「クリフ!」
 扉を抜けると、ほっとした顔が出迎えた。今ここで、無傷なのはブレアだけだ。スフレ
とミラージュの怪我もたいした事がない。彼女達はどちらかというと、いざという時の保
険に近い存在だった。
「どうですか?」
「ネルとアルベルに任せてきた。あと1体だし、ヤツらの事だ。どうにかするだろう」
「そう。じゃそれぞれ回復アイテムを食べてちょうだい。落ち着き次第、乗り込むわよ!」
 クリフの言葉を聞くと、マリアはすぐに指示を飛ばした。
「…………」
 むさぼるようにブルーベリィを食べていたロジャーだが、やがて途中で食べるのをやめ
てしまった。
「どうしたの?」
 それを見つけて、マリアはロジャーに話しかける。
「いや…。オイラこんなにいらないから、これくらい、おねいさまのためにここに置いて
おこうと思って」
「なに言ってるの。そんなの気にしなくていいわ」
「でも、姉ちゃんよお」
「その分はとっておいてあるから、気にしなくていいって事よ」
「あ…」
 マリアのウィンクを見て、ロジャーは動きを止める。
「それっくらい考えてあるわよ。見くびらないでおいてくれる?」
 疲れが隠せない様子ながらも、マリアはほほ笑んで見せた。
「フェイト、ソフィアの様子はどう?」
 照れ隠しなのか、マリアはすぐに立ち上がって、ソフィアの様子を見に立ち去ってしま
った。


「この部屋に、ルシファーがいる…」
「ええ」
 緊張を隠せないフェイトに、ブレアは大きく頷いて見せた。
「みんな、行くぞ」
 振り返って、フェイトはそれぞれの顔を見て、そして前を向く。
 巨大な扉を押し開けると、眩しい光が差し込んでくる。その光に一瞬目を細めたが、そ
のまま扉を開ききった。
 そして、そこに、ルシファーがいた。


 バイオキメラは己が最後の一匹だという自覚があるのか、先に倒したものよりずいぶん
としぶとかった。
「ったく、さっさと倒れてほしいもんだねえ!」
 悪態と一緒に、ネルは氷のくないを投げ付ける。氷の刃をくらってひるむも、バイオキ
メラは羽をはばたかせ、風圧で近づいてくるアルベルの足止めをする。
 だが、二人で追い詰めている実感はあった。この最後の一匹を倒せるのも時間の問題だ
ろう。
 バイオキメラは追い詰められている自覚があるらしく、歯をそれぞれ食いしばり、先ほ
どから終始うなり声をあげていた。
 間合いをうまくとりながら、アルベルは斬りつけては引き返すを、繰り返していた。
 出会った頃は突っ込んでばかりだったようだが、最近ではそればかりではなく。戦い方
にも変化が表われてきていた。本人に自覚がどこまであるのか知らないが。
 少しずつ体力を削り取られながら、バイオキメラはただひたすら反撃のチャンスを待っ
ていた。
 だから、自然防御態勢となり、微妙に逃げ腰となっていた。アルベルもそれに薄々感づ
いてはいたが、まさか逃がすわけにもいかないので、仕方なく少しずつ体力を削る戦法を
とっていた。
 眈々とチャンスをうかがっていたバイオキメラだが、やっとその機会が巡ってきた。ち
ょうどバイオキメラの移動した先が、アルベルの直線上背後にネルがいるという場所で。
しかも彼女は施術の詠唱中だったのだ。ここで強力なブレスを吐いて、うまくいけば、二
人そろって一網打尽だし、前の男が避けたとしても、うちの一人は仕留められる事になる。
 3頭の頭は最後の力を振り絞り、そろって大きく息を吸い込んだ。
「!?」
 アルベルは背後にいるネルの気配を察し、詠唱中なのを知った。目の前の怪物は運が良
ければ自分もろとも、そううまくいかなくても無防備な彼女だけを倒すつもりなのだろう。
「させるかよっ!」
 大技なので使うのを控えていたが、そんな事に構ってられなかった。
 アルベルは神経を集中させて、己の闘気を最大にまで高める。当たればでかいはずだが、
いかんせん発動に時間がかかるのと、やたら体力を消費するのが欠点で。
 だが、今はこの技に賭けるしかないと思った。
 彼の周囲から赤い闘気が膨れ上がり、地中からなにかが迫り上がってくる感触がする。
 バイオキメラの大きく開いた喉の奥が強い光を発して、次の瞬間それを勢いよく、3頭
そろえて吹き付けてきた。
 同時に、アルベルの技も完成する。
「吼竜破ぁ!」
 腕を突き出し、迫り上がってくる闘気のカタマリをぶつけると、それは竜となってバイ
オキメラに突っ込んでいく。
 バイオキメラのブレスと、アルベルの闘気のドラゴンがまともにぶつかった。
 3頭のうちの2頭のブレスは闘気の竜と相殺されて、ぶつかり合った真ん中で激しく弾
け散る。だが、うち1頭のブレスがアルベルを直撃した。
 アルベルの闘気の竜の方も2頭のブレスと相殺されたが、後から生まれた竜は相殺され
る事もなく、勢いが衰えないまま、バイオキメラにぶつかった。
 ズガアアアンッッ!
「!?」
 ちょうど相討ちするカタチで、双方に爆発が起こる。その閃光に、ネルは思わず詠唱を
やめ、目を見開いてそちらの方を見た。
 風圧が通り過ぎると、そこには動かないアルベルと、バイオキメラが倒れていた。
「あ、アルベル!」
 思わず悲鳴をあげて、ネルは彼に駆け寄った。走りながらも、彼女は未だにバイオキメ
ラが痙攣しながらも動いているのを見つけて。
「このっ!」
 高く飛び上がると、上空から勢いよく突っ込んで短刀を振りかぶった。
「グギャアアアアア!」
 それが、ルシファー最高の防御プログラム、バイオキメラの最期だった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 とどめをさした事を確かめ、ネルは呼吸も荒くバイオキメラを見下ろしていたが、やが
て背を向けアルベルの方に走り寄った。
 全身を焼き焦がしながら、アルベルは大の字に寝転がっていた。
 ゆっくりと抱き起こすと、かなり弱々しい脈をしている事がわかる。ネルは急いでヒー
リングを口ずさむ。
 もうかなり体力を消耗していたクセにあんな大技使って。彼は認めたがらないだろうけ
ど、ネルを護るために、そんな危険な事をしたのはもうわかっている。
 馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿。
 心の中で続く言葉はそれしかなくて。脂汗をにじませながら、ネルはヒーリングを唱え
て、治癒の光を発動させると、それをアルベルに浴びせ続けた。精神力が少なくなってい
るらしく、少しでも気を抜くと光はしぼんでしまう。しぼんでしまったら、また最初から
かけ直す。それを何度繰り返したか。
 頭がくらくらしてきて、息が苦しくなってきた。精神力が尽きかけてくる前兆だ。そん
なことわかりきっていたが、今のネルはそれがどうしたと言った状態で。
 脳みそがきつく絞られるような感覚。目眩。息苦しさ。動悸の乱れ。それに伴う脂汗。
すべてが同時にネルをしめあげてきた。
 おまけに声が枯れてきた。喉がからからに乾いている。
 それでも。
 ネルはヒーリングをかけ続けた。
 やがて、脳の奥のどこかが、プツンと切れたような気がした。



「…………………」
 なぜか口内が苦い。体が微妙に火照っている。
 ネルは目眩のする頭をおさえ、どうにか起き上がろうとしたが、肩をぐっとつかまれて
そのまま元の場所にもたれかかる。
 視界がかすんでよく見えない。
 もたれかかっている場所が暖かくて、ネルはまどろむように目を閉じる。聞こえてくる
規則正しい音が妙に耳に心地よくて。
 思わずそれに擦り寄って。
 しばらくして、意識がしっかりしてくると、自分がどうなっているかだんだん把握でき
るようになってきた。
 あれ?
 ネルはこの規則正しく聞こえてくる音が何なのか疑問に思って、目を開けた。
 今度はだいぶ視界もはっきりしてきた。自分を見下ろす顔が見える。薄汚れてはいるが、
端正な顔立ち。
「………………」
 そして、ようやく自分をとりまく状況がどうなっているのか理解した。
 規則正しく聞こえてくる音はアルベルの心臓の音で、自分がもたれかかっているのが彼
の腕の中だと察した。
「あ…? 私…」
「平気か?」
 珍しい事この上ないが、気遣うようなアルベルの声。
「まだつらいなら休んでいろ」
 低い声が脳内に響いてくる。その声を聞くとなぜか安堵して。
 頭を力無くアルベルの肩にもたれかけさせる。普段のネルならすぐに起き上がるところ
だが、いかんせん精神力を極限にまで使いすぎた。
 普段の思考回路に戻るには、もう少し休みが必要だった。
 ぼうっとする頭とぼんやりする視界の中。血で汚れたアルベルの右手が見えた。不意に
その手が動いて、こちらに手のひらを向けたかと思うと急に光り輝いた。
 ヒーリングの光が自分を包んでいるという事に気づくのには、だいぶ時間がかかった。
 光の消えたその手に、自分の手をのばす。ゆっくりと自分の手をその手の上に重ね合わ
せて。静かに握り締める。
 握り締められて、その手は少し困ったように戸惑う動きを見せていたが、やがて落ち着
いて動かなくなった。
 長い間、その手の上に、自分の手を重ねていたような気がした。
 どれくらいそうしていたか。ようやく頭がスッキリしてきた。
「う…く…」
 ゆっくりと身を起こし、そして、ようやっと背中に目を向けると、思ったより随分と間
近にアルベルの顔があるので、驚いて少しのけぞった。
「あ…ご、ごめん…」
 アルベルの腕の中という感覚はあったものの、まさかあぐらをかいている彼の膝の上に
乗せられているとは思わなかった。
「め、迷惑かけたかい?」
 思わず顔を赤らめて、照れ隠しも手伝ってネルは立ち上がった。
「いや…。もう平気なのか?」
 あぐらをかいたまま、自分を見上げて尋ねてくる。
「う、うん。だいぶ頭の中もスッキリしているし、痛んだ所も痛くない」
 それは本当だった。精神力の回復の方は知らないが、体力的には疲れもないし、痛みも
なかった。
「そうか。じゃ、行くか」
 アルベルはそばに置いてあった刀を手に取り、立ち上がった。
「あ、それと」
「え?」
「あれ、勝手に飲ませてもらった」
 彼が顎で指し示す先には、ネルが持ち歩いていた水筒が、さっきまでいた場所のすぐ近
くにあった。中身が酒の、ソフィアに飲ませたヤツだ。
「あ、あれ…」
 そこで、ネルはこの口内に残る苦みに納得がいった。おそらく、というか間違いなく酒
を飲まされたのだろう。この味はネルが持ってきた酒だ。どことなく顔が火照っているの
は、照れだけではなかったのだ。
「え? でもどうやって…」
 自分に飲ませたのか。そう聞こうと思ってやめた。なんとなく想像がついたからだ。思
わず、唇に残る酒をなめとる。
「中は?」
「カラだ。全部飲んじまった」
「そうかい…」
 もともとたいした量が入っていたわけではない。二人分だとしたら、飲み干してしまう
量だろう。
「私、どれくらい気絶していた?」
「さあな。俺は時計をもってるわけじゃねえからな。だが、一時間二時間は経ってねえな」
「そう…。じゃあ、フェイト達の後を追わないとね」
「そうだな」
 刀を握り締めると、アルベルはすたすたと歩きだす。ネルも、それに続いた。
 なんだか、何事もなかったかのようなアルベルが少し違和感だったが、いつもの照れ隠
しなのだろう。
 とりあえず、自分の荷物を回収しようとして、ちょっと呆気にとられた。中身が乱雑に
かきまわされていたのだ。
 思わずアルベルの背中を見る。あの水筒を捜すために、相当焦ったらしい。何事もなか
ったように歩くあの背中がおかしくてたまらなくなってしまった。
 しかし、これはひどい。
 怒る気にはなれないのだが。ネルはほっとため息をつきながら、簡単に整理すると、ア
ルベルの背中に続いた。
「ん?」
「どうしたんだい?」
 このフロアの扉をぬけてすぐ、アルベルは声をあげた。
「おい、こりゃ…」
 床に何か落ちていたらしく、かがみこむとそれを拾い上げた。
「ブルーベリィとブラックベリィ2回分ずつだね…」
「俺とおまえの分ってか。フン。余計な事しやがるぜ」
 そんな事を言いながら、それぞれ一つずつ手渡して、アルベルは残りを口にいれずに懐
にいれた。ネルも食べる気になれなかったので、懐にいれた。
 長い廊下の先に細く巨大な扉があった。扉は開け放したままで、中の喧噪はさすがにこ
こまでは聞こえてこないが、中で戦っているらしい光はチカチカと瞬いている。
「行くか」
「そうだね」
 アルベルが刀を肩にかけてそう言って歩きだすと、ネルも軽い調子でこたえた。


「データはデータらしくしていろ!」
 ルシファー自身が目映く光り、輝くカタマリを全員にぶつけてきた。
「ウワアアア!」
「キャアーッ!」
 そろって吹き飛ばされ、転がったり、受け身をとったりとそれぞれがどうにか対処して
いたとこへ。
「目障りだ!」
 ルシファーは手にしていた槍をかまえ、勢いをつけると尻餅をついたままのマリアに突
進してきた。
「マリア!」
 数人の声が重なった。マリアの目が大きく見開かれる。ルシファーの槍が目前にまで迫
った。
「吹き飛べ!」
 横から声がしたかと思うと、衝撃破が飛んできて、それがルシファーをとらえ、横にな
ぎ倒した。
「なっ!?」
 どこからそれが飛んできたか確認しようと、そちらに目を向けると、今度は氷のくない
が飛んできた。
「うおっ!」
 とっさに腕をかまえて、身を守るも、そこで氷が砕け散り、細かな氷のつぶがルシファ
ーの顔に小さく傷をつける。
「あ…、アルベル! ネル!」
 入り口近くで、二人が武器を構えて立っていた。マリアは、自分の顔がほほ笑んでいる
自覚もないまま、彼らの名を呼んだ。
「まだ俺の獲物は残ってんだろうな!」
 言って、アルベルが参戦してくる。
「任務はまだ終わってないからねえ」
 ふっと息をついたあと、ネルも武器を握り直して参戦してきた。
「遅ぇぞタコ!」
「やかましいクソ虫が!」
 悪態を飛ばすクリフの顔も傷つきながらも笑顔で。戦っている全員に安堵と安心感が広
がり、気持が新たに引き締まる。
「よし! やるぞ!」
「オッケー!」
 フェイトが気合をいれると、近くにいたスフレが大きく腕をあげて応えた。
「何人できても同じだ! 所詮作り物が創造神にかなうわけがなかろうがっ!」
 叫んで、ルシファーは浮かび上がる。
「なめるなっ」
 フェイトは剣をかまえ、ルシファーに切りかかった。





 ブレアの絶望的な声が聞こえる。
 部屋全体が光を放ち、崩れて消えていく。そして、自分たちでさえも光りだした。この
部屋のように、光りながら消えていくのか。
「なんか、わけわかんねぇよなあ」
 自分たちでも驚くくらいに落ち着いているのは、やれるだけの事をやりきったからだろ
う。ロジャーののんきなセリフも不思議に思わない。
「しょうがないよ。アタシ達、ムズかしいの苦手だから」
「オイラも一緒にすんなよ」
「ほう。じゃてめえは全部知ってたのか」
「…な、そんなわけねえけどさ。兄ちゃんだってわかってねえじゃねえかよ」
「フン。俺は目の前の敵を叩っ斬ってきただけだ」
「アタマ悪そうだな、そのセリフ」
「てめえほど悪くはないがな」
「なんだとう!」
 ロジャーは殴るまね事をするが、その手は随分と薄くなってきていた。
「あー、オイラの手が薄いー」
「まあさ。…会えたら、また会おうよ」
 にこっとスフレがほほ笑んで。ロジャーも苦笑して。アルベルも珍しく素直な笑みを浮
かべていた。
「消えていくわ…」
 マリアの声を最後にそれぞれの意識が途切れた。


 たとえどうなったかよくわからなくても。ここに存在する事は確かで。それがわかれば
じゅうぶんで。
 また会えた一行は、とりあえずは、苦笑した。

                                                                      おしまい。





























あとがき。
最後から2番目だし、ここは一つルシファー戦でも、書いてみようかと。DC版だと人数
多くて大変ですがな。けどまあ誰か置いてくってのも、なんかねえ。
お題の描写が微妙に後付けくさかったり、ラストの座りが悪い感じとか。まあ見逃して下
さいよ。
バイオキメラの設定がなんだかオリジナルですが、話の展開の都合のためです。気にしな
いでおいて下さい。そもそも全員集合してる時点で、もうゲームと違ってるし…。
ところで、これを書いた頃はまだイセリアクィーンとか倒してなくて、もしかすっとブレ
アさんにはボディガードいらないんじゃないかとか思ったのですが…。まぁ人数多いから、
良いのかな…。