Dizzy "1"

「やっぱり…。料理のできる女の子の方が良いかなぁ?」
  ランチ中。私がぽそりと言うと、目の前のリースは少し首をかしげた。
「…そうです…ねぇ。やっぱり、できるに越した事はないんじゃないでしょうか」
「やっぱり?  そう思う?」
「ええ。そりゃあ、できないより、できる方が良いと思います。でも、どうして?」
  最後の紅茶を飲み干して、リースは私を真っすぐ見つめた。
「…いやさ。やっぱりさ。男って、料理のできる女の方が良いのかなって思ってさ」
「………そうですねぇ…」
  なんとも答えられないらしく、リースも困ったように顎に手をやった。
「徹夜で作りましたの。お召し上がりになって下さいませね」
「うちのシェフの腕は一番です」
「特別にマルチネで作らせましたの。ぜひ…」
  背の高い女をとりまいて、女の子達がわいのわいの騒いでいる。
「ありがとう。おいしくいただくよ」
  きれいな男の子に見える顔だけど、彼女はれっきとした女。だって、ここは女子大だも
の。
  背が高くて、美形顔で。そういう女の子に人気な女。ああいうのって女子校だけだと思
ってたんだけど…。とくにとりまく方とか。
「ね?  ああいうの見ると、料理でつるって作戦もあると思うのよ」
「はあ…」
  リースは随分と気のぬけた声をだした。


  なんか、最近、思うようにいかないわ。
  ため息をついて、ケータイを投げ出す。デュランの番号を登録はしたけれど。それを眺
めるばかりでかける勇気もなくって。たとえ、かけたとしても、何を話せば良いかわから
ないし、かける理由も見つからない。
  今は…テスト期間なんだっけか…?  ウチと時期が違うからなぁ…。ウチとこは休みあ
けにテストだのレポート提出などが待っていたりする。なにも休みで頭からすべて抜けた
状態でテストしなくても、とは思うけど。
  でも…。でもさ、あのホークアイのヤツがリースねらってるから、あたし経由でまたダ
ブルデートとか誘ってくんないかなー。リースの事だから、自分の携帯番号、教えてない
と思うんだよね。あのコ、ガード固いし。
  待ってるだけってのも、なんかすごく芸がないとはわかってる。なにか行動を起こした
いと思いつつ、勇気がでない。それに、押して押しまくって、嫌われるのは絶対イヤダ。
  …料理…か…。
  あのランチのあと、とりあえず、料理関係の本を2、3冊買ってみたんだけど…。2、
3ページめくって投げちゃった。
  美味しそうだなーとか思うの。家庭的なヤツとか良さそうだと思うの。
  とりあえず、デュランの好物さえ知らない事はわかった。
  んー…。
  いいや。今はとりあえずあとまわし。なにも今すぐ行動を起こす必要はないはずだもの。
  そう思って、ベッドから身を起こした時。携帯から着メロが流れてきた。
  ホークアイからだ。
「はい?」
「よお。そっちはテスト終わったのかー?」
  相変わらず軽い声。
「まだよ。ウチは休みあけにテストがあるの」
「へぇ。またかったるい時期にやるもんだな」
「まぁね。それで、なんなの?」
「なに。来週さ、デュランの剣の試合があるんだよ。それに来ないかって。もちろん、例
のあの子も一緒にさ」
「……………………」
「………?  どしたの?  なんか、用事でもあるのか?」
「絶対行く!  絶っ対行くから!  覚悟してなさいよ!」
「え!?  なにを…」
  プツッ。
「あっ!」
  私は相当興奮しちゃって、思わず携帯を切ってしまった。慌ててかけなおしたのは言う
までもない。


  努力はした。
  努力はしたのよ。
「…………」
  ウチのコックは無言でため息をついて首をふった。
  早起きだってした。いくらなんでも、3時間かければ少しはマシなものだってできると
思ったのに。
「…もう少しで時間ですね。今日は…もう、あきらめた方がよろしいのでは…」
  コックは私に気を使ってやんわりと言う。
  かなり良い食材を使って作ったモノは、食べ物とは言い難い異臭を発し、異形に変形し、
色も変になっていた。
  デュランの事だから、料理のできなそうな女くらいのレッテルは貼ってるかと思って。
それを見返してやろうと思ったけど…。
  現実は甘くなかった。
「…ここの片付けは私がしておきます。約束の時間まで、あと、20分でしたっけ?  お
急ぎ下さい」
「………ありがとう…」
  ため息と一緒に言葉をはきだして、私は着替えをしに自室に戻った。


「デュランさんって、剣術の世界では有名な方なんですね」
「え?  そうなの」
  私は運転しながら、思わずリースの方を見た。
「前を見て下さい。お願いですから」
「ごめん…」
「ええ。ほら、私、槍術をやってるでしょう。それで、そういう雑誌は購入してるんです。
だから、剣術の方もあると思って、買ってみたんです。そしたら、その世界では有名らし
いですよ」
  …そういえば、興信所に調べさせた時、そんな事を言ったな…。
「けど、槍術の雑誌だって、マイナーなのに、剣術だってマイナーなんでしょ?」
  …まさか…。もしや…。
「同じ武術の事ですもの。私も興味あります」
  なにぃーっ!?
「まさかリース!」
「お願いですから、前!」
「ああ、ご、ごめん!」
  ガードレールにぶつかりそうになり、慌ててハンドルをきる。い、今のは、ちょっと…
怖かったな…。
「…もう、大丈夫ですよ。私はあの方をそういう対象として見てるわけではないんですか
ら」
  苦笑するリースを私は横目で見た。
  …あの方ねぇ…。
  まぁ、そうなんだろうなとは思う。リースはおとなしそうな外見ながらも、槍術は相当
なもんで、女子の部で、高校、大学とトップクラスの成績をおさめてるほどのモノ。
  今時、武術なんてあんましはやらないからね。同じ系統をやってる者として興味がわく
のもわかる。…わかるんだけどさ…。なんかこう、割り切れないのよねぇ…。


「また車変えたのか。…けど…、ほー。レダシィかぁ。これまたけっこーいークルマ乗っ
てんなぁ…」
  ホークアイは私が乗ってきた車をすみずみ眺めた。待ち合わせ場所に向かうと、彼は一
人で待っていた。
「デュランは?」
「一緒にいるわけねぇだろ?  今頃、武道館で準備運動してもしてんじゃねーの?」
「あそっか…」
  そうよね…。
「けど、決勝って、武道館でやるんでしょ?  ここは…」
  何故かうちの大学。
「ここはただの待ち合わせ場所。あんたらなら、車で来るだろうと思ってさ。駐車する場
所ないと困るだろ。武道館の駐車場はただの観客じゃ使えないし」
「そう。じゃ、どうやって行くの?」
「んなもん、地下鉄使って行くに決まってんだろ」
「え!?  地下鉄!?」
「なんだよ、まさか使ったことないなんて言うんじゃねーだろーな」
「そんなの使った事ないわよ!」
「私もです」
「………………」
  ホークアイは一瞬絶句して、私たちを見た。けれど、すぐに息をつく。
「…そっか…。ちょっとそんなこともあるかもなーとか思ってたんだけど…。そうだった
んだ。ま、いいや。こいよ。行こうぜ」
  思わず、私とリースは顔を見合わせた。
「あんたらんとこの大学って、いートコ立ってんだぜー?  駅までは徒歩5分で行けてよ
ー」
「ふーん…」
  電車を使って通学する学生だって少なくない。けど、やっぱり送迎専用の車でくる学生
もかなりいるのは確かだし。
「…駅ビルには何度も入ったけど、駅に入るのって初めてね」
「そうですね」
「…………………」
  ホークアイは何か言いたそうな目で私たちの会話を聞いている。
「電車に乗るのに、切符を買うのよね」
「そう、ですよね…」
「ねぇ、切符ってどう買うのかしら?」
  いつも用意してくれたものを使うだけだったし、駅というと、新幹線や特急くらいしか
使った事なかったし。
「…さあ…。テレビだと、販売機があるようなんですけど…」
「販売機?  自動販売機で?  …もしかして、カード使えない?」
「使えないと困りますねぇ…」
「……………」
「どうしたのよ、頭かかえて」
「頭痛がするんですか?」
  ホークアイはなにやら頭をかかえて立ち止まってしまった。
「あ…あのなぁ…。おまえら、小銭くらい持ってるんだろ?」
「ええまあ」
「そりゃあね」
「なら、それ使えば良いんだよ」
「ふーん…」
「ホークアイさんて物知りですねぇ」
「…………………」
  せっかくリースがほめたのに、なぜかホークアイは引きつった顔をした。

                                                          to be continued..