セイケン
「おーい、みんな、待ってくれよう」
  僕は丸太橋を恐る恐る渡っている。ボブとネスは、もうあんな遠くにいる。
「ランディのグズ!  見つかったらまた村長に怒られるだろ!」
  大柄なボブが、僕を邪魔そうににらみつけた。それに、ネスが同調する。
「そうだよ!  村の掟じゃ、ここに来ちゃいけない事になってるんだぜ。何でもオバケが
出るとか…」
  オバケか…。やだなあ…。
「ふふん、大人たちも幼稚だよな。そう言えば俺らが、怖がって近づかないだろうと思う
んだから」
  ボブはそう、馬鹿にしたような笑いをした。
「でも、ばあちゃんが昔、滝で光り輝く物を見たってさ。きっとすごい宝があるんだぜ」
「さあ、先を急ごう」
  その時だった。かねてからバランスを崩しがちだった僕は、湿気に足を滑らせた!
「アッ、ワッわっ!  落ちる!」
  必死に橋をつかんだけれど、僕は手を滑らせ、真っ逆さまに落っこちて行った。

  バシャアンッッ!
  僕は滝壺に落っこちた。慌てて水面に顔を出す。
「プハァッッ」
  ふぅ…。息ができる。下が滝壺で良かった。
  何とか浅い所まで泳ぎ着いたけれど…。僕が落ちた所に上るには絶望的な高さだった。
  どうしよう…。
  ここは、村の近くに流れてる川の上流らへんに間違いないと思う。
  とにかく、村に戻らないと。下流に行けば戻れると思う。僕はそう考えて、下流と思わ
れる方に歩いて行った。
  ずっと川につかってるワケにはいかないので、僕は早々に陸地に上った。
  あーあ…。服がビショビショだ…。また叱られるのかな…。
  僕が憂鬱な気持ちで、歩いていると…、
『…ランディ…、ランディよ…』
「え?」
  誰かが僕を呼んだような気がする。でも、辺りには誰もいない。おかしいな。
  えっと、川の場所からにして、村の方向はあっち…かな?
  と、思ったんだけど、高い草が邪魔して行けない。
  おまけに引っこ抜けないくらいに強い。困ったな。これじゃ村に帰れない。なにか、刈
る物でもないかな…。
『ランディ…、ランディ…』
「?」
  また僕を呼ぶ声がする。空耳にしてはハッキリしてるしな…。どうやら川の方かららし
いんだけど、川に人間がいるわけがない。
  でも、何だろう?
  僕は興味にかられて、川の方へ歩いた。すると、一本の錆びた剣が岩に刺さってあった。
  あれがあれば、あの草が刈れるなぁ…。そう思った僕は剣に近づいた。
『…ランディよ……、さあ……。剣を…抜くのだ…』
「???」
  さっきの不思議な声が剣からするのだ。???  どうなってるんだ?
  ともかく、剣を抜かないと草が刈れない。
  僕はしっかり剣の柄をもち、力を込めて引き抜いた。
「ん〜っ!」
  剣がグラッと動き、きれいに抜けた。
「いてっ」
  僕は勢いあまってしりもちをついてしまった。気が付くと、目の前に騎士らしい、男の
人が立っていた。
  その男の人、す、透けてる!?
「お、おばけだっ!」
  その男の人のオバケ。表情ひとつ動かさず、
『ランディよ……、剣を、剣を頼んだぞ…』
  そう言って消えたんだ!
  その途端、剣からめちゃくちゃ眩しい光りが発せられた。
「うわっ、眩しい!」
  目の前真っ白!
  あまりの眩しさ。何がなんだかわからないくらいに眩しい。僕は尻餅をついたまま。
  どれくらいたったんだろうか。光りがやっと薄れていき、まだチカチカする目をこする。
  で、でもなんでオバケが僕の名前を…。僕は川の冷たさも手伝って、背筋がゾクゾクし
てきた。
「…む、村に帰ろ!」
  僕は早くこの場所から逃げ出したかったから、さっさとこの川を後にした。
  ザックザクと草を刈り取り、その草むらを越えた時に、目の前に、黄色い大きめのウサ
ギがいたんだ!
「ラ、ラビ!?  どうしてここに!?  やばいぞ」
  いつもはもっと深い山の中にいるハズなのに!  可愛らしい姿をしてるけど、コイツは
れっきとしたモンスター。
  ラビは僕を見つけるやいなや、すぐに大きな口を開けて、噛み付こう飛びかかってくる
じゃないか!
「うわっ!  くっ来るな!」
  僕は必死になって、この錆びた剣を振り回した。
  バシッッ!
  目茶苦茶振り回したのが良かったのか、ラビに剣が当たった。やったかな 
  でも、ラビは起き上がり、猛然と突っ込んでくる。
  う、うわーっっ!
  剣を必死に振り回したけれど、ラビは身軽に避けて、僕の足にかみついた。
「イタッッ!」
  こンのっ!  
  カッとなった僕は、ラビ目がけて剣を振り下ろした。
  バシュッッ!
  ラビは、その場に力無く倒れた。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
  僕は肩で息をして、すこし、呼吸を整える。…はぁ…。しかし、なんでいきなりラビが?  
モンスターだから、ヒトを襲うは襲うけど、そう襲ってくるモンスターじゃないのに…。
  ……。考えてもわからない事だったので、僕は村に向かう事にした。

  村までのみちのりには、ラビがはびこっていた。
「えいっ、くそぉっ!」
  夢中になって、襲いかかってくるラビたちを、剣で叩いていく。
「イテッッ!」
  腕に激痛!  くっそ、ラビのヤツ、腕に噛み付きやがって!
「このやろっ!」
  僕は必死になって、襲いくるラビたちを、倒しまわった。中には、どこから奪ったのか、
まんまるドロップまで持ってるラビもいた。
  ラビ倒しに、いい加減腕が疲れてきた頃、やっと、ポトス村が見えて来た。
  なんだか、見慣れてる風景がいやになつかしく思える。
「おや、ランディ。さっき、山から眩しい光りが見えたけど、どうしたんだい?」
  山からやって来た僕を、ボブのお祖母さんが、そう聞いてきた。どうせ、本当の事言っ
ても信じてくれないだろうからなあ…。
  僕は曖昧な笑みを浮かべて、首をふった。
  お祖母さんは、ちょっと不機嫌そうな顔をした。どう答えても、良い顔しないことくら
い、僕はもうわかりきっていた…。
「あたしゃ、なんだか縁起でもないことが起こりそうな気がするよ!  くわばらくわばら
…」
  お祖母さんは、そう言うと、家の中に入っていった。
「まあ、ランディ!  そんな剣なんか振り回して!  村長さんに言い付けますよ!」
「村長さまが探してたわよ。またなんか悪さでもしたの?」
  ……………。
  僕は、村じゃ『よそ者』として見られていない。僕がこの村の生まれじゃないから。誰
も、対等に見てはくれない。
  学校だってそう。今は夏休みだから、無いんだけど…。
  村長さん…。ポトス村の村長。僕の育ての親。僕に優しくしてくれる、唯一の大人。
  探してたのか…。帰らないといけないな。
  家路の途中、酒場の前で、年下の子に会った。酒場の息子だ。なにやら酒場をのぞいて
る。
「どうしたの?」
「あ、ランディ。酒場に見慣れない男がいるんだ。目付きが悪くてなんだか気味が悪くて
よ」
  男?  誰だろう。こんな山奥の村に来る人なんて滅多にいないのに。
  ちょっとだけ、僕ものぞくと、なるほど五〇代の老齢の騎士らしい人が、カウンターに
座ってる。言われてみれば、なんだか気味が悪い。こんなへんぴな村に何の用だろう。
  僕は酒場に入る勇気もないまま、家に向かった。
「おい、ランディ。さっきボブたちが血相変えて走って来たぜ。なんかあったのか?」
  ボブたちが?  そうか。それで探してたんだ。
  ふと見ると、村の入り口で、見張ってる人たちがいる。立ち話を聞いてると、どうやら
モンスターがいきなり暴れだしたらしいとのこと。
  や、やっぱりこの剣を抜いたのがいけなかったのかな…。
  とにかく家に戻ることにした。家の前ではボブたちと、村長さんがいる。
「おお、ランディ!  無事だったか。今ボブたちから話を聞いたところだ」
「ひゃー、一時はどうなるかと思ったぜ。手間かけさせやがって、このドジ」
「だから、こんなヤツ連れて行くのはイヤだったんだ。ケッ!」
  …ついてこいって言ったのはボブじゃないか…。
「バカモン!  あそこは行ってはならんと言っておいただろうが!  まったくこのワルガ
キどもが!」
  パンパンパンッ!  僕らは次々と、殴られてしまった。いってて…。
  と、村長さんは僕の持っている剣に気づいた。
「ん?  あ、ラ、ランディそれは…、その手に持ってるのは…そ、それは…いやまさか!」
「おお   おまえお宝を見つけたのか!」
「なかなかやるじゃんか!」
  だけど、村長さんの様子がおかしい…。
「あ、あ…、なんて事だ…。聖剣が抜かれてしまった!  誰にも抜けないと思ってたのに
…」
「げげーっ!  せ、聖剣!?  聞いたことがある。…抜かれたら、村は全滅だとかいう言い
伝えを…」
  ネスがこの剣を指さしながら、あわあわ言ってる。ええ?  そんな大切な物だったの?
「まさか、ランディが抜いてしまうとは…。伝説では聖剣が、この村を守ってくださると
されている。それが今抜かれてしまった…」
「馬鹿野郎!  なんてことしてくれたんだ!  だからモンスターが暴れだしたんだな!」
  そんな!
「おまえみたいなよそ者が抜いちまったら、おしまいだ!  えーい、おまえなんか!」
  ボカッ!
  わけがわかるやいなや、よくわからない理由でボブは僕を殴りつけた。
「う、うわ、やめろよ!」
「うるせえ!」
  僕は殴られた頬を押さえ、とにかく逃げ出した。ボブのパンチは強烈なんだもん。
「待ちやがれ!」
  待てと言われても、待ったりしたら…。
  足がもつれるように走ってたもんだから、僕はつまずいてしまった。
「うわっ!」
  ずべっ!
  しまった!
  もう、遅い。僕はボブに捕まり、襟首つかまれ、高々と上げられてしまった。く、苦し
…。
  不意に、地震がおこった。
  ゴゴゴゴゴゴッッッ…
「な、なんだなん…」
  バカァッッ!
  いきなり、僕らのいる場所が地割れを起こした。
「うわああっっ!」
  ボブは真っ逆さま。僕は辛うじてしがみついたけれど、つかんでいた草が抜け、僕も真
っ逆さま。
「わああああーっっ!」
  ドサッ
「イタタタ…」
  したたに打ったお尻をさすり、周りを見渡す。そこは、運動場くらいはある、空間。
  地下にこんな広い所が?
「イッテテテ…。おい、ランディ!」
  ボブは僕のせいだと言わんばかりに僕の襟首をつかんだ時だった。
「グルルルルルル…」
  聞いたこともない声。見ると…。
「わああっ!?」
「げっ!?」
  巨大なカマキリが、鋭いカマを構え(シャレじゃないよ!)僕らをねらってる!
「わ、わああぁぁあぁっ!  お、おまえ剣持ってるんだろ!  何とかしろよ!」
  ボブはすっかり腰を抜かし、しまいには頭を抱えて、ガクガク震え出した。
  ええええ!?  そんなっ!
  巨大なカマキリは、容赦なく僕を切りつけようとする。
「おーい、聞こえるか?  いいか、落ち着いて、敵の動きをよく見るんだ!  スキをつけ!」
  上の穴から鋭い声がする。相手の弱点…。
「キシャアアアアッッ!」
  そのカマキリ。バッと大きく飛び上がった!  なんて飛躍力なんだ!
  落ちてくると同時に攻撃するつもりらしい。くそっ、その手に乗ってたまるか!
  カマキリの攻撃を辛うじて避け、思いきり剣を振り下ろす。
  ガキィッ!
  なんと、そのカマキリ。自分のカマを盾として、防御してるじゃないか!  おまけにそ
のカマときたら、とても固くて、剣を持ってる手がしびれてしまった。
  ガツッ!
「うわあっ!」
  僕はそいつのカマに殴られ、吹っ飛ばされた。
「落ち着け!」
  頭上からの声。落ち着け…。弱点を見つけなきゃ!  あのカマ以外。あのカマ以外をや
っつけなきゃ!
「キシャアッ!」
  カマキリは、バッとカマを振り上げた。目の前に、カマとは対照的に柔らかそうな胸が
目についた。あそこだ!
  僕は、無防備となった胸に、剣を思いきり突き刺した。
「グアァアァアアッッッ!!」
  耳をつんざく断末魔をあげ、その巨大なカマキリは息絶えた。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ…」
  冷や汗が次から次ぎと流れ出て、足はもうガクガク。そいつが倒れると、僕もつられた
ように、ひざをついた。
  もう、全身の力が抜けるかと思ったくらいに。
「よくやった!  待ってろ、今、引っ張りあげてやろう」
  その声の人は穴からヒモをたらしてくれた。
  僕とボブは、そのヒモをつたい、上へと上って行った。

                                                          to be continued..