なんていざこざがあったものの、しばらくしてから、何事もなかったかのようにエレンとハ
リードが、トーマスが世話になっている屋敷に訪ねてきた。
「お姉ちゃん!  どうしたの?」
「サラ。トムに迷惑かけてない?  なんか心配で来ちゃった」
「大丈夫だよ。ここの人もよくしてくれるし…」
  なんだかんだいって仲の良い姉妹である事には変わりがない。二人とも手をとりあって再会
を喜んでいた。
「でも、いきなりどうしたんだ?  ピドナに来るなんて」
「ああ。聖王廟も見飽きたんでな。今度は魔王殿にでも見ようと思ってな」
  ハリードは相変わらず、気まぐれそうに笑った。
「あ…、俺はこれからちょっと用があるんで、失礼するよ。屋敷の中でくつろいでも良いし、
ピドナ見物も悪くないと思うよ」
  トーマスは掛け時計を見ると、すまなさそうに、ちょっと手をあげて慌てて部屋を出て行く。
「…どうしたの?」
  エレンはこそっとサラに耳打ちするように尋ねる。
「…わかんない。なんか、トム、最近よく出回ってるみたいなの…」
「へぇー…。何だろう…」
「…………」
  姉妹は顔を見合わせる。
「……つけてみよっか?」
「うん!」
  エレンの提案に、サラは嬉しそうに頷いた。
「いいのか?  そんなことして」
  呆れてハリードは腰に両手をおいた。
「いいのよ。行こ行こ」
「行く行く」
  そして、姉妹は仲良くトーマスの後をつけるべく出発した。ハリードは、ここにいてもヒマ
なだけなので、それについて行く事にした。


  トーマスはピドナの雑踏をきょろきょろしながら小走りに抜けていく。その後をつける3人。
なんていうか尾行もわりかし面白いかもしれない、などと思いながら物陰に隠れてみたり。
  宿屋に入ってみたり、道具屋に入ってみたりトーマスはあっちこっちと行ったり来りだ。
「何だろうね?  ここ、さっきも通ったじゃない」
「トムもわかってないみたいだけど…」
  物陰からトーマスの様子を伺いながら、姉妹は不思議そうだ。
「あ、こっち見る!」
  慌てて3人は物陰に引っ込んだ。トーマスはちょっと怪訝そうな顔をしたが、すぐに忘れた
ように次の目的地に向かうようだった。
「ふぅー…」
  3人が胸をなでおろした時だった。
「エレン達じゃないか!」
  でかい声が通りからした。
「なっ!?」
「ユリアン!?」
  なんでユリアンがピドナにいるのか。いや、それよりも尾行の真っ最中に大きな声で名前を
呼ばれたくない。
「馬鹿!  ばかばか!  しーっ!」
  エレンは慌てて人差し指を口にあててユリアンに向かってジェスチャーするが…。
「ハリードまでどうしたんだー?」
  のんきにユリアンはゆっくりとこっちに歩いてくる。
「こっちこい!」
  思わずハリードが腕を延ばし、ユリアンをひっつかんで引き寄せる。
「なにす…もがっ!」
  大声でわめきたてようとするから、ハリードにがっちり押さえ付けられてしまった。
「静かにしてユリアン!  今尾行中なの!」
  サラさえも殺気立った目で、人差し指を口につけてユリアンに言う。
「びこう?」
  マヌケた声で聞き返すユリアンに、サラは真剣な表情でうなずき返す。
「いいから、静かにしててよ!  音をたてないで!」
  エレンは、注意深く物陰からトーマスの様子を伺った。彼の後ろ姿が雑踏に消えていくとこ
ろだった。
「よし、見失ってない。行くわよ」
「どこに?」
「いいから!」
  わかってない、というかくわしい説明を受けてないユリアンは困惑顔で聞き返すが、サラに
手を引っ張られ、ともかくついて行く事にした。
「これは…貧民街に向かうようだな…」
「貧民街に…?  何の用なんだろう…?」
  トーマスの目的が見えなくて、好奇心がそそられる。
  スラムと呼ばれる所は、本当は旧市街である。新市街に住むにはお金がかかるので、お金の
ない者はこちらに追いやられるのだ。
「ピドナって大都市かと思ったんだけど、こういう所もあるんだな…」
  ユリアンは複雑な表情で、貧民街の有り様をきょろきょろと見回す。
「世の中、明るい所ばかり住めるとは限らないからな」
  そんなユリアンにハリードが言う。
「あ、あの家に入った」
「あの家がトムの目的地なのかなぁ?」
  姉妹の方は世の中の事情より、トーマスの目的地の方が気になるようであるが。
「そういや、お前、プリンセスガードに入ったんじゃなかったのか?」
  そうハリードが声をかけると、ユリアンは顔をくもらせた。
「…うん…、そうなんだけど…」
「よし、あの家に入ってみましょう!」
  後ろの男たちの会話なんか聞かないで、エレンはぎゅっと拳を握り締めた。
「い、いいの?  大丈夫なのかなぁ…」
「大丈夫よ!  トムは私たちの友達なんだから」
  理由になってるのかなってないのかわからない事を言って、エレンはボロ家の扉の取っ手に
手をかける。
  ばたん。
  やや乱暴にドアを開け放つ。
  そこには、トムと、見知らぬ男。そして、ベッドには目も覚めるような美女がいた。
「エレン!  ユリアン!?  どうしてここに?」
  いきなり出現したエレン達にも驚いたようだが、いきなりユリアンがいる事にはもっと驚い
たようだ。
「なんだね、君たちは?」
  見知らぬ男はこわい顔でエレン達に近づいてくる。
「シャールさん。私の友達です。あ、今、話していたロアーヌでの一件での仲間たちですよ」
  トーマスは見知らぬ男をシャールと呼び、エレン達が赤の他人でない事を説明する。
「でも、どうしてここに?」
「悪いけど、つけさせてもらったの」
「どうして?」
「………なんとなく……」
  そんな理由もないだろうと思うのだが、トーマスは肩をすくめただけで許してくれたようだ
った。
「まあ、こんなにお客さんが来たのは久しぶりだわ。みなさんお入りになって。ロアーヌでの
事をもっとくわしく聞かせてくれません?」
  ベッドにいる美女は優しく微笑んで、4人を招き入れた。
「ミューズ様。こちらがさっき話していた人々全員です。モニカ様はいませんが…」
  トーマスは一人ずつミューズに紹介すると、今度はミューズが自己紹介と、一緒にいるシャ
ールという男を紹介した。
「けど、ユリアン。おまえ、どうしてここに?  プリンセスガードになったんじゃなかったの
か?」
「あ、ああ…。それが……」
「うええぇぇーんっ!」
  激しい泣き声とともに、ドアが勢いよく開かれた。お下げの小さな女の子が、派手に泣いて
いる。
「ミッチ!  どうしたんだ?」
  シャールは驚いて、泣いている女の子に近寄る。
「あのね…あのね、隠れんぼしてたのね…そしたらね…そしたらね……」
  子供なので、言ってる事にあまりつながりがないのだが、それでも聞き出した事によると、
一緒に隠れんぼをしていた男の子が、一人で魔王殿へ行ってしまったらしかった。
「魔王殿は、ならず者やモンスターがたくさんいる魔物の巣窟。そんな所に子供が一人で?」
「大変!  シャール、行ってちょうだい」
「はい」
  ミューズに言われなくても、シャールは出掛ける用意をしていた。
  トーマスはみんなに目で合図をした。みんな、彼が言いたい事がわかったようだ。
「俺たちも行きます」
「え?  ……そうか。助かる」
  突然の申し出にあっけにとられたようだが、シャールはすぐに頷いた。
「魔王殿はこっちだ」
  貧民街を迷いもせずにすすみ、シャールに案内されるがままにすすむ。
「…それにしても、ユリアン。おまえ、プリンセスガードになったんだろ?  どうして、ピド
ナにいるんだ?」
  貧民街を歩きながら、トーマスがユリアンに話しかける。
「あ、そう。そうだよね。どうしたの?」
  サラも不思議そうにユリアンをのぞき込んだ。
「うん…。それがな……。まぁ…しばらくは俺も城で親衛隊としてやってたさ。…生活はかな
り窮屈だったけどな…」
  すぐに表情に出るユリアンなので、彼にとって相当窮屈な生活だったのが見えてくる。
「…そしたらよー、モニカ様はツヴァイク公の息子んとこのお輿入れする事になってなぁ…」
「ほほぉー」
  ハリードは面白そうに相槌をうつ。
「…で…まぁ、俺はプリンセスガードだから、モニカ様の護衛をしなくっちゃなんねぇだろ? 
 そいでー、船に乗ってツヴァイクに向かってたんだけどさ、途中で船がモンスターに襲われて
な。なんとか、モニカ様と船から脱出したんだけど、どこをどう流されたのか、気が付いたら
ツヴァイク周辺の砂浜に打ち上げられてたってワケだ…」
「へぇー。なんか…、色々あったんだねぇ」
  サラはユリアンの話にそんな感想を言った。
「まぁな…」
「なんだ、おまえ割合モニカ姫に気に入られてたようだから、脈もありそうだと思ったんだが、
やっぱり身分の違いはでかかったか」
  ハリードが苦笑しながらそう言うと、ユリアンはやや恨めしげに彼を見上げた。
「…みじけぇ夢だったよ…」
「ふーん…。別にモニカ様にフラれてクビになったワケじゃなかったんだ…」
  サラとしては、モニカ様あたりに手をだそうとしてクビになったのではないかと、ちょっと
思ったりしていたのだが。
「あのなぁ!」
「ごめんごめん、冗談だよ」
  ユリアンに睨まれながら迫られて、サラは笑いながら頭をかかえる。
「ふーん。そんな事があったの」
「あったんだよ」
  少しからかうようなエレンの言葉に、サラの頭をぐいぐいと押し付けながら、ユリアンは不
機嫌そうに答える。
「ふーん…」
「なんだよ?」
「別に」
  エレンはポニテールをひるがえらせて、先に歩いてるシャールの所へ軽やかに小走りする。
「もうやめてよ、ユリアン。さっき謝ったじゃないのよ」
  これ以上頭を押し付けられたら髪形が崩れてしまう。サラがそう言うと、ユリアンはすぐに
やめてくれた。
「しかし、魔王殿っつーのは不気味な所だなー」
  目前にそびえる魔王殿を眺めユリアンは少しまゆをひそめる。
「まぁ、魔王がいた所だしな。俺達もちょっと急ごう。シャールさんとの距離がひらきすぎた
よ」
「そうだな」
  トーマスが笑ってそう言うと、みんなも後に続いた。
  いつまでも一緒にはいられない。それも仕方がない。そう思っていたけれど…。
  それはまだ、先の話になりそうで、トーマスはそれが内心嬉しかった。

                                                                おしまい