「できたわ! まともなおかゆが!」
 苦労と苦難と困難の末、マリア達はまともなおかゆを作る事に成功したが。
 結局、食材のほとんどを無駄にして、何とかできあがったのは一杯分の量だった。
「野菜とか米とか、肉とかけっこー買ったけど。随分ちっこいのができたんだな」
 できあがったおかゆを見て、ロジャーがのほほんと言った時。マリアに激しく睨みつけ
られて、思わず口をつぐんだ。
「皿しか運ばなかった人に、とやかく言ってほしくないわ。おまけに皿を半分くらい割っ
ちゃうし」
「………いや…その…ごめんなさい…」
「じゃあ、早速ネルさんに届けてあげないと…」
「なあ、ところでよ…」
 言いにくそうにクリフが声をあげる。
「ここの後片付け。誰がやるんだ…?」
 クリフが指さす先にはアルベルが刀できざんだ野菜や、マリアの血がついた野菜。フェ
イトが作った芯の残ったふやけた米。クリフの歯型がついた生煮えの肉。もともとは食べ
られるものだったはずの真っ黒くなった元食材。なぜかレーザーが薙いだ跡やら、穴の開
いた鍋やら、割れた皿などが有象無象に散乱し、後片付けを後回しにしていた結果が、工
房いっぱいに広がっていた。
「と、ともかく。暖かいうちにこのおかゆをネルに届けるのが先決よ」
「でもそれって、一人でじゅうぶんだよね…」
「……………」
 フェイトの言葉に全員が無言で顔を見合わせる。
「じゃんけんで決めよう。勝った人がネルさんにおかゆを届けて、あとはみんなで後片付
けだ」
 沈黙をやぶったのはフェイトだった。
「なんだよ、そのじゃんけんって」
 ロジャーのあがった声に、フェイトの案はすぐに取り消される事となった。
「迅速かつ公平に決める必要があるわね」
「おかゆが冷めちまうからな」
 マリアの言葉に、クリフがぽつりと付け加える。
「ここは男勝負で!」
「私、女よ。というか具体的にどういう勝負なワケ?」
 ロジャーのあげた意見はマリアによってあっさり却下された。
「やっぱここは拳で勝負か」
 クリフはぱんと拳を手のひらで打ち付ける。
「それのどこが公平なのよ」
 そして、これもマリアによってあっさり却下された。
「普通にくじ引きにしましょう。フェイト、なんか書く物ないかしら」
「書く物?」
「くじ作るの面倒だから、あみだで良いわよね?」
「そうだね。…書く物だったら、その机の上に全部そろってるんじゃないかな」
 フェイトは工房内にある、レポート用紙などが散乱している机を指さした。
「あみだ?」
「くじ引きの一種よ。くじくらい、ここにだってあるでしょう?」
 椅子を引いて腰掛けると、マリアはいらない紙に線を5本引き始める。
「まさか、あみだくじが未開惑星保護条約に引っ掛かったりしないよな」
「そんな馬鹿な事あるわけないだろ」
 クリフが少し意地悪そうにフェイトにそう言うと、彼はちょっと顔を赤らめた。
「はい、できたわ。みんな、どれか一本選んで」
 アルベルとロジャーは、フェイトから簡単にあみだくじの説明を受けていたので、すぐ
に適当な線を指さした。フェイトとクリフも適当に決める。それぞれが決めた線にマリア
は名前を書いていく。
「じゃあ、最後のこれが私ね。面倒だから、当たりから逆にたどってくわよ」
 折って隠していた下の方をひらき、マリアは下に丸がついた線を下からたどっていった。
 そして、たどりついた先は………。


「入るぞ」
 ノックもせずに、アルベルは部屋にずかずかと入ってくる。
「なんだい…」
 かすれた声で、ネルはだるそうな目を向ける。赤い顔をして、ベッドに横たわるネルを
見て、アルベルは少し言葉を失った。
 ネルの様子はマリアから多少聞いていたが、ここまで風邪がひどいとは思っていなかっ
たのだ。
「なんだ、あんたか…。どうしたって言うんだい…」
「メシだ。食え」
「え?」
 アルベルが持って来た物が心底意外だったらしく、ネルは少し身を起こした。
「ほれ」
 無造作に突き出そうかとも思ったが、ネルの容体があんまりにも悪そうなので、そうも
いかず。彼女が寝ている隣のベッドに腰掛けて、ネルが緩慢な動作で身を起こすのを待っ
ていた。
「これは…おかゆ…? どうしたんだい、これ?」
 差し出された小さな鍋の蓋を開けて、まだ湯気のたつそれを見て、ネルは少し驚いた。
「作った」
「誰が?」
「俺とマリアとフェイトだ」
「……………」
 目を丸くして、ネルはアルベルを見つめる。
「でも…どうして、あんたが…これを…?」
「後で説明する。今はとにかく食って体力つけろ。安心しろ。毒じゃない」
 きちんと味見はしているので、そのあたりは大丈夫だった。というかそのまともな味と
状態にするまでの苦労は、大変なものだったわけだが。
 ネルは戸惑いながらもおかゆを膝の上に乗せて、怖々とさじですくい口に入れる。アル
ベルは思わず彼女の反応を伺うべくのぞきこむ。
「はは…。味がわからないや…。こりゃ本格的にまずいね…」
 味覚がないということは、熱があるということだ。ネルは思わず苦笑した。
「………まずかったか?」
「え? いや、そうじゃなくて…。この私が熱でやられてるって事だよ。熱があると味が
わからなくなるだろ? そっちの意味でね…」
 弱々しくほほ笑むネルに、アルベルの胸中は複雑だった。いつもは渇を飛ばし、元気な
ネルがこうも風邪で弱った姿を見せるとは思わなかった。
「食ってろ」
 それだけ言い残すと、アルベルは立ち上がって部屋を立ち去る。その後ろ姿を見送って。
彼が無愛想なのはいつもの事なので、ネルはため息をつくとおかゆをすすった。食欲など
まるで無かったが、みんなにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないので、とにかく腹に
入れなければと思ったのだ。
 正直、食欲どころか吐き出したくなるほどの体調で。でも、これを作ってくれたみんな
の好意も無駄にしたくなくて。ネルは気力を振り絞って、かゆを口に入れる。
 バタン。
 顔を上げると、アルベルが入ってくる姿が見えた。手に何か持っているようだったが、
よく見ていなかった。ネルはため息をついて、かゆを一口すする。
 そうしていると、ふわりと肩から毛布がかけられた。
「え?」
 見上げると、アルベルが毛布を肩にかけてくれていた。
「さっさと風邪を治せ。足止めはかなわん」
 無愛想にそれだけ言って、また立ち去ってしまう。思わず呆然と彼が出て行った扉を眺
めていたのだが。
 ネルはまた苦笑して、おかゆを飲み込む。つらかったおかゆを飲み込むという作業が、
少しだけマシになったような気がした。
 ゆっくり、ゆっくりとおかゆを食べていると、また扉が開かれた。見上げるとまたアル
ベルで、なにか瓶を手にしていた。肩や頭に雪が乗っている所を見ると、どうやら外に出
ていたようだが。
 無言で見つめていると、ゆっくりと近づいて、ベッドの隣にあるサイドボードの上にそ
の瓶を置く。
「風邪薬だ。後で飲め」
「……ああ……。…でも…どこから…?」
「街の薬屋だ」
「ああ…」
 そういえば、アルベルはアーリグリフの高官だったではないか。街のどこにそういう施
設があるかとか、自分達の中で一番くわしいはずだ。鈍い頭でそれを思い出して、ネルは
膝の上におかゆに目を落とす。あともうちょっとで食べ終わる。
 それから、アルベルは水差しの水を補給してくれた。食べ終わったおかゆの椀を受け取
り、ネルが薬を飲むのを待っている。
「うくっ…。苦いねえ…」
「そういうもんだろ。薬って」
「はは…。そうだね…」
「ともかく、あとは寝てろ」
「うん…」
 さすがのネルも、風邪をひき、足を引っ張ってしまっている負い目があり、素直に言う
事を聞いていた。
 ネルがゆっくり横たわると、先ほどの毛布が優しく上からかけられる。アルベルの様子
を見ようと思ったが、自分の動作が緩慢すぎて、すでに彼は立ち去った後だった。
 どれくらい経ったか、人の気配にネルは瞳を開く。横目で見てアルベルがこちらに来る
のを確認した。なんだか落ち着かないな、と思ってしまう。
「寝てろ」
 低い声が聞こえてきた。そして、なにやらじゃばじゃばと水音がする。
 不意に、冷たい大きな手がネルの額に乗っかってきた。それが冷たくて、その心地よさ
に思わずネルはほうと息を吐き出した。
「熱いな…」
 ぼそりとつぶやく声が聞こえた。そして、冷たいタオルで顔を優しく拭かれる。それが
また気持良くて、ネルは目を細める。
 タオルはやがて、ネルの額に乗せられた。
 しばらく、アルベルはネルを見ていた。ここまで風邪が悪いとは思っていなくて、内心
困惑していたのだ。だが、ここで困惑していても仕方がない。今まで少しばたばたしてい
たし、一人にさせようと、アルベルは小さく息をつくと立ち上がった。
「ねえ…」
「あ?」
「すこし…ここにいとくれよ…」
「…………。何故だ?」
「…いいから…。…それに…どうして…あんたがおかゆを持ってきて…みんながいないか
…まだ聞いてない…」
 そういえばそんな事をさっき言ったような気がした。アルベルは納得して、向かいのベ
ッドに腰掛けた。
「…たいした事じゃねえんだが…」
 アルベルは饒舌ではないし、面白おかしく話しをする能力などはない。けれど、あの工
房での珍騒動はネルには面白かったらしく、わずかにほほ笑みながら、アルベルの話を聞
いていた。料理ができるからこそ、彼らの行動がひどく滑稽に見えたのだろう。
「馬鹿だねえ…。刀で切るなんて…」
「俺にはそっちの方が使いやすい」
「それで…みんなは工房にいるんだね…」
「ああ。相当なもんだったから、時間がかかってるんだろう」
 アルベルはあの凄まじく散乱した様子を思い浮かべながら、今日はくじ運が良くて良か
ったなどと思っていた。
「そうかい…」
 かすれた声を出して、ネルは視線を天井に向けた。
 そんなネルを見て、アルベルもため息をつく。そして、額のタオルを取ると、雪の入っ
た水でかるくすすいで、ぎゅっと絞った。
 冷たさを取り戻したタオルを額の上に乗せられて、ネルは瞳を閉じた。
「もう寝ろ…」
 低く、いつもからは考えられないような優しい声がした。
 ネルは、なんだか、この部屋は通常とは違うような空間なような気がした。優しいアル
ベル。素直な自分。熱のある巡りの悪い頭はそんな異常さを素直に受け入れて。
 眠りに落ちていった。
「………………」
 どうやら寝てしまったらしいネルをのぞき込む。赤い顔をして寝ている彼女は、少女の
ようにあどけない寝顔で。元々美人なのは知っていたが、先ほどの素直な反応やあどけな
い寝顔がとても可愛くて。
 思わずのどを鳴らした。
 仲間に手を出すなど後がしこたま面倒だし、病人に手を出すような真似はプライドが許
さない。首をぶるっと振って、アルベルは欲望を引っ込めた。
 そういえば最近は戦争戦争で女を抱いていなかった。
 なんて事をぼんやり思い出して、すぐにその考えをほうり出す。
「たまってるわけじゃあねえだろうが…」
 ぼつっとつぶやいて、アルベルは立ち上がる。これ以上この部屋にいたら、変な気を起
こしてしまいそうなので、立ち去る事にしたのだ。
 少しだけ名残惜しそうに寝ているネルを眺めて。だがすぐに首を振って。
 アルベルは扉を閉めた。

                                    終わり。























あとがき
お題からひねりだした話です。バニラちゃんが好きです。アルベルが優しくてなんだか別
人ですが、女が熱出して動けなけりゃそう悪いようにはしないと思うのですよ。感情値の
初期値みるとわりと女好きのようだしねー。