ヨソモノ
「…お、俺、知らねえからな!」
  ボブはそう言うと、逃げるように帰って行った。
  僕はあらためて老齢の騎士を見た。もうけっこう歳らしいのに、その人の筋肉は、衰え
というのを知らないみたいに、鍛えられている。
「…その剣はどうやら本物の聖剣らしいな。大変な事になった…」
「えーっ!?  ど、どうしよう…」
  大変な事になっちゃったよう…。
「世界に危険がせまった時に勇者によって引き抜かれるはずの伝説の聖剣だ。…しかし、
君はまだ若すぎる。きっと、聖剣に何かが起こったのだろう…」
「こ、これ差し上げます!」
  僕はこの、すっかり錆び付いてしまった聖剣を差し出した。
「いや、駄目だ。聖剣は力を失ってしまっている。この剣をよみがえらせなければならな
い。それは、剣を抜いた者にしかできないのだ」
「ど、どうすれば…」
「……水の神殿のルサ・ルカ様に聞くといいだろう。もう二〇〇年もこの地を見守り続け
ているお方だ。なにかいい知恵があるかもしれん…」
  途方にくれる僕を見て、老齢の騎士はそう言った。
「ランディ。村長が家に来いってさ」
  そんな時、ネスが、居心地悪そうな口調で、僕にそう言った。
「では、私は用があるので先に行くぞ。私の名はジェマ。神殿で待っているぞ。神殿まで
は、南の大砲屋を使って行けばいい。ではまた」
  そう、ジェマと名乗った騎士は、去って行った。
「早く行けよ」
  ジェマを見送る僕に、ネスがそう言う。僕は仕方なく家へと向かった。
  ドアを開ける。すると、居間には、村の大人たちがたくさん集まっていた。
「村長!  このまま放っておくのか!?」
「そうよ!  このままでは安心できないわ。いつまたモンスターが現れるのか!」
「…………」
  村長は村人たちに責められていた。
「おお、ランディ」
  村長が僕に気づいて声をあげると、他のみんなも僕に注目した。
「困ったことをしてくれた。その聖剣は村の守り神。突然モンスターが現れたのも、その
剣が抜かれてしまったからかもしれぬ」
  村長さんが言ってる間にも、みんなのキツい視線が僕に突き刺さる。
「そうに決まっておる!  このままランディが村におれば、またモンスターが来るぞえ!」
「出て行け!」
  ドンッ!
  一人が僕を突き飛ばした。
「そうだ出て行け!」
「出て行け!」
「出て行け!」
  みんながみんな、僕をにらみつけ、呪文のように出て行けという。みんな、みんな僕の
せいなの?
  みんなの後ろの方で深いため息が聞こえた。
「…残念だが仕方がない。ランディよ、この村から出て行ってもらうことにするよ…」
  トドメの一言だった。元々、この村に僕の居場所はなかった。そして、最後の糸も切れ
た。
「地下に行って、準備をしてきなさい…」
「…………」
  僕は無言で、階段を降りた。みんなのキツい視線を一身に浴びて。
  地下には、村長さんの本当の子供、僕の妹みたいな女の子がいた。
「お兄ちゃん、どこかに行くの?」
  無邪気にそう聞く。僕は、今の心境を悟られないように、笑ってうなずいた。
「いってらっちゃい!」
  僕をお兄ちゃんと慕ってくれている…。それがとてもうれしくて、悲しかった。
  僕は出ていく準備を一通りそろえ、階段をのぼった。
  もうみんなは出ていき、村長さん一人、残っていた。
「…やはりもともとよそ者のおまえを、これ以上わしでもどうすることはできん…」
  村長はじっと僕を見た。
「ランディよ。おまえはもう、忘れてしまっただろうが、おまえがまだ幼かったころ、お
まえは母親とともにどこからかやって来た。だが、おまえの母親はすぐに行方不明になっ
てしまったのだ。わしは身寄りのないおまえを引き取り、今日まで育ててきたが………お
別れだ。きっといつか母親に会えるようにいのっているよ」
  僕は何も言えなかった。
「これを持っていきなさい…」
  そう、いくらかお金を渡してくれた。
「ありがとう…」
「達者でな…」
  外に出ると、村人のキツい視線が次々と突き刺さる。
  道具屋で、最後の旅仕度をするため、寄ったんだけど、やっぱりそこでもキツい視線は
変わりない。
「村長の言い付けだから売ってやるけど、用が済んだらとっとと出て行けよ!」
  一体、僕はなんなんだろう。なんで僕の母さんは僕を置いていったんだろう。
  村の南口。その外は、モンスターが暴れだしているという。
「準備は整ったか?」
  僕がうなずくと、見張りの人は、締めていた扉を開けた。
「村長の命令でおまえはもうこの村に二度と入れないんだ。さあ、行きなさい!」
  村長の命令…。いや、そうなんだよね…。
  僕は振り返らずに、一目さんに走りだした。立ち止まったら、泣いてしまって、涙が止
まらなくなってしまうかもしれないから。

  まだ、剣の扱いになれていない。苦労して、何とかラビをやっつける。
  でも、剣なんて初めてのハズなのに、けっこう自然に体が動くんだよね。
  そろそろジェマの言っていた大砲屋があるはずだけど…。っと、あれかな?  
  ちょっと小高い所に大きな大砲が見える。近づくと、看板に大砲屋と大きく書かれてあ
った。ここか。
  大砲の近くに、メガネ(ゴーグル?)をかけ、ボサボサの頭をした、男がいた。
「えっと…」
「ぐふふ、いらっしゃい」
  僕は少なからずたじろいでしまった。だって、なんか、危なそうな雰囲気がするんだも
ん。
「あのう、あなたは…」
「わし?  わしは世界中をネットワークにまたにかける大砲屋ブロスさね。あんたの分の
お金はジェマさんから、もらってあるよ。水の神殿まで行くかい?」
  そのときの僕って、とても辛気臭い顔をしてたと思う。でも、大砲屋はそんなこと気に
してないようだった。
  しかし、そこまで、伝わっているのにはちょっと驚いた。
  僕は迷わず。うなずいた。
「そうこなくっちゃ。さあさ、大砲に入って」
「え?  大砲に入るって。大砲の口のなかに?」
「そうだよ。入った入った!」
  大砲屋にせかされ、大砲の口の中にはいる。ええ?  ちょっとこれって…
「いくよー!」
「えっえっえっ!?」
  ジジジジジジ…
  な、なんか音がするけど…。そう思った瞬間!
  ズドォォォォオオオォォンッッッ!
「ウワアアァァァァァアアアァァァアアァアッッッッ!!!」
  わあああ、わあああ!?  そ、空飛んでる、飛んでる!
  あ、あれが水の神殿ーっっ!?
  わ、わ、わ、ぶつかるぅ――――っっ!
  ドサッッ!
「あっつつ…」
  でも、想像してたよりは痛くなかった。あの大砲には何か、不思議な魔法か何かをかけ
てあるんだろうな。普通だったら死んでるよ。たぶん。
  そんなことよりも、水の神殿近くには、なにやら、王国の軍隊かなにかが列を組んでい
た。
  なんだろう?  僕は一番はしっこにいる兵士にそっと話しかける。
「あ、あの、なんの軍隊なんです?」
「我々か?  我々は、パンドーラ王国の魔女討伐隊だ。妖魔の森の悪い魔女を退治しに行
くんだ」
  パンドーラ王国!  パンドーラ王国って言ったらすごい大きな国じゃないか!  
  僕は、彼らをたばねている隊長らしき男の人を見た。僕よりちょっとばかし年上みたい
だ。金髪で、りりしい顔立ちをしている。
  僕がその人をぼんやり見ていると、兵士の一人が、こう説明してくれた。
「すごいんだぜ、あの人は。ディラックさんって言うんだけど、生きて帰って来れるかど
うかもわからないのに、イヤな顔ひとつしない。偉いよなあ」
  本当だなあ…。あんなに若いのに…。こんな僕とは全然違うよ…。
「ディラック少佐!  準備が整いました」
「よし!  では出発だ!  油断するなよ」
  ザッザッザッと、列を組んで、その隊は妖魔の森へと続いているらしい、ワープゾーン
に入って行った。
  僕は、しばらくそれを見てたけど、ジェマとの約束を思い出して、水の神殿へと向かっ
た。
  水の神殿は、きれいな水に囲まれた、美しい神殿だった。
  神殿の入り口にはジェマがいた。
「待ってたぞ。では行こう」
  え、あのちょっと待って…。
  なんて言うヒマなく、ジェマは早くも中へと入ってしまった。
  な、なんかこういうのって、入るのに勇気いるなあ…。
  恐る恐る、中に入ると、中も水がはってあった。内装は、いかにも神殿って感じだなあ
…。
  ジェマとはぐれた僕は、とりあえず、こっちかなって思う方に歩いて行った。まあ、迷
うほど道があるわけじゃないけどね。
  しばらく進むと、祭壇らしき場所に来た。
  おかしいな。ルサ・ルカ様がいるはずなんだけどなあ…。でも、二〇〇歳ってことは二
〇〇年生きてるってことなんだよね。ちょっと僕には想像できないな。
  ルカ様らしき人がいなくて、代わり女の子が一人、静かに祭壇の前でたたずんでいた。
巫女さん…かな…?
  薄青の髪の毛で腰まで届いている。薄い水色の服。なんか、神秘的な女の子だな。可愛
いし…。そうだ。あの子に聞いてみようっと。
「……あの……ねえ、君。ルカ様はどこ?」
  そう、その女の子に話しかけると、違う橋からジェマがやって来た。僕より先に入った
ハズなのに…。
「これ!  失礼な!  ……お久しぶりです。ルカ様」
「えっ!?  じゃ、じゃあこの女の子が二〇〇歳のおばあちゃん 」
  本当に!?  僕が想像していたよりも全然若い!
「ほっほっほっ。久しぶりじゃのうジェマよ」
  呆然としてる僕を、よそに、ルカ様は笑っている。はー…。声とか姿とかそこらへんの
可愛い女の子なのに、口調は歳よりなんだ…。
「それよりルカ様。聖剣がこのほど、この少年によって抜かれました」
「うむ…。知っておる」
「え?  な、なんで?」
  まだそんな事は何も話してないのに…。
「なに。わしはな、水を通して世界中の物事を知る事ができるでな」
  はー、すごい…。
「……おぬし…名は?」
「…その……。ランディ…です…」
「そうか。ではランディよ、おぬし、なにをそんなにおびえている?」
  ルカ様はすべてを見抜いたような瞳で僕を見た。
「……あ、その……。その…僕は…一体…何者で…。これから…どうすれば…良いんでし
ょう…?」
  僕はその瞳に耐えられなくて、どうも視線をそらしがちに、おずおずと尋ねた。
「…まずは、その聖剣を鍛える事だな。ガイアのへそに腕利きのドワーフの鍛冶屋がいる
と聞く。聖剣をそこで鍛えてもらうと良かろう。錆くらいはとってくれる。…それから、
おまえが何者かという質問じゃが…。…わしもそこまではなんとも言えぬ。…それは、お
ぬしが見つける事じゃな」
「……………僕が…」
  錆びた剣を握りしめて、僕は複雑な気分でそれを見る。
「………ランディ…。もうわかっているのであろう?  後戻りできぬと。ならば、進むし
かあるまい」
「…で、でも…」
  未だふんぎりがつかない僕に、ルカ様はなるたけ優しい声をかけてくれた。
「求めよ。さらば救われん。昔からある言葉じゃ。道を求めるんじゃ。さすれば、おのず
と見えてこよう。おぬしの道が」
「…ほ、本当…に…?」
  不安で仕方がない僕の問いに、ルカ様はゆっくりうなずいた。
「行け。そのうちおぬしの道がきっと見つかる」
「……………は…はい…」
  僕は目をぎゅっとつぶってから、小さくうなずいた。…きっと、僕には、そうするしか
ないんだろうな…。
「まずはガイアのヘソに向かえ。ガイアのヘソへは南のパンドーラ王国を抜けていくと良
いだろう。パンドーラには私も用があるから、そこでまた落ち合おう」
  僕らのやりとりを聞いていたジェマはそう言って、次に行く道を教えてくれた。
「大丈夫だ。あのアリの化け物を倒したのは君じゃないか。もっと自信を持つんだ」
「……はい…。ありがとうございます…」
  励ましてくれる言葉がうれしくて、僕は静かに頭を下げた。

                                                          to be continued..