「あっはぁ〜ん」
 コウモリの羽の生えた妖艶な美女は、身をくねらせて、妖しい紅い霧をその肉体からふ
りまいた。
『おおっと! ミリアム選手の得意技ルアーモーションが出ました! これは男性には辛
い忍耐力を要求する技です! 挑戦者チームの男性は…触手の生えた焼きプリンことアル
ベル選手のみですが! さあアルベル選手! ミリアム選手のお色気技に耐えられる
か!』
 闘技場に司会であるディルナの声が響き渡る。
『彼女の技は強力だよ。触手の生えた焼きプリンこと、アルベル選手はどれだけあの技に
耐えらるのかな』
 追い打ちのような解説のソロンの声も聞こえる。ミリアムの技に耐える以前に、彼らの
解説ぶりに耐えられそうにない。
「あのクソ虫どもめ…!」
 こめかみをひくつかせながら、アルベルは刀を強く握り締め、なんとか彼女を見ないよ
うに、大地を睨みつけた。この女の援護が邪魔で、先に片付けようと近寄ったところをや
られた。
「うふふふ……遠目で見てもなかなかと思ったけど、近くで見ればもっと良い男じゃない
の……」
 いつの間にか、金髪の妖艶な美女はアルベルのすぐ目の前まで来ていた。
「させるか!」
 歯を食いしばり、アルベルは刀を横に薙いだ。だが、刀は手ごたえもなく、空を薙いだ
のみだった。
「ふふふ…。かかった…」
 ミリアムの甘い吐息がアルベルの耳元に吹きかけられる。
 油断したか。
 そう思った時はすでに、アルベルはミリアムの術中にはまっていた。

「ネルさん!」
 ソフィアの悲鳴に近い声に、ネルは顔をあげた。
 見ると、アルベルがミリアムに顔をつかまれて、ボーッと突っ立っているではないか。
『ああーっと、アルベル選手、ミリアム選手の術中にかかってしまいました! 彼女の術
にかかると混乱してしまいます! これは戦いどころではありません! さあ、どうする
挑戦者チーム! さあ、まずい事になってきましたね』
『まずいね。デーモンロードチームは、あの状態異常を見逃すほど甘い相手じゃないから
ね。どうも彼は主力のようだし。残りの二人はどうするのかな』
 まったくの他人事な口調が異様に腹立つが、彼らの解説ぶりに今更腹をたてても仕方が
ないというものだろう。
「なんか…ヤバそうです!」
 半泣きしながら、ソフィアはロッドを握り締めた。
「ったく! この忙しい時に!」
 ネルは舌打ちして、目前にいるデーモンロードから距離をとる。どうしようかと、ネル
はもう一度アルベルの方を見た。
 見ると、アルベルはミリアムのなすがままにされて、抱きすくめられているではないか。
 ムカッ!
 どういうわけか、ネルの血圧が一瞬で沸騰した。
「封神…醒雷破ぁっ!」
 目の座ったネルが、今までほとんど使った事のない究極大技を撃ち放った。
 バリバリバリバリバリィッ!!
「うおおおおお!」
「キャアアアアアア!」
 ネルの放つ超強力な雷撃はミリアムごとアルベルを激しく焼き焦がし、空気を震撼させ、
彼らと距離のあるソフィアにまでも静電気として届いた。
 電撃が尽きると、アルベルとミリアムは煙をあげて、ばったりと地面に倒れて動かなく
なる。
『なんと! 混乱したアルベル選手にむかって味方から技が放たれました! これは予想
外の展開です! 技をくらった二人は…動けません! ピクリとも動きません! 挑戦者
チーム、味方もろともミリアム選手を倒しました! これは読めない展開です!』
 うわあああああ…。
 闘技場の観客達はこのような展開を面白がって喚声をあげる。
『意外な展開だね。役立たずは切り捨てる戦法かな…?』
「ソフィア! レイズデッドを!」
「あ、は、はい!」
 ネルに指示されて、ソフィアは慌てて紋章術の詠唱をはじめる。
『これは…、レイズデッドの紋章術ですね。なるほど、挑戦者チームは紋章術に長けたソ
フィア選手がいますからね。回復の術を持たないデーモンロードチームにはできない作戦
ですね』
『そうだね。でも、レイズデッドが使えるくらいなら、混乱を治す紋章術も使えるんじゃ
ないかな』
『キュアコンディションの事ですね? そうですね、レイズデッドよりも覚えるのは簡単
な技ですから。ソフィア選手が使えないとは思えませんが。このところをどう見ますか? 
解説のソロンさん』
『そうだな…。やはり意外性をねらったというか、相手側の盲点をつく作戦かもしれない
な』
 好き勝手な事を言いまくる解説達を無視して、ネルは残ったデーモンロードとなんとか
やりあう。ソフィアも遠隔から援護してくれるが、やはりサシ勝負だと、デーモンロード
相手ではネルだと厳しい。
「さっきはなんだ!」
 やっと復活したアルベルが、デーモンロードと距離をとってステップを踏んだネルに駆
け寄るなり怒鳴った。
「うるさいね! 混乱を治してやったんだ! 感謝してほしいくらいだよ!」
「何だと!?」
「二人とも! 危ないですよ!」
 ソフィアの泣きそうな悲鳴があがり、二人はデーモンロードが放ってくる技に気づく。
紅い剣を振り下ろし、炎が巻き上がる。
「クソッ!」
「ちいっ!」
 二人とも悪態をつきながら、なんとかその技を避ける。二人の間に炎が通り過ぎる。
「ええい、話は後だ! あの野郎をぶっつぶすのが先決か!」
 アルベルは舌なめずりをすると、刀を握り治す。相手が強ければ強いほど、アルベルの
心は高揚してくる。散々てこずらせられる相手というのは、癪でもあり、また胸の内が燃
えるものでもあった。
 そして、3対1ともなったデーモンロード戦は、アルベルの接近戦、ネルの遠隔攻撃、
ソフィアの援護が重なり、3人の勝利が明確なものになってきた。

『勝者、挑戦者チーム! やりました! あのデーモンロードチームを下しました! こ
れは大きな番狂わせです!』
 わああああああああぁぁ……!
 割れんばかりの喚声が闘技場を包む。紙吹雪が舞い散り、口笛が至るところで聞こえる。
「はぁっ、はぁっ…」
 肩で息をして、アルベルはなんとか呼吸を整える。自分も強くなってきたとはいえ、闘
技場のランキングバトルのランク2位は伊達ではない。もっともっと強くなることを己に
課せながら、刀を鞘におさめた。
「はぁ、はぁ、なんとか、やりましたね」
 額から落ちてくる前髪と汗をぬぐって、ソフィアは疲れた笑みを浮かべる。
 しかし。
「テメェなんだありゃあ! 俺ごと技をぶっぱなすか!?」
「混乱してる自覚なかったのかい! 相手に良いようにされて、戦力外も良いとこだよ!」
「なんだと!? 俺が復活したから、良いようなものを、ヤツ一人で対応できなかったヤツ
が言うセリフか!」
「復活させてやったんだ! 混乱を治したやったんだよ! マヌケなあんたが敵の技にハ
マっちまったからねえ!」
 彼らは疲れを知らないのか。息を整えた途端激しいケンカがはじまり、ソフィアはロッ
ドを握り締めて涙を流した。
「ううう…、こんなとこでケンカはやめてくださいよー!」
 二人のケンカは別に珍しいものでもない。ソフィアもいい加減慣れてきてはいたが、さ
っきの戦いでの興奮が覚めやらぬらしく、いつもの数倍の殺気を撒き散らし、すごい形相
でケンカする二人はハッキリ言って怖かった…。

「当分、これで資金繰りに苦労する事はないね。3人とも、ご苦労様」
 ファイトマネーやら、ランク2位の大物に勝った褒賞金やらで懐がかなり暖まったフェ
イトは機嫌よく、闘技場に参加した3人をねぎらった。
「エヘヘ…」
 フェイトに褒めてもらったソフィアは照れて愛らしい笑みを浮かべる。だが、その横で
は険悪な空気を撒き散らし、不機嫌な表情を隠そうともしない二人は、何にも言わずにお
互いを睨みつけるだけだった。
「またケンカしてんのかよ。いい加減にしろよなおまえら」
 クリフは呆れ果ててそう言うのだが。二人にそろってキツく睨みつけられて、口をつぐ
む。さすがの彼も、アルベルとネルの二人にどつかれてはタダではすまない。
「ともかく。今日はもう休みましょう。あそこの端末からディプロに戻れるわよね?」
 二人のケンカなど意にも介さずにマリアは淡々をしゃべる。
「ちょっと面倒くさいけど、ディプロで休むのかい?」
「ええ。少し調べたい事があってね。あそこだと調べものが楽だし」
 マリアは二人のケンカが、険悪になったからわざわざそんな事を言い出したのか。そん
な事を思ったのは、二人がディプロに入って、割り当てられた部屋に行こうと思った時の
事だった。
 特に部屋数が多いわけではない宇宙船ディプロ号。客船ではないのだから、当然と言え
ば当然だ。
 そして二人は、同じ部屋に割り当てられているのだった。
 ディプロに来たということは、当然一泊以上はする事になる。ケンカしてる最中に一泊
以上は同室にほうり込まれるわけだ。
「てめぇ…わざとやってんのか…?」
「なにが?」
 アルベルがマリアに向かって悪態をついたのだが、彼女はどこ吹く風である。
 しかし、アルベルがマリアに口で勝てないのはもうわかっている。口論をふっかけるだ
け無駄なのだ。あきらめて、アルベルはため息をついた。
 空気の抜けるような音をさせ、アルベルが自動扉を開けて出て行く。最初はこの船の造
りに戸惑っていたが、動揺する姿を見せたくなかったのか、すぐに気にしなくなった。単
にこの文化をそういうものだと、さっさと割り切ってしまったからかもしれないが。
「手間かけさせてくれるわ」
 アルベルがいなくなってから、マリアはため息混じりに腕を組む。
「おまえ、わざわざディプロに来た理由って、アレだったのか?」
 クリフはあきれて、マリアを見た。
「それもあるけど、調べ物をしたいっていうのも本当よ。セフィラを借り受けたものの、
未だブレアからの連絡はないし…。連絡がなければ、こちらからはどう動きようもないわ。
それなら、こちらからも多少は調べたいじゃない? オーパーツについても、調べてみた
いし…」
「そっか。まあ、そうだな。ジェミティに来たのだって、悪く言えば暇つぶしの面もあっ
たからな」
 もちろん、武器や道具類などの調達の他に、金銭面での工面も兼ねていたが。

 プシュ。
 いつ聞いても気の抜ける音だと思いながら、アルベルは扉をくぐる。
「………?」
 ネルはすでに部屋に戻っていると思ったか、寄り道でもしているのか部屋に人の気配は
なかった。
「…まあいいか」
 訝しげに部屋を見渡していたが、やがてぼそっとつぶやくと、わしゃわしゃと頭をかく。
さっきの戦闘でかいた汗が、少し気持ち悪くなってきていたし、ネルの雷撃で妙に焦げ臭
い。左手のガントレットを外すと、湯を浴びるべく、浴室のドアを開けた。
 プシュ。
 いちいち気の抜ける音だとか思っていて、あまりよく前を見ていなかった。
「っ!」
 息を飲む音が聞こえ、アルベルは眉をしかめながら顔をあげた。
 そこには、全裸に近いネルがバスタオルを手にしたまま、目を見開いてこちらを凝視し
ていた。
「なっ…」
 ごすっ!
 アルベルが何か言う前に。ネルの拳が彼の顔面にめり込んだ。




                                                     to be continued..