「……というわけで、モニカの親衛隊プリンセスガードを発足する事になった。ついてはおま
えにもこれに参加してもらいたいのだ」
  玉座に座り、ミカエルは鷹揚にユリアンに話しかける。
「…オレ…いや、どうして、私なんかに…」
  ユリアンはビックリしてどぎまぎしながら質問する。
「ハリードの推薦だ。モニカの口添えもあったがな」
  そういうミカエルの隣でモニカがにっこりとほほ笑んだ。
「……………」
  ユリアンはそのほほ笑みに、思わずポーッとなって見とれてしまった。
「どうだ?  受けてはくれまいか?」
「…はっ!  あ…いや…でも…」
  ミカエルの声に我に返り、ユリアンは焦って頭をかいたりしてそわそわしだした。
「…その…、オレ…じゃない、私なんかにできるかどうか…」
「ユリアン様ならできますわ。ぜひお願いします」
  モニカが訴えかける目でユリアンを真っすぐ見つめた。
「…は、はい!」
  こうして、誘惑に弱い青年は二つ返事でプリンセスガードを勤める事となった。


  ここはロアーヌの酒場。ゴドウィン男爵の反乱もミカエルやハリード達の活躍によって事な
きことをえた。その功労者達が酒場に集まっていた。
  酒場の机で、エレンとサラの姉妹がたわいもない会話を交わしていた。その向こうで、独り
で何かに思い耽けりながら酒をちびちびと飲むハリード。
  酒場の扉が開き、理知的な青年が現れる。
「トム。おじいさまの話、終わったの?」
  サラは早速トムを見つけ、話しかける。
「ああ。まぁね。あ、ラム酒を」
「あいよ」
  エレン達のいる向かいの椅子をひき、腰掛けながらおかみさんに酒を注文する。
「どんな話だったの?」
  自分たちの会話を中断し、姉妹はトーマスに注目する。
「…うん。おじいさまが昔、世話になった人の娘さんが行方不明だそうでね。その方を探せと
言われたよ」
  わずかな笑みを浮かべながら、トーマスは自分の祖父の顔を思い出していた。
  厳格でありながらも、良い祖父で、身内であるというのを差し引いても尊敬できる人である。
「え?  手掛かりとか、まるでなしで?」
「いや、ピドナのどこかにいるらしいんだけどね。ただ、ピドナといっても広いからね。なか
なか骨が折れそうだよ」
「え、じゃあ…」
  サラが何か言いかけた時、酒場のドアが開いてだれかがはいってきた。
「いらっしゃい」
  おかみさんがトーマスの前にラム酒をおきながら、振り向いて挨拶をする。
「おばちゃん、ビールちょうだい」
「あいよ」
  入ってきたユリアンは当然のようにトーマスの隣に腰掛けた。
「ミカエル様からの話って、一体何だったんだ?」
  トーマスは自分がこれからやらなければならない事よりも、そっちの方に興味があった。あ
のユリアンが侯爵殿に呼ばれるとは一体何事であろうかと。
「え?  あ…。うん…。そうか…そうなんだよな…」
  さっきまで嬉しそうな顔をしていたのだが、トーマスの顔見て、ユリアンはだんだん元気が
なくなっていった。
「そうなんだよって…どうなんだよ?」
「あ、うん…。俺さ、さっきミカエル様に呼ばれてさ、プリンセスガードに入らないかって言
われたんだ」
「えーっ!?」
  いきなりサラが大声をあげた。
「なんだよ、俺がそんなのに勧誘されたら珍しいのかよ」
「うん」
  サラは声に出してうなずき、エレンも声には出さなかったが妹と同時にうなずいた。
「……………」
  ユリアンはちょっと嫌そうな顔をする。
「で?  どうしたんだ?  受けたのか、その話は」
  一人、落ち着いているトーマスが先をうながした。トーマスも内心驚いてはいたのだが、ユ
リアンが可愛そうなのでカーソン姉妹のように正直に顔に出したりはしなかった。
「…うん…。受けた」
「そうか」
  柔らかくトーマスが返す。
「プリンセスガードなんてものに俺がなるとは思わなくってさ。なんか、浮かれてたんだけど、
そしたら、ずっとロアーヌにいる事になるから、みんなには会えなくなるんだよな…」
  そうか。それで表情が変化していったんだな。トーマスは内心納得しながらユリアンの顔を
見る。
「…で、トーマスはどうするんだ?  シノンに戻るのか?」
「いや、俺はおじいさまの言い付けでピドナに行かなくちゃならないんだ。おまえも誘おうと
思ってたんだが、そういう事じゃしょうがないな」
「そっか…。じゃ、ばらばらになるんだ…」
「そうなるな。ま、こっちはこっちで何とかやるし。おまえはおまえでしっかりやれるよ」
  気にしないように、トーマスは軽く言ってのける。確かに、いつまでも一緒にいられるとは
限らないのだし。寂しいけれど、これも仕方がないか。
「……そうだ。エレンとサラはどうするんだ、これから?」
「…別に、特に決めてないけど?」
  エレンは目の前にあるコップを手にとって中身を一口飲む。
「…私は…どうしようかな…」
「なんだ。二人ともまだ決めてないのか」
「悪かったわね。決めてなくて」
「…いや、別に…悪いとか言ってねーだろ」
  エレンがつっけんどんに言ったので、ユリアンも不機嫌そうになる。少し濁った空気にサラ
が戸惑いはじめる。
  どう言葉をはさんだら良いものか、トーマスが考えあぐねていると、酒場のドアが開いた。
「ユリアン殿。こちらにいらしたんですか?  いろいろ準備しなくてはならないので、すぐに
城まで来ていただけませんか?」
「よ、あ、は、はい!」
  姿勢も悪く椅子によっ掛かっていたユリアンだが、はじかれたように姿勢をのばし、立ち上
がろうとしたが、まだビールが残っている事に気づき、ジョッキを引っつかむと一気に飲みほ
して、慌てて立ち上がる。
「んぐげふっ!」
  一気飲みが喉につまったのか、おかしな咳をして、あたふたと酒場を後にした。
「ありゃぁ、先が思いやられるな」
  自分で推薦しておきながら、ハリードは他人事に言って、閉じたばかりの酒場のドアを眺め
る。
  しばらく、3人は沈黙していたのだが、サラがその沈黙をやぶった。
「あの…ねぇ、トム。その、ピドナに私も行って良い?」
「ん?  良いけど…」
「やめておきなさいよ。あんたじゃトムの足手まといになるだけよ」
  トーマスの言葉を遮って、エレンがぴしゃりと言う。サラが言葉につまり、眉をしかめて姉
を見上げる。
「も、もう大丈夫よ。トムの足手まといになんかならないわ」
  今回の冒険で、サラにも自信がついてきたようなのである。
「あら、あんたいつからそんな大人になったの?  随分と成長が早いのね!」
「お姉ちゃんの意地悪!  大丈夫なんだから!  私は足手まといなんかじゃないもん!」
  椅子から立ち上がり、サラは必死になって叫んだ。
「あらそう。そんなに大丈夫なら行けばいいでしょ?」
「…意地悪!」
  サラがそう怒鳴ると、泣きそうな顔で酒場を飛び出してしまった。
  いつもは落ち着いてるトーマスが少し驚いて、サラが出て行ったばかりのドアと、ムッツリ
して黙り込むエレンを交互に見た。
「………はぁ…」
  しばらく表情を変えなかったのだが、エレンは疲れたようにため息をついて前髪をかきあげ
た。
「…ビックリしたなー。二人がケンカしたのなんて、初めて見るぞ」
「…ごめん…。…ねぇトム、あの子の面倒、みてやってくれない?」
「あ、ああ…。それはいいけど…。いいのか?」
「うん…。お願いね」
  微笑んでみせて、エレンは顔をあげた。そんな彼女を見て、トーマスは一つ、息をつく。
「わかった。…たぶん、ピドナでは俺の親戚…、おじいさまの兄弟のお孫さん…ようは俺のは
とこにあたる人らしいんだが、そこの家にお邪魔させてもらう事になってるんだ。割合大きな
家らしいから、すぐにわかるらしい。住所を知らせておくから。心配になったら見に来ると良
いよ」
  トーマスは懐から紙を取り出して、それをエレンに差し出した。
「…いいの?  もらっちゃって」
「もう覚えたから。それに、あっちにつけば迎えに来てくれるらしいし」
  不安そうなエレンに、トーマスは微笑んで見せた。
「じゃ、俺は行くから。これ、勘定」
  そう言って立ち上がると、机の上にお金を置く。額を見ると、どうやら全員分のお金らしい。
「あ、これ…」
「いいから。じゃ」
  多いと言って返そうと思ったのだが、トーマスはもう酒場のドアを開け、出て行ってしまっ
ていた。延ばした手の行き先がない。
  エレンは仕方なく、手を戻してまた椅子に座った。
「みんなにフラれたか?」
  4人のやりとりを見ていたハリードが、にやにやしながら、カウンターからエレンに話しか
けてきた。
「う、うるさいわね!」
「そうイライラしなさんな。で、おまえさんはこれからどうするんだ?」
「…………別に……特に……」
「そうか。じゃ、俺と北にでも行かねーか?  ランスの聖王廟とかさ」
「なんで私とあんたが行かなくっちゃいけないのよ」
  口をとがらせて、エレンは目の前にあるコップを両手で包み込む。
「ん?  じゃ、どこに行くんだ?  帰るのか?」
  からかうようなハリードの口調が気に入らなかったが、このまま一人でシノンに帰る気には
なれなかった。
「いいわよ。わかったわよ。北にでも行くわよ」
「よし、決まりだ。じゃ、ミュルスからツヴァイクに向かうか」
  ハリードはコインをカウンターにチャリチャリと投げて立ち上がった。

「なによ、お姉ちゃん。あんな意地悪言うことないのに…」
  船の甲板で、サラは柵に手をおきながら文句を言っていた。船の出港にはもう少し時間がか
かるそうだ。
「…まぁ、ムシのイドコロが悪い時なんて、誰にでもあるよ」
  トーマスがやんわりとフォローする。
「きっと、ユリアンがプリンセスガードになったのが気に入らないのよ」
「そうなのか?」
「そうよ。だってほら、ユリアンってモニカ様に会うまでは、お姉ちゃんにああだったじゃな
い」
「…まあな」
「まぁ、確かにユリアンもいい加減だなとは思うけどさ。元からああいう人だったじゃない」
「……………まあな……」
  どうフォローのしようもないので、トーマスはただ頷いた。
「モニカ様みたいな美人に、あの笑顔でにっこり微笑まれてプリンセスガードにぜひ入って下
さいユリアン様、なーんて言われたら、断るユリアンじゃないもの」
「…そうだな」
  なんていうか、その様子のユリアンの表情までも思い浮かんでしまう。
「それで機嫌悪くなって、私にあたらないでほしいわ」
「うーん…」
  どう言って良いものかわからなくて、トーマスは考え込む。
「…まぁ、なんだ…。うん…」
  言葉が見つからないので、トーマスは適当な事を言うしかなかった。


                                                   to be continued..