「うっはーお」
 スフレは噂に聞いていたペターニの町並みを見て喚声をあげた。未開惑星の交易都市。
御伽噺のような町並みが目の前に並んでいるのだ。
 ここは時代劇のセットではない。泣いて笑って怒って、ここで人々が生活しているのだ。
「へえー! へえー! ここがペターニかあ。ここで興業とかしたら、みんな見てくれる
かな?」
「わりと大道芸もやったりしてるから、見てくれると思うよ」
 素直に喜ぶスフレに、顔を微笑ませながらネルがこたえる。
「話には聞いていたけど、楽しそうだなー」
 きょろきょろとせわしなく見て回るスフレ。そんなスフレの近くでフェイトはマリアと
これからの事を話し合っていた。
「じゃあ、ここでアイテムクリエイションをしていくのね?」
「うん。やっぱりそのへん、充実させておく必要があると思うんだ。ここなら、材料とか
も手に入りやすいしね」
「そうね…。備えあれば憂い無しだものね…。じゃあ、クリエイター達とも連絡をとらな
きゃいけないわね…。でも、何をクリエイションしておくかとか、決めてある?」
「とりあえず、機械と細工、あとは…調合あたりが現実的だと思うんだよね」
「ともかく、けっこう滞在するって事かしら?」
「そう長居はできないと思うんだけど、カナンにいる敵も強かったし、もうちょっと良い
装備品が必要なのは前の事で身に染みたし…」
 シランド城地下にある聖殿カナン。ミラージュが探知した情報により、敵が強化してい
ると聞いて、少し先行調査してみたのだが。彼女の言葉通り前に行った時よりも、倍ほど
強い敵ばかりがたむろしていたのだ。
 前にスフィア社を訪れた際のアイテムの使いすぎや、装備品の不充実などがあって、こ
こはひとつ長めに滞在してアイテムクリエイションに腰を入れようと、物流的にも豊かな
ペタ−ニに訪れたわけなのだが。
 それを聞いて、マリアはため息を吐き出した。
「なかなか思うようにはいかないものね…」
「仕方がないだろ。フェイトの言うとおり、準備できるだけしてよ。焦っても仕方ねえよ」
 話を聞いていたクリフが、マリアの頭をポンと叩いた。彼の身長からにして、彼女の頭
は手をおきやすい位置らしい。
「では、クリエイター達との連絡は私がしておきましょう」
 ミラージュはすぐに小さく手をあげて、そう言った。

「ミラージュさん…。仕事が早いなあ…」
「彼女がいなかったらクォークは途中でたち行かなくなるわね」
 すぐにクリエイター達との連絡をとり、工房に集まってもらうよう動いているミラージ
ュを見て、フェイトがぽつりと言うと、マリアは肩をすくめた。
「クリフがリーダーでもやっていけたのは、彼女のおかげよ」
「だろうね」
 マリアが苦笑すると、フェイトも苦笑した。
「ねえ、ソフィアちゃんどこへ行ったか知らない?」
 二人で話していると、スフレがフェイトの腕をとって話しかけてきた。
「ソフィア? あれ、宿にいるんじゃないのかい?」
「なんか、いないんだよねー。もう遊びに行っちゃったのかな」
「ソフィアもこの街が珍しかったみたいだからね。もう遊びに行っちゃったんじゃないか
な」
 さっき、フェイトを誘いにきたが、忙しいと断られると、口をとがらせてどこかへ行っ
てしまった。ちょっと断り方がそっけなさすぎたなと、フェイトは内心反省した。
「そっか。二人で行こうかなとか思ったんだけど。ま、いいや。他の人を誘おうっと!」
 すぐに考えを転換させると、踊るような歩き方で宿の方へ行ってしまう。
 しばらくその後姿を見送っていた二人だが、すぐにこれからの事の話題となった。

「だーかーらあ! 行こうよ!」
「行かねえ」
 ベッドで寝っ転がるアルベルの手を引っ張って、スフレは彼を連れ出そうとしていた。
よくわからない人選だが、たいがいの仲間が出払っていて、宿に残っていたのはアルベル
だけだったとも言った。
「ほらあ、買い物って楽しいじゃん」
「楽しくねえ」
「アルベルちゃんったらあ!」
 引っ張っても動かないアルベルに、スフレは面白くなさそうな顔をして、口をとがらせ
ていたのだが。
「行こう! ここでくすぶっててもカビが生えるだけだよ!」
「うどぅわ!?」
 力任せにアルベルの手首をつかんで引っ張ると、ベッドから引きずり落とし、そのまま
彼を引きずって走りだした。
 ズリズリズリゴテバキズリグシャ!
「ちょっ! オイ、コラ、何しやが、ぶわっ!」
 アルベルが障害物に引っ掛かろうが、じゅうたんを引っ張ろうが何のその。構わずスフ
レはアルベルを引きずったまま走り抜ける。
「コラ!」
「うわあ!」
 本気を出せばスフレの力などアルベルにはかなわない。やっと態勢を立て直し、スフレ
の手首をつかんで、立ち止まらせる。
「何しやがる!」
「一緒にお買い物行こうと思って」
 引きずられた跡を顔につけたまま、アルベルはスフレにむかってすごんで見せるが彼女
はまったく動じない。
「…あのなあ!」
「さあ、行こう」
 怒鳴りだすアルベルの手をつかんで、スフレはステップを踏んで歩きだす。
 話が通じない…。
 目眩がしそうな頭をかかえながら、アルベルはスフレに引っ張られるカタチで彼女と街
を歩く事となった。

 仲良く手をつないで、もといスフレがアルベルを引っ張って、ペターニを歩く。
「ん?」
 珍しい組み合わせに、ネルは思わず足を止めた。この街にいる部下と連絡をとり終え、
さて宿で休もうかと思っていた矢先だった。
 ご機嫌そうなスフレと、不機嫌そうなアルベルが手をつないでいる。アーリグリフの連
中が見れば、女の子と仲良く手をつなぐ漆黒団長を見てどう思うのであろうか。
 リズム感あふれるステップを踏みながら、アルベルを引っ張っているスフレは楽しそう
で。まるで踊る気のない人間を無理やり踊りに誘っているようにも見えた。いや、半分く
らいそうなのかもしれない。いつだって踊るのが大好きな彼女は、どこでだって軽くステ
ップを踏んで踊りだしたりしている。機嫌が良ければなおさらだ。
 不機嫌そうなアルベルを連れていて、何が楽しいのか知らないが、ものすごくご機嫌な
のはわかった。
 アルベルもそこまで渋面を作らなくてもと思ったが、スフレと並んで踊りだしたりした
ら、それはそれでなにかが崩壊しそうなので、ネルは思わず身震いして首を振った。

「もういい加減にしろ。暑い」
 ぱしんと手を払って、アルベルはスフレの手を振りほどく。
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「俺は何かが減るんだ」
「それに、手をつないでないと、アルベルちゃんどこかへ行っちゃうじゃない。せっかく
二人でいるのにさ」
 スフレが口をとがらせると、アルベルは大袈裟なくらいにため息をついた。
「わかったよ、うるせえな。ついてきゃ良いんだろ?」
「え? 一緒にいてくれるの?」
 スフレがぱあっと顔を輝かせたので、アルベルは一瞬言葉に詰まって。
「……今日だけだ」
 ちょっと視線をそらしながらアルベルがそう言うと。スフレはちょっと彼をのぞき込ん
で、にーっと笑った。
「へへへ。今日だけね、今日だけー」
 その笑いがなにやら不安だったが、アルベルは追求しないでおくことにした。
 そして、アルベルはついて行くと言った事をすぐに後悔する事になった。
 スフレの買い物が悩みに悩んで長かったからだ。
「ううーん、これも可愛いし、こっちも良いなあ。んん! これってばなかなかのエキセ
ントリックデザイン!」
 アルベル自身も、そんなに趣味に関しては人にとやかく言えるものではないのだが。ス
フレの趣味は理解不能であった。
 オヤジくさかったり、へっぽこだったりするデザインのものを難しそうな顔して良いと
か言うのだから、よくわからない。
「やっぱりやめ! あっちの店にしよう! 行こう、アルベルちゃん!」
 冷やかしなら出て行けと言いたそうな店員も、アルベルがいるとそうも言えないらしく
て、迷惑そうな視線を露骨に投げかける。
「おまえな…。なんでそんなに悩むんだ…」
「えー? だってお金は大切なんだよ? アタシあんまりお小遣い多くないからさ。買う
なら選びに選んだヤツにしてるの」
 金銭面に関しては不自由した事のないアルベルだから、スフレの言うことはよくわから
なかったのだが。
 そもそも彼はお金に対してそれほど執着していない。買い物だって必要なものしかしな
いし、そもそも自分自身であんまり買い物をしないのだ。
 だから、スフレの言うことはそんなものか程度の認識で。ともかくその延々悩んで悩ん
で人を待たせるのだけはどうにかしてほしかった。
「………よしっ! これよ、これに決めた! ちょっちお値段が張るけど、それだけ良い
ものと見た!」
 いちいち言わなくても良いだろうがとか思いながら、アルベルはやる気も無さそうに、
店の入り口付近の壁によりかかっていた。
「おばちゃん、これちょうだい!」
「あいよ。エメラルドリング6000フォルね」
 やっと決めたかと言うように、店のおばさんもカウンターから腰をあげた。
 変な趣味だなとか思っていたが、買うものは案外まともで、多少拍子抜けしながらアル
ベルは眺めていたが、スフレの動きが怪しい事に気づいた。店のおばさんの顔もなにやら
険しくなってくる。やがて、スフレは踵を返してとぼとぼとこちらに歩いてくる。
「…どうした?」
 声をかけると、彼女は大きな目を潤ませながらアルベルを見上げた。
「アルベルちゃん…。アタシ…。お財布…忘れちゃった…」
 思わず。
 アルベルは超特大のため息をついた。

「ごめんねアルベルちゃん。お金貸してもらっちゃって」
「フン…」
 呆れてものも言えなかったが、あれだけ悩みに悩んで選びきったものなのを見ていたの
で。宿に財布を取りに帰るのも面倒なので、アルベルが代わりに支払ったのだ。
「でも、ここってばにぎやかだね。食べ物に関しては結構すすんでるんだな…」
 アルベルの腕をとり、スフレは街で売られている甘味ものを見る。フレッシュジュース、
アイスクリーム、シャーベット、砂糖菓子と、なかなかの品揃えだ。
「そういや、小腹が減ったな…」
「ねえ、アルベルちゃん。あとでお金払うから、あれ買ってー」
 スフレは屋台で売られているアイスクリームを指さした。アイスクリームだけでなく、
クレープとかも売っているそうだ。
 アルベルはちらりと横目でスフレを見た。
 そういえば。彼女といれば、甘い物を買っても変な目で見られる事はないんじゃないか
と思った。
「じゃあ、買うか」
 彼にしては珍しくあっさりとそう言って、バニラアイスを2つ、購入する。
 思った通り、スフレと一緒にいると店員は変な目で見る事もなく。むしろ営業スマイル
さえも見せて接客してくれた。
「もしかしてさあ…」
 バニラアイスをなめながら、スフレは一緒に食べ歩いているアルベルを少し見上げる。
「アルベルちゃんって、甘い物好き?」
「わりとな」
「へえ…」
 それを聞いても動じる事なく。スフレは機嫌よさそうに、溶けてきたアイスを舌ですく
いあげた。そして、思い出したようにアルベルの腕に自分の腕をからませて、腕を組んだ。
 アルベルはちらりと横目でスフレを見たが。すぐにアイスの方に視線を戻した。
 もう面倒くさくて腕を振りほどく気にもなれなかったのだ。

「アルベルちゃん。昼間はごめんね」
 アルベルのいる部屋に来て、スフレは今度はちゃんとお財布を持ってきた。
「フン…」
 相変わらずベッドの上に寝っ転がり、アルベルは鼻をならした。
「6000と150フォルだよね。ちゃんと持ってるからね」
「いらねえよ、そんなもん」
 スフレが財布からお金を出そうとすると、ごろりと寝返りをうって、アルベルは彼女に
背を向けた。
「え、だって…。お金の事だもん。こういうのはきっちりしなきゃ」
「やかましい。帰れ」
 そっけなくそう言って、スフレに取り合おうともしない。
「……もしかして……おごって……くれるの…?」
「帰れ」
 あくまでアルベルはそっけないのだが。
「だって、6150フォルって安くないんだよ?」
「知るか」
 スフレは背を向けたままのアルベルをじっと見て。そして、ベッドの回りを走って回り
込むと、今度は反対側に寝返りをうってしまった。もう一度それを繰り返すと、やっぱり
寝返りをうって背を向けてしまう。
 それを見て、スフレは顔いっぱいに笑みを浮かべた。そして、ベッドの上のアルベルに
向かって飛びついた。
「あっりがとー、アルベルちゃん!」
「ぐわっ! ひっつくな暑苦しい!」

「しかしそりゃまた…。随分な量だな、オイ」
「けど、それだけ必要なんだよ」
 クリフとフェイトが難しそうな顔で紙を見ている。朝食も終わり、今日から本格的にア
イテムクリエイションに入るのだが。
「どうしたんだい?」
 ひょこっと彼らが見ている紙をのぞき込むネル。そこには、クリエイションに使われる
と思われる材料原料がびっしりリストアップされていた。
「すごいね、これは…」
「ええ…。昨日のうちに多少は買っておいたんですけど。クリエイター達とも連絡をとり
あって必要なものをリストアップしてもらったんです。そしたら、足りないものがこんな
に出てきて…」
「そうかい…。…今回のクリエイションだと、私は待機なんだろ?」
「あ、ええ…。そうですけど…」
「じゃあ、私が買って来よう」
「え? 良いんですか? …でも、相当な量ですよ」
 ネルが名乗りあげたので、フェイトは少し遠慮がちに彼女を見る。
「良いんだよ。どうせ待機組だしね。それに、どこに何が売ってるかとか、この中じゃ私
が一番よく知ってるし」
「それもそうだな。じゃ、ネルに任せるか」
 すぐに頷いて、クリフはフェイトが手にしていたリストをネルに手渡した。
「でも、いくらなんでも一人じゃ大変ですよ。持ち運びだって…」
「誰か荷物持ちを連れてきゃ良いじゃねえか」
「でも、クリフは機械のクリエイションするんだろ? 僕は調合だし…」
「いるだろ。クリエイションだと役にたたねえやつが」
「アドレーさん?」
「いや…あのオッサンもそうだが、ほれ、もう一人。戦闘以外はアレの」
 間髪いれずに名前を出されたアドレーも、少し可哀想な気もしたが。
「今回、鍛治はやらねえしな」
「ああ。アイツか…。それで良いですか? ネルさん」
「他に人員がいないんだから、仕方ないよ」
 特に名前を出さなくても。誰の事を言っているのか全員わかったようだ。



                                                          to be continued..