フェイト達一行は、モーゼル古代遺跡を通り、ファイアーウォールをぬけ、ブレアの案
内の元、螺旋の塔をひたすら登っていた。
「この転送装置ってのは便利だな。あっと言う間にこんなに高い所にまで来れるんだもん
な」
 ロジャーは今し方、通ったばかりの転送装置をぺたぺたと触ってみる。
「階段で登るとしたら、とんでもない高さよ。とてもじゃないけど、登りきれないわ」
 ブレアは苦笑して、ロジャーを見下ろした。
 フェイトは、この現実とデータとが入り乱れたこの空間で、高さの概念がどんなものか、
もうわかりかねてきていた。
 ブレアの方もロジャーに話をあわせているだけで、高さの概念が違う事はわかっている
のだろうと思う。
 大所帯となっているせいか、緊張感があるんだかないんだかの雰囲気ではあるが。それ
ぞれに言葉に表さない緊張感があるのは、お互いになんとなく感じていた。
 進むごとに、登るごとにルシファーに近づいているらしく、防御システムとしてのモン
スターがどんどん強くなっていく。
 ケガをしたクリフに、回復紋章術をかけ続けていたソフィアは精神力を削りすぎて、今
はフェイトの隣で横たわっている。青ざめたその表情を見れば、どんなに懸命に回復紋章
術をかけたのか伝わってくる。
「すまねえな、嬢ちゃんよ…」
 青ざめたソフィアの額をやさしくさすって、クリフはため息をつく。
「今度はワシがかけよう」
「…いえ、アドレーさんはもし、ルシファーと戦う段階になった場合にお願いします。こ
こで、あなたも、ソフィアも共倒れになるわけにはいきません」
 今まで黙っていたアドレーが口を開くと、フェイトは強い口調で首をふった。
「しかし、フェイト殿。ソフィア殿はおぬしの…」
「大丈夫ですよ。今は疲れて横になってるだけですから。休む時間さえいただければ。ソ
フィアだってそこまで弱くないですよ」
 どうにか笑顔を作って見せて、フェイトはアドレーを見た。そこまで言われてしまって
は仕方がない。アドレーは腕を組み、目を閉じるとゆっくり息を吐き出した。
「オイラも、真面目にヒーリング勉強しとけば良かったな…」
 やりとりを眺めていたロジャーがぽつりとつぶやいた。それを聞いて、アドレーは閉じ
ていた目を開く。
「…まあ、施術は人を選ぶからのう。坊主があまり向いてないのは事実だしの。そう無理
せんでもええ。それに、この中にはわりと施術を使える連中も多いでの。坊主は、自分の
できる事をするんじゃな」
 大きな手のひらでぐっとヘルメットごと押し付けられて、ロジャーは口をつぐむ。
「ブレアさん。ルシファーのいるところまでは、あとどれくらいですか?」
「…そうね。あと、フロアをいくつか登ればってところかしらね…。そう遠くないわ」
 ブレアは複雑そうな面持ちで、星空のような天井を見上げる。
「回復アイテムの消費が予定より多いです。もちろん、余裕はまだありますが…」
 ミラージュが厳しい顔付きで現状を述べる。その回復アイテム消費をおさえるために、
今はみんなで休んでいるのだ。
「ルシファーの破壊プログラム完成が先か、こちらが先か…。そう簡単にはいかないもの
ね」
 珍しく、マリアは苛立ちを隠せないように髪の毛をかきあげる。強行軍としていくには
回復アイテムが心もとない。ゆっくりいくにはそこまでの時間はない。
「う…」
「あ、気が付いた? ソフィアちゃん」
 ずっとソフィアに付き添って看病していたスフレが破顔した。その声に全員がそれぞれ
反応した。
「ソフィア…」
「フェイト…? あ、私…」
「すまねえな。俺のためによ」
 クリフがすまなさそうな顔で謝ると、ソフィアは自分が倒れていた事に合点がいって、
青ざめた顔ながらも、ほほ笑んだ。
「…いえ、良かった…。回復したんですね…。…ごめんなさい…また、足手まといになっ
ちゃったみたいで…」
「いや、いい」
 クリフは首をふる。こういうときのクリフは頼りがいがあって、安心感がある。
「フェイト、行きましょう」
「マリアちゃん、もうちょっと休んでも…」
 待ち兼ねたように、厳しいマリアの声に、戸惑ったようなスフレの声。
「時間がないわ」
 マリアはきっぱりと言い切った。しばらく、彼女を眺めていたフェイトだが、ふっと息
をつく。
「わかった。行こう。ソフィア、つらいだろうけど、頑張るんだ」
「う、うん…」
 足手まといになっている自分がつらくて、ソフィアはどうにか立ち上がる。
「どれだけ足しになるかわからないけど、これを飲みな」
 やりとりを眺めていたネルは、水筒を取り出しコップに中身をそそぐ。
「…これは…?」
「着付け薬…というか、酒だよ。アルコール濃度が少し高めだから、これくらいで…」
「…そんな良いものを持ってたのか、おまえ」
「クリフ」
 思わずつぶやいた言葉をミラージュに聞きとがめられて、クリフは苦笑いしてごまかし
た。
「こんな職業やってるとね。けっこう役にたつってわかるもんなんだ」
「ううう〜」
 アルコールが苦手らしく、ソフィアは顔をしかめながら、お酒をちょっとずつ飲む。
「どうだい?」
「その…体があったまってきました…。なんか、頑張れそうです」
 青かった顔に赤みがさしてきた。それを見て全員がほっとする。一番ほっとした顔を見
せていたのは、マリアだったが。

「…気をつけてね…。おそらく、このフロアを通り抜ければ、オーナーのいるフロアへと
続いているのだけど…」
 あれからさらに螺旋の塔をのぼり、大きめの扉の前でブレアは緊張を隠せない顔で立ち
止まる。
「最後の防衛プログラム「バイオキメラ」がいるわ」
「最後の砦って事か…?」
「ええ。おそらく数体…放たれているはずよ…。ここさえ抜ければ…」
「わかりました。じゃあ、ミラージュさんとスフレはブレアさんの護衛を。アドレーさん、
ネルさん、ソフィア、マリア。援護を頼む。あとは…」
 フェイトは仲間それぞれに顔を向けていく。
「ぶっつぶせば良いんだろ?」
「やってやるじゃんよ!」
 アルベルが抜き身の刀を肩にかけ、ロジャーは鼻息を勢いよく吹き出した。
「いくぞ!」
 フェイトは大きな扉を力をこめて、開け放った。

 バイオキメラは竜、獅子、山羊の頭を持ち、怪しげな爬虫類の羽をはばたかせ、宙に浮
いている化け物だった。
 3つの頭それぞれが分担してブレスをはいてくるのだから、たまらない。
「ミラージュさん! ブレアさんをお願いします!」
「わかりました!」
「さ、ブレアちゃん!」
「みんな、気をつけてね!」
 戦えないブレアはこの場にいては危険なだけである。ミラージュとスフレに護られなが
ら、彼女たち3人はフロア出口まで走る。
 追いすがるバイオキメラを叩き落とし、どうにか退かせながらブレアを出口へと逃がす。
 そして、その先でも何があるかわからないから、ミラージュとスフレはつきっきりで彼
女の護衛をする事になっている。
 スフレが扉を開け、ブレアが扉を抜けると、近づいてきたバイオキメラをけり飛ばした
ミラージュが飛び込んで、扉を閉める。
「だ、大丈夫かな…」
「バイオキメラは普段はこのフロアから出ないようにプログラムされていて、滅多な事で
は出てこないわ」
「え? じゃあもしかして、放っておいた方がよくない?」
 スフレの意見にブレアは首を振る。
「バイオキメラは護衛プログラムだから。制御は困難だけど、オーナーほどのプログラマ
ーなら、いざとなれば護衛として呼び寄せる事ができる」
「もし、ルシファーとの対戦になった場合、護衛として呼び出されるという事ですね?」
 聞いていたミラージュが口をはさむと、ブレアは静かにうなずいた。
「オーナーはおそらく、数々の護身プログラムを自らの身にほどこして、ここに精神を投
影しているはずよ。そんなオーナーの護衛にあんなのがたくさん呼び出されたりしたら…」
「あ、そうなんだ…。じゃあ、フェイトちゃん達に頑張って片付けてもらうしかないんだ
…」
「さっき、フェイト君達にはこの話はしておいたんだけどね。あなたたちには言ってなか
ったわね。ごめんなさいね」
 ブレアは少しほほ笑んで、スフレに謝る。
「えー、いいよ。アタシが聞いてもわかんないだけだしさ」
 謝られたスフレは慌てて首をふった。ネル達のような未開惑星出身も仲間にいるので、
彼らを余計混乱させても仕方がないので、ブレアはフェイトとマリアにだけ、先ほどの話
をしていたのである。
「あとは、フェイト君達を信じて、ここで待ちましょう」
 ミラージュが静かにそう言うと、スフレとブレアは黙って頷いた。

「くそっ! うじゃうじゃいやがるぜ!」
 悪態をつきながら、クリフは血のまざったツバを吐き捨てる。
「気持の悪い雁首ばかり並べおって!」
 アドレーは精神力を温存しながらも、全員を回復させる施術の詠唱をはじめる。
「でも! さっきよりは減ってきたわ!」
 汗を飛び散らしながら、マリアは振り返ってブレイズガンを撃つ。バイオキメラは撃た
れながらも構わずマリアに突進してきた。
「くっ…。この、くらいなさいっ!」
 間合いを見計らい、マリアは回し蹴りを3発たたき込む。
 蹴り飛ばされ、バイオキメラはごろごろと床を転がった。そこへ、アルベルの刃が振り
下ろされる。
「ギャアアア!」
 獅子の首が跳ね飛んで、バイオキメラはしばらくぴくついていたが、やがて動かなくな
った。
「あと4匹!」
 それを見届けて、マリアは残りのバイオキメラを睨みつけた。
「いっけえ!」
「黒鷹旋!」
 ロジャーが構えた楯からミサイルを発射すると、その反対側からネルの短刀が飛んでく
る。ちょうど挟み撃ちにされるカタチで、双方の武器がバイオキメラに炸裂した。
 ズガアアン!
「グワオウウ!」
「効いてるじゃん! オイラ達の連携攻撃がっ!」
「油断するんじゃないよ!」
 喜ぶロジャーを一喝して、ネルは戻ってきた短刀をきれいにキャッチする。
 残りのバイオキメラは少なくなってくると、だいぶ戦いやすくなってきた。みんな疲れ
の色が濃いが、どうにかなりそうだという安心感がただよってくる。
 それに油断していたわけではないのだが。
 バイオキメラの羽を一枚切り落とし、地面に落ちたそいつが、紋章術を詠唱中のソフィ
アの方に転がっていくのを見て。フェイトは慌てた。
「しまった!」
 羽を一枚切られたくらいでくたばる相手ではない。3頭そろって目の前にいるソフィア
をキッと睨みつけ、そのうちの竜の頭が口を大きく開いた。
「ソフィア!」
 フェイトの絶叫が聞こえた。彼女は詠唱中で無防備であった。
「嬢ちゃん!」
 彼女の危機に気づいたクリフも声をはりあげた。
「ひ、ひいっ!」
 3頭一緒に睨みつけられ、ソフィアは詠唱も忘れ、血の気がひいた。竜の頭が息を吸い
込み、自分に向けてブレスを吐きつけてきた。
「イヤアアアア!」
「くそったれがあ!」
 そのとき、アルベルが近くに転がっていた獅子の頭を、ソフィアと竜との間に投げ付け
てきた。
「キャアア!」
 ブジュワッ!
 獅子の頭はブレスにまともにあたり、弾け飛ぶ。それによってブレスの勢いが弱まり、
ソフィアは強い吐息を浴びるだけにとどまった。
 が、強風には変わりはなく、ソフィアは吹っ飛ばされて、そのままごろごろ転がった。
「ソフィア! くそっ!」
「パルス・エミッション!」
 駆け寄るフェイトの背後からマリアの声が聞こえ、短い光の弾がフェイトを追い越し、
バイオキメラに連続して当たる。
「バーティカル…」
 走りながら、フェイトは剣を握り締める。
「エアレイドッ!」
 地べたに横たわるバイオキメラを剣で斬りあげて、宙に浮いたところを剣圧で叩きつけ
る。
「大丈夫か!?」
「う、うん…、な、なんとか…」
 急いで駆け寄り、横たわるソフィアの身を起こす。
「どうだ!?」
「大丈夫そうだ!」
 怒鳴ってくるクリフに対し、フェイトも怒鳴り返す。
 だが、そうは言ったものの、ソフィアの呼吸が荒くなり、顔が白くなっていく。フェイ
トは歯を食いしばった。
「どうだい?」
 切羽詰まったネルが駆け寄ってきた。
「命に別条はありません。…ありません…けど…」
「精神力の方か…。ずっと施術を使い続けてたからね…」
 体力の方ならネルのヒーリングでどうにかしているが、精神力の回復となると、ネルで
はどうしようもない。回復アイテムの温存を考えると、身につけたアクセサリの恩恵で休
んで回復させるより他は今はないだろう。
「あと、2匹…なんだね」
「え?」
 ネルはゆらりとたちあがり、仲間がどうにか応戦しているバイオキメラをねめ付けた。
「ネルさん、まさか…」
「あんたはその子をつれて早く行くんだ。時間稼ぎくらいはできる」
「駄目です! そんな危険な事…」
「はやくソフィアを休ませるんだ! 本来、戦いに向いてる娘じゃないんだろう!?」
「ネルさん!」
「そこの阿呆の言う通りだ」
 思わぬところからの声に、フェイトは戸惑って思わず顔をきょろきょろさせた。
「だれが阿呆だい!」
「おまえだおまえ。残りの獲物は俺に残せ。弱ったヤツらじゃ俺の刀のサビにもならんだ
ろうがな」
 アルベルが刀をかまえながら、目だけこちらに向けていた。
「アルベル…おまえ」
「ごちゃごちゃしゃべってるヒマがあったらとっとと行け。足手まといだ!」
 フェイトを怒鳴りつけると、アルベルはバイオキメラに斬りかかる。
「さあ、フェイト!」
 ネルにもたきつけられ、フェイトはソフィアを見下ろして黙り込んだ。
「俺たちも後から行く! おまえは、今は行け!」
 クリフの怒鳴り声さえも聞かされては、フェイトは迷っているヒマはなかった。
「みんな…ありがとう!」
 フェイトはソフィアを抱き抱え、フロア出口へと走りだした。
「マリア! おまえも行け!」
「え!? だってクリフ!」
「行くんだよ!」
 マリアは強い調子のその声を聞いて、ちょっとたじろいだが、深く頷くと、フェイトの
後を追って走りだした。
「さ、アドレーのおっさんも!」
「なんじゃと!? おぬしワシに…」
「足の遅いヤツは今のうちに行っとけ!」
「んぐっ!」
 足の遅い二人が逃げ遅れないようにとのクリフの配慮を察し、アドレーは小さく悪態を
つきながら、下駄の音をカラコロさせて彼も出口へと走った。
「でえいやあっ!」
 クリフによって叩き落とされたバイオキメラを、ロジャーは斧を振りかぶり、山羊の頭
を刎ねた。
「あと、一匹!」
 4人の視線が最後の一匹に集中した。
「ヒーリング!」
 ネルの施術がそれぞれに飛んでいく。
「がきんちょ! てめえも行け!」
「バカチン! 馬鹿にするなよ!」
「ちっこいのがうろちょろさせれちゃ目障りなんだ! ともかく、行け!」
「おまえなあ!」
「ロジャー、行くんだ! 前衛で戦えるのがあっちはフェイトだけなんだ!」
「あ、は、はい! わかりましたおねいさま!」
 クリフ相手ではごねていたロジャーも、ネルに指示されると、すぐに納得して、スタコ
ラ走りだす。
「あのガキ…」
 思わずクリフの顔が不機嫌そうに引きつったが。
「クリフも頃合いを見計らって行きな。前衛がここは二人もいらない」
「ネル。けどよ…」
 言いかけて、クリフは残って戦っているのがアルベルだと知ると。
「あー、へいへい。邪魔者は消えるぜ」
 ケガや汚れでクリフの顔は薄汚れていたが。軽薄そうな笑みをその顔で浮かべて見せた。
「は!? な、何を言ってんだい!?」
「照れんなよ。まあ、うまくやれよ」
 クリフのセリフを聞いて、思わずネルが赤くなると相変わらずの笑みを浮かべながら、
親指をたてて見せる。
「ちょっとあんた!?」
「じゃあな。あとで報告聞かせてくれよな!」
「クリフ!」
「任せたぞ!」
 ネルの怒鳴り声を無視して、クリフは戦っているアルベルに向かって声をかける。
「うるせえ阿呆!」
 彼らの会話などは耳に入っていなかったようだが、いつも通りの悪態が返ってきた。ク
リフはネルにむかってウィンクを飛ばすと、出口に向かって走りだした。
「ったく!」
 顔がまだ赤いまま、ネルは横目でクリフを見送って、アルベルの護衛をするべくバイオ
キメラの方へ走りだした。



                                                           to be continued..