『さて、挑戦者達の次なる相手はペルソナルーター3体です。さあ、彼らはいかなる戦い
を見せてくれますでしょうか!?』
『どうもアルベル選手の動きがおかしいね…。もしかするとこれは…』
 いくらマイペースに適当な事を言っているように見えても、だてに長年解説はしていな
いようで、ソロンはアルベルの動きがおかしい事にいち早く気が付いた。
『そうですね。どうにも動きがさきほどのようではありませんが、これは…』
『さっきのアクアウィスプ戦でのプラズマキャノンのダメージが、回復しきってないとい
う事なのかな』
『んんん! これはまずいですね、挑戦者チーム! おそらく主力のアルベル選手が万全
の調子ではないとは! さあ迎え撃つペルソナルーターチーム、どうするか!』
 解説の声に舌打ちしながらも、気配と飛んでくる指示の声を頼りにアルベルは刀を振る
う。いかにいつも目に頼りきっていたのか、思い知らされる。
 その事実に悔しくなって、アルベルは歯を食いしばる。しかも棄権しようなどと言われ
て腹が立った。この自分が目が見えないくらいなどで棄権など、冗談ではない。
 観衆の喚声に邪魔されながらも耳をすまし、感性をとがらせ、匂いにも気をつかう。
「目が見えないようだなあ? そんな状態で私たちと戦うなど、なめられたものだな!」
 敵だろう。男のかん高い声が耳障りだ。だが、喋ってくれるなど今のアルベルにとって
は好都合で、そちらの方に刀を薙ぎ払う。
「おおっと! 当たらナーイ!」
 間合いがはかれず、切っ先がとどかなかったらしい。アルベルは歯を食いしばり、刀を
すぐに突き出した。
「うぐぉっ!」
 突き刺さる、肉の感触。目が見えないとその感触がいやにダイレクトに伝わって、知ら
ずアルベルは口元をゆがませた。
 すぐに刀を手前に引き、突き刺さった肉を引き寄せると、左手に闘気を燃やす。
「気功掌!」
「ぐぎゃあ!」
 間近で闘気のカタマリをくらい、勢いで刀から肉が引き抜かれる感触。飛び散る血の匂
い。相手の悲鳴。
『アルベル選手! ペルソナルーターを早くも倒しました! 動きが良くないわりには善
戦しているようです!』
『へえ。やるねえ』
 喚声が一際大きくあがる。
「アルベルちゃん! えーと…今度は10時!」
「こっちか!」
 刀を振るうも空振りする。空気の動きから、どうにも避けられたようだ。
「ビヨーンド・ルアー!」
 これ以上アルベルに負担をかけたくなくて。スフレはケープをのばし、玉の先で敵を引
っかけると、手元に引き寄せる。
「くらえっ!」
 勢いよく引き寄せられたところに、ヒップアタックをくりだした。
「ぐはっ!」
「まだまだいくよっ!」
 体当たりをくらい、一瞬動きが止まった所に回し蹴りをくらわす。ペルソナルーターは
たたらを踏み、ふらふらと目を回しているようだった。
「気合のっ…」
 スフレはゆっくりとした動作で、手でピストルを作り、指先に意識を集中させる。
「一撃ぃっ!」
 思わず力み過ぎて、スフレも放った衝撃にのけぞった。
「ぐわあああっ」
 攻撃の方は効いたようで、ペルソナルーターは吹き飛ばされ地面をすべって行く。
『今度はスフレ選手が倒しました! さあ残るはあと一人!』
 残りの一人はネルとつかず離れずに刃をかちあわせては、間合いをとるを繰り返してい
た。
「フローズン・ダガー!」
 余裕のできたスフレの氷の刃が飛んでくる。
「うぐっ」
 ネルにばかり注目していたので、飛んでくる氷の刃に気づかずに、まともにあたる。
「凍牙!」
 そんなスキをネルは見逃さず、彼女も氷の刃を投げ付けた。
「どんどんいくよっ!」
 言葉通り、スフレは休まずに氷の刃を遠くからばんばん飛ばしてくる。ネルも負けじと
氷のくないを投げ付ける。
「そおれっ!」
 目の前に浮かぶ氷の刃を投げ付けるべく、スフレが大きく振りかぶると、ケープの先の
玉が何かに当たった。
「ぐわっ!」
「うわっ! あ、アルベルちゃん! 危ないよ!」
 目の見えないアルベルがふらふらとこっちに来てしまったのだ。
「おい! 敵はどっちだ!?」
「ここはアタシ達に任せて! 休んでて!」
「んなことできるか!」
「アルベルちゃん!!」
 言い聞かせるようにスフレが怒鳴る。後程しこたま不本意に陥るわけだが、アルベルは
この時思わず黙り込んでしまった。
「いい!? そこでじっとしてるんだよ! フローズン・ダガー!」
 アルベルにとって屈辱であったが。ここでは足手まといという現実を突き付けられ、歯
を食いしばって黙り込む。
『ネル選手とスフレ選手の氷攻撃にペルソナルーターなす術ありません! これは、あ、
あ、倒れました! やりました! 挑戦者チーム第二回戦ペルソナルーターチームを下し
ました!』
 喚声がまた大きく闘技場を包み込む。
 スフレとネルはそろってほっと胸をなでおろす。アルベルはムスっとした顔のまま、黙
り込んでいた。
『さあ、次は第三回戦! シャラウとハイ・マンティスのチームです! あまり休む間も
なく続けられるのがチームバトルのならわしです! 挑戦者チーム! 余力はあるんでし
ょうか!?』
 だんだんノってきたらしい司会のディルナの声がすると、次の戦いの相手の檻が入って
いる壁開き、鉄格子が上がっていく。
「今度はサソリとカマキリだよ…」
 落ちてくる汗をぬぐって、スフレは睨みつけるように次の対戦相手を見る。正直言うと、
飛ばしすぎた。体力の配分を考えないでフローズン・ダガーを投げ付けすぎたのだ。
「どっちから来るんだ?」
「え? えっと、11時の方向だよ」
「こっちか」
 少し左を向くと、スフレとアルベルでは向きが違っていたので、アルベルは見当違いの
方向を向いた。
「あ、あ、ごめん。えーと、8時! 8時の方向、いや9時かな?」
「どっちだ!?」
 苛立つアルベルの声。スフレもだんだん混乱してきた。
「9時!」
 ネルの言葉にようやくアルベルの向きも落ち着く。だが、敵はすぐに横に飛び、位置が
ずれてしまう。ネルはそれを見て顔を苦くした。
「もうこれ以上は良くないよ。棄権しよう」
「寝言ほざいてんじゃねえぞ!」
「あんたね! 自分が一番危険な状態だってわかってんのかい!」
「うるせえ!」
「ケンカしてる場合じゃないよ!」
 モンスターはじりじりとこちらに迫ってくる。スフレは悲鳴に近い声をあげた。
「来るよ!」
 大きなカマキリが羽を広げ、自前のカマで切り込んでくる。スフレはそれを飛んで避け
ながら叫んだ。
「クソッ! 何時だ!?」
「へっ!? に、2時38分!」
 スフレは思わず電光掲示板に光る現在の時刻を見て、叫んでしまう。
「さんじゅうはっぷん!?」
「そりゃ今の時刻だよ!」
 ネルは慌てて叫ぶ。アルベルの方も混乱してきたようだ。
「どっから来やがるんだ!?」
 まずいことだが、戦闘中だというのに頭に血がのぼってきた。
「スフレ! もういい! 棄権しよう!」
「う、うん!」
 ネルの声に、スフレは頷く。
「おい! いい加減にしやがれ!」
「いい加減にするのはあんただよ!」
 これ以上ごねられてはかなわないので、ネルはアルベルに駆け寄ると、思いきり腹を殴
りつけた。
「ぐはっ!」
 突然の攻撃に、アルベルは対応できなくて、体を曲げるとその場に尻餅をつく。
『おっと、これはどうした事でしょう! ネル選手! いきなり味方であるアルベル選手
を殴りました!』
「なにしやがる!」
 すぐに起き上がり、だがどこにいるかわからないので、アルベルはとにかく怒鳴る。
「ちっ! やっぱ駄目か!」
「ネルちゃん!? どうしたの!?」
 突然アルベルを殴り飛ばしたネルの行動が不可解で、スフレは焦ってネルとアルベルと
交互に何度も見た。
「こうでもしないと、こいつは一人でも突っ走るだろう!?」
 なるほど。スフレはネルが何をしたいかを理解した。つまり、殴ってでも気絶させない
と、アルベルは一人でも突っ込んでいくだろう。負けず嫌いでプライドの高いアルベルが、
こんな場所で棄権など彼自身が一番許せないのはわかるのだが。
「わかった! アタシもやる!」
「え?」
 一瞬、ネルはスフレが何をするのかわからなかったのだが。
 スフレは巨大なハンマーをどこからか取り出して、大きく振りかぶった。
「ごめんね! アルベルちゃん!」
 叫んで、スフレはそのハンマーを思いきり振り下ろした。
 ズガン!
 目の見えないアルベルではそれを避け切れず、まともにハンマーをくらった。一瞬、く
らっとしたようだが、すぐに踏みとどまる。
「いってー! な、なにしやがるんだ!」
「うわ、あんま効いてない!?」
 こうなると、下手に強かったりするのも問題なのか。スフレの渾身の一撃をくらっても、
アルベルは気絶しなかった。
「危ないから、アルベルちゃん!」
 なんだか、危ないのは自分たちのような気もしたが、ネルは今はそれは不問にすること
にした。
『どうしたんでしょうか! 挑戦者チーム、突然味方であるはずのアルベル選手に攻撃を
加えております! シャラウとハイ・マンティスチームも驚いて動きが止まっております
が!』
「はやくっ…、眠って!」
 よく考えるとなにやら危ない事を言いながら、もう一度、スフレは巨大なハンマーを振
り下ろす。
 ズドン!
 闘技場が、あのうるさかった闘技場が沈静しだす。
「はあ、はあ、はぁ…」
「う、動かない…かな…?」
 ハンマーを下に打ち付けたまま、スフレは肩で大きく呼吸を繰り返す。ネルは様子を見
ようとそのハンマーに近づいた。その途端。
「なにしやがるんだよ!?」
 ハンマーの下から、怒り狂った目付きのアルベルが、ハンマーを持ち上げて起き上がっ
たのだ。
 うわああああああ!
 思わず喜ぶ観衆。喚声が闘技場を包む。
「目も見えないままこれ以上戦ってどうするんだい!? すぐに医者に見せるんだ!」
「うるせえっ…!」
 声のした方、ネルの方に顔を向け、殺気だった目付きでアルベルは低くうなるような声
を出す。
「邪魔だ!」
 苛立つ声をあげ、アルベルはハンマーを遠くへ放り投げた。
「ったく、もう!」
 ネルは大きなため息をついて、キッとアルベルを睨みつけると、少し腰を落とし、身体
にひねりを加えると、うなる拳をアルベルの顔に叩きつけた。
 ガッ!
 今度こそ。アルベルは気を失った。
『あ、とうとうアルベル選手動かなくなりました。おや、これは、棄権です。挑戦者チー
ム棄権の合図です。なんと、挑戦者チーム第3回戦目でほとんど戦わずに棄権しました!』
 いっせいに闘技場がブーイングの嵐に見舞われる。ゴミやら何やらが闘技場内に投げ込
まれた。
 そんな中、ネルとスフレは動かないアルベルを引きずって、闘技場を後にする。
「だ、大丈夫だよね、アルベルちゃん」
 アルベルの右手首をつかんでいるスフレは不安そうに、引きずっているアルベルを見る。
「あそこに行ったらすぐにヒーリングをかけよう。ここじゃまずいから」
 ネルは控室へと続く出入り口を真っすぐ見る。彼女は、彼の左手首をつかんで引きずっ
ていた。
「そうだね」
 さきほどの喚声などなかったような、激しいブーイングにため息をつきながら、スフレ
は飛んできたゴミを片手で払いのけた。


「ヒーリング!」
「ヒーリング!」
 ネルとスフレのヒーリングがほぼ同時にかかり、アルベルは強い光りに包まれる。
「どう…かな…?」
 スフレは汚れたアルベルの端正な顔をそっとなでる。闘技場から出てすぐの廊下で、彼
女達はすぐに彼にヒーリングをかけたのだが。
「もう少しかけてから、ちゃんとしたところに寝かせようか」
 カンという物音に横目で見ると、闘技場からゴミが転がってくるのが見えた。
「そうだね。……………ヒーリング!」
「ヒーリング」
 再度、強い光りがアルベルを包み込んだ。
 二人がかりのヒーリングが効を奏したか、アルベルはゆっくりと目を開いた。
「アルベルちゃん!?」
 思わずスフレが顔をのぞき込んだが、そんな事はわからないアルベルは勢いよく上半身
を起こしたものだから、激しく額がぶつかった。
「アタッ!」
「うぐっ!」
「何をやってるんだい…」
 あきれたネルの声。二人はそろってしばらく額を押さえ付けていた。
「あ〜…タタタ…。……と、ともかくアルベルちゃん、ケガはない?」
「ケガ?」
「痛いとことか」
「ここ以外は特にねえがな」
 額を押さえつけながら、アルベルは不機嫌そうに言った。
「立てるかい? 悪かったね。でも、そうでもしないと、あんたそのまま突っ込んでくか
ら」
「フン…」
 戦闘中、自身に血がのぼっていた事を認めているアルベルは、やはり不機嫌そうに鼻を
鳴らす。
 やはり、闘技場という大観衆がいる中で戦うという事は、正常な判断力を失いやすいの
か。アルベルはものすごく不機嫌そうに黙り込んだ。
 目が見えない事による焦りと、自分が足手まといだったという現実が冷静な自分を見失
ったか。
 これでは、まだまだ未熟である。
 それを認めたくなくても、認めなければならない事実に、アルベルはただただ眉間のシ
ワを深くした。
「さあ、医者へ行こう。目、まだ見えないんだろ?」
 ネルの言葉が優しい。立ち上がろうとする自分を手伝ってくれるらしく、腕と背中に手
が回る。どうにも悔しいアルベルはその手を振り払って歩きだす。
「あ、アルベルちゃん、そっちは壁…」
 スフレの言葉も遅く。アルベルは壁にぶつかった。


                                                       to be continued..