「せ、船長!  ありました!  本当に…島があります!」
「なんだってぇ!?」
  ラヴィアンのつけた印しの通り、そこには小さな島があったのだ。これには、船長
船員一同仰天させられた。
「…まさか…、本当にあるなんてよ……」
  船長は、島を目前にしても、信じられないようだった。
  しかし、約束は約束。船長はラヴィアンとルガーを起こし、小船でこの小さな島ま
で送り届ける事に。
「…ここが…、忘却の島……」
  砂地に降り立ち、ラヴィアンはこの小さな無人島を見回した。あちらの方に、マナ
の女神像が数体並んでいる。なるほど、マナの縁の地である事は間違いない。
「小さな島だな…」
  船長も島に降りて、この島の様子を眺める。
「あ、俺、そのへん散策してくるわ」
  そんな船長の声も届かないようで、ラヴィアンは島の中央部に向かって走りだした。
慌てて、ルガーもその後に続く。
「お、おい、こんな小さな島でどうするんだ?」
「……………」
  ラヴィアンはそれには答えずに、バッグから例の石板を取り出した。マナの石板は、
うっすら光っているように見えた。これを持っていると、かすかな振動が手に伝わっ
てくる。まるで、マナに共鳴しているようである。
「……これを、掲げれば……。でも、どこで…?」
  そして、きょろきょろと島を見回す。マナの女神像が並び、導くような場所がある。
ラヴィアンはそこへ駆け出した。
「聖域の扉よ…、開いて!」
  両手で持ち、ラヴィアンは石板を天高く掲げた。石板がさらに強く光だし、振動が
びんびん伝わってくる。
「まさか…本当に!?」
  ラヴィアンの目前に、光る、穴…なのであろうか。そんなものが現れた。やがて、
それはどんどん大きくなっていく。
  その穴が、人が一人、通れるくらいの大きさにまでなると、石板は光らなくなり、
振動も無くなった。
「これが…、聖域の扉!」
  もうちょっと…、念願のマナ復活までもうちょっと!
  ラヴィアンはもう夢中になってそれに飛び込んだ。
「あ、ちょっと待てよ!」
  ルガーも彼女を追うように穴に飛び込んだ。
  そして、そこには光る、不気味な穴が残されるのみであった。
「な、なんだよ、なんなんだよ、あいつら!?」
  一部始終を見ていた船長が気味が悪くなったのも、仕方のない事だろう。
「や、ヤツら、幽霊なのか!?  ………ヒッ!  とんでもねぇっ!」
  ブルルッと震えて、そして慌てて小船に乗り、一人で逃げ出してしまった……。

「……ここ…が、聖域…?  マナの……聖地…?」
  とても、とても不思議な場所だった。ラヴィアンは呆然と突っ立って、ここを眺め
た。
  見た事もない植物。見た事もない鳥。まさに、見た事もない景色が、ラヴィアンの
目の前に広がる。
「……空気が違う……。なんだろう…どう、違うんだろう……」
  この違いが、マナがあるかないかで言う事に、彼女にわかったであろうか?
「…ここが、聖域……」
  話に聞いてはいたが、来るのは初めてである。ルガーも、しばし呆然と立ち尽くし
た。本当に、ここは不思議な場所であった。
「……そうだ…、マナの樹…。マナの樹は…どこなの?」
  誰に話しかけるわけでなく。ラヴィアンはつぶやくようにそう言うと、走りだした。
「……あっ!  あっ、ちょっ、ちょっと待てよ、ラヴィアン!」
  おいて行かれてはたまらないと、ルガーも走りだす。ラヴィアンの足にはすぐに追
いつく。
  昔はここに、神殿でもあったのであろうか…?  その跡と思われる石柱や、そのカ
ケラなどが所々に倒れている。
「もっと奥…。もっと奥に、マナの樹がある!」
  そして、ラヴィアンの言うとおりであった。聖域の奥の一番奥。そこに、マナの樹
が立っていたのだ。
「…………………これ……が…?」
  ラヴィアンの声が幾分かかすれている。自分でも、ちょっと信じられなかった…。
聞いた話でしかなかったマナの樹が、今、ラヴィアンの目の前に立っている。
  マナが激減してしまった原因は、マナの樹が枯れてしまった事にある。世界を破滅
を願ったものが、女神を殺してしまったとか………。
  ここにあるマナの樹は、それほど大きくなかった。枯れた切り株のマナの樹の上に、
新しい樹が伸びていた。
  とても高いというワケではない。せいぜい、20メートルそこらではないか。下の
切り株がマナの樹であったら、さぞかし大きな大きな樹であったであろうが……。
  大小の根は交差しあい、きれいな清水につかっていた。
  しばし、見とれていたのだが、またすぐにハッとなって、ラヴィアンは背中の剣を
抜いた。
「なっ…、なにこれぇっ!?」
  なんと。ラヴィアンの愛用の剣が何者かの手によって、パッキリと折られているの
である。これでは剣としてまるで使い物にならない。
「どうした!?  ……ひ、ひでぇこと…する……」
「なんで!?  どうして、こんなことに……」
  剣をマナの樹の上に突き立てる。だが、ラヴィアンの剣ではそれもできない。
  ラヴィアンは急に脱力感に覆われた。ここまできて。ここまできて、いったいどう
してこういう事になるのか…。
  がっくりとひざをつく。
「お、おい、ラヴィアン…?」
  気遣うように、ルガーが彼女の肩に手をおく。
「……………………………」
  だが、いきなりラヴィアンはバッと顔をあげ、素早く立ち上がった。そして、キョ
ロキョロと周囲を見回しはじめた。まるで、何か探しているかのように。
「な、なんだ?  何か、探してるのか?」
「確か、お父さんが昔、ここに来た時、剣を残していったって、言ってた…。その剣
が…、あるはずっ!  その剣をあのマナの樹に突き立てれば、マナが復活する!」
  マナを復活させ、故国アルテナを復興させる。これこそ、これこそがラヴィアンの
悲願であった。
  旅に出た本当の理由は、その方法を探すため。アルテナにはない文献などを読み、
このやり方を見つけるため。だから、一年約束を速めてもらった。だから、出された
条件をことごとくクリアーした。早くしないと、アルテナは本当に滅んでしまうから
…。
「ど、どこだろう…!?」
「よし、オレも手伝おう!」
  ルガーとラヴィアンはこの聖域を走り回った。彼女の父の剣がどんなものかは知ら
ない。だが、剣と言う事がわかってるのである。剣を探すのだ…。


  見つけなきゃ!  なにがどうあっても、オレが先に見つけなきゃ!
  ルガーは焦っていた。ラヴィアンときたら、この不屈の根性と、あの天才的な頭脳
で、ここまできてしまった。
  あきらめないかとほのめかしたが、ラヴィアンはまったく耳を貸さなかった。なに
しろ、再度合流してから、ロクに会話をしていないのだ。いや、ラヴィアンの方に会
話する気がないのである。
  もう、目の前の事に夢中になって、周りの事を気にしていられないのだ。
  実を言うと、悪いとは思ったのだが、彼女の剣を折ったのは、彼なのだ。何とかあ
きらめさせようとルガーの方も必死だった。
  なんとしても、オレが先にその剣を見つけださなければ!  ラヴィアンに渡さない
ためにも!  先に見つけて、隠すか壊すかしないと!  早く見つけなければ!
  ぎりっと歯を食いしばる。
  どこだ!?  どれだ!?  剣は、どこにある!?
  ラヴィアンよりも先に、ラヴィアンよりも早く。見つけなければ!
  だが、そんなルガーの思いは空しかった。
「あったーっ!」
  ラヴィアンの喜びの声が、向こうで聞こえたのだ…。ルガーの脳裏に、ウェンデル
での出来事がよみがえった。


「おまえの会わなきゃならん人って、闇の司祭のヒースだったんだ」
「ああ。親父の知り合いなんだ…。ちょっと、聞きたい事があってな…」
  二人は共にウェンデルの光の神殿に向かった。二人とも、目的地は一緒だったのだ。
「オレは、光の司祭のシャルロットに会いに来たんだけどな…」
「へー。あんたも意外な人と知り合いなんだな…」
「ま、まあな…」
  なぜか、ルガーは照れ照れと頭をかいた。
「ホラよ、光の司祭さんは今、休職中だろ…?」
「ああ、なんでも子供が生まれるって…」
「もう生まれたんだよ!」
「え!?  本当!?」
  イーグルはビックリした。まさかもう子供が生まれていたとは…。
「ああ。だから、オレははるばるウェンデルにやって来たんだ。祝おうと思って……」
「……あれ?  でも、おまえさん、ジャドでは親父さんに会いに来たって…」
「へへ…。実は、その親父がその子供の親という…」
「は!?」
  ワケのわからない説明に、イーグルはすっとんきょうな声をあげた。
「親父っつっても、実の親父じゃないんだよ…。でも、オレは本当の親父みたいに思
ってる。オレが赤ん坊のころから、面倒みてくれてさ…。せっかくの青春時代を、オ
レの面倒みる事に費やしてくれて…。だから、オレのせいで晩婚になっちまったっ…
て言ってもおかしくない。
  親父、今がすごい幸せらしいんだ。たいした事できないけど、精一杯祝ってやろう
と思ってよ……」
  そして、また照れたように笑った。
「ふーん…」
  そんな事を話しながら、神殿についた。
「こんにちわ。ようこそ光の神殿にいらっしゃいました」
  小さく笑みを浮かべ、神官が優しく話しかけてきた。
「あ、あのー、ここに闇の司祭で、ヒースさんって方はいませんかぁ?」
「闇の司祭様ですか?  仕事場にいると思いますが…。案内しましょうか?」
「あ、お願いします」
「じゃあ、オレは親父たちに会ってくるよ」
「あ、うん。じゃあな、ルガー」
「おう」
  こうして、二人は神殿の前で別れた。
  イーグルは神官に連れられて、闇の司祭の仕事部屋の前まで連れて来られた。神官
が早速ノックする。
「はい」
「ヒース様、お会いしたい方がいるそうです」
「………わかりました。通しなさい」
「はい。じゃどうぞ……」
  神官がドアを開けてくれて、イーグルは愛想笑いしながら、中に入る。中では、闇
の司祭と思われる男がおり、机の上のものを軽く整理していた。
「やあ、初めまして。なにか、私に御用ですか?」
  年齢は彼の父親と同じくらいであろうか。穏やかに柔和な笑みを浮かべ、父親とは
また違う威厳をもった男であった。
「あ、えと、俺はイーグルってんです。実は、親父からのことづけって言うか、なん
て言うか…。聞きたい事があるんですけど…」
「はい、なんでしょう?」
「俺の親父、ホークアイって言うんですけど…」
「おや、ホークアイ殿のご子息ですか!  シャルロットが喜びそうですね!」
  ホークアイの名前を聞いただけで、司祭ヒースの顔がほころんだ。ナバールの首領
は、ここ、ウェンデルでも知られているらしい。そもそも、光の司祭シャルロットと
父のホークアイが見知った仲であるらしいのだが、イーグルはくわしい事は知らない。
「あ、あ、あ、今はそうじゃなくて…」
「なんですか?」
「ヒースさんは、マナの石板って、知ってます?」
「マナの石板?  …名前だけなら…。なんでも、もし、マナが失われた時、再度マナ
を復活させる事ができる方法を記してあるとか……。しかし、文献のみで、本当に存
在するかは…」
「本当にあったんです!」
「え!?」
  さすがに、これにはヒースも仰天したようだ。普段、落ち着いている彼にしては珍
しいリアクションだ。
「今は…、今は俺じゃないヤツが持ってるんです。そいつは、マナを復活させようと
躍起になってる。親父のことづけと言うのは、もし、マナが本当に復活したらどうい
う事態が起こるか、という事なんです。良い事ばかりじゃないんじゃないかって……」
「…し、しかし、それは本当なのですか…?  マナの石板と言うのは……」
「本当なんです!  俺、この目で見ました!  そいつは、それに記されている文字が
どうしても読めなくて、ラビの森に住むコロポ………、とにかく小人に読んでもらう
って…」
「………そうですか………」
  イーグルの言ってる事がウソではないと判断した闇の司祭は、やや厳しい顔付きに
なった。
「少々、お待ち下さい。くわしく、調べ直させてくれませんか?  今、ハッキリ言う
事はできませんので…」
「あ、はい…」
「あそうだ。私が調べている間、シャルロットたちに会ってやって下さい。ホークア
イ殿の息子と知ったら、彼ら、喜びますので」
「は、はあ…」
「では、調べがついたら呼びます。ミック、彼をシャルロット達の所へ案内しなさい」
「はい」
  ミックと呼ばれた神官について行き、イーグルはそこでまたルガーと会う事になる。


  小一時間ほど、イーグルはこのシャルロット家族と談笑し、昔話のダシに使われる
事になる。


  それから、さっきの神官のミックがやって来て、イーグルだけでなく、ルガーまで
呼んだのだ。
「あの、俺はともかく、なんでルガーまで?」
  またさっきの仕事場に連れて来られたイーグル。今度はルガーもいる。
「………マナが復活したら、良い事ばかりでないのではないか…。ホークアイ殿の言
うとおりです…」
  イーグルの問いには答えず、ヒースは話し始めた。彼の後ろには、やや読み散らか
された感のある、本が何冊か転がっている。
「…確かに、マナが復活すれば、魔法も使えるようになり、豊かな生活になる所もあ
るでしょう。ここ、ウェンデルも、少なからずその恩恵を受けますが……」
  ヒースはちょっと、言葉を切った。
「イーグル君。あなたは、エルフという妖精族の事を知っていますか…?」
「エルフ…?  うーん、なんとなく、名前だけ」
「人間に比べ、はるかに長命な種族なのです。人間とそれほど遠い血でないらしく、
両者の間には子を成す事もできない事はありません」
「はぁ…」
  いきなり、なんの話をするんだろうとでも言いたげに、イーグルはヒースを見た。
「…しかし、どういった事情なのかはわかりませんが、このエルフと人間が結ばれる
と、夫婦の身体に魔法的というか、呪法的な負担がかかるのです。それも非常に重い
ものが。そのため、結ばれた結果、夫婦の寿命が極端に削られてしまうのです。その
ため、現・光の司祭シャルロットのご両親は早くに亡くなりました」
「え!?  光の司祭さんって、エルフだったの!?」
「正確に言うとハーフエルフですね。……今、シャルロットは結婚して、子供までお
ります…。…そして今、彼らが元気ということは、その呪法的な負担がないためなの
でしょう……」
「っじゃあ、まさか!」
「…マナが戻ったら、魔法が復活し、その負担が彼らにかけられる事になるでしょう
…。ハーフエルフですから、エルフほどの負担は、免れるかもしれませんが、それで
も、寿命が削られる事に変わりありません。…そうしたら…、シャルロットは…、そ
してその夫も……」
「なんだって!?」
  ルガーも驚いて立ち上がった。ルガーにも関係あるという事は、この事を示してい
たのだ。
「シャルロットの例だけではないでしょう。アストリアに数年前から妖魔が住み着い
たと聞いております。マナがあった時代は恐ろしい呪法を使いこなしていたのでしょ
うが、今はその力も無く、アストリアでの魂を細々と食べているようですが。彼のよ
うな恐ろしい妖魔を復活する事にもつながります」
「……そんな事が……」
  ホークアイの読みが当たったのだ。マナが復活して、本当にメデタシメデタシにな
るのか?  それが、彼の疑問であった。そこで、そういう関係について一番くわしそ
うな闇の司祭ヒースを、あまりナバールから動く事ができない自分に変わって、息子
に尋ねさせたのだ。
「そんな事はさせねぇぜ!  親父たちみすみす殺させてなるもんか!  親父たち…、
親父たちあんなに幸せそうなんだぜ!?  あんなに苦労して、せっかくやっと幸せにな
れた2人を、殺させるもんか!」
  ギュッとこぶしを握り締め、ルガーは叫ぶ。自分の面倒をみてくれた義理の父の幸
せを心から願う彼ならではの台詞である。
「それで、イーグル君。その、マナの復活をしようとしている者は誰ですか?  一体、
何のために……」
  ヒースに問われて、イーグルはとても苦い顔になった。
「……アルテナの第二王女ラヴィアン…。滅亡寸前のアルテナを復興させるために…」
「…なんと…!」
  彼の声が悲痛なものに変わった。ルガーは、その意味がわからなかった。
「なんだ?  どうしたんだ?  あのラヴィアンってヤツ、お姫様だったってのか?  
なんで、国の復興にマナがいるんだよ?」
  とてもそんな風には見えなかったし、なぜヒースとイーグルがそんなにつらそうな
のかもわからなかった。
「……アルテナは、マナがあった時代は世界で指折りの強国でした。その高度な魔法
技術はここ、ウェンデルをはるかにしのいでいたでしょう。その繁栄は素晴らしいも
のだったようです。ところが、マナは失われた…。すべて失われたわけではありませ
んが、無いに等しいくらいに減ってしまった。魔法を文化の中心にして、繁栄を築い
たアルテナが、マナなしでどれくらいの事ができるでしょうか?」
「…あ!」
  ここで、ルガーは二人の言いたい事を理解した。
「しかも、アルテナは極寒の地にあります。以前は魔法で気候を保っていたそうです
が、マナのない今、凄まじい寒さだそうです…」
「ああ。冬はブリザードが吹き荒れて、メチャクチャ寒いらしい…。国民も離れたり
…死んだりして、以前の10分の1も人口がいないんだって…」
「……そ、そこまでひどいのか…?」
  ルガーが遠慮がちに言う。
「…………。アルテナの女王が国を閉じるつもりだという噂を聞きますが、おそらく、
十中八九本当でしょう。そこまで追い詰められているとすれば、マナが復活したとこ
ろで、アルテナが以前のように繁栄するかどうかも疑問です。とはいえ、確かにマナ
が復活すれば、その希望がないわけではありませんが…」
  ヒースの口調が重い。魔法王国のアルテナを救うには、マナの復活しか道はない。
だが、マナが復活すれば光の司祭シャルロットは夫ともども死に至るのだ。しかも、
以前のように繁栄できるかどうかも疑問なその手段で、賛同などできようはずもない。
「…でもよ!  ウェンデルが光の司祭を失うワケにはいかねぇじゃねえか!  他の国
で言えば王様みたいなもんだろ!?」
「だから、アルテナは滅んでも良いと?」
「うっ…」
  イーグルに突っ込まれ、ルガーが返答に困る。
「俺も…、ナバールの首領の息子だからな…。盗賊団っつっても、あの規模は国みて
ぇなもんだ。もし、ナバールが滅亡寸前だったら、何とかしたい、絶対復興させたい
よ。だって、自分の…、親父の…、俺たちの国なんだぜ!?」
「…………………」
「アルテナの女王はこの事を…?」
「知らないだろう。ラヴィアンが一人で走り回ってる」
「……そうですか…。もし、そのラヴィアンがマナの石板を読める人物を捜しだし、
その方法を成功させる確率はあるでしょうか…?」
「ある!  アイツなら、やってのけちまう!  アイツ、本当に天才なんだよ!  ナバ
ールの付近でその石板を発見したのもアイツ。ここに来るため、渋る親父を納得させ
ちまったのもアイツなんだ!  アイツさ…、石板がある地下壕を、今までナバールで
も誰も見つけられなかったのに、いとも簡単に見つけたし、不可能と思われた井戸を
掘り当てもしちまうんだ!  現地に住む俺たちを差し置いてだよ!?」
「…そんなに、すごいのですか…」
「ああ!  親父も呆然としてたよ。プロの井戸掘りがナバールにはいるんだぜ?  そ
れが、文献読みあさって1週間弱で、他国の女の子が見事に掘り当てちまったんだ! 
 アイツには天才的な頭脳と、不屈の根性がある。絶対あきらめねぇってヤツだ」
「…そうですか……」
  ヒースはギュッと眉間にシワを寄せ、深いため息をついた。ここ、ウェンデルでは
光と闇の司祭がこの土地を治めている。特に、光の司祭は表に出る仕事が多く、それ
だけに国民に信頼され、愛され、尊敬されているのである。言わば心のより所的存在
なのだ。
  今、彼女が子供を出産し、国民一同それを喜び、また彼女たちの幸せを願っている。
その彼女たちを失うとなると……。
「……今すぐ、彼女を止めなければ!」
「だが、やめろと言われてやめるヤツじゃないぜ。さっき言ったじゃないか。絶対あ
きらめない、くじけないって」
「私はウェンデルの闇の司祭。彼女を止める理由と義務があります」
「ま、まあな……」
  確かにその通りである。
「あと、アルテナの女王がこの事を知らないのならば、知らせる必要があるのでは? 
……彼女が、国の滅亡を願ってるとは思えませんが、シャルロットたちの命がからん
でくるとなると、また話が違ってくるでしょうし、おそらく、彼女自身も、マナが戻
ったところで、どうにかなる問題でないというのもわかっているはずです…。できる
ならば…、あきらめてくれるとよいのですが……」
  大人たちの都合で、少女の心を痛めている事を思い、ヒースはひどく心が痛んだが、
彼とて、シャルロットを失うわけにはいかなかった。
「…俺、親父に知らせてくる…」
「…待って下さい…。私には、まだマナ復活が信じられません。それに、古の失われ
た言語を読めるかどうかも疑問です…。もし、彼女があきらめてくれるなら、無理に
止めたくない。無理に止めても…納得いかないでしょうしね…。
  ですから、マナの石板解読ができたら、ホークアイに知らせたらどうでしょうか?」
「だけど、それをどうやって知るんだ?」
「オレがラヴィアンを捜し出す!」
  ルガーが身を乗り出して叫んだ。ルガーは、ここの国民やヒースに負けないくらい、
シャルロット夫妻の幸せを願っていた。
「そんで、できたかどうか聞き出す。できた、できないはなにか合図を決めりゃ良い
だろ!?  それを、おまえさんが見れば良い」
  言って、ルガーはイーグルを指さした。
「もし…、もし、ラヴィアンが解読できたんなら、オレはアイツについて行く。途中
であきらめてくれるなら、それで善し。だが…、だが、もしやりそうなら、その時は、
…オレが……」
  ルガーが強い決意を込めて、己の拳をにらみつけた。

  オレが!
  ルガーはカッと目を見開いて、そして急いで、本当に急いでラヴィアンの所へ走り
だした。
「ラヴィアン、剣を見つけたって…」
「…たぶん、これ…。すごいよ、こんな立派な剣、お父さん置いて来ちゃったんだ…」
  ルガーには、剣の事はよくわからないが、そんな素人のルガーが見ても、ラヴィア
ンの手にした剣がなるほど立派なものであった。
「どこで、見つけたんだ?」
「あそこの骨みたいなヤツから」
  ラヴィアンがなにか竜の骨みたいな頭を指さした。化石であろうか?  はたして、
それが何なのか、ルガー達にはわかりようもないが。
  ラヴィアンの声がはずんでいる。悲願達成が、もう目の前にきているのだ。それが、
ラヴィアンにはわかっているのだ。
  ルガーは、強く、強く強く目を閉じた。そして、拳を握り締めた。
「さあ、もうすぐだ…!  もうすぐで!」
  ラヴィアンは走りだした。マナの樹に向かって。あの樹の上にこの剣を突き立てれ
ば、アルテナが、母が治める自分の故国が、復興する兆しが見えるのである。
  ラヴィアン……。ラヴィアン、すまん!
  ルガーはマナの樹に駆け寄るラヴィアンよりも、さらに早いスピードで走りだした。
もともと、彼の方が足は速いのだ。
「すまない!」
  一声叫び、ルガーはラヴィアンを回り込み、腹を殴った。
「ぐっ!?  ……」
  ラヴィアンの、信じられない瞳が、脳裏に焼き付く。
  だが、今、阻止しなければ、彼の父親夫婦は死んでしまうのだ。あの樹に剣を突き
立てるのは、彼らの心臓に剣を突き立てるのと同じ事なのだ。
「すまない…。だが、オレは……」
  崩れ落ちるラヴィアンから剣を奪う。すぐに、これを処理するか隠すかしなければ
ならない。ラヴィアンが気づくまで!
  しかし、走りだそうとするルガーの足をわしっと掴む者がいた。無論、ラヴィアン
だ。
「なっ!?  気絶したんじゃ…」
「返せ…!  剣を返せ!」
「ラヴィアン…!」
  目をギラギラさせ、両手で彼の足を掴むラヴィアン。
「やめろ、やめてくれ!  オレはマナを復活させるワケにはいかないんだっ!」
「剣を…返せーっ!」
「やめてくれーっ!」
  ガッ!
  彼は、ラヴィアンを蹴りつけた。蹴飛ばされ、数メートル先でバウンドする。
「あっ!  す、スマン!」
  ハッと我に返り、自分が蹴ってしまった少女を見る。だが、少女はへこたれる様子
もなく、起き上がった。
「ラヴィアン頼む!  あきらめてくれ!  オレの、オレの親父たちの幸せがかかって
るんだ!」
  ルガーの声はラヴィアンに通じない。目を光らせ、じりじりとやってくる。
「お願いだ!  あきらめてくれ!  あきらめてくれぇっ!」

                                   - 続く -