「だから何で俺がそんな事を…」
 荷物持ちに駆り出されたアルベルは、ひどく機嫌が悪かった。
「しょうがないだろ。他はみんな工房へ行ってんだから」
「あの暑苦しいオヤジがいただろうが」
「アドレー様を荷物持ちになんかできないよ!」
「嫌がらなさそうだぞ、あのオヤジは」
「アドレー様がよくても、こっちがその、…困るんだよ」
 ネルは言葉をにごしていたが、ハッキリと嫌だと言えないところが若輩者の悲しいとこ
ろなのか。おそらく、十中八九アドレーは嫌がらずに荷物持ちをしてくれるだろう。基本
的に良い人は良い人なのだが…。
「ともかく! 行くよ!」
 半ば以上押し切られるかたちで、アルベルはネルと買い出しに行く事になった。

 細々としたものを買っていた時はまだ良かったが。
 やがて大きなものを買いはじめ…。
「おい! こんなでかいものだと聞いてねえぞ!」
 重さはともかく、形がすごく持ちにくくて、アルベルは思わず前を歩いてリストとにら
めっこしているネルに怒鳴る。
「うるさいね。私だって知らなかったんだ。ああ、それと、そこのそれ、ください」
「あいよ」
 買ったものを手提げ袋にいれてもらい、ネルはそれを受け取った。
「はいこれ」
 両手がふさがっているアルベルの指をこじあけて、そこに手提げ袋を引っかける。一瞬、
ネルはディプロで遊んだグラグラゲームを思い出した。ゆらゆら揺れる高めの塔のおもち
ゃに、重りをひっかけて遊んで行くゲームで、塔を倒してしまった者が負けるゲームだ。
「ああ、これも入れといてくれ」
 アルベルの指に引っ掛かっている手提げ袋の中に、買ったものを突っ込んで。ネルは買
った物を、リストにチェックをいれる。
「そろそろ、工房に置いてくるか…」
 まだ全部買い終わってなかったが、重量的にはともかくスペース的(?)にアルベルの
持てる量を超えそうである。持たせすぎて崩れ落ちる事を考えると、一度工房に行って荷
物を置いてきた方が良い。
 もちろん、ネルだって手ぶらという事もないのだが、持ちながらの買い物は不便である。
「工房に行って来よう。今の荷物を置いてきて、また行かなきゃ」
「まだ終わりじゃねえのか!」
 アルベルは悪態をついたが、どうしようもない。ため息をついて、ネルの後に続いた。

「おおー!」
 工房に荷物を持って行くと、クリエイター達はネル達を取り囲んだ。やはり、買い出さ
れた材料を見るのは結構嬉しいものである。
「これで全部か?」
 自分に必要なものを手に取りながら、クリフは手に持った荷物を下ろすネルを見る。
「いや、まだだよ。まだ買い終わってないんだ。また来るよ」
「そっか。悪いな」
「いや、いいよ」
「アレ? 僕が頼んでおいた18番ナットがないよ?」
 ネル達の会話が届かないらしく、クリエイターのバニラが荷物をあさりながらつぶやく。
「ごめんよ、まだ買い出し終わってないんだ。荷物がちょっと多いから、一度置きにきた
だけなんだ」
「そっか…まだなのか」
 ネルか理由を聞くとちょっとがっかりして、バニラはたれている耳をさらにたれさせた。
「さ、行くよ」
 入り口付近の壁にもたれかかり、クリエイター達が自分が運んだものを持っていく様を
眺めているアルベルに声をかけながら、ネルは入り口を通り過ぎる。
「おまえ一人で行け」
「馬鹿な事言ってないで! あんたも来るんだよ!」
 一喝されて。アルベルはしぶしぶネルの後をついていく。
「おーおー。完璧尻にしかれちまってまあ」
 にやにやと彼らを見送ってクリフが言うと。
「人の事は言えないんじゃないの?」
 マリアの冷たい突っ込みが入って。彼は沈黙した。

「うん。これで終わりだね」
 リストのチェックが終わり、ネルは満足そうにリストを眺める。
「やっと終わりかよ…」
 ため息をついて、アルベルは自分が抱えている荷物を見た。手提げ袋6つに、箱物が4
つ。体力的と言うより、精神的に疲れた。
「ちょっと休んで行こうか」
 そんなアルベルを苦笑しながら見て、ネルは通りの茶屋を指さした。

「ぞんざいにするんじゃないよ」
「うるせえ」
 言われなくても、アルベルはゆっくり荷物を下に下ろす。
「じゃあ、団子二つで」
「ああ。お茶もね」
「はい」
 店員にお茶とお菓子を注文して、ネルはほっと一息つくと、赤い布がかけられた背もた
れのないベンチに腰掛けた。隣に座るアルベルとは少し、距離がある。
「なんか、信じられないよね。世界の危機が迫ってるとかさ…」
 そんな危機がすぐそこに迫っているとは知らずに、人々は今を生きている。街を行き交
う人々を眺めながら、ネルは静かに言う。
「信じられんだろうな。ヤツらの言う話もさっぱりわからねえ」
「…それはね…」
 世界が違うと言うか、文明が違うと言うか。フェイト達が展開する話はネル達の理解範
囲を超えていた。それでも、ただならぬ危機感は感じる。
「…でも、自分のいた所って、ホッとするもんだね…」
 フェイト達の船も不安だったが、ジェミティとかFD世界とか。まるで地に足がついて
ないような世界の連続で、正直ネルはどこか不安があった。
 こうやって自分の生まれた世界へ、国へ戻って来れて。戻れないくらいの覚悟はもちろ
んあったが、それでもやはり安堵するものだ。
「まあ、確かにあっちの世界はわけがわからなさすぎたがな…」
 微妙に同調して、アルベルも行き交うペターニの人々を眺めた。
 さすがに今日は、左手のガントレットを外して、右腕と同じ、二の腕までの手袋をして
いる。戦闘以外は、結構邪魔なのでこのようなスタイルだったりする。さすがに帯刀は欠
かさないが。
 出会った頃は、生の左手を見せたがらないので、何事かとも思った事もあったが。ガン
トレットの下は、ひどい火傷の跡が左腕いっぱいに広がっていた。赤黒く焼ただれた跡が
生々しく、くらった炎の激しさを物語っていた。
 もう痛くはないそうだが。
 ちらりと、ネルは隣のアルベルを盗み見た。
 何も考えていないのか、ぼーっとした顔で町並みを眺めている。
「お待たせしました」
 かけられた声にはっとすると、店員が団子とお茶を持ってきていた。
「ああ、ありがとう」
 ネルとアルベルの間にお茶と団子を置いて。店員は一礼して去って行く。早速団子に手
をのばし、アルベルは団子をぱくついている。ネルの方はというと、熱いお茶を美味しそ
うにすすっていた。
 お茶の苦さが好きでないのか、アルベルはほんのちょっと顔をしかめながら、お茶を飲
んでいる。
 どうやら甘党らしい。
 それが、アルベルが仲間になってから判明した事だった。料理担当になる事が多いネル
は、仲間それぞれの好みをなんとなく知るようになった。
 みんな好き嫌いなく食べてくれるので、作る方として楽は楽なのだが。それでもあまり
好きでないものもあるようで、全員そういうものは必要以上食べようとはしない。
 クリフなんかは甘い味付けのものは、分配されたもの以上食べないし、アルベルは渋か
ったり苦かったりするものが苦手なようだ。作り手としては、そのへんをさりげなく観察
していたり。
「…………ここは……気候が良いな………」
 吹いてくる心地良い風に。アルベルがぼんやりとつぶやいた。
「そうだね…」
 きっとアーリグリフの気候を思い出しているのだろう。瞳の奥に感じ取れない感情を潜
ませて。アルベルは団子に手を延ばした。
「でもね、アルベル」
「なんだよ」
「その団子。それは私の分だ」
「……………」
 口に持って行こうとした団子を止め、食べようと開いた口のまま、アルベルは嫌そうな
顔をする。それがおかしくて、ネルは少し笑った。
「冗談だよ。食べて良いよ」
 そこまで団子に執着心があるわけじゃない。ネルは笑いながら、残っている団子を口に
運ぶ。どうしようか悩んでいたようだが、やがてアルベルは持っていた団子を口に入れた。
「いいよ、残りを食べて」
 甘い物は嫌いではないが、そんなにいらないネルは残った団子をアルベルの方に寄せた。
少しだけネルを見て。アルベルは団子に手をのばした。
 やっぱり甘党なんだ。
 そんなアルベルを見て、ネルは確信した。

「お、ご苦労さん!」
 荷物がすべて運び込まれたのを見て、クリフはそう言って二人をねぎらった。額のねじ
りはちまきが微妙に似合っている。
 ネルは笑ってこたえて、アルベルは小さく鼻を鳴らしただけだった。
「なにか手伝う事はあるかい?」
「えー? ん、特にないです…ね…」
 ずっとクリエイションしていたのだろう。首にタオルをかけ、メガネを頭上に引っかけ、
マスクを片耳にかけた珍しいスタイルのフェイトが額の汗をぬぐって、ぐるっと工房を見
渡した。
「18番ナット買ってきてくれた?」
 エプロンをつけたバニラが、ひょこひょこと置かれた荷物に近寄ってくる。
「たぶんあるよ。リストのもの全部買ってきたから」
「ああ、これだこれだ。ありがとうね」
 目的のものを見つけだし、顔を輝かせるとバニラは工房の奥の方へ引っ込んでいく。
 頼んでいたものが届いたと知ると、クリエイター達はわらわらとそれを取りに集まって
くる。
 それを眺めていたアルベルは鼻を鳴らした。
「もう用は終わったんだろ? 帰るぞ俺は」
「あ、ああご苦労さ…」
 ネルの言葉を最後まで聞かずに、アルベルは工房を後にする。
「あれ? アルベルちゃんはもう帰っちゃったの?」
 少しぶかぶかのエプロンをつけたスフレが、ネルを見つけて話しかけてきた。
「ああ、ついさっき、ね」
「そっか…。アルベルちゃんも相変わらずだなあ」
「ところで、スフレは何をしてたんだい?」
「えー? 細工だよー。結構ね、手先は器用だったりするんだよー、アタシ。舞台で使う
小道具とか作るの手伝ったりしてたしね」
 両手を上げて見せて、指を波のように動かして見せる。そのなめらかに動く手つきはな
るほどと思わせられた。
 そのスフレもだいぶ根詰めていたようで、少し疲れているようだ。
 工房内を見渡せば、みんな頑張っていて。自分は買い出しだけで良かったのだろうかと
思ったが。
 とりあえず、今回のクリエイションではネルは役に立てそうもない。細工は得意とする
者が他にいるし、機械はよくわからない。調合の毒や薬などの関する知識はあるが、実際
に調合する腕は実はそれほどでもないし。知識に関するならもっと上のクリエイターがい
るのだから、口を出す事はないだろう。
 ここはおとなしく引っ込むしかなさそうだ。
 そう判断して、ネルは簡単にあいさつをすませると、工房を後にした。

 宿に帰ると、クリエイションに参加していない仲間は、アルベルしか帰ってないようで。
とった部屋に戻るとベッドに腰掛けて、ふっと息をつく。
 今夜の夕飯は各自ですませるように、フェイトから言われている。クリエイションして
いるから、それぞれキリの良いところで終わらせられるようにだろう。そのことは様子を
見に来たアドレーには知らせておいたそうだ。ならば、彼を待つ必要もない。
 そういえば、アルベルはその事を知らないのではないか。フェイトは何も言わなかった
が、伝えておいてくれと言う事なのだろうか。
 まあ、そういうことだろうな。そう思って、ネルはベッドから腰をあげる。
 コンコン。
 ノックしてみるが、返事はない。ドアノブに手をかけるとドアは難無く開いた。
「入るよ」
 頭だけをひょこっと出して、部屋をのぞき込む。もしかしていないかと思ったが、アル
ベルはベッドに寝っ転がっていた。
「今夜の夕食は、各自それぞれに勝手にとれってさ」
「そうか」
 声をかけると、そっけない返事。
「疲れたのかい?」
「精神的にな」
 ゆっくりとベッドに近づいてみる。アルベルは相変わらず寝転がったままだ。
「ご苦労様。助かったよ」
 ベッドのへりに腰掛けて彼を見下ろしてそう言うと、閉じられていた目がうっすらと開
いてネルを見る。
「それでさ。これから、工房にさし入れに行こうと思ってるんだ」
 みんなが頑張っている姿を見ると、ネルは何かをせずにはいられない。
「……また荷物持ちか?」
「そう。けっこう量がいると思うしね」
「一人で行け」
 そう言って、アルベルの目が閉じられてしまう。
「お団子あげたじゃないか」
「おい……」
 ネルがそう言うと、アルベルはむっくりと上半身を起こした。
「俺はそんな安いのか…?」
 確かにお茶と団子はおごってもらったが。たいした金額じゃないのは知っている。別に
割り勘したって、アルベルが全額払ったって構わなかったのだ。ネルが払うと言うので黙
っていただけで。
「いいじゃないか。どうせヒマなんだろ?」
「よくねえよ」
 不機嫌そうに顔をしかめて、そっぽを向いてしまう。
 しばらくそんなアルベルを見て、ネルは少し考える。
「じゃあ、これで」
 そう言って、ネルはそっぽを向いたままのアルベルの頬にそっと口づけた。
「……………」
 驚いたのか、アルベルはこちらに顔を向ける。そんな彼の顔の鼻先に優しく口づける。
「はは…」
 珍しく、ネルが照れている。
「さ、行くよ」
 ネルがベッドから立ち上がり、アルベルをうながす。
「…おい……」
「なんだい」
 まだ良いとも何とも言ってないではないか。というか、やっぱり安いとか思うとアルベ
ルの顔は引きつられずにはいられない。
「そんなんですむか!」
 ネルの手を引っ張ってベッドに引き込むと、身体を起こしてあっと言う間に彼女をベッ
ドに押し付けた。
 あまりに一瞬の事で、何が起こったのか把握していないネルの顔を意地悪そうに見つめ、
唇を押し付けた。
「んんっ!」
 腕の中でネルがもがく。それをおさえつけて、彼女の腰に手をのばし、裾をめくりあげ
た。

 ガツン!

 突然、こめかみあたりに激しい衝撃。何が起こったか把握できなかったアルベルは、目
から星が出たかと思った。


「みんな、さし入れだよ!」
 工房に冷たいお茶と団子を大量に持ち込むと、工房内が一気にわいた。
「わあ、すみません」
 メガネとマスクが怪しいフェイトが、マスクをはずしながら顔を輝かせた。毒も扱う事
だろうから、吸い込まないようにだろうが…。
「ちょうど良かったなー。小腹がへった所だと思ってたんだよー」
「気がきくじゃない」
「ありがとうございます」
 全員がクリエイションの手をとめて、お茶と団子に群がった。
「おだんごおだんご〜! アルベルちゃん、かしてかして〜」
 アルベルが手に下げている団子入りの袋を受け取って、スフレは嬉しそうに袋をのぞき
込んだ。
「ありがとうね、ネルちゃんもアルベルちゃんも!」
 にこにこ笑顔で、スフレは二人を見上げた。そして、仏頂面のアルベルに気づく。
「…あれ? アルベルちゃん。ここ、どうしたの? 腫れてるようだけど」
 目ざといスフレはそれに気づいて、こめかみの少し上あたりの頭を指さした。
「何でもねえ!」
 暗い目付きでギロリとにらんできて、どうやら触れてほしくない箇所らしい。スフレは
ちょっとだけ首をかしげたが。すぐに団子に夢中になった。
 団子とお茶は大人気だったそうだ。

                                                                        終わり。



















あとがき。
本当はアルベルとスフレのデート(?)シーンが書きたかっただけだったりして。
実を言うと他のお題のつもりで書き始めた話だったりします。でもお題に沿ったシーンが
うまく入れられなくて、こっちの方が似合うやとか思って、こっちに。