温泉
  獣人達のペースは早い。しまいには車椅子は他のだれかにもってもらい、ラヴィアン
はケヴィンに背負われて、あっと言う間にビーストキングダムまでついてしまった。
  怖そうに見えた獣人達だが、意外に陽気である。
「親父!」
  なにやら偉そうな毛皮に身を包んだルガーが、城門でケヴィンを待っていた。どうや
ら知らせは行っていたようである。
「ルガー!」
  ラヴィアンの記憶にあるルガーよりも精悍さがなく、どこか元気がないような気がし
たが、それでもケヴィンに会えて嬉しそうである。
「どうしたんだよ、鳥も使わずに帰ってくるなんて」
「うん。ラヴィアンに、温泉につかってもらおうと思ってな」
  言って、背中に背負ったラヴィアンを見せる。ルガーはそれを見た途端、ハッと息を
呑み、そして、なにか言葉を探しているようだった。
「ともかく。中でゆっくり話そう。ここで立ち話もなんだし」
「そ……そうだな…」
  ちらちらとラヴィアンを見て、すまなそうな瞳できょろきょろと視線を走らせる。急
に落ち着きがなくなったようである。
  車椅子にラヴィアンを乗せ、カラカラと押す。二言三言、ケヴィンとなにか話してい
るようである。
  そして、彼らは私室に通される。どうやら王の私室らしく、なんだかやたらと広い。
壁にはなにか怖そうな獣の剥製がかかっていたり、じゅうたんの代わりにケモノの毛皮
がしいてあったりしている。
「ウェンデルほどのお茶はないけど、いいよな?」
  まるで自分の部屋のように戸棚からポットだのカップだの取り出して、自分でがちゃ
がちゃ用意しはじめる。
「いいよ、親父。オレがやるから…」
「うん?  そうか」
  そう言われたので、それにしたがってケヴィンはお茶の用意をやめた。どこだって相
変わらずな人だなぁ、などと思うラヴィアン。
「ソファの方が良いだろ?  車椅子より少しは柔らかいし」
  そう言って、ケヴィンはラヴィアンを抱き抱えて、ソファに移動させた。
  しばらく他愛ない話をしているケヴィンとラヴィアン。
  やがて、お茶の用意ができた。しばらくお茶を飲み、沈黙があった。
「……その、ラヴィアン…オレ……」
  沈黙をやぶって、話しだしたのはルガーだった。包帯だらけのラヴィアンを真っすぐ
見る事ができずに、ルガーの言葉は濁ってるばかり。
「…ルガー。…痩せたね」
「うん?  ……そうか…?  やっぱ…そう思うか…?」
  少し自嘲して、たれてきた前髪をかきあげる。
「……その…。ごめんな…。謝って…すむ問題じゃないのは…わかってるんだけど…」
  目をぎゅっととぶって、ルガーが深く頭をたれる。そんな彼を見て、ラヴィアンは静
かに話し出す。
「…あたしもさ。一時はおかあさんに八つ当たりしてさ、荒れてたの。たぶん痩せてた。
食べたくなかったし、死んじゃいたかった」
「………………」
「でもさ。あたしまだ読みたい本たくさんあったし。少しでも体が動かせるならやって
みようと思ったの。その時はまるで体が動かなかったんだけどさ。今では、ほら、なん
とか手は動かせるし、上半身、かなり動かせるようになったんだ。足は、まだだけど、
でも、これでもリハビリしてるんだよ」
「うん。寝たきりだったのに、こんなに動けるようになったんだ。オレも驚いた」
  ケヴィンがにこにこと話の相槌をうつ。
「あのときのことは、あたし、自業自得だと思ってる。だって、あたし人の話、あのと
き全然聞いてなかったし、一人で突っ走ってただけだし。ルガーの話も何一つ、聞いて
なかった」
「…………………」
  複雑そうな瞳でラヴィアンを見る。
「あのときはルガーが憎いって思ってた。聖域の時の事だけど。なんていうか、あたし
の邪魔をする壁みたいな感じだった」
  実際、ラヴィアンの今の後遺症はルガーのせいと言っても実は過言ではなかった。ル
ガーの攻撃は強力で、半端ではなかった。そのダメージで弱ってるところに雷でうたれ
たのである。色々重なって、今のラヴィアンは障害者となっていた。
「…別に怒ってなんかいないんだよ、あたし。きちんと落ち着いて話を聞けば、戦いに
ならなかった事だし。自業自得なのに、他のだれかが悪いなんてことないよ。シャルロ
ットが言ってたよ。誰かを責めて解決する問題じゃないって。……それから言うなら、
あたしがあたしを責めるのもそうなんだけど、ルガーも自分を責めて解決する問題じゃ
ないんだと思う……」
「……ラヴィアン………許して…くれるのか…?」
  上目使いにラヴィアンを見る。
「許すも許さないも。あたしは怒ってないもん」
「…でも、その…ケガ…さしちまったのは…オレ…なんだぞ?」
「だから怒ってないんだってば。犬だって殴ればかみつくよ。それと似たような事をし
ただけじゃない」
「……………」
  無言で口のあたりで手をおさえ、複雑そうにラヴィアンを見る。
「…ルガー。言ったろう?  ラヴィアンは怒ってないんだって。そりゃ、ケガさせとい
て本当に知らんぷりな無神経なら、オレは許さないけど。でも、だからって落ち込んで
ばかりもいられないじゃないか」
  悩んで、苦しんできたルガーを見ていたケヴィンがそう言う。
「ラヴィアンは覚えてないと思うけど。あれからルガーはしばらくウェンデルにいてね、
アンジェラと一緒に介護してたんだ。次期獣人王になんなきゃいけなかったから、ビー
ストキングダムに戻ったんだけど」
「……そうだったの?」
「そうだったんだよ」
  尋ねるラヴィアンに、ケヴィンは大きくうなずいた。ボロボロになったアンジェラと
ルガーを見て、ケヴィンは本当に心を痛めたものだが。
「ここにラヴィアンを連れてきたのはね、あの温泉に入ってもらおうと思って。今も元
気になったけど、あれにつかったらきっともっと元気になるよ」
「そ……そうか…。そうだよな…あの温泉…本当によく効くし……」
  少し涙ぐんだ瞳をぬぐって、ルガーはやっと顔をあげる。
「ルガー。ラヴィアンは元気になったよ。こうしてきちんと話せるし、車椅子でを使っ
て自分で行きたいところに行けるんだ。これって、あのときから考えたら、すごい事じ
ゃないか?」
「……う、うん…。そう、そうだよな…」
「反省も大事だけど、次の事を考えるのも大事だと思うよ」
  にっこりほほ笑むケヴィンを見て、ルガーはまたうつむいてしまった。鼻をすすって
いるところを見ると、すこし泣いてるらしい。
「…うん…。そうだね。ケヴィンさんを見てると本当にそう思うよ」
「そうか?」
  ラヴィアンはケヴィンを見ながらそう言った。あきれるほど前向きなその姿は、確か
に見習うところがありそうである。
「でも…ラヴィアン…」
「うん?」
「やっぱり、謝らせてくれ。…あのときは、本当にごめん…」
「だから…」
  言いかけて、ケヴィンにちょっと背中をこつかれる。謝らせてやれ。そう言いたいよ
うである。
「……うん……。わかった…」
  少し目をふせて、ラヴィアンは小さくほほ笑んだようである。


「さあ、温泉だ温泉!」
  城で一泊したあと、温泉に入る事になってしまった。本当はイヤなのだが、ケヴィン
をはじめ、獣人達みんながみんなしてすすめるものだから、入らざるをえなくなってし
まった。
  着替えは、近くに用意もらえば自分で何とかできる。水着に着替えて、上着を羽織る
と、ケヴィンにかつがれて、なにやら険しい岩山の前に。
「……温泉って…。もしかして…この上…?」
「そうだよ。ま、すぐだから、つかまっててね」
  にこっと笑って、ケヴィンはひょいひょいと岩山をのぼりはじめる。確かにケヴィン
ならすぐだろうけど…。
「ここだよ」
  確かにそんなに時間はかかっていなかったようであるが…。
  もうもうと白い湯気がたちこめ、けっこう硫黄くさい。かなり広く、確かにケモノや
らモンスターやらもお湯につかっているようである。
「良い湯加減だね…」
  そっと白いお湯に手をつける。
「じゃ、先に入っててね」
  そう言って、ケヴィンはゆっくりとラヴィアンを温泉に入れてくれた。温泉はけっこ
う深く、ケヴィンはちょうどよく腰掛けられるところに入れてくれる。
  確かに湯加減は良いし、気持ちがいいし、良い温泉である。タオルをぎゅっとしぼっ
て、顔をふく。ちなみに長かった髪の毛は最近はずっと短く切っている。
  お湯に映る自分の醜い顔はあまり見たくなかったから、周りに目をやる。
  するとケヴィンがすぱすぱすぱっと着てるものを脱いで腰にタオルだけまいてやって
くる。一瞬羞恥心がないのかと思ってしまったが、水着を着て温泉に入っているのはラ
ヴィアンだけだというのにも気づく。
「ふあーっ。やっぱりここの温泉はいつ来てもいいなぁ」
  ケヴィンはそう言って、肩までつかる。
「いいだろ?  ここは」
「うん」
  今度はラヴィアンを見て笑いかけてくる。
  ふと、ケヴィンの身体を見てみる。筋骨隆々として、濡れて肌がてかっているようで
ある。そして、大きいのやら小さいのやらあちこちに傷がたくさんある。別に今まで長
袖を着ていたわけじゃないので、彼がたくましい事や、傷が多いのは知ってはいたけど、
改めてみるとけっこうすごい。
「なに?」
「あ。いや…傷が多いなと思って…」
「ああ。マナがあった時は魔法で治してたけど、今はもうそんなの無理だからね。ケガ
してもそのまんまにしてたら、こうなっちゃったね」
  腕にできた傷をながめてそう言う。
「男だと傷なんて勲章とか言って、気にならないけど、女はそうもいかないから大変だ
ね」
  この赤くただれているのは火傷の跡であって、傷ではないのだが、彼にとっては同じ
ように見えるのであろうか?
「…まぁ、男性に対する価値観と女性に対する価値観が違うからじゃない?  それぞれ
に求めるものが違うから、そうなったりするんじゃないのかな?」
「……おまえ相変わらず難しい事言うな」
  ちょっと考えてもよくわからなかったらしく。ケヴィンは笑ってそう言った。
「そうだよなー。おまえ時々冷たいツッコミするし。そーゆートコは、アンジェラそっ
くりだなぁ」
  シャルロットも冷たいツッコミをよくするような気がしていたが、ラヴィアンはそれ
は言わなかった。
「あ、ケヴィン様もいらっしゃってたんですか?」
  湯気の向こうから声がする。どうやら獣人達も先に来ているようだった。
「うん?」
「あ、やっぱりケヴィン様だ」
「あ、ケヴィンさまー!」
「ケヴィンさまだー」
  なにやら子供の声もする。お湯をかきわけてばちゃばちゃとやってくる。子供の背の
高さだと、ここは首くらいまであるので、ちょっと大変そうだ。
「ん?  ロイと、ダグか?」
「そーです。ケヴィンさまやっぱりもどってたんだね」
「ウワサは本当だったんだね」
「うん、そうだよ」
  どうやら子供からも人気が高いらしい。ケヴィンは子供たちに呼ばれて、ラヴィアン
にちょっと手をあげてあっちに行ってしまった。
  一人、温泉の心地よさに浸っていると、ガヤガヤと声がする。そちらを見ると獣人達
がまたやってきた。今度は女達ばかりのようである。
  彼女たちもさっさと裸になるとこの温泉につかりだした。
「あら、あなたケヴィン様がつれてきた娘さんね?」
  一人がラヴィアンに気づき、話しかけてきた。
「う、うん…」
「名前は?」
「ラ…、ラヴィアン…」
「そう。わたしはテルマっていうの。あなたもケガをしてるのね。ここの温泉はケガに
もよく効くから、きっと良くなるわよ」
  火傷もケガの種類と言えば、そうなのかもしれないが、やはりちょっと違うような気
がするのだが。獣人達にしてみれば、火傷の跡も傷痕もさして変わりないらしい。
「あ、あのさ」
「なあに?」
  テルマはにこにこと笑ってこたえる。年の頃30代前半か。ケヴィンよりは若く見え
る。獣人らしく、けっこう筋肉質だ。
「ケヴィンさんって…、獣人王だったの?」
「そうよ。ビーストキングダムの獣人なら、たいていみんな大好きよ」
「人気あるんだねぇ…」
  ウェンデルでは、光の司祭の旦那でやたら力持ちでなんだかヒマな人、というくらい
の人でしかないような気がするのだが。
「そうよ。先々代の獣人王、つまりはケヴィン様のお父様だけどね。あの人は、人間達
に虐げられて、シケていた私たちに自信をくれたの。ケヴィン様はね、まぁ、ここが一
日中夜の森じゃなくなった、ていうのもあるけれど、あの方は私たちに元気をくれたの。
だから、みんなあの方が好きなのよ」
「………そうなの?」
「そうよ」
「……獣人って、どんな人達なのかよくわかんなかったけど、陽気な人達だなぁって思
ったけど、それも、そうなの?」
「そうよ。私も思うわ。昔に比べて随分陽気になったものね。でも、今の獣人王はねー
…。ルガー様も悪い人じゃないんだけどね。前はそうでもなかったんだけど、このごろ
ふさぎこんでばかりなのよねー。そのせいで、この前ももめてたし」
「…………………」
  その原因が自分にあるという事を知ってるラヴィアンは、複雑そうな顔して黙り込む。
「テルマー?  どこいったの?」
  湯気の向こうから声が聞こえる。けっこう広い温泉だし、湯気はいつもたってるから、
ちょっと先はもう見えなくなる。
「あ、はーい。それじゃね」
  テルマはラヴィアンに軽く会釈をすると、呼ばれた声の方に去っていった。
  ホークアイにしても、ケヴィンにしても、シャルロットにしても。両親の親友は各地
で随分と高い地位にいる。まぁ、アンジェラもアルテナでは女王だったわけだが。かく
いうデュランだってフォルセナでは騎士団長をしてるらしいのだが(話に聞いただけで
その様子を、ラヴィアンはまだ見た事がない)。
  一体、昔みんなで何をしていたんだろう、とか考えてみる。思い当たるのは、聖剣の
勇者一行ではないか、と思うのだが、誰がそうだったとか文献には乗ってないし、両親
やケヴィン達は何も言わない。
  ラヴィアンは、お湯の中で足を動かしている。いつもよりよく動くような気がする。
本当にこの温泉の効能なのか。はたまたみんながみんなしてよく効くというから、その
気になってるだけなのか。
  どちらにせよ、良い事に変わりないだろうと思う。
  ちょっと嬉しくなって、足をばたばたさせてみた。

                                                             to be continued..