『さあ! チームバトルSランクに挑戦する無謀な挑戦者達の入場でーす!』
 うわああああああ…。
 大きな喚声が闘技場を包み込む。
『Sランクに挑戦するチャレンジャーは久しぶりです。さて、彼らは一体どんな勝負を見
せてくれるのでしょうか』
 司会のディルナ・ハミルトンの声が響き渡り、喚声に包み込まれながら、3人が闘技場
に入場する。
「やっほー! はーいはーい」
 人がたくさんいる場所が大好きなスフレは大きく手を振って、観客の大喚声にこたえて
いるが、その隣にいるアルベルは仏頂面だし、その隣にいるネルは緊張を隠せないようだ。
「燃えるね、燃えるね。やっぱお客さんがいるって大事だよね」
「見世物になるのは気にくわんがな…」
「こんなにも多い人の目っていうのは気になるもんだね…」
 観客の多さに俄然やる気を出しているスフレだが、アルベルはそれが気に要らないよう
だし、ネルはそれが落ち着かないようだ。
『えー、Sランク挑戦というのは本当に久しぶりですからね。観客の皆様もそれだけお楽
しみとしている事でしょう。この司会であるワタクシ、ディルナ・ハミルトンもだいぶ期
待しております』
 司会の言う通り、チームバトルの中で一番の難関であるSランクへ挑戦するチームは久
しぶりであった。観客の数はランクが高まるごとに増えていく。Aランクのバトルの時の
倍は軽く詰め掛けていた。
「…まあ、強いヤツとやれるんだったら、うるさいのは我慢するか…」
 刀を抜き放ち、アルベルは向かいの壁にある檻の先を睨みつけた。
「お客さんがこんなにいるんだもん。頑張らなくっちゃねー」
 ぺろりと舌なめずりをして、スフレも構えをとる。
 向かいの檻の鉄格子が、ゆっくりと音をたてて上にあげられていく。檻の中に、これか
ら自分たちが戦うモンスターが入れられているのだ。
 ネルはゆっくりと短刀を手前に構え、腰を低く落とした。
『さあ、モンスターの登場です。挑戦者達の相手はアクアウィスプ4体です!』
 司会の声とともに、光輝く大きな球体が檻の中からふよふよと飛んでくる。
『ではっ、…レディッ…!』
 3人に緊張感が走り、目付きが真剣に険しくなる瞬間。
『ゴー!』
 カーン!
 ゴングが鳴り響き、観客の喚声が一際大きくなる。3人は同時に走りだし、4体のウィ
スプも同時に早く動き出す。
『さあ、始まりました! 伝説級のSランクチームバトルです! 挑戦者達は一体どうい
う勝負を見せてくれるのでしょうか! 解説のソロンさん』
『はい。解説のソロン・ソリュートです。このランクのバトルは本当に久しぶりだからね。
腕前に自信が相当ないと挑戦できないランクだよね』
『そうですね。Sランクの名は伊達ではありません。さあバトルは始まったばかり! お
お! アルベル選手早くもアクアウィスプを一体葬り去りました! これは早い!』
 うわああああああ…!
 観客の喚声がまた大きくなる。
『トリッキーな動きはアクアウィスプもそうだけど、彼もかなりのトリッキーな動きをす
るね』
『あのジグザグとした切り込みには何か意味があるのでしょうか? ソロンさん』
『そうだな…。敵を惑わせるか…。動きを読まれないためかな。相手も強くなってくると
こちらの動きを読まれてしまう事もあるからね』
『なるほどぉ。おおっと、ネル選手苦戦しております。いまいち動きは良くないようです
が?』
『うん。緊張してるのかな。Sランクともなれば敵も強いし、なにより大勢の観衆が詰め
掛けるからね。いつもの調子が出にくいっていうハンデもあるんだよね、Sランクには』
『そうですね。Aランクバトルの時とのお客さんの数は、軽く倍近くの差がありますから。
それらのプレッシャーにも耐えねば、Sランクはクリアできません。まさに伝説級のラン
クですから!』
 ディルナの声も耳に入らず、スフレは目の前のアクアウィスプ相手に奮戦していた。
「このぉ! チカチカピカピカうるさいヤツめっ!」
「焦るんじゃねえぞ!」
「わかってる!」
 アルベルの声が飛んでくる。緊張しているネルと違い、スフレは観客の数が多ければ多
い程燃えてくる。自分の一挙一動にこれだけ喚声をあげてくれるなんて、これで燃えねば
サーカス団の一員でない。注目を浴びてこその華なのだ。
 バッ、ビリビリビリビリ!
 アクアウィスプが強く光り、電気の大砲を放ってくる。
「当たるもんかっ!」
 プラズマキャノンをひょいとよけ、ケープの先についている玉をぶつける。
 ビッガッ!
 空気がこすれ合うような音を出し、アクアウィスプの体が揺れる。
「くらえぇっ」
 高くジャンプすると連続して蹴りをたたき込む。
 カッ!
 蹴りをくらい、アクアウィスプは電気と一緒に強く光を放った。そのまぶしさと放出さ
れた電気をまともにくらい、スフレは吹っ飛ばされた。
「うわああ!」
 ズッゴロゴロッ!
 宙に孤を描くように吹っ飛ばされるスフレ。落ちる瞬間、なんとか受け身をとり、地面
をごろごろ転がる。
「あったたた! んもう!」
 すぐにぴょいっと起き上がり、滲み出てきた涙を我慢して、自分を吹き飛ばしたアクア
ウィスプを睨みつける。そして、指でピストルをかたどり、狙いをつける。
 神経を集中させて、気合を指に込める。
「ドキューン・ブラストッ!」
 ばうんっ!
 見えない気のカタマリを当てられて、アクアウィスプは一瞬光を弱め、その球体がゆら
りと揺れる。
「さあって、お立ち会い!」
 おおげさな振りをつけながら、小さく呪文を唱える。やがて彼女の前に氷の刃が表われ
る。
「えいっ! やあっ!」
 踊るようにケープを動かし、その先の玉で氷の刃を叩くと、刃はアクアウィスプ目がけ
て飛んで行く。
「とうっ!」
 氷の刃はすべてアクアウィスプに当たり、当たるたびにウィスプの光が弱くなっていく。
「とどめえっ!」
 最後に放った氷の刃が言葉通りとどめとなり、アクアウィスプは刃を食らったとたんに
弾け飛んだ。
 わああああぁぁぁぁ!
『おお! スフレ選手やりました! 小さな体にも関わらず、サシでアクアウィスプを倒
しました! さすがSランクに挑戦するだけはあります!』
 くるりと回って、思わず観衆に応えるスフレ。
「ねえ、このポーズって良いと思わない!?」
「ぶっつぶすぞ!」
「冗談だよお…」
 アクアウィスプ相手に間合いをとっているアルベルが振り向かないで、ドスの効いた声
を飛ばす。
「さっさとあっちの援護をしろ!」
「ラジャーっ!」
 緊張がとけなくて、本調子の出ないネルが苦戦しているのだ。スフレはすちゃっと軍人
っぽく敬礼のまね事をすると、軽い足取りでネルの助っ人に向かう。
「やっほーネルちゃん! 応援するぞーっ」
「危ない!」
 調子づいて声をあげたスフレに向かって、ネルとやりあっていたアクアウィスプはいき
なりプラズマキャノンを放った。
「ひええっ!」
 素早い動作で大きくのけぞり、なんとかやりすごす。
 熱く、眩しい電気の砲がスフレの鼻先スレスレを通り過ぎる。さすがのスフレも息を飲
み、その場に尻餅をついた。
「ふ、ふええ…」
 目前で大量の電気を見たせいか、目がチカチカするし、前髪の先っぽが焼かれてチリチ
リする。明暗の激しさに視力がついていかず、景色が暗くてよく見えない。
「どうした!?」
「…目が…ちょっと…。大丈夫、すぐに治るから」
 カメラのフラッシュのように、すぐに治るのは経験上わかっている。だが、いかんせん、
光量が違いすぎた。目眩さえもしてくる。
「調子づくからだ、阿呆!」
「ご、ごめん…」
 怒られて、スフレはその場でシュンと縮こまる。確かに、調子に乗りすぎた。アルベル
は敵と間合いをとりながら、ちらりとスフレに視線をよこす。目を押さえてる所を見ると、
少し目が見えないようだ。
「踊れ!」
「へ!?」
 突然のアルベルの指示に、スフレは一瞬きょとんとした顔をしていたが、彼が何を言い
たいかわかったらしい。
「わかった!」
 スフレはふんっと息を吐き出すと、気合をこめて踊りはじめた。すると、スフレ周辺か
ら不思議な光が立ちのぼり、その光が紋章を描き出す。確かにこれなら目が見えなくても
そんなに関係ないし、踊っているうちに視力も回復するだろう。むしろ、目を閉じていれ
ば、踊りに集中できるくらいだ。
「ふぅ…」
 そのスフレの周囲に描かれる紋章の上に立っているだけで、疲れがとれていくのがわか
る。力ある者の踊りには、周囲の者を癒す力があるなどと、知らなかったが。
 ほんの一時の憩いに、アルベルは大きく息を吐き出した。スフレが無防備になるが、衝
撃波を飛ばせば、踊っている間くらいは退けられる。
『おっと、スフレ選手、突然踊りはじめました。これは…』
『力の流れを見ると、体力を回復させる踊りのようだね。へえ、こんな事ができるんだな』
「おい! こっちへ来い!」
 原理はよくわからないがのだが、そんな事アルベルの知った事ではない。彼は弱ってい
るネルに向かって怒鳴りつけた。
「無理だ! こっちで何とかする!」
 顔を焦がしながら、ネルは目だけアルベルにむけて怒鳴り返した。
 大勢の視線をずっと感じている。自分がちっとも本調子を出せないでいる自覚がある。
どうにかしようと焦るほどに泥沼にはまる。
 この自分が足手まといになるとは…。
 ネルは歯を食いしばる。
 せめて、目の前のこの一体くらいは自分の手でとどめをささなければ。
 気負いと焦りが命取りとなり、斬りつけた途端、アクアウィスプが爆発した。
 ズガアアンン!
「うわああああっ!」
 吹き飛ばされ、受け身もとれずにネルは地面を転がった。
 観衆の喚声がうるさい。アルベルの低い声も、スフレの高い声も耳に入らない。
「うっく…」
 受け身をとれなかったせいか、当たり所が悪かったらしく、胸の奥から何かが逆流して
きて、なんとか飲み込むも、口の中に鉄の味がいっぱいに広がった。
「かはっ…!」
 飲み込みきれなかったものが口からこぼれ出て、ぼたぼたと地面を汚す。
「げほっ、がっ!」
 慌てて飲み込んだせいか、むせてしまい、その場に跪き、手をついてしまう。全身がび
りびりと痛くて立ち上がろうと思うにも、体が言うことを聞かない。
「ヒーリング!」
 かん高い声とともに光が自分を包み込む。清涼な光が気持を落ち着かせ、疲れと痛みが
ひいていく。どうにか落ち着き、頭をふりながら立ち上がろうとした時だった。
「どけっ!」
 切羽詰まった声がしたかと思うと、どんっと激しく突き飛ばされた。突き飛ばされた方
へ目を向けると、強い光が目の前いっぱいに広がっていた。
「うぐあああっ!」
 何が起こったのかよくわからなかった。
「アルベルちゃん!」
 スフレの悲鳴で、自分を突き飛ばし、プラズマキャノンをまともに浴びたのがアルベル
だとわかった。
 光が通り過ぎたあと、焼け焦げ、煙をあげながらもなんとか立っているアルベルがいた。
「あ、あんた!」
「くそっ…! こんな…攻撃…」
 立ちくらみを起こしているのか、ふらりとおぼつかない足取りで歩きだす。
「ちょっと…」
「うるせえ! さっさと敵をぶっつぶせ!」
 近寄ろうとする自分をつっぱね、アルベルは呪文を唱え出す。ネルは一瞬顔を歪ませ、
しかしすぐにキッと顔をあげ、最後の一体のアクアウィスプを睨みつけた。
『アルベル選手大丈夫でしょうか? チームワークが決め手となるチームバトルですが、
その絆が逆に命取りになる事もあります。さあ、どうなりますかね』
『うん。まずい展開だね。そんなつもりがなくても足を引っ張る事もよくある事だから。
これで3人のうち1人が本調子でないっていうのは…』
『おっと、スフレ選手、最後のアクアウィスプを倒しました! ネル選手と協力しての連
携プレーでアクアウィスプを倒しました!』
 うわああああああ…!
『挑戦者チーム、1回戦目を突破いたしました!』
『問題はこれからだね。チームバトルは連戦だから。体力の配分なんかも頭に入れておか
なきゃいけないんだけど…』
『ヒーリングで回復しきれる怪我なら良いのですが、アルベル選手、深手を負っています
が!』
 解説の声と喚声の中、二人は立ち尽くしているアルベルに駆け寄った。
「大丈夫!? アルベルちゃん!?」
 スフレの泣きそうな声。ネルは声に詰まって言葉が出ない。
「……おい…」
「なに?」
「敵は…どっちだ?」
「え?」
 ネルも、スフレも。目を大きく見開いた。まさか。
「目をやられた。ヒーリングしても見えないままだ。…うるさくて気配も察知しにくい…。
どっちから来る?」
 目を見開いたまま、ネルとスフレは顔を見合わせた。プラズマキャノンをまともにくら
い、目を焼かれたらしい。
「き…棄権しよう!」
「冗談じゃねえ! 教えろ! 敵はどっから来るんだ!」
 ネルが思わず言った言葉に、アルベルは激しく怒鳴りつける。
 司会の声が響き渡り、次のモンスターがいる檻の鉄格子がゆっくりとあがっていく。次
の戦いまでもう時間がない。
「…わかった。アタシがどこにいるか言うから! やるだけやるんでしょ!?」
「ああ!」
「あっちから来るよ!」
「だからどっちだ!?」
「あ…」
 スフレが敵を指さすも、見えないのだから、指さしてあっちと言うだけで通じるはずも
なく。
「時計の針の方向ならわかるだろ? 今のあんたの向きが12時だとしたら、敵は2時!」
「時計…2時…?」
 とっさのネルの言葉に一瞬、アルベルは眉をしかめ、怪訝そうな顔になる。
「…そうか、こっちだな!」
 だがすぐに理解して、右ななめ向かいに刀を構えた。

                                                              to be continued..