「でぇいや!」
 ロジャーは思いきり斧を振り下ろした。が、豪快に空振りして、斧は地面に突き刺さっ
てしまった。
「あっ! しまった! こなくそ!」
 渾身の力をこめていたせいで、刃はかなり深く大地に食い込んでいる。
「ふふふ。さっきはよくもやってくれたわね…」
「げげ!」
 いつの間にか。ロジャーはラヴィッチたちに取り囲まれていた。ぐるりと見回すと1人、
2人、3人…。なんと、3人のラヴィッチに完全に取り囲まれているではないか。
「さっぷらいずすたー!」
 3人のラヴィッチが声をそろえて呪文を唱えた。
「うげげげ!」
 ロジャーは半泣きした。体力を削られる攻撃なら、種族的にどうにか耐えられるが、精
神力を削ってくる攻撃には彼は弱かったのだ。3人のラヴィッチからそんな攻撃をくらっ
てはひとたまりもない。
 たくさんの星がラヴィッチ達の手のひらから生み出され、ロジャーを襲う。
「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
 痛いというか、苦しいというか、精神を削る星がロジャーにしこたまあたり、息を吸い
込む事でさえ困難になる。
「う、うええ…」
 たまらなくなって、その場に突っ伏した。
「とどめよ! さっぷらいず…!」
「キャー!」
「イヤアアア!」
 もうだめだと思って目をぎゅっと閉じると、風圧と衝撃、ラヴィッチ達の悲鳴が重なっ
た。
「ほえ?」
「空破斬!」
「キャア!」
 衝撃波の第二波が最後のラヴィッチを襲う。衝撃波がくる先に目をやると、アルベルが
刀を振り上げている姿が目に映った。その彼の背後にタコのような植物が、長い触手を振
りかぶっている姿が見えた。    
「あ、あ、う、うしろ!」
「ちぃっ!」
 振り下ろされた触手を、左のガントレットでなんとか受け止める。
「なめるなっ!」
 ダメージを負ったのか、少しのけぞったが怪物を一刀両断にすると、彼はこちらに駆け
寄ってくる。
「油断するな! まだ終わってねぇんだ!」
「ふえ?」
 突進とともに突き出された刃が、いつのまにか起き上がったラヴィッチを貫いた。
「ギャアアア!」
「急いでその武器を抜け!」
「け、けど、体が動かねぇ!」
「ちぃ! 阿呆が!」
 悪態の後に、目の前に黒い果実がぽとりと落とされる。ブラックベリィだ。
 ロジャーは慌ててその実をつかんで飲み込むと、なんとか立ち上がる。
 そして、アルベルがラヴィッチを引き付けてくれてる間にどうにか斧を抜いて、ロジャ
ーはやっと参戦した。
「衝裂破!」
 ロジャーが立て直し参戦すると、ラヴィッチ達の注意がロジャーかアルベルかに別れ、
そこにスキが生まれたのを逃さずに、アルベルは刀をなぎ払う。
「イヤアアアア!」
 ラヴィッチは吹き飛ばされ、そして動かなくなった。
「フン! はじめからおとなしくしてりゃ良いのによ」
 刀についた血を振り払うと、慣れた手つきで鞘におさめる。
「ほ、ほええああああああああ……」
 ラヴィッチ3人に取り囲まれ、生きた心地がしなかったロジャーは戦闘が終了した事を
悟ると、その場にへたりこんだ。
「やっと終わったみたいだね」
「ったく奇襲なんて冗談じゃねえや」
 額をつたう汗をぬぐい、フェイトはやっと全体を見回す。クリフはぐるぐると腕をまわ
す。
「けど、今回は随分な数で襲われたもんだ…」
「正直、あぶなかったわね」
 大地に累々と横たわる屍の群れをネルとマリアは渋い顔付きで見渡した。
「でも、助かったわ。一人増えただけで、戦いがこんなに楽になるとは思わなかった」
 マリアはアルベルを横目で見やる。彼は、動かない怪物を面白くもなさそうな顔で見下
ろしている。戦ってる最中はやたら嬉しそうな顔をしていたようだが…。
「どうにも、強さだけは認めなくっちゃいけないみたいだね」
 いけすかない顔付きで、ネルはアルベルを睨みつける。
 ついこの間まで敵国同士として戦争していた仲だし、彼らどうしも少なからぬ因縁があ
り、お互いいがみ合っているというか、ネルが一方的に敵視してるというか、仲間と言う
には彼らを取り巻く空気が非常に悪い。
 処置なしとでも言うように、マリアは肩をすくめた。
 ネルの気持もわかるが、彼が加わったおかげで、戦力的にだいぶ楽になった事実は素直
に歓迎している。確執がないぶん、マリアはドライに割り切れる。
「さっきはすまねえな。助かったよ」
 ロジャーはやっと落ち着きを取り戻し、アルベルを見上げてそう言ったのだが。
「フン…」
 アルベルは面白くも無さそうに鼻を鳴らすだけで、さっきの事などなかったようにスタ
スタと歩きだしてしまった。
 ロジャーは不思議そうな顔付きで、その後姿を見送っていた。

 シーハーツの王都シランドは堂々とした威風を放ち、彼らを出迎えた。
「けど、いつ来てもシランド城ってのはでっかいよなぁー!」
 ロジャーは精一杯背伸びをして、額に手を当てると目の前にそびえ立つ、白く美しい城
を眺めた。父親から人づてにシランド城の美しさを聞いてはいたが、百聞は一見にしかず
とはよく言ったもので、想像以上のスケールと美しさだった。
「フェイト。そんなにゆっくりしているヒマはないんだからね」
「わかってるよ」
 マリアがあきれたように言ったので、フェイトは少しだけ不機嫌気味に応えた。
 クロセルという巨大な竜の協力を取り付けなければならないのだが、アルベルを迎える
ために立ち寄ったアーリグリフで、王から書簡を受け取り、シーハーツのエレナ博士まで
の郵便配達を承諾してしまったのは、ほかならぬフェイトだ。時間の無駄を好まないマリ
アはあまり良い顔はしなかった。
「まあそう言うな。一分後にバンデーンが責めてくるわけでなし、あんましせかしたって
良い事ないぜ」
 クリフがなだめるように言うと、マリアは小さく肩をすくめた。
「じゃあ、僕はシランド城へ行くけど。みんなはどうするの?」
「オイラは城下町を巡ってるぜい」
 ロジャーは真っ先に手をあげて、元気良くそう言った。
「まぁ、私はシランド城へ戻るけど…」
 シランド城を職場とするネルは当然城へ。
「じゃあ、俺も城へ行くかな」
「私もそうするわ」
 シランドには酒場がないせいか、クリフはあまり町をうろついても楽しくないようだ。
マリアは割合静かな所を好む傾向があるらしい。
「……で、アルベルは?」
 ついこの間、アーリグリフ王からの国家間の協力条件としてアルベルの同行を受け、彼
を仲間にしたのだが…。
 噂に違わぬ協調性の無さっぷりにフェイトは少々手を焼いていた。おまけに最近まで戦
争をしていた間柄であるシーハーツのネルは、彼に直属の部下を痛めつけられた事もあっ
て、かなり嫌っていた。仲間になったばかりの険悪な空気はさすがになくなっていたが、
だからといって仲良くなったわけでもない。仲間内の不穏な空気にフェイトは困っていた。
「さあな。好きにするさ」
 無愛想にそう言って、左手のガントレットをふいっとあげる。
「…そっか。じゃあ、解散。中途半端な時間だし、今日はここで宿をとるから。ロジャー
もアルベルも、用が済んだらシランド城まで来てよ」
「……おい、それって、シランド城に泊まるって事なのか?」
 口を開かないと思われたアルベルが尋ねてきた。
「え? そのつもりだけど…」
「俺は行かないぜ。町で勝手に宿に泊まってる」
 またワガママがはじまった。そう思って、クリフは小さくため息をついた。
「おまえな。シランド城に泊まればタダなんだぞ? タダより高いもんはねぇって言うだ
ろうが」
「フン。知るか。それより、明日の何時頃に発つんだ?」
「え? あ、明日? え、えーっと、そう…だな…。明日の朝の九時にしようか…」
 全員城に泊まると思っていたから、明日の予定まで決めていなかった。フェイトは慌て
てそう言って、思わずマリアを見る。彼女は静かに頷いた。
「そうね。ちょうど良い時間じゃないかしら」
「わかった。その時間にあそこの門前で待ってる」
 そう言って、王都シランドの入り口を指さすと、アルベルはスタスタとシランドの雑踏
に消えていく。
 しばらく、全員彼の後姿をぼんやりと眺めていた。マリアだけは彼の太ももを見ていた
のはまた別の話ではあるが。
「ったく、相変わらずの協調性の無さだな。確かに戦闘は強いが、あの調子じゃあな…」
 頭をがりがりかいて、クリフはため息まじりにつぶやく。
「…でも正直、ホッとしたよ。あの男、目立つからね。城内にあのアーリグリフのアルベ
ルがいる事で、気分を害する者も多いかもしれない…」
「…まさか、それを見越してあんな事言ったわけ?」
 どういうセンスを持てばあのような服装を着こなす(?)事ができるのか。頭では割合
あさってな事を考えながら、マリアがつぶやく。
 マリアの言葉に、思わず全員が顔を見合わす。
「さあな。ヤツの考えてる事はさっぱりわからん」
 さっさとサジを投げて、クリフは両腕を後ろ頭に組む。
「まあ、んなことより。さっさと城に行こうぜ。おい、チビ、あんまし無駄遣いすんじゃ
ねーぞ」
「うるせい、ばかちん!」
 口をとがらせてクリフを見上げると、ロジャーは舌を出して見せる。
「あんまり遅くならないようにするんだぞ」
「わかってるよ。んじゃまた後でなー!」
 ロジャーは鼻の頭をちょっと指でこすって、手をあげてぶんぶん振り回すと、彼もまた
雑踏へと消えて行く。
 それをしばらく眺めていたが、やがて一向はやれやれと言った感じで城へと向かった。

 フェイトはエレナ博士の驚愕の返事の内容を受け、心持ち暗い顔で彼女の部屋を出た。
 仮にも一国の王に向かって「アルちゃん」呼ばわりだけでも驚愕なのに、さらに手紙を
破り捨てて直接来いバーカなどという返事はフェイトの常識を超えていた。
 眉間にシワを寄せ、腕を組みながらフェイトはシランド城の長い廊下を歩く。
「あ、フェイト。ここにいたんだ」
「ネルさん」
 声をかけられ、フェイトは顔をあげる。そこに見知った顔が立っている。
「どうしたんだい? 難しい顔をして」
「いやちょっと…。えっと、それはともかく、ネルさんこそ、どうしたんですか?」
「ああ。夕食は七時だって事を伝えようと思ってね。前と同じ場所になるから。それだけ」
「わかりました。じゃあ、みんなに会ったら伝えておきますか?」
「一応、お願いしとくよ。まあ私の方でも全員に伝えるつもりだけど」
「はい」
 フェイトの返事を聞くと、ネルはそれじゃと言って踵を返す。
 しばらくボーッとしていたフェイトだが、やがて首を振って歩きだす。
 あの内容を伝えるべきか、伝えないべきか。
「……………」
 困り切った顔で、フェイトは少し宙を見上げる。
「……一度引き受けちゃった以上、伝えない……って、わけにもいかないか…」
 そう言って、深いため息をついた。

「うっはー!」
 ロジャーは目の前に並ぶ豪勢な食事に、目を皿のようにして眺めた。
 どういうわけなのか、今夜の夕食はまた格別に豪勢であった。ついこの間まで戦争とは
いえ、そこは王城。蓄えも財力も半端ではないのだろう。
「すっげえぇぇぇ……! オイラ、こんなごちそう、初めて見た!」
「今日はちょっと特別な日でね。あんたらに世話になったしって事もあってね。女王陛下
の方からの口添えもあってさ。今夜だけ、ね」
 素直に大喜びするロジャーを見て、ネルは心持ち苦笑しながら今夜がやたら豪勢な夕食
となった経緯をしごく簡単に説明する。
「はっはー。こいつぁ食い甲斐がありそうだな」
 両手をパンと胸の前で打ち鳴らし、クリフも舌なめずりを始める。
「あんまりがっつかないでよ。恥ずかしいから」
 クリフの隣の席についているマリアが少し顔をしかめて釘をさすように言う。口調にト
ゲがないところから、言葉ほどそう思っていないようだが。
「いっただっきまーす!」
 元気よく、この部屋中に響き渡るような声で、ロジャーはナイフとフォークを両手に持
ってそう言った。そして、そのすぐ後にはその小さい体からは予想もしないような勢いで
食べはじめた。
 向かいの席のクリフも、その巨体ぶりに違わずの勢いで食べはじめる。食べ方は、ロジ
ャーよりもだいぶマシな様子であったが。
「っとに…、あきれるわね…」
「ははは…」
 二人の食べっぷりに、おおげさにため息をついて見せ、マリアは自分のペースで目の前
の料理を食べている。ロジャーの隣にいるせいか、あまり目立ってないが、苦笑している
フェイトだって、実はかなり食べるのであるが。
「まったく。クリフはともかく、ロジャーはあんな小さい体のどこに、あれだけの量の食
事を入れてるのかしらね。自分の体重の倍は食べてるんじゃないの?」
「それはおおげさじゃないかなあ」
「そうかしら?」
「たぶんね…」
 ジト目のマリアにそう言われ、フェイトは隣にいるロジャーの食べっぷりを横目で見た
後、あさっての方に視線を向ける。
「不思議と言えばアルベルよ」
「アルベル?」
 ちょっと行儀悪く、マリアは肉がささったままのフォークをびしっとフェイトに突き付
ける。
 マリアの隣にいるネルは自分の嫌いな男の名前があがって、少しだけピクリと反応する。
「あの人、あんっなに食べてるのに、あの腹はどういう構造になってるわけ!?」
「いや…、僕に言われても…」
「あんな格好してるから、食事制限でもしてるのかと思って、量とかそれとなく見てるん
だけど、クリフに負けないくらい食べてたわ。なのにあの腹はなんなのかしら」
「いやだから、僕に言われても…」
「そりゃ、私だって格闘するから、普通の女性より食事の量は多いわ。いっつも戦ってい
れば消費するエネルギーもかなりのものだし。あの人は、そりゃあ戦士だから、かなりの
エネルギー消費量だろうし、食べないと戦えないのも納得するけど。けどあの腹はなんな
の! あのやたら細い体に、相当量のカロリーは一体どこへ消えるのかしら」
「マリアだって痩せてるじゃないか」
 幼なじみのソフィアが自分が少しだけ太っている事を気にしている事を思い出す。彼女
の場合、太っているというより、体重計を気にしすぎているだけの事とフェイトは思うの
だが。あとは運動が苦手なのに、お菓子が大好きなところか。
 彼女ならあのアルベルの食事量と反比例するようなあの体つきは、羨むに違いないだろ
うとは思うのだが。
「…………悪かったわねグラマラスな体でなくて……」
 フォローするつもりで言った言葉が違う意味でとられたらしく、暗い目でにらまれて、
フェイトは慌てた。
「そ、そういう意味で言ったわけじゃないってば!」
「ハハハハハ。貧乳が好みのヤツもいるから気にすんなよ」
 突然、彼女の隣にいたクリフがまったくフォローになっていない、むしろ追い打ちをか
けるようなセリフをはく。
「ひんにゅー? なんだそれ? まんじゅうの新しいのか?」
 大きな肉を口にくわえたまま、ロジャーがきょとんとした顔で聞いてくる。
 マリアが突然取り出したフェイズガンでの室内乱射だけはフェイトとネルでどうにかく
い止めたのだが……。

「もーすこしおとなしく食べてくれたって、良いものだとは思うけどね…」
 頭痛を隠せないようで、ネルはこめかみに人差し指をあてて、眉間にしわを寄せながら
そう言った。
「いや…、なんと言うか…」
 盛大にどつかれて、料理の上に顔をめりこまされたクリフとロジャー。ムスッとした顔
のままで食事を続けるマリア。フェイトは何と言っていいかわからず、頭をかいた。

「うっはー! うっんめえぇぇぇ!」
 最後のデザートに出た白いだんごのようなお菓子に、ロジャーは感激の声をあげた。
「本当、美味しいわね、これは」
「うん。いいね、これ。すごく美味しいよ」
「あんなに食ったってぇのに、これなら入るじゃねえか」
「シランド名物のセフィルって言うお菓子だよ。五〇年くらい前の有名なパティシエが、
セフィラに似せて造ったって言うけどね」
 このお菓子が全員に大好評なのを見て、ネルは微笑んで説明する。
「今までのごちそーも美味かったけど、これは格別だなあ! こんなに美味いもの、オイ
ラ食った事ねえ!」
 感情がストレートに顔にでるロジャーは喜びを顔いっぱいに表して、白いセフィルを
次々と口に入れる。
「美味しいけど、もう食べられないわ…」
 ギブアップというように、マリアは両手をひらいて、小さくお手上げのポーズをとる。
「ん? 姉ちゃん、もう食べないのか?」
「おなかいっぱいよ。食べたければあげるわ」
「うーん。つっても、オイラももうハラいっぱいなんだよな…」
 口の中のものを飲み込み、ロジャーは少し考えにふける。
「ねえおねいさま、コレ、持って帰っても良いのかな?」
 ロジャーは思案した後、皿の上に山盛りのセフィルを指さした。
「ん? 別に構わないけど、どこに持って帰るって言うんだい? 部屋でまた食べるのか
い?」
「うんにゃ。クニにいる子分達に持って帰ってやりてえんだ。あいつら、これを食えばぜ
ってー喜ぶと思うんだー」
「そう…。でも、すぐにサーフェリオに行く予定なんてないし、いくらなんでも、そこま
で持ちはよくないよ?」
「そうね。そこに行くまで腐ってしまうのがオチでしょうね」
「腐っちまったもんを食わせるつもりなのか?」
「うう」
 次々と言われ、ロジャーは渋い顔をした。
「んん〜、それじゃ、どうすっかな〜」
 顎に指をあてて、ロジャーはやたら難しい顔をさせて考え込む。やがて、何か思いつい
たらしく顔をあげた。
「やっぱ持って帰るっていうか、包んでほしいな。持ってくから」
「どこへだい?」
 ネルは不思議そうな顔を隠せない。
「アルベルの兄ちゃんとこ」
 ロジャーの言葉は、その場にいた全員を驚愕させた。
「え…いや…、そんなに…驚かなくても」
 全員相当の驚愕の表情を浮かべたらしく、逆にロジャーの方が戸惑ってしまった。
「な…なんだってまた…、アルベルに…?」
 絞り出すような声で、フェイトが尋ねてきた。
「何でって…。子分の面倒をみるのは親分の役目だし。これを食ってないの、あの兄ちゃ
んだけじゃん? っつーか、オイラ、あの兄ちゃんにカリがあるんだよな。この前の戦い
でさ、ちょっとな…」
 みんな乱戦していたので、あの時のロジャーのピンチには気が付かなかったらしい。と
いうか、あのアルベルがロジャーを助けたという事実に少なからずみんな驚いた。
「まー、あの兄ちゃんだから、たいした反応無かったけど、オイラはあれを照れ隠しと見
たね」
 そこまで好意的に解釈できるほど、ロジャーがお人よしなのか、単に自分本位すぎるの
か、事実その言葉通りだったのか。そのどれなのかはみんな判断がつかなかった。
「悪い兄ちゃんじゃないみたいだぜ。変な兄ちゃんだとは思うけど」
 今までの確執がないし、それをよくは知らないロジャーだから、色眼鏡抜きで見る事が
できるのか。
「…まあ、確かに、かなり変わった人であるのは確かよね。というかあの腹はなんなのか
しら…」
「おまえは腹しか見てねえのか」
「気になるっていうか、微妙にムカつくっていうか…」
 腹というか、服装センスもどうかというか、文化が違うからどうしようもないと片付け
られないのは、下手な女よりよっぽど色気があるという事実への微妙な嫉妬でもある。同
じスレンダー体質だというのに、そのうえ男だというのにあの色気は何なのだ。
「もういい。わかった。何も言うな」
「何よそれ」
 クリフに向かって少し口をとがらせる。天下のクォークのリーダーも、彼の前では少し
だけ幼く見える。
 ともあれ、彼との確執のないロジャーやマリアは、アルベルをそう悪く思っていないよ
うである。
 フェイトとクリフとネルは、戸惑いを隠せない表情で顔を見合わせた。

「けど、あの男がどこにいるのかわかるのかい?」
「うん。こっちに来る前、大通り前の宿屋に入るのをオイラ見たよ」
 目立つ風貌の男だから、目につきやすかったのだろう。
「……あの宿屋か…。今から行くのかい?」
 地元のネルはすぐにどこの宿屋かわかったらしい。
「うん。寝るにはまだ早いし。街を歩くのも、腹ごなしにちょうどいいし」
 ロジャーは準備が出来次第すぐに出掛けるつもりのようだ。ネルは口に手をあてて、し
ばし考える。
 ロジャーもこんな冒険についてくるくらいだから、それなりに腕はたつ。しかし、相手
はあのアルベルだ。実力差は歴然だし、いつあの男が持ち前の凶暴性を表すかわからない。
それに不慣れな夜のシランドを、一人で歩かせて迷子になられても困るとも思った。治安
の面では、シランドは大丈夫だが、まがりなりにも王都で大きな都市なのである。迷って
しまう心配の方が大きい。
 ネルはため息をついた。
「しょうがないね…。私も行くよ」
「えええ!? ネルおねいさまがオイラと夜のデートをしてくれるって!?」
「だれもそんな事言ってないだろう。夜のシランドは迷いやすいからね。迷子を捜す苦労
はしたくない」
 ロジャーが瞳を輝かせるも、ネルは冷たく一蹴する。
「そうだな。迷子になられるほうがよっぽど面倒だな」
「それはそうね」
 クリフと、マリアがそろって頷いたので、ロジャーはちょっと嫌な顔をした。



                                                              to be continued..