私たちの
信仰が勝つか、彼らの信念が勝つか。あそこまでいったら、お互いにやるだけやるしかな
いと思っていたわ」
 そう言うクレアの瞳は真剣で、やはりアドレーの娘なのだなと思わせる。こんなことを
言ったらクレアは心底嫌な顔をするのだろうが、考え方の違いはあっても、根っこの熱い
ところは、やはり父親譲りなのだろう。
「…じゃあ、クレアは知ってたんだね…。アーリグリフが蛮行に及んだ理由は…」
 あの頃の国民のほとんどは、アーリグリフ側の理不尽な宣戦布告にただただ憤っていた
のに対し、クレアはあの宣戦布告はただのていのいい建前に過ぎない事などわかりきって
いたようだ。ネルも、アーリグリフの事情を知らないではなかったが、感情的になってい
た。なにより、父親がアーリグリフ人に殺されたというのは、ネルにとっても感情的にな
らざるをえない。頭ではわかっていても、大好きな父親の死は、憎悪にもなる。
「そうじゃないかっていう予想はついてたわ。あの頃のアーリグリフは凶作が続いてらし
いしね。でも、言及したって仕方がないでしょう。あくまでシーハーツにとっては関係の
ない話だし、国として、国を護るのは当然の事だもの」
「…そうなんだよね…。平和的な解決法とか、無かったのかね」
「無いわけじゃないんでしょうけど。どう引っ繰り返っても土地の気候なんかそう簡単に
変えられないでしょう。農法を変えるにしたって、一日二日で成果が出るわけでもないし。
輸入するにしたって、鉱脈も貧弱になってて余裕も無かったそうだしね。隣に肥沃な土地
がぶら下がっている。加えて、自国には鍛え上げた精鋭の軍事力がある。リスクは大きい
けれど、勝てればそれだけのものがある。なにより手っ取り早い」
 あまり面白くもなさそうに、クレアは淡々と言う。クレアはあの戦時中もそこまで考え
ていたのか。だから、戦時中も冷静でいられたのか。
「………でも…、…まさか、ここで、今になってあなたとこんな話しをするなんてね…」
 クレアのネルを見つめる目がどこまでも優しい。けれど、顔の表情は悲しげだった。
「…え?」
「随分、アーリグリフの事情がわかってきたみたいね?」
 ネルに嫌みなど言いたくないのに言ってしまう自分が、言わせてしまうほどアーリグリ
フに傾倒しはじめたネルが悔しい。
「………………」
 最愛の親友の背後にいるあの男がどうにも苛つく。子供を孕ませて、純粋で優しいネル
を懐柔してしまった。
 ネルは、やっぱり優しすぎる。もうだいぶ前からわかりきっていた事だけど、その優し
さは隠密業にはどうにも向いていない。結婚退職もネルには悪くないと思っていたけど、
なにもアーリグリフに、あんな男に嫁ぐ事などないではないかと思いたくなる。
 やはり、出てくるのは恨み言ばかりだ。
 もう一度、クレアはネルを見つめた。おなかの膨らみもそうだが、たいした時間でもな
かったはずなのにネルは随分変わってしまったように見える。
 ちょっと見ないあいだに、こんなに可愛くなっちゃって…。
 ため息を飲み込んで、クレアは小さく首を振る。そして気分転換でもするように、一息
ついて、姿勢を正して両膝の上に手を置く。ここに来るまでいくつか案を考えてきていて、
ネルの様子を見てから採択しようと思っていたのだ。あまりとりたくない選択肢であった
が、こんなネルを見てしまってはクレアも迷えなかった。
「ともかく、あなたの事はまた後にしましょう。引き伸ばしに見えるかもしれないけど。
この件はあなたではなく、私が判断するわ」
「え…え?」
 クレアが出した、ネルにとって突拍子もない提案は、ネルを戸惑わせた。
「あなたの口から答えを出させて決めさせて。苦しむあなたなんか見たくないわ。結局、
どちらにせよ、あなたは苦しむ事になる。なら、私を恨んでもらって、それでどうにか決
着をつけましょう」
「ク、クレア!」
「いい? ネル。あなたは元気な赤ちゃんを産む事だけを考えるのよ。それと、その子を
連れておば様に会わせる事。これだけは絶対よ」
 ネルの両肩に手を置いて、クレアはネルの瞳をのぞきこむ。
「でも!」
「問答無用。もう決めたわ。いいことネル。今のあなたは休職中。そして私は現クリムゾ
ンブレイドであり、シーハーツ施術部隊の最高権力者よ。発言権がどっちが強いかなんて、
そんなのは瞭然よね?」
「クレア、あんた…!」
 深刻そうなネルの声とは対照的に、クレアの声はいやに明るい。
「さ。あなたは私の持ってきたシランド特産の栄養たっぷりの野菜でも食べて、出産に備
えてしっかり滋養をつけなさい。この話はもうここまで!」
 強引に話を打ち切ると、クレアはソファから立ち上がる。そして戸惑うネルを無視して、
扉まで歩いていき開け放った。
「恐れ入りますが、どなたかいらっしゃいませんか? すみませーん!」
 廊下に向かって何度か声をかけると、程なくして兵士が一人やって来た。
「王妃様を呼んでくれるよう頼めるかしら?」
「は、はい」
 クレアのような美人に間近で話しかけられて、兵士その1は舞い上がったような声で返
事をした。
 ほどなくして、王妃一行が一緒に来て、ネルとロザリアが交替する事になった。どうや
らマユに連れられて修練所見学していたらしい。この間に気を利かせてくれた者が客間に
お茶と茶菓子を運びいれてくれた。
「クレア…」
「悪いようにはしないつもりよ。…悪くなったらごめんね。恨んで良いから」
「な…そんなことするわけないじゃないか!」
 強い調子で言い切るネルに、クレアはふっと目を細めた。涙腺がゆるむ一歩手前で、持
ち前の気丈さでどうにかこらえる。そして、彼女は自分の持ってきたおみやげを目で指す。
「これ、おみやげなの」
「あ、はい。アンディさん。ちょっと荷物持ってくれますか?」
 マユに声をかけられ、王妃を呼んできた兵士はクレアが持ち込んだ大量のおみやげを持
たされる羽目になる。マユと兵士に付き添われ、ネルはクレアを気にしながらも連れらて
いく。それを笑顔で見送って、クレアはロザリアの方に顔を向けた。
「じゃ、はじめましょうか」
「ええ」


「ネルは答えを出したの?」
 ずっと心配だったのだろう。クレアが話し出すまえに、ロザリアの方が先に切り出した。
クレアは苦笑しながら首を振る。
「どちらにせよ、ネルは自分の出した答えに苦しむ事になるから、私が決定する事にした。
あの娘にはただ出産に集中してもらうわ」
 だいぶスッキリした顔で、クレアは宙をながめる。会える頻度は落ちてしまうだろうが、
二度と会えないわけではない。なにより、ネルの幸せを思えばこそだ。
「クレア……」
 その様子を見て、ロザリアはため息を吐き出した。やっぱり自分がどれだけ軽率な事を
してしまったか。友人たちをこんな騒ぎに巻き込んでしまった。
「ごめんね…。本当に…」
「…どうしてロザリアが謝るの?」
「事の発端は……私なの……」
「え?」
 不思議顔をするクレア。ロザリアは深呼吸をすると、意を決して話し出した。

「……というわけなの…。…だから…その…すべての事の発端は……私なのよ…」
「………………」
 しばらく口も聞けないようで、クレアは黙り込んでいたが。やがて、暗い目付きでロザ
リアを睨みつけてきた。
「ロ〜ザ〜リ〜ア〜!」
「ごめんなさい! 本っ当に軽率だった!」
 アーリグリフ王妃は何度もぺこぺこと頭を下げた。とてもではないが、アーリグリフ国
民には見せられない姿である。
「はあ…。でも、結局、手を出したのは彼だし。スキを見せたのはネルの方もそうみたい
ね。…けど、王妃が臣下の男の部屋に夜も遅くにお酒もって訪ねるなんて…!」
「……ごめんなさい……」
 夫にもこっぴどく叱られた行動である。ロザリアはひたすら謝るばかりだ。アーリグリ
フ王よりもロザリアの性格をよく知るクレアは、ため息をつくのみだった。
 何も無かったのだから、あの男もそれなりに分別を持っているという事なのだろうけど。
というか、王妃が一人で夜に酒持参で訪ねてきた上に、己の恋路を応援しに来ましたなど
と言われて、ひたすら困惑しただろうが。
 しかし、ロザリアの気持ちもわからないでもない。つい最近まで戦争をしていた国に、
たった一人で嫁いだのである。いくら王妃とはいえ、友達はおろか、味方もいなかっただ
ろう。
「…私が軽率だったから…、こんな事になっちゃって…」
 クレアは、自分も人の事が言えないくらいに甘いのかなと思いながら、今にも泣きそう
な顔のロザリアを見る。王妃ともあろう者が、なんて顔をしてるのだろうと思うと苦笑し
たくなる。伯母のような威厳と貫禄を持てるようになるのはまだ先の話になりそうだ。
「……原因を突き詰めてもキリがないから、そのへんにしましょう。でも、つまりは、あ
の人はその当時の時点ですでにネルを…?」
「うん。フェイトさん達との旅の時からじゃないかな。ネルは全っ然気づいてなかったけ
ど」
「けど、よくわかったわね。あの仏頂面を崩しそうにもない男なのに」
 クレアの容赦のない言葉に、ロザリアも苦笑する。
「見てればわかるよ。私が王妃でもあの人の態度は相変わらずだったし。城で見る限りで
もそれは変わらなかったわ。行きの馬車なんて必要な事でさえも、ほとんど口を開かなか
ったのよ。まあ、アルゼイ様やウォルター伯相手なら少しは違うみたいだけど、付き合い
の長さが違うんだから、当然でしょう。それが、ネルが入ってきただけで態度が全然違う
んだもの」
「……………………」
 クレアは思わず呆れた目をした。そして足を組んで、その上に肘を乗せて顔を乗せる。
行儀が悪いが気の置けぬ相手同士なので、ロザリアも気にも止めない。
「本当は、ネルの拳でさえも簡単に避けられる腕前を持ってるのに、あえて殴られている
みたい」
「戦闘力だけなら、大陸一も嘘じゃないようね」
「私もくわしいわけじゃないけど。ネル、すごく強いんでしょ?」
「ネルとまともに戦えるのは、シーハーツではウチのお父様だけね。しかも、施術なしで
戦うとしたら、負けるのはたぶんお父様の方よ。…つまりは、そのネルをしのぐわけね…」
「そんな人が、避けもせずに殴られ続けるっていうのは…ね…。見てると、そのやりとり
を楽しんでるように見えたし。いちいちネルの気の触りそうな事を言ってたし」
「…………………」
 その態度の子供っぽさには、クレアも呆れのため息を吐き出す。いちいち付き合うとい
うか、つっかかるネルもネルなのだろうが。
「せまい馬車の中よ。しかも行きと帰りとで態度が違ってて。否応にもじっくり観察する
事にもなるし。よほど鈍い人でない限り、懸想してるとまでは思わなくても、変だなとは
思うわよ」
「そう………」
 どう言って良いものやらわからずに、クレアはとりあえず前髪をかきあげる。
「えー……っと、そうね、ロザリア。あなたからは彼の事について聞きたいのよね。色眼
鏡ぬきと言っても無理でしょうけど、とにかく教えてくれないかしら?」
「いいわよ」
 そして、クレアはアーリグリフ国内での彼の評判やら、国王が彼をどう思っているのか。
部下達からはどうなのかのを聞き出した。ロザリア得意(?)のアルゼイ様基準には多少
辟易もしたが、それほど悪評でもないようだ。
「…じゃあ、彼はそういう話をすべて断ってたのね」
「ええ。この国でアルベル殿の妻となるって言うなら、すごく良い話じゃないかしら。か
なりそういう話を持ちかけられたみたい」
「玉の輿ね…」
 あまり興味もないような口調で言う。
「それくらいの地位よ。…まあ、性格の評判はそう芳しいものではないんだけど…それを
補ってあまりあるものがあると思うわ。将来性とかも込みでね」
「そう。それでね、彼の性格って、ロザリアから見てどう思う?」
「うーん…。そうね…」
 頬に手をあてて、ロザリアは考え込む。その様子を見ながら、クレアはお茶に口をつけ
た。香りの良いお茶を出してくれたらしい。ネルの指示か、アルベルの指示か、茶を出し
た者の好意か。
「…そうね…。不器用な人…かな…。アルゼイ様は可愛いっておっしゃってらしたけど」
「そう……」
 クレアの声が妙にそっけないのには、ロザリアは知らないふりをする。
「悪い人じゃないわ。……良い人ともちょっと言えないけど…。でも…、ネルを大事にし
てるみたい」
「……そう……」
 ティーカップをソーサーの上に置いて、考え込むようにカップの中のお茶をのぞき込ん
でいる。
 しばらく、二人とも無言だった。クレアは用意されているお茶菓子を手に取る。クッキ
ーかビスケットか。あまり甘くない。やがて、黙っていたロザリアの方が口を開いた。
「……ねえ、思ったんだけどね」
「うん?」
 お茶菓子で、口の中が乾いたので、クレアは今度はカップを手に取り、口をつける。
「たとえば、シランドとかで、困った魔物とか出た時とか、ネル達を一家でシランドとか
に来てもらえば良いんじゃないかな?」
「ネルに倒してもらうの?」
「それもあるけど、あの人、ネルを通してならたぶん、なんだかんだと言うこと聞いてく
れると思う」
「え?」
 ロザリアの真意をはかりかねて、クレアはちょっと眉をしかめる。
「だから。クレアの頼み事なら、ネル、聞いてくれるでしょう? それで、ネルが言えば
アルベル殿って動くわよ、あれは。シーハーツって、施術抵抗の強い魔物が出るといつも
苦戦してたじゃない。その点、彼ならあっさり片付けてくれるんじゃないかな。つまりね。
彼ほどの戦闘力を、頼むだけで行使できると思うのよ」
「…………アーリグリフ王妃とは思えないセリフね…」
「あ、いや…だって、シーハーツになにかあったら、私だって嫌だし…」
「…けど…、なるほどね…。彼、噂では相手がアーリグリフ王でも、気が進まない時は言
うこと聞かない時もあるって聞くけど…。本当なのかしら?」
「本当よ」
 ロザリアはあっさり頷いた。それで良いのかとか、クレアは内心思うがもちろん口には
しない。
「まあ、言うことを聞かないっていうか、たまにふらっといなくなっちゃったりするみた
い」
「でも、ネルの言う事なら聞くと」
「あれは聞くわね」
「根拠は?」
「そりゃあ…、惚れた方が負けだもの。弱いよ」
 ロザリアは少し頬を赤らめて、幸せそうにほほ笑んだ。彼女の場合、惚れて強くなった
気がするのだが。
「でも、…その、失礼な事を言うけれど。人の心はうつろうものよ。いつまでもネルに惚
れているって保証もないわ」
「…そうね…。でも、そしたら、ネルはシーハーツに戻ってくるんじゃないかな。そうい
う人にいつまでもしがみつくようなネルじゃないと思うけど」
「…なるほど…。なるほどね……。その通りだわ。……じゃあ、エレナ様を交えて、陛下
にはその方向で話を持って行こうかな…。…そうね…うん…。なんとか、話をうまくもっ
ていけそうだわ…。ラッセル執政官が黙っていそうにないけど…」
「そんなこと心配しなくても大丈夫じゃない」
 ロザリアが何を心配してるんだとでも言うように、ため息と一緒に吐き出した。
「そうね。じゃあ、その時はネルを通して彼の休みを都合つけてもらうかな…?」
「私がアルゼイ様に掛け合おうか?」
 腕を組んで考え込むクレアに、ロザリアは彼女の顔をのぞきこむようにして言う。言わ
れて、クレアは少し困った顔をした。
「…うーん…。…あなたにこういう事はあまり言いたくないんだけど、あまりアーリグリ
フ王に借りは作りたくないのよ。この前の封印問題だって、会議は大もめしたし」
 まあ、アーリグリフ王があんなにあっさり許諾してくれるとはクレアも思わなかったの
だが。
「そ、そうだったんだ…」
 おまけに、結果的にではあるが、それがきっかけでネルはアーリグリフに行ってしまっ
たのだ。
「でも、ねえ、そっちで話を持っていくって事は、つまり…」
 ロザリアの声に、思考を中断し、クレアは顔をあげた。
「…ネルは迷ってるわ。どちらにも判断できずにね。以前のネルなら、こういう状況にな
ったのなら、迷わずにシランドに戻ってくるはずなのに、迷ってた。まあ、子供の事につ
いては、もめるかもしれないけれど、陛下の意向を聞けば迷うはずもないのに。…迷って
いたわ……」
「そう……」
「それに無理やりネルを連れ戻した場合、あの男がどう出るかわからないのよね…。単身
で乗り込んでくる恐れもあるし。あんなのに本気出されて乗り込まれたら、どんな騒ぎに
なるかまるで読めないわ。どんな被害が出るかしれないし」
「…ありえそう…」
 思わず遠い目をするロザリア。彼女もだいぶアルベルの性格がわかってきた。
「ロザリアの言うとおり、ネルに惚れてるって言うなら、本気で乗り込んできそうだしね。
騒ぎが余計なところに飛び火しそうだし…」
 はーっと深いため息をついて、クレアは額のあたりをおさえる。どうにも自分の父親を
思い出しそうで怖いというか、微妙な気持ちになる。
「穏便に済ませるっていう方向に持って行くためにもね。そちらの方に持っていくつもり
よ。それにネルの方も………ね………」
「クレア……」
 浮かべた笑顔が寂しそうで、ロザリアは少し悲しそうな顔でクレアを見つめた。
「約束させたの。子供が長旅に耐えられるようになったら、おば様に顔を見せに行けって。
そのときにまた、改めて判断するわ。ネルが幸せそうなら、もう何も言うつもりはないわ。
でも、そうじゃなかったら…」
「………うん……」
「たとえ、かなわくても。刺し違えをしてでも、許すつもりはないわ」
 厳しいクレアの声に、ロザリアは膝の上に組み合わせた手をぎゅっと握り締めた。
 しばらく二人は無言だった。そして、クレアはふっと息を吐き出した。
「…さて、最後に一番疲れるのを残しちゃったけど。やるしかないのよね」
「少し休んだら?」
「平気よ、これくらい。いつもの業務の方がしんどいくらいよ」
 心配するロザリアに、クレアはほほ笑んで見せる。小さくため息をついたロザリアは呪
文を唱え始めた。そして、治癒施術をクレアにほどこした。
「疲労回復の効果があるはずよ。旅の疲れだってあるんでしょう?」
「…ありがとう。さすがにあなたの治癒施術は効くわね」
 確かに疲労を回復させる効果があるようで、体にしこるように残っていた疲れが癒えて
いく。心遣いも嬉しくて、クレアは笑顔になる。

 そして、アルベルが客間に呼ばれた。




                                                          to be continued...