遺跡を抜け、一向はバール山洞にたどり着く。ウルザ溶岩洞とはうってかわった肌寒い
くらいの温度だったが今の一向には気持良いくらいだった。
「ひゃー。来た時は寒いくらいだと思ってたけど。今はちょうどいーなー」
 現金なロジャーははいつくばって、地面の冷たさを堪能していた。
「おい、そんなとこに寝てると踏むぞ」
「踏むなよ。ばかちん!」
 地面にはいつくばるロジャーに、アルベルは低い声でそう言った。そんなアルベルをネ
ルは横目で見ている。
 さっきの負い目があるのだ。
 いくら慌てていて、薄暗かったと言えど、モンスターと間違えて仲間を攻撃してしまう
など、やってはいけない事だったし、やられた方の気持を考えるとやりきれない気持にな
ってしまう。それが、元敵のアルベルだから構わないなどという思考はネルには無いし、
余計に誤解される事だろう。
 服が至るところ焦げ、体からなにやらこんがり焼けてる匂いをさせているアルベルを見
ていると、罪悪感がよみがえってくる。おまけに、何か責めるような事を言えば良いもの
を、何も言わないとは。
 余計に気まずいではないか。
 ヒーリングをかけようとも思ったのだが、どこかで回復アイテムを食べたのか、足取り
はしっかりしている。我慢している事も考えられたが、さっきから見ているとその様子は
見受けられなかった。
「ウルザ溶岩洞程じゃないにせよ、ここもモンスターが出るから。気をつけて行こう」
 フェイトはみんなを見渡してそう言うと、先頭を歩きだした。
 バール山洞を抜け、バール山脈を下る。この山を下れば、山の下でアルベル馴染みの疾
風がアーリグリフまで運んでくれるだろう。
 その途中、エアードラゴンの一団に襲われた。
 さきほどのウルザ溶岩洞のモンスターから比べれば、だいぶ楽に戦えるような気がした
のは、強くなっている証拠だろうか。
「空を飛んでるのがやっかいだな」
 ある程度以上高度をとられると、クリフとしては、降りてくるのを待つしかない。マリ
アなら、空に向かってフェイズガンで攻撃できるのだが。
 一匹のエアードラゴンがアルベルに向かって急降下をかけた。ちょうど彼はもう一匹の
ドラゴンの方に気をとられていたので、そちらに気づくのに時間がかかった。
 さっきから、彼にずっと負い目を感じていたネルは、考えるよりも先に体が動いていた。
「うああああ!」
 アルベルが身構えようとしている所へ、突然ネルが飛び込んで、彼女はエアードラゴン
の爪をまともに食らった。
「お、おい!」
 驚いたのはアルベルだ。まさかネルからかばわれるとは思っておらず、とっさにどうし
て良いやら判断がにぶった。
 エアードラゴンの体当たりをくらい、勢いに吹っ飛ばされるネルをどうにか受け止めて、
アルベルは土煙をあげながら、大地をすべる。
「いったた…」
 ネルは背中の傷を気にかけながら、なんとか身を起こす。ふと気が付けば、まるで自分
が、アルベルを押し倒したようなかたちとなっているではないか。慌てて離れようとする
と、下にいるアルベルがわずかにもがいた。
「くっ…」
 吹っ飛ばされた自分のクッションになってくれたらしい。
 ネルは急いでそのままの体勢で、ヒーリングの詠唱をはじめた。が。
「おい!」
 がばっと身を起こしたアルベルの顔が勢いをつけすぎて、ちょうどネルの胸の谷間に飛
び込んだ。がちんと胸元の仮面とアルベルの額がぶつかる。
 ネルはカッとばかりに血圧があがった。
「馬鹿!」
 ヒーリングの詠唱も忘れ、ネルはアルベルを思い切り突き飛ばした。頭を地面に強く叩
きつけられ、アルベルは一瞬目をまわす。
「な、なにすん…」
 だがすぐにアルベルは頭をもたげようとするので、またさっきのようになってはたまら
ないネルは、思わず彼に手加減なしの顔面パンチをくらわした。
「か、回復させようと思ってるんだ! じっとしてな!」
「クリムゾンブレイドっつーのは人を殴りながら回復させんのか!」
 2度も地面に頭を叩きつけられたアルベルは、さすがに怒って怒鳴りながらまた身を起
こそうとするので。
「うっさい!」
 またネルに殴られて、再度地面に頭を叩きつけられる。
「おまえらなに遊んでるんだ!」
 まるで起き上がりこぼしのようにアルベルを殴りつけるネルを見て、増えたエアードラ
ゴン相手にてこずっていたクリフがキレかかった声をあげる。アルベルの顔がネルの胸に
飛び込んだ事までは気が付かなかったようだが。
「遊んでねえ!」
 アルベルの方もキレかかった声で返す。身を起こすとまた殴られるので、顔だけクリフ
の方に向けて。
「ヒーリング!」
 それでもヒーリングをかけ終わり、ネルは顔を真っ赤にさせながら、アルベルの上から
立ち上がって離れる。
 確かにヒーリングをかけられれば、殴られた跡ももう痛くない。痛くないのだが…。
 さっきの胸に飛び込んだ事だって、彼女の胸元の変な仮面に額を打ち付けて、柔らかい
感触よりもむしろ額が痛かっただけだ。
 何とも言えない気持になりながら、アルベルもようやく身を起こす。
 二人とも戦線に復帰して、エアードラゴンの一団も徐々におされ、劣勢になってくる。
「もうひと踏ん張りだ!」
 汗を飛び散らし、剣を振り払ったフェイトは残り少なくなったエアードラゴン達を睨み
つけた。
 追い詰められたエアードラゴンは、最後の一撃とばかりに相当の勢いでフェイトに体当
たりした。
「うわあああーっ!」
「うおおーっ!」
 ちょうどすぐそばにいたクリフも一緒に吹っ飛ばされ、エアードラゴンの最後の一撃は
それで止まらず、その直線上にいたマリアとロジャーをも巻き込んで、彼ら4人はエアー
ドラゴンもろとも崖下へと落ちていった。
「キャアアア!」
「いっでーっ!」
 悲鳴が重なり、だいぶ下の方でどうんと落ちる衝撃の音。
 思わず。ネルとアルベルは顔を見合わせた。
 どうにか最後のエアードラゴンを退け、2人は4人が落ちた先をのぞき込んだ。
「いってー!」
「ちっくしょう! なんでこうなるんだよ!」
「どう言うことなのよ、これ!」
 悪態が崖下から響いて聞こえる。4人とも無事なようで、それぞれ動いている。
 そんなに距離はなかったようだし、どうやら大きなエアードラゴンが運よく下敷きにな
ってくれたらしい。すぐそばには川も流れていた。
「あんたたちー! 大丈夫かいー!?」
「あ、ネルさーん」
 両手をそえて声を張り上げると、崖下の4人はいっせいに上を向いた。
「おねいさまー! オイラは大丈夫ですー!」
 ロジャーがぶんぶん手を回している姿が見える。
「クリフがとっさにこいつを下敷きにしてくれたのー! 無傷ではないけど、全員無事よ
ー!」
 普段大声をあげないマリアだが、このときばかりは珍しく大声で説明をしてくれた。
「やるじゃねえか…」
 アルベルがぼつっとつぶやいたが、もちろん下にいるクリフに聞こえるわけはなかった
だろう。
「待ってな! 今ロープを降ろすから!」
 ネルがそう声をかけると、下の方でなにやら3人が相談しているようである。やがて、
相談が終わったらしく、フェイトは顔をこちらにあげた。
「どうやら、目的地に続いてるようなので、僕たちはこっちの道を行きます! たぶんバ
ール山脈の入り口につくと思うんですけどー!」
「そうなのかい?」
 このへんの地理に明るくないネルはアルベルを見る。
 アルベルは崖下の川を指でたどり、自分たちが降りるべき山道の方へと目をむけ、地理
を脳内で確かめているようだ。
「…そうだな…。やつら、少し急な勾配を上ぼるはめになると思うが、この山の入り口に
着くは着くぜ」
 この山の地形を思いだしながら、アルベルがそう言った。
「そうかい。で、どっち方面に行けば良いんだい」
「目指す場所は一緒だ。方角は変わらないさ」
 それを聞いて、ネルは小さく息を吐き出した。
「わかった! じゃあ、方角は山道入り口の方へ歩いてきなー!」
「そのつもりでーす! 時間かかるかもしれませんから! 待っててくださーい!」
「わかったー! 気をつけるんだよー!」
 そう声をかけると、下の4人はそれぞれ手を振って応えた。
「ふう」
 大声を出しつかれ、ネルはちょっと息をつく。
「行くか…」
 立ち上がり、アルベルはすたすたと歩きだす。ネルはそんな彼を見て、後に続いた。
「けど、よく知ってたね」
 歩きながら話しかけると、アルベルは彼女の方を見もしないで応える。
「何がだ」
「フェイト達だよ。あっちの道がバール山道の入り口につながってたなんて…」
「…そうだな…。何でだろうな…」
 このときの二人にはわからなかったが、後で聞いたところによると、マリアがこのあた
りの地図や地形などを事前に調べておいたそうで、そのことを知っていたそうだ。
「ところで…」
 不意に、アルベルが立ち止まる。不思議に思ってネルも一緒に立ち止まった。
「ヒーリング」
 突き出された手のひらに紋章が浮かびあがり、光がネルを包んだ。そして、思い出した
ようにうずいていた背中の痛みがやわらいでいく。
「……………」
 あっけにとられて、ネルはアルベルを凝視した。
「どうだ? 効いたか?」
「いや…。…うん…。その…、治ったけど…。いつのまに…」
「このまえ、スキルブックとやらを渡されてな。覚えろと言われたが、使う機会がなくて、
効くかどうかわからんかったが…。大丈夫なようだな」
 少しだけ満足そうに息を吐き出して、すぐに背中を向けてしまうとまたすたすたと歩き
だしてしまう。だいぶ距離ができてから、ネルははっと我に返って慌てて彼に続く。


                                                            to be continued..