「おい」
「え?」
 結局休む事になって、それぞれ座ったりしゃがんだり、水を飲んだりしていた。ネルだ
けは歩き回って何かを捜しているようだった。そんな時に、後ろから低い声で声をかけら
れた。
「てめえが捜してるのはこれか?」
「どうして、これを…」
 アルベルが手にしていたのは、ついこの間変えたばかりのネルの短刀だった。ドラゴン
に投げ付けた武器がうまい具合にこちらに返ってこなくて、どこぞへと落ちてしまったの
だが…。
「さっきドラゴンの死体近くに落ちていた。てめえのもんだろ」
「ああ…。…………………その、悪かったね」
 面と向かって礼を言いたくなくて。でも、言わないわけにもいかなくて、ネルは言いに
くそうに、それでも礼を言う。その様子に、アルベルは片方の眉を跳ね上げた。礼など言
いたくない相手だろうに、それでも礼を言うネルに少しだけ感心したのだ。
「…さっき思い出した。これは、あのジジイの机の中にあった武器だろ。それを、どうし
ておまえが持っている」
「あんた、これを知ってて!?」
 ネルの瞳がさっと危険な色に、変わる。
「あのジジイがそんな短刀使うとは思えなくてな。不思議に思ってたんだ」
 あれは、何かの用事でウォルターの帰りをあの部屋で待っていたのだが、なかなか帰っ
てこなくて、彼の机の中を暇つぶしに開けていた時に見つけたものだった。ウォルターが
こんな短い武器は使わない事、武器としてはかなりの出来だった事などもあって気にかか
っていたのだが…。
 あのとき、ウォルターからこの武器について、いくらか聞いていた事をぼんやり思い出
す。
「…これは、私の父が使っていた武器だ…。わけあって、あのウォルターの手にあったも
のだけど…」
「おまえの父親? …………………」
 アルベルは一瞬、いぶかしげにネルを見つめ、そして今度はゆっくりと視線を宙にただ
よわせる。
「おまえ、ネーベル・ゼルファーの娘だったのか?」
「知らなかったのかい?」
「………………」
 ゼルファーという名字に聞き覚えがあるなとか思っていたのは、そういうわけだったの
か。妙なところで合点がいってしまった。というかいまさら気づくも自分も自分だが。
 一人、納得してしまっているアルベルに妙な肩透かし感をくらって、ネルは殺気を霧散
させる。いつもあれだけひねくれているくせに、変なところで素直なのは、それもひねく
れ者の所以か。
「…で、ジジイに返してもらったってわけか。随分いわくありげな武器なのに、よくあの
ジジイが返したもんだな」
 ウォルターを武人としての誇りを大事にする男である。見る目は厳しいが、認めれば、
武人としての儀礼を尽くす。
「まあ…ね」
 形見の短刀を手の上でくるくるまわしながら、ネルはあのときのウォルターとのやりと
りを思い出す。
 敵は敵だが、武人としての誇りを重んじるあの姿勢は素直に認められる。父もあのよう
な男相手に倒れたならば、自分の死に納得いっただろう。むしろ武人として本望だったの
かもしれない。
「………………」
 アルベルは、少し物思いにふけるネルを見つめた。
 口ではなんのかんの罵ってはいるものの、内心ではウォルターをすごく認めているし、
尊敬していたりしている。小さい頃からの事もあり、彼に頭があがらないのはそのためだ。
 そのウォルターが、ネルを認めたという事に、少し驚きを隠せなかった。
「なんだい?」
 視線に気づいて、ネルはこちらをにらみ返してくる。
「…なんでもねえよ…」
 くるりとネルに背をむけて、アルベルは彼女と距離をとる。
 あのウォルターがネルを認めた。その事実が、アルベルを妙な気分にさせた。しかし、
それが何なのかアルベルにはよくわからなかったので、考える事をやめた。

「ふいーっ」
 ロジャーはその場に腰をおろすと、水筒を取り出す。そして、美味しそうに飲み出した。
「ん?」
 小さな赤いドラゴンが岩場の影からのぞいている。小さいので、取り合わない事に決め、
ロジャーはまた、水を飲み出す。
「ふう」
 唇をなめ、ロジャーは水筒のふたをしめる。ふと、気配を察して後ろを見ると、さっき
の小さなドラゴンが3匹に増えていた。
「……………」
 ロジャーはひくっと頬を引きつらせて、小さなドラゴンから目を離さないで、ずりずり
と後ずさりをはじめる。
「今日はここでもう休もうか?」
 フェイトの声が聞こえる。
 マズイよ。
 ここで休むのはマズイって。
 そう言おうと思ってフェイトの方へ顔を向ける。しかし、ドラゴン達に気づかれたくな
くて、声はあげられない。ロジャーは小さなドラゴン達がいる方に向き直ると。
 小さなドラゴンは10匹程に増えていた。
「ふ、ふえ…」
 ロジャーは己の血の気が引いていくのを感じた。

「んぎゃーっ!」
 突然のロジャーの悲鳴にみんな何事かと顔を向けた。
「いだだだっやめろ! オイラの尻尾なんか食ってもうまくないぞ!」
 ロジャーがたくさんの小さなドラゴンを引き連れてこちらに逃げてくるではないか。う
ち1匹はロジャーの尻尾にかみついている。そして、全員の血の気を失せさせたのは、ロ
ジャーが引き連れている、小さなドラゴンの数である。地面が見えないくらいにうじゃう
じゃいるとは何匹いるのか見当もつかない。地面が小ドラゴンのピンク色に染まり、一瞬
何事かと思ったが。
「馬鹿野郎! こっち来んな!」
「どうしてそんなものを引き連れてくるのよ!」
「んなこと言ったって! あででででっ!」
「川を渡ってしまおう!」
 荷物を慌ててまとめて、みんな川に向かって逃げ出した。
「待ってくれー! オイラを置いてかないでくれーっ!」
「おまえもこっちまで逃げてこい!」
 走りながら、フェイトはロジャーに向かって叫ぶ。
「んもう! なんでこうなるの!?」
 疲れがとれきってない上に、マリアの足は遅いのである。彼女は必死になって走ってい
るが、そのうちミニドラゴン軍団に追いつかれるのは目に見えていた。
「ちぃっ!」
 ネルは舌打ちして立ち止まると、振り返って氷のクナイをドラゴン達に向かって投げ付
けた。
「凍牙!」
「ギッ!」
「ギャアア!」
 数匹は氷のクナイに倒れたが、倒しきれる数ではない。
「ここは私がくい止めるから早く!」
「え、でもだって…」
「いいから急ぐんだよ!」
 戸惑うフェイトを一喝すると、今度はクリフが立ち止まる。
「じゃあ、俺も…」
「あんたはマリアを!」
「お、おう…」
 確かにマリアを放ってはおけなかった。クリフは頷くと、マリアに向かって走りだす。
「急ぐぞ!」
「わ、きゃあ!」
 走りながら、マリアの背中をつかむと、小脇に抱えて走りだす。
「お、おろしてよ! 恥ずかしいじゃない!」
「そんな場合じゃないだろ!」
「凍牙!」
 マリアとクリフの会話を聞きながら、ネルは氷のクナイを投げ続ける。
「こなくそっ!」
 尻尾にかじりついている1匹を斧で叩きつぶし、ロジャーはわたわたと何とかネルのい
る所までに逃げてくる。
「お、おねいさま!」
「あんたも急ぐんだ! 黒鷹旋!」
 ネルの投げた短刀は、小さなドラゴンをなぎ倒しながら、今度はちゃんと手元に返って
くる。
「くっ! なんて数だい」
 数匹をすでに倒しはしていたが、数が数だ。うじゃうじゃとむかって来られる姿を見る
と、ネルも逃げたくなってくる。でも、そういうわけにはいかなかった。
 自分だけで何とか持ちこたえて、仲間だけでも逃がす…。ネーベルの死に様を一度だけ
だが、ウォルターから聞いた事がある。あの時の彼の語り口、目の雰囲気が妙に印象深か
ったのを思い出した。
「フン…」
 アルベルは立ち止まると、刀を抜き放った。先ほどは、さすがのアルベルもあの数には
正直驚いたのだが、逃げるのはやはり不本意だ。
「キリがないねえ! 影祓い!」
 襲いかかってくるドラゴン達を、悪態つきながら、なぎ払った時だった。
「グァオウ!」
 なぎ払いきれなかった一匹が口を開けて襲いかかってきた。小さいながらもそこはドラ
ゴンで、開いた口の中は鋭くとがった牙がズラリと並んでいた。
「くっ!」
 慌てて形見の短刀を構え直した時。
「空破斬!」
 衝撃波がネルのすぐ横を通り、襲いかかろうとしたドラゴンを吹っ飛ばした。
「え?」
「はっ!」
 走りながらアルベルが放つ衝撃波が、もう一匹のドラゴンをまた吹っ飛ばす。
「な、なんで!?」
「数で来たんなら、数でぶっ殺す。基本だろうが! 衝裂破!」
 言いながら、襲い来るドラゴンたちをまたなぎ払う。
「で、でも、ここは…」
「ごちゃごちゃうるせえ! てめえもさっさと戦うんだよ! 気功掌!」
 今度は義手から強い気の固まりぶっ放して、ドラゴン達をぶっ飛ばす。
 別に助けるつもりなんてないが。
 仲間なんて下らない集まりの馴れ合いだと、今でも思ってる。
 だが、こいつと、こいつの父親の生き様というか、その姿勢は認めてやっても良いと思
っただけだ。
 こいつの父親が命を賭して守ったものは、仲間であり、戦士としての誇りだったのだろ
う。だから、あのジジイもあんな目で語ったのだ。
 正直、そのすべてを自分は理解はできないが、一本通しているのはわかる。
 そこに、敬意を払ってやろうじゃねえか。
 ドラゴン達の攻撃からネルを微妙に護りつつ、アルベルは刀を振り下ろす。
 逃げていたロジャーも帰ってきて加勢にきた。駆け寄ってくるフェイトの足音も聞こえ
てくる。
 このドラゴンどもも、あとしばらくすれば殲滅できるだろう。
 ………………。
 連携して、敵をぶっつぶすのも、悪くねえか…。
 一緒にドラゴン達を倒していく二人をちらりと横目で見て。アルベルは、ネルのなぎ払
いによって宙に浮いたドラゴンを斬り飛ばした。

                                                                         終わり



























あとがき
ゲームの感情値を見ると、どう見てもアルベル片思いな数値になりますわな。あのがんが
ん上がる感情値はすわ何事と思うくらいのものです。
で、もうそうなっちゃってるの関係なのを書くのも悪くないですが、惚れはじめのさらに
きっかけみたいな話も悪くないなと。で、こんな話です。