もともと、アルベルは饒舌ではないし、ネルとてそうおしゃべりな方ではない。そんな
二人だけになると、極端に会話が少なくなって、二人とも無言で山道を下って行く。
「……おい…」
 だが不意に、歩きながら、アルベルが話しかけてきた。
「…なんだい…」
「さっき。どうして俺の前に飛び込んできた」
「…ああ…、…あれね…。…その、…さっきあんたと気が付かずに、サンダーフレアを放
っちまったのは私のミスだからね。それでさ、つい…ね」
 歯切れも悪くネルが言う。こういう変な形で返上はしたくなかったのだが、体が勝手に
動いていた。
「……おまえ阿呆か?」
 立ち止まって、アルベルは顔をしかめてネルを見た。これには、さすがのネルもむかっ
ときた。
「なんだい、突然!」
「んなことに気をとられてケガする方がよっぽど阿呆だろうが。あれで平然とされても確
かにムカつくが、今はずるずる引きずってる場合じゃねえだろう。それで、あれまでの戦
闘中、動きがにぶかったのかよ」
「う、うくっ」
 言われてみれば、確かにそうで。というか、かばった相手にそんな事言われたくなくて。
悔しくて、ネルは押し黙る。
「俺の事は気にするな。仕方なく仲間になってんだろう? 目的のために手を組んで敵を
ぶっつぶす間柄だろうが」
 そうなのだ。仕方なく仲間になっていると言ったのは、ネルの方なのである。それをこ
の男に指摘されるとなんとも悔しい。
 でも、それがアルベルの言うとおりなら、体当たりをくらったネルを受け止めてくれた
のは彼なのである。わざわざクッションになるように、抱きとめていてくれた。
 あれは何だったのだと、指摘しようかとも思ったが。彼の顔が自分の胸に飛びこんだ事
を思い出して、顔を赤らめ、不機嫌そうな面持ちで黙り込んだ。
 本当のところ、ネルは彼が仲間になった時ほど毛嫌いはしなくなっていた。いちいち殺
気を発していたのは確かであるが。この男の事を知ってみると、そんなに悪い人間ではな
い事がわかってきたのだ。
 敵とはいえ、同じ人間なのだという実感もわいた。無愛想でガラも悪ければ口も悪い男
だが、別に悪鬼とか、怪物とか、そんなわけなくて。
 ネルは改めてアルベルの背中を見た。
 あれだけ憎んでいたのに、その気持がわいてこない。無防備な背中に殺気を発する気に
もなれない。確かに、彼の口や態度の悪さにはよく頭にくるのだが、以前と変わらず憎い
かと問われると、即答できなくなってきていた。
 これが馴れ合いってヤツなんだろうか。
 などと思いながら、ネルは殺意のわかぬ背中をぼんやり眺めていた。


 2人でバール山道を降りるという事は、2人でモンスターを片付けなければならないと
いう事だ。
 6人がかりでなら楽だったモンスター戦も、2人だけだと、やはりつらい。
 辺りはだいぶ暗くなりはじめていたが、モンスターはそんな時刻でもおかまいなく襲い
かかってくる。暗くなる前にバール山道の入り口につきたいがために、2人は強行軍で山
を下った。
 もう少しだと言うのに、モンスターの一団とぶち当たってしまい、戦闘となった。2人
だけの戦闘はやっぱりつらかったが、それでも、アルベルもネルも弱音をはかずに敵を葬
り続けた。
 施術の詠唱中は誰でも無防備になってしまう。空中に飛び上がってしまったドラゴンを
片付けようと、詠唱中だったネルに、ドラゴンの体当たりが飛んできた。
 目を見開いてネルはドラゴンを見た。このままではまともに食らってしまう。
 が。突然、ドラゴンは横に跳ね飛ばされた。アルベルが横からチャージをかけたのであ
る。
 施術が完成し、雷がドラゴンに炸裂する。
「ギャアアアア!」
 雷に焼かれながら、ドラゴンは悲鳴をあげる。どうにもこのドラゴン達はすぐに空中に
飛び上がってしまう。それなら、いちいち地上に降りてくるのを待って攻撃するよりも、
ここはネルの施術で焼いた方が早いようだ。アルベルはそう判断すると、ネルの護衛に専
念する事にした。
「おい、こいつらすぐに飛びやがって面倒だ。護ってやるから、その間、てめえの施術で
ドラゴンどもを焼け」
「護ってやるって…!」
 思わずムカッとしながらも、ネルは詠唱をはじめる。その言い草が気に入らないが、的
確な判断だと思ったのだ。
 そして、詠唱中で無防備なネルを護衛しつつ攻撃し、完成した施術でドラゴンを焼くを
繰り返し、なんとか、ドラゴンの一団を片付けた。
 やっと最後の一匹が、もうぴくりとも動かなくなった。
 それを確認すると、アルベルは息も荒く、思わず刀を杖がわりに、立てひざをついた。
「寝てな」
 ネルがぺちんと額を軽く叩くと、アルベルはあっけなく横に倒れた。今まで気力で戦っ
ていたらしい。
「な…なに…しやがる…」
「いいから黙ってな。動けないんだろ?」
「なにを…これくらいの…ケガ…」
 起き上がろうともがくアルベルを、ネルはため息を吐き出しながら見た。
「まだ言ってるよ。平気だって言うなら立ってみなよ」
「なんっ……だと…!」
 こんな事を言われて、寝てはいられないのがアルベルだ。
 歯を食いしばり、刀を杖がわりにしながらも、なんと、気力で立ち上がった。ネルはそ
の根性と負けん気に一瞬呆気にとられ。すぐにため息をついた。
「まったくもう…。無理すんじゃないよ」
 ネルがポンと肩を軽くはたくと。アルベルはあっさりと崩れ落ちてしまった。
「寝てな。ヒーリングをかけるから」
「チクショウ…。不本意だぜ…」
 ネルにヒーリングをかけられるのが不本意なのか、このボロボロで立ち上がれない自分
が不本意なのか。どちらなのか計れなくて、ネルは少し眉をしかめたが。
 ヒーリングをかけられながら、ふとアルベルは彼女の詠唱文句が自分の知っているもの
とは違うのに気が付いた。
 自分が知っているのよりも文句が長くて、韻を踏んでおり、それにリズムがつけられて
いて、どちらかと言うと呪文と言うより歌に近いような気がした。
 実際、ネルの詠唱はほとんど歌だった。
 歌が下手なヤツはこれを使えないのだろうか。
 一瞬、どうでもいい考えが頭をかすめる。
 どこか遠い昔に聞いた子守歌みたいだと、ひどくなつかしい気分になって。
「……どうだい?」
 ネルの声に覚醒した。ふと気が付けば、思うように動かなかった体が言うこと聞き、痛
みも感じず、痺れも疲れもない。さっきみたいに必死に気力を振り絞る事もなく、難無く
起き上がれた。
「…動ける…」
 自由に動く右手をわきわき握りながら、それを見つめた。
「そっか…。良かった」
 それを聞いて、ネルはほっと胸をなでおろして微笑んだ。施術の詠唱中、敵の体当たり
が飛んでくればそれを叩き落とし、ブレスが吐かれれば身を呈してくれた。そりゃ動けな
くもなるくらいのダメージを受けているはずだ。
 だが、アルベルはネルの笑顔を見ると、凍りついたようにビックリして、彼女を凝視し
た。
「な…、なんだい?」
 どうしてびっくりされるのかわからなくて、戸惑う。その声にアルベルはハッとなって
我に返ったようだ。
「……なんでもねえ…」
 愛想のカケラもなくぶっきらぼうに言って、アルベルはさっさと歩きだしてしまった。
「あ、ちょっと…!」
 期待していたわけではなかったが、礼も無かった。こっちだって施術を使い続けて精神
力の残りがあまりないのに、結構無理して高度な施術を使ってやったと言うのに。
 そこまで考えて、自分も護り続けてくれた礼を言ってなかったのに気が付いた。
 護ってやるとかいう言い草が気に入らなくて、一瞬礼を言う気が失せたのだが。
 でも、体力をほとんど削って、気力を振り絞ってでも彼女を完璧に護ってくれたのも事
実だ。おかげでネルは体力的にはぴんぴんしている。
「…悪かったね」
「…何がだ…」
 心持ちこちらに顔を向けるが、ほとんどその表情は見えない。
「さっきだよ。ずっと護衛し続けてくれてさ。おかげで、こっちはたいしたケガはない」
 ネルがそう言うとアルベルは少しだけ立ち止まって、やはりほとんど顔を向けないまま
でネルを見ていたようだが、すぐに歩きだしてしまった。
「そっちの方が早く片付くと思ったから、そうしたまでだ」
「わかってるよ。実際、そうした方が早かったしね。でも、まあ、礼は言っとこうと思っ
てね。ありがと」
 アルベルはまたも立ち止まる。少しこちらに顔を向けようとしたようだが、やはりすぐ
にすたすたと足早に歩きだしてしまった。
 ったく。
 期待するだけ無駄なのはわかっていたが。ネルは呆れ果てて、腰に手を置く。仕方ない。
元からそういう男だったではないか。
 あきらめて、ネルはさっきよりも足早に歩く男を追いかけた。
「あんた、もう少しゆっくり歩きなよ。もう目的地は近いんだろ?」
「疲れたのか?」
 振り返りもしないで聞いてくる。
「少しね」
 正直にそう言うと、歩調をゆるめてくれた。おかげで、少し彼に追いつけた。
「……さっきのは何だ?」
 しばらく無言で歩いていたのだが、不意にアルベルの方から話しかけてきた。
「え?」
「さっきのヒーリングだ。俺の知っていたものとはだいぶ違っていたが…」
「ああ、あれね。上級施術の一つだよ。きちんと人について教わらないとダメなヤツだし、
コツがいるからね。本を読んで覚えられるものとはだいぶ種類が違うよ」
 やっぱり歌が下手なヤツは使えないのかとか、ちょっと聞きたかったがやめた。
「…やっぱりそれも精神力を消費するのか?」
「え? 当たり前だろう? 施術ってのは基本的にそう言うもんだよ」
 だから疲れているのだが。あまり精神力を消費するのは体力にも響くものだ。
 アルベルは立ち止まり、少し何かを考えこんでいたようだが。その背中を少し怪訝そう
に眺めていると、急に声をかけられた。
「おい」
 声と一緒に何かをぽんと放り投げられた。
 思わず受け取ると、ブラックベリィだった。苦いが、精神力を回復してくれる木の実だ。
「あ、ありがと…」
 自分の分が無くなってしまっている事を言ったわけではないが、察してくれたらしい。
 ふと顔をあげると、アルベルはもう歩きだしてしまっていた。また、自分だけが礼を言
っているのに気づく。
 まあ、このブラックベリィが礼の代わりというか、つもりらしいが。
 なんと言うか、微妙な気持にさせられる男だ。
 だが、確かに悪鬼とか、怪物とか言うわけでもない、一人の人間で。そして、そう悪い
男じゃないようだ。
 ブラックベリィを口に入れると苦みが口内に広がって、頭がすっきりしてくる。さっき
から鳴り響く頭痛が無くなって、精神力が回復された事がわかる。
 ほっとして小さく息を吐き出すと、ネルは前を歩く男の背中を見た。
 歪みのアルベル…ねえ…。
 なんだか苦笑しか出てこない。今、ここでこの男が憎いかと問われたら、たぶん、いや
絶対苦笑して否定するだろう。
 そういえば、前にロジャーが言っていた。悪い男ではない。変な男だと。
 その通りだと思った。まったく子供はよく見ているものだ。
 空には星が瞬きはじめていた。もうそんな時間なのか。そんな事を思いながら、山道を
降りて行った。

                                    おわり。

















あとがき。
ヒーリング関係の話が書きたかったので、お題との関係はとってつけました。最後の方が
モロにそうで、お題と関係ある描写がないまま思わず「終わり」とか書いちゃって慌てて
書き足したりしてました…。
アルベルって無印版ではやたらINT値が高かったですよね。魔法も使わないのになんな
んだそりゃとか思ってたんですが。何か裏設定あったんですかね。彼があっさりヒーリン
グとかを使えるようになってるのは、そこからです。まあDC版ではすごく低めになって
ましたけど…。まあアルベルでアタックスペルなんぞ(覚えさせてるけど)使いやしない
ので、意味ないので、良いんですけどね…。ファンとしては微妙な気持ちになりますが。
というわけで、ウチのアルベルは頭が良い設定で。そういう設定で…。
実はこの話で本当に一番書きたかったのはネルの顔面パンチだったり。