「あら? ネル、あなた武器、いつの間に変えたの?」
 襲いかかってきたモンスターを退け、一息ついている所だった。マリアは銃を降ろし、
ふとネルが装備している武器が、ついこの間までのものとは違っていた事に気づいた。
「え? ああ、これか…。その、ちょっと、…ね」
 複雑そうな瞳で武器に目を落とし、そして、苦笑してごまかされてしまった。
「まぁ…良いけど…」
 言いたくないのなら、別に無理強いさせるつもりなどないので。マリアは少し合点いか
ぬそうにしていたが、それ以上その事について言おうとはしなかった。
 ネルはその武器をまだ眺めていたが、ふっと息をついて、腰の鞘におさめた。
 それを、アルベルは少し顔をしかめて見ていた。
 あの短刀に見覚えがあったのだ。
 それが、どこで見たのかどうにも思い出せなくて、首をかしげながら、歩きだすフェイ
ト達に続いた。
 ウルザ溶岩洞に続くバール山道はけわしくて、おまけにモンスターの巣窟で強行に進む
わけにもいかなくて、大きな岩の影で小休止を取っていた。
「はあ…」
 体力のないマリアは岩棚に腰を降ろし、目を閉じて息を吐き出す。
「大丈夫か?」
「平気よ、これくらい」
 口では強がりを言っているが、疲労は顔に色濃く出ており、気をぬけばすぐに寝てしま
いそうだった。クリフは腕を組んで、少し困ったように彼女を見下ろす。
「おい、フェイト」
「なに?」
 水筒を口に含み、話しかけてきたクリフを見る。
「今日はここで休もうぜ。その、…ほれ…」
 クリフはマリアに気づかれないように、顎で彼女を差し示す。彼女が疲れきっているの
は誰の目にも明らかで、フェイトはすぐにクリフの言いたい事を理解した。
「…そうだね。川も近い事だし、今日はこのへんで休もうか」
「ん? 休むのか? オイラまだ元気だぞ」
 小さい体ながらも、体力はマリアよりも全然あったりするロジャーは、早すぎる休みに
不思議そうな顔をした。
「いいから、休みは休みなんだ。休んでおけ」
「はーん。さてはデカブツ、もう疲れたのか? でっけえ体してるくせに体力がねえなん
て男として情けねえぜ」
「なっ、ちが! あのなあ俺が疲れてるわけねえだろ」
「どうだかなー。さっきの戦いだって、なんだか動きがにぶかったぜー?」
「ありゃマヒしてただけだ! バジル食ったら治ったろうが!」
「ほほう。おのれのたいりょくのなさを、マヒのせいにするのかー?」
 普段、色々勝てない事が多いせいか、ここぞとばかりにロジャーは意地悪そうな瞳をク
リフに向ける。
「だから違うっつってんだろーがこのクソガキが! あのなあ、マリアが疲労困憊だから
休ませてやろうってだけなんだっつーの!」
「誰が疲労困憊よ!」
 聞き捨てならぬと、マリアは閉じていた目を開けて、身を乗り出した。確かに疲れては
いるが、疲労困憊と言われるほど疲れているわけではない。なにより、このクォークのリ
ーダーたる自分が、疲労でみなの足を引っ張っているとは思われたくなかったし、思いた
くなかった。
「おー? 自分が疲れてるってーのに、あの姉ちゃんが疲れてる事にするなんて、おとな
げねえぞー」
「いい加減にしろっての! 疲れてるマリアをそのままにしとくわけにもいかねえだろー
が」
「だから誰が疲れてるっていうの!? そりゃ、ちょっとは疲れてるけど、そこまで言われ
るほど疲れちゃいないわ!」
 追い打ちのようにクリフにそう言われて、マリアはムキになった怒鳴った。
「行くわよ、フェイト!」
「ええ!? だ、大丈夫かい…?」
「なによ。フェイトまで私を馬鹿にするわけ?」
「そんなわけないだろう。ただ、マリアがみんなより疲れた顔してたから…」
 そこまで言って、フェイトは口をつぐんだ。プライドの高いマリアにさらに追い打ちを
かけてしまった事にいまさら気づいたのだ。
「なによ。フェイトまで私の体力が全然ないって言いたいわけ?」
「いやその、そういうわけじゃ…」
「フン…。事実だろうが…」
 フェイトが言いよどみ、口ごもっていると、横からアルベルがとどめの一言を発してし
まった。
「行くわよ! 今日中に山の中腹までには着くんだから!」
 顔を真っ赤にして、マリアは立ち上がり、のしのしと大股で歩きはじめた。いつも冷静
なマリアらしからぬ行動で、やはり疲れているのだろう。
「あ、あああ〜」
 フェイトは両手で目眩する頭をおさえた。疲れているマリアに無理させるつもりなんか
ないのに、どうしてこうなってしまうのか。無理したって良い事などないだろうに。
「ったくもう…」
 パーティとしてはバラバラで、ネルはため息をついてこめかみに指をあてる。頭痛さえ
もしてきそうだった。
「なんだ? 休むんじゃねえのか?」
 その場にしゃがみこんでいたロジャーが、不思議そうにマリアの後姿を指さした。
「お・ま・えが余計な事を言うからだ!」
 クリフが殴りかかりそうに拳を握り締めて、ロジャーにむかってすごんだ。
「なんだよー。オイラのせいなのかよ」
「ロジャーの挑発に乗っちゃったのはクリフじゃないか…。しょうがないよ…、もう少し
すすんで、適当なところで休もう」
 ため息をついて、フェイトは歩きだした。やれやれとクリフもそれに続く。
「…阿呆くせえ…」
「あんたが余計な一言を言うからだよ」
「フン…」
 俺だけのせいじゃねえだろうが。
 そう言おうかとも思ったが、このシーハーツの隠密と、これ以上に険悪になる必要はあ
るまいと、アルベルは言うのをやめた。
 ただでさえ、この女は自分を敵視しているのだ。これ以上は面倒なだけだ。
 どうにもこの女、自分より仲間を優先するタチのようで、自分の部下を目の前で愚弄さ
れて怒り狂った。あのときの事をまだ根にもっているらしい。確かにあれは挑発するつも
りでの足蹴だったので。根に持たれても、まあ仕方ないと言うか。
 自分とあの女は戦争という状況下で、敵味方として争っていたのだ。和平を結んだとこ
ろでそう簡単に慣れ合えるものでもなかろう。
 仲間になったばかりはうざいくらいの殺気を発していた。さすがに今は殺気を発しては
いないものの、けっして気を許しているわけではないようだ。
 まあそれも仕方がない。
 そう思って、アルベルはなるべく取り合わないようにしているつもりだ。
「キャーッ!」
 やれやれとマリアの後をついて歩いていると、上の方から悲鳴が聞こえた。
「マリア!」
 クリフは真っ先に走りだした。残されたフェイトとネルは思わず顔を見合わせる。
「なんだー、誰の悲鳴だあ?」
「マリアの声じゃないか! 行くぞ!」
 のんびりしたロジャーを一喝して、フェイトも走りだす。それに続いてネルも走りだし
た。
「おい、待ってくれよう!」
「チッ!」
 置いてかれてはたまらないので、ロジャーが走りだし、アルベルも舌打ちして走りだし
た。
 駆けつけて見ると。大きなエアードラゴンの爪につかまれたマリアの姿があった。
「マリア! くっそ! この野郎が!」
 クリフはジャンプして殴りかかるが、いかんせん高度がありすぎる。
「届かねえのか!」
「アイスニードル!」
 クリフが舌打ちすると同時に、ネルの施術が飛ぶ。氷のつぶてがドラゴンに当たり、痛
さにドラゴンが身をくねらせる。
「キシャアオオウウ!」
「おっと!」
 怒りに口からブレスを吐き出す。それをすんでで避けるクリフ。
「くそ、効いてねえのか!」
「威力が足らないのか!」
 クリフもフェイトも、歯痒そうにマリアをつかんでいるエアードラゴンを睨みつける。
今のところ、あの高度にいるドラゴンを攻撃できる術は、ネル以外誰も持っていないのだ。
しかも、遠方への攻撃を得意とするマリアがあの状態ときている。
「なんか、投げるものねえか!?」
「オイラの地雷でも投げるか!?」
 切羽詰まったロジャーが愛用の地雷を取り出してみたのだが。
「地雷を投げるのかよ!? どうやって空中の敵が踏むってんだよ!」
「でも爆弾は爆弾だぞ。威力は保証するぜ!」
「その前にマリアに当たったら危険すぎるじゃないか!」
 なにやら危険な事を言い合っている二人に、フェイトが怒鳴った。
「黒鷹旋!」
 ぎゃあぎゃあ言っている男たちを無視して、ネルは短刀をドラゴンに向かって投げ付け
る。
「ギャアアアア!」
 短刀は見事ドラゴンの首筋に当たり、ドラゴンは身をくねらせた。
「キシャアオオウ!」
 どうやらその一撃はドラゴンの怒りを買ったらしく、ドラゴンは高度を下げてこちら目
がけて飛び込んでくる。
 そのドラゴンを見て、男4人の瞳が怪しく光った。
「高度を下げりゃこっちのもんだ」
 最初に、クリフが動いた。
「マイト・ハンマー!」
 高く飛び上がり、ドラゴンの頭に拳を叩きつける。
「ギャアアア!」
 クリフの拳がドラゴンの頭に炸裂して、たまらなくなったドラゴンは足につかんでいた
マリアを離す。
「マリア!」
 彼女が落ちてくる先目がけて走り、フェイトはなんとか彼女を受け止める。
「大丈夫か!?」
「く…うう…」
「回復は!?」
 マリアを下に降ろし、軽くゆする。どうやら軽く気を失っているようだ。回復術を使え
るネルがこちらへ駆けてくる。
「お願いします!」
 フェイトはマリアを抱えたまま、ネルを見る。彼女は頷くと、すぐに呪文を唱え始める。
「ヒーリング!」
 治癒の光がマリアを包む。そこへ、心配そうな顔のクリフが駆けよってくる。
「どうだ?」
「いま、ヒーリングをかけてもらってる。あっちは大丈夫なのか!?」
 マリアの様子を見に来たクリフに、フェイトは少し心配そうにドラゴンの方を見た。
「あいつらに任せてきた」
 くいっと顎を向ける先では、アルベルとロジャーががしがしドラゴンをどついてる姿が
見えた。
「一匹しかいねえし、あっちに任せて大丈夫だろ」
「そうみたいだね…」
 フェイトが戦ってる時のアルベルってやたら嬉しそうだなぁとか思っていると、腕の中
のマリアが動く気配がした。
「マリア!」
「大丈夫か?」
「う、うう…。あたた…、ど、どうして私…」
「はあ。心配かけさせやがって。体力ないまんま、一人で突っ込むな」
 クリフは、大きな手をマリアの頭にかぶせるように押し付ける。
「…な、なによ。そ、そういえば、あのドラゴンは…」
「おらぁー!」
 ガン!
「フン。所詮クソ虫はクソ虫か…」
 動かなくなったドラゴンにロジャーは蹴りを入れ、アルベルが刀を鞘に収めているとこ
ろだった。
「大丈夫みたいだね」
 ネルはこちらに向き直り、肩をすくめて見せた。



                                                          to be continued..