「まこうせき?」
「そう。魔光石。アーリグリフの地下水路にあるはずだよ。それがあればバニッシュリン
グが作れるから。それであの方のいる部屋へ行けるはずだよ」
 マーチラビット族の少年(?)はバニラと名乗った。侯爵級ドラゴンのクロセルのいる
部屋へは、そのバニッシュリングとやらが必要だと教えてくれ、そして、そのバニッシュ
リングを作る原料として、彼は魔光石を要求した。
「その魔光石っていうのは、どういうものなの?」
 マリアはあまり気乗りしなさそうな声で尋ねた。
「こう、ところどころ緑色に光ってる石なんだ。寒いところでしか産出されない石で、暗
闇の中で光るからわかると思う。そうだな。これくらい採ってきてくれればじゅうぶんだ
よ」
 言って、バニラは両手でわっかを作って見せた。
「魔光石ねえ…」
「しょうがない。それがないとあそこへ行けないんだから。採ってこよう」
 フェイトは、クロセルがいると思われる部屋の前で立ち往生した事を思い出す。落盤が
起こったらしく、扉の前には岩石がどかどかと積み上げられていたのだ。途方にくれて、
ウルザ溶岩洞内をうろついていたら、バニラが住む部屋へと出くわした。
「じゃあまた、アーリグリフに戻るわけね」
 腰に両手をおいて、マリアはため息混じりに行った。
「暑かったり寒かったり。オイラ達もタイヘンだな」
 ロジャーは鼻頭を指でこすって、後ろ頭に手を組んだ。

 アーリグリフは相変わらず寒かった。
 フェイト達は脱出の時に使った地下水路に再びもぐりこむ事となった。
「アーリグリフの地下にこんなもんがあったのか…」
 白い息を吐きながら、アルベルは物珍しそうに大きな地下水路を見上げる。
「…あなた。ここ地元なんでしょ? 知らなかったの?」
 それを聞いたマリアが呆れた声で振り返る。
「こんな寒い所に誰が好き好んで行くか」
「調査とかしないわけ?」
「命令されればやるがな。第一、今まで戦争やってたんだ。そんなヒマあるか」
 マリアは肩をすくめ、首をふりふりため息をつく。
「…で、どうなの? 魔光石らしき鉱物はありそうなの?」
 クウォッドスキャナー片手にフェイトは地下水路をうろうろ歩き続ける。
「うん。それらしき反応がこっちにありそうなんだ。こっちかな…」
 フェイトに続いて、全員が移動する。
「しっかし寒いところだな。尻尾まで凍えそうだ」
 尻尾をふりながら、ロジャーが真っ白く染まった凍る大地を見下ろす。天井もツララが
たくさんぶら下がっていて、なんだか怖いのだが。
「…尻尾にも、やっぱり痛いとかあるのか?」
 あまり他人に興味を示さないアルベルだが、気まぐれかなんなのか、ロジャーの揺れる
尻尾を見つめながら聞いてくる。
「痛いぞ。そっか。兄ちゃんには尻尾ないもんな。大変だな。尻尾ふかふか競争もできな
いなんてな」
「…いや。そんなもんしたくもないから、大変とは思わんが…」
 魔光石を採るのにぞろぞろと6人もいらない。そういうことはフェイト達に任せて、ア
ルベルとロジャーはのんきに適当な会話をかわしていた。
「これかな」
 クウォッドスキャナーは魔光石を見つけたようだ。狭く奥まったところにぼんやりと緑
色に光る石があり、確かに見ればわかった。
「そうみてえだな」
「じゃあ、ナイフで削り取ろう」
早速ナイフを取り出し、フェイト達はバニラが示したくらいの大きさを掘り出す。
「採れた?」
「ああ。もうここに用はないよ」
「じゃあ、早く戻りましょう。体の芯まで凍えそうだわ」
 ぶるっと体を震わせて、マリアは両手で腕を抱き締める。
「採れたのかい?」
 狭まったところの入り口で待っていたネルが、帰ってきたフェイトに話しかける。
「ええ。戻りましょう」
 フェイト、クリフ、マリアと出て来たので、ネルはそれに続いた。
「あんたたち! 戻るよ!」
 離れた場所でなにを話しているのか知らないが、珍しい組み合わせの二人に声をかける。
二人はネルの声に気づいて、こちらに歩いてきた。
「結構早く見つかったんですね、おねいさま」
「そうみたいだね」
 尻尾をゆらゆら揺らしながら、ロジャーはネルを見上げる。6人は地下水路の入り口へ
とゆっくりとした足取りに向かう。
「それにしても、氷の地面なんて、オイラ初めて見るなー。へへっ、よく滑るかなあ」
「ロジャー。そのへんは氷が薄くなってるから危ないよ」
 フェイトが振り返って注意した時には、ロジャーは片足で氷の大地へと滑り出した後だ
った。
「ふえ?」
 ロジャーが振り返った途端。
 ガシャアン!
「ウギャーッ!」
 氷が割れて、ロジャーは氷水の中へと落ちた。
「うわあああ! ロジャー!」
「あの馬鹿!」
「何やってんのよ!」
「阿呆…」
 半泣きしながら頭を抱える者、思わず怒鳴りつける者、呆れ果てる者と反応は別れたが。
真っ先に助けようと動いたのはネルだった。
 どう助けようかと考えはじめた時には、すでにネルは水面で暴れるロジャーに向かって
泳ぎ出していた。

「っくしゅん!」
「大丈夫? 暖炉ってすぐに暖まらないから不便よね…」
 暖炉の前でタオルに巻かれて縮こまっているネルに、マリアは熱いお茶を差し出した。
「ったく、一番良い部屋だってのに、スキマ風が吹き込むってどうかしてるわ、この宿…」
 悪態をついて、マリアは透き間風が吹き込む窓をどうにか閉めようとするのだが。
 とりあえず、ずぶ濡れになった二人をつれて、一行は宿に駆け込んだ。そこで、男女に
別れ、ネルとロジャーの体を暖めているのだが…。
「お茶飲んでてね。ロジャーの様子を見てくるから」
 赤い顔で頷くネルを見て、マリアは部屋から出て行く。
 部屋に入ってすぐに、濡れた服を脱いで、暖炉の前にいるのだが、暖炉が部屋を暖める
のには時間がかかる。とりあえず、近くにいれば暖かいは暖かいが、ずっと濡れた服を着
たまま、アーリグリフの町中を歩いてきたのはやはり効いたらしい。頭がガンガンするほ
どに痛かった。どうにも熱が出てきたようだ。
「よう、姉ちゃん。おねいさまの様子はどうだ?」
 こちらは男部屋。暖炉の前で髪の毛を乾かしているロジャーが、やって来たマリアに話
しかけてくる。
「あなた…随分元気だけど…。熱とか、ないの?」
「んー? なんか平気みたいだぞ」
 タオルで頭をごしごしふいて、マリアを見上げる。どうやらそれは本当のようで、顔色
に変化はないし、鼻水も出ていないし、声も普段と変わらない。
「何とかは風邪ひかねえって本当だな…」
 クリフが呆れた声をあげる。
「何とかって何だよ」
「バカに体力があるヤツの事を言うんだよ」
 どうやらロジャーはあの慣用句を知らないらしく、不思議そうな顔で聞いてくる。それ
を適当に返すクリフ。
「それだと、クリフもあてはまる事になるけど?」
「あ……」
 マリアに突っ込まれて、クリフは一瞬動きが止まった。
「阿呆…」
 アルベルが壁によっかかって呆れ果てた声をあげる。
「こっちは大丈夫なのね。ネルだけど、だいぶやばそうだわ。しばらくここで足止めにな
るかもしれないわね…」
「そっか…。ゴメン…」
 腕を組んで、マリアがため息混じりに言うと、ロジャーは耳をさげてうなだれた。
「とにかく、あったかくして、ネルには栄養のあるものを食べてもらわなくちゃ。ここの
食事ってアレだから、自分たちで作った方が良さそうよね」
「そうだね。じゃあ、早速準備しようか」
 椅子に腰掛けていたフェイトが腰を浮かせた。
「準備するのは構わんが…。誰が作るんだ?」
 壁によっ掛かったままのアルベルが声をあげると、全員が顔を見合わせた。このメンバ
ーで、まともに料理ができるのはネルだけだったはずだ。
「オイラ、皿ぐらいしか運べないぞ」
「俺は味見くらいならできるが…」
 それは料理とは言わない。ロジャーとクリフは戦力外という事実はわかっている。残っ
た3人は思わず顔を見合わせる。
「仕方ないわ。このままで良いわけないし。やりましょう!」
「本気か?」
「じゃあ誰がやるって言うのよ。病身のネルにでもやらせる気?」
 睨みつけられるように言われて、アルベルも黙り込む。
「病身のネルにこの宿の食事は可哀想だわ。私たちで何とかするべきよ」
「異論はないんだけどね…」
 フェイトがぼそりとつぶやいたが、マリアには聞こえなかったようだ。

 食材を買い込み、工房に5人は集まった。ギルドに登録している場合、ギルド所有のこ
の工房は自由に使って良い事になっている。いろいろ作れるし、なにより広いのが良い。
これなら他の誰かに迷惑をかける事もないだろう。
「さて…。何を作りましょうか?」
「…考えないで食材買ったの…?」
 フェイトに言われてマリアは固まった。
「だ、だって、フェイトだってわかっていそうな口ぶりで食材買っていったじゃない」
「いやその、ちょっと自分が食べたいのがあって、ネルさんのとはまた別に作ろうかと思
ってさ…」
「で…。どうするんだ…?」
 あんまりやる気がないらしく、工房のはじっこで、アルベルが低い声を出す。
 しばらく全員無言だったが、それを破ったのはマリアだった。
「しょうがないわね。病人食と言えばおかゆよ、おかゆ。それを作りましょう」
「そうだね。ちょっとやってみようか…」
「ともかく、消化の良いものを作れば良いのよね」
「えーっと、鍋はどこかな?」
「こっちにあるぞー」
「ま、ちゃっちゃっとやっちまうか」
 とにもかくにも。おかゆ作りがはじまった。
「ちょっと、あなたもそんな所に突っ立ってないで。手伝いなさいよ」
 マリアに持った包丁を向けられて、やる気なさそうにアルベルは腰をあげてやって来た。
「何をするんだ?」
「そこの野菜の皮をむいてよ」
 マリアは危なげな手つきで、野菜を切っていた。アルベルはため息をつくとガントレッ
トを外しはじめた。

「この包丁ってのは短くて使いにくいな…」
 悪態をつきながら、アルベルはニンジン相手に格闘していた。
「マリア〜。お米って、洗剤であらっちゃまずいんだよね」
「まずいだろ、それは!」
 料理は戦力外とみなされ、ロジャーと機械の部品を作っていたクリフが声をあげた。
「食い物を洗剤で洗うわけねえだろ?」
「そっか…。それもそうだな…」
 納得はしたが、お米を洗った事がないフェイトは首をかしげながら、とにかくお米の入
ってる鍋に水をいれる。
「おかゆの作り方のマニュアルとかないのかな」
「レシピって言ってよ。いたっ!」
 ちょっとよそ見した途端に指を切ってしまい、マリアは声をあげた。
「クソ! 使いにくい!」
 包丁の使いにくさに業を煮やしたアルベルは、腰の刀を抜き放った。
「へえ。兄ちゃん。刀さばきはさすがだなー」
 のんきなロジャーの声に、マリアはバンドエイドを巻き終えた指から顔をあげた。
「ちょっと何やってんのよ!」
「ああ?」
 ガラも悪く、アルベルは怒鳴るマリアにしかめた顔を向けた。
「何って、野菜切ってんだろ」
「だから! 何で刀で切ってるのよ!」
「こっちの方が切りやすい」
 アルベルの言うとおり、包丁で切ったものよりもきれいに剥かれ、きざまれた野菜があ
った。包丁よりもむしろ刀の方が扱いにくいと思うのだが、器用というか何というか。
「た、確かにそっちの方がきれいにできてるけど、その刀でモンスター斬ってきたわけで
しょう! そんな刃物で野菜切らないでよ!」
「毎日手入れはしてる」
「そういう問題じゃないわ! このまえ毒スライムだってそれで切ったじゃない!」
「ああ」
 そこまで言われて、アルベルは渋々ながらも納得して、水気を切って刀を鞘におさめた。
そして、舌打ちして、包丁を手に持った。
「その野菜。あなたが全部食べるのよ」
「………………」
 刀でさばかれた野菜を指さしてマリアが言うと、アルベルは露骨に嫌そうな顔をした。
「うーんと、水の量ってわからないなぁ…。確か、ソフィアはどうやって作ってたかな…」
 マリアとアルベルのやりとりにも気づかずに、フェイトは眉間にシワを寄せて、鍋の前
でぶつぶつつぶやいていた。




                                                         to be continued..