「親父!  こんなので、本当に間に合うのか!?」
  イーグルは変わったカメ…?  いや、ペンギン…?  いややっぱりカメかも、と思
われるような、珍妙な生き物の上で、父親の襟首をつかんだ。
「だが、俺たちが使えて、一番早い海の交通手段はこれしかないんだっ!」
  父、ホークアイも負けずにどなり返した。
「だからって…、だからってもっとマシなモンはなかったのかよぉ!?  俺、恥ずか
しいよぉ!」
「こんなもんで恥ずかしがってどうする!?」
「だって、お子様ランチみたいな旗が生えてるし、水中メガネかぶってるし…、なん
か、なんか、ヤダよぉ!」
「文句言うなっ!  ブースカブーは海のヌシなんだぞっ!」
「親父は恥ずかしくないのかよ!?  さっきの船に乗ってたヤツら、俺たちのこと指
さして笑ってたぜ!?」
「でぇい、文句ばっかり言うなら、おしおきだっ!  そぉーれ、愛のほお擦り攻撃!」
「やめろぉぉぉっ!」
  親子二人が自分の背中でギャアギャア言い合っていても、特に気にしたふうもなく。
ブースカブーは海の上を快調に飛ばしていた。
「そうだ…、ラヴィアンのお袋さんとかには?」
  ほお擦りされた頬を何度もさすりながら、イーグルは急に思い出した。
「あ、ああ…。母さんがフラミーで迎えに行った。フラミーなら、早いと思うんだが
…」
「フラミーって、あれ?  あの空飛ぶ、白くて大きくて、羽根が2対あるヤツ?」
「そうだ。とにもかくにも、間に合ってくれれば良いが…」
  ホークアイは空を見上げ、けわしい顔付きをする。
「ん?  おい、親父!  あれ、あれが忘却の島ってヤツか!?」
  イーグルがホークアイの袖をぐいぐい引っ張って、島を指さす。
「お、おおっ!  そうだそうだ!  あれだよ、あれが、忘却の島だ!」


「剣を返せ!」
  ラヴィアンは背中のバスタードソードをゆっくり抜いた。真ん中で折れてはいるが、
それなりに武器になる。
「やめろラヴィアン!  おまえじゃ、オレにかなわない!  もう、やめてくれ!」
「うるさい!  剣を…返せーっっ!」
  大剣を振りかぶり、突進してきた。
「やめろ、あきらめろ!  ラヴィアン!」
  ラヴィアンの剣をことごとく避け、ルガーは必死で叫ぶ。
「はぁぁああぁぁぁぁっっ!」
  今度は上から!  ラヴィアンが剣を振り下ろす。
「ちぃっ!」
  あのバスタードソードを何とかしなくては!
  素早く横に避けると、ラヴィアンの右手首をつかんだ。
「はぁ!」
「ウワァッ!」
  軽くひねり、剣を手放させる。そして、その剣をつかむが早いか、とにかく遠くに
投げ飛ばした。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
  あの目のギラギラは、さらに気味悪いほどに強くなっている。憎悪の瞳がルガーを
とらえる。
「……なんで、どうしてあたしの邪魔をするっ!?」
「オレの、オレの親父の嫁さんは、ハーフエルフなんだ!  エルフが他の種族と結ば
れれば呪法によって夫婦の寿命が縮む!  すぐに死んでしまうくらいに!  ハーフエ
ルフも例外じゃない!
  マナが…、マナが戻ってしまったら、呪法で親父夫婦が死んじまうんだっっ!」
「だからなに!? そんなことであたしの邪魔をしたの!?」
「そ、そんな事だと!?  オレの親父がやっとつかんだ幸せを、何の権利があってお
まえは踏みにじろうってんだっ!?」
「あたしはアルテナの王女だ!  あんたこそ、あたしらの、国民の、アルテナの未来
を踏みにじる権利はないっ!」
  ツーッと、ラヴィアンの額から血が流れ落ちた。力んで、キズが開いたのだ。
「あのなぁ、ヨメさんのハーフエルフは、ウェンデルの光の司祭なんだよ!  ウェン
デルの統治者なんだっ!  おまえがそう言うんだったらよ、ウェンデルの国民の事も、
考えてくれよっ!」
「あんたはアルテナの国民の事なんかこれっぽっちも考えていない。そんなあんたに
とやかく言われる筋合いはないっっ!」
  武器が、大剣がなくても、そんなことはかまわない。ラヴィアンは、ルガーに向か
って突進した。
「やめてくれっ!  あきらめてくれよっ!」
  とは言え、実力の差は歴然としている。どんなにラヴィアンが殴り掛かっても、ル
ガーにかする事すらできないのだ。
「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……」
  切った口から出た血をぬぐい、ラヴィアンはルガーをにらみつけた。力ではかなわ
ない。どうすれば良い?  どうすれば…。


「親父!  なんか、ルガーとラヴィアンの怒鳴り声が聞こえる!」
「……ヤバイな……。急ぐぞ!」
「お、おう!」
  ホークアイの読みは的中した。気になっていたので調べてみたが、アルテナは絶望
的なところまで追い詰められていて、もはや、マナが復活したところでどうにもなら
ないのは見えていた。たとえ、魔法が使えるようになったとしても、疲弊しきった国
力では、回復する力もない。他国の援助を頼るにも、自国で回復する力のない国をず
っと援助し続けられるものではない。どの方法も焼け石に水でしかないのだ。
  そして、息子が報告してくれたものは、マナの復活と引き換えの、親友たちの死。
マナが復活すれば、一生涯の親友を、苦しい時も、ツライ時も、悲しくてどうしよう
もない時も、そして喜びも…色んな事を共有した、かけがえのない仲間たちを、二人
も同時に失う事になる。
  それだけは避けたかった。ラヴィアンは悪くない。当然、ラヴィアンを責めてなど
いない。ただ、やめてほしかった。
  アンジェラたちにとっては、自分たちの娘が、国のため、むしろ自分たちのために、
自分たちの親友を殺そうとしているのである。そんなやりきれない事になってほしく
ない。
  ホークアイは彼らの親友として、仲間として、ただ、やめてほしいのだ。
  遠くに、ラヴィアンとルガーが見えた。なにか、争っている。
「くそっ!」
  もっと早くもっともっと早く、あそこにたどり着かなければ…。


「返せーっ!」
「やめろーっ!」
  ガツッ!
  また、ルガーはラヴィアンを蹴ってしまった。蹴飛ばされたラヴィアンはそこの木
に背中からぶつかった。
「ぐっ…!」
  パキン。母の髪飾りにヒビが入った。そして、壊れて静かに地に落ちる。ラヴィア
ンの髪の毛がばらっと降りた。
「頼む!  もう…、もう起き上がらないでくれ!  あきらめてくれっ!」
「………………………」
  だが、ルガーの叫びとはうらはらに、ラヴィアンはむっくりと起き上がる。さらに
激しい憎悪と殺気を駆り立てて。
「あきらめろ?  ふざけないでよ…。ここで…あたしにくじけろって?」
  髪の毛が逆立つほどに乱れ、顔には血が幾筋か流れている。
  目が、あのらんらんと光る目が、ルガーは怖かった。どんな化け物も、怖いと思わ
なかった。どんなに強い者にも畏怖を感じないと思った。
  しかし、目の前のラヴィアンはルガーよりも弱いのに、ルガーはラヴィアンが怖か
った。畏怖を感じたのだ。
「返せぇぇぇっ!」
「やめてくれぇぇっ!」
  ラヴィアンはルガーに向かって飛びかかった。首をつかみ、首をぐいぐいしめてく
る。
「…やめ、…やめ…、やめろっ!」
  ドガッ!
  また…。ルガーは彼女を殴った…。
  少し離れた所に血をはいて倒れた。
「もう、もう、起き上がるな…。お願いだから、頼むから…もう…」
  ゆっくり首を振るルガー。だが、それでもラヴィアンは起き上がる。
「ゲフッ…」
  熱いものが、腹の底から込み上げられてくる。手でおさえるが、血は手のすきまか
ら流れ落ちる。驚くほどの血の量だった。
  その血を、信じられなそうに見ていた。そして、うつむいた。
  力を…。あいつから剣を取り戻す力を…。力を…、力を…、あたしに力を!
「チクショオォォッッ!」
  ボウン!
「グワァッ!」
  ホークアイの目の前で、信じられない事が起こった。ラヴィアンが叫んだ同時に、
爆発がルガーを襲ったのだ。
「な、なんだ今のは!?」
  イーグルの声に気づき、ラヴィアンはギロッとホークアイ親子をにらみつけた。そ
の凄まじい目付きは、ホークアイにさえも恐怖を覚えさせた。
「あんたらも…邪魔しにきたの…?」
「……ラヴィアン!  やめてくれ!  マナを復活させれば俺たちの仲間が…、シャル
ロットが…」
  ドウッッ!
「ぐはっ!」
  ホークアイに向かって突き出した手のひらから炎の弾が飛び出し、彼に炸裂した。
「親父ぃっ!」
  悲痛な声をあげ、イーグルは慌ててホークアイを助け起こした。
「な、何だよ、ラヴィアンのヤツ、何をやったんだよ!?」
  恐怖と、驚異と、悲しみと混乱が入り乱れ、イーグルは誰にぶつけるわけでなく、
叫んだ。
「ま、魔法……」
「魔法!?  これが!?」
「こ、ここにはマナがある……。だから…」
  ホークアイがイタそうに顔を歪め、ラヴィアンを見た。彼女は、奪った剣を自分の
背中の鞘におさめていた。
 この聖域にはマナがあった。魔法が十分使えるほどのマナが。魔法を知らないラヴ
ィアンであるが、アンジェラの娘ならば、潜在能力で使えても不思議はなかった。
「ラヴィアン!」
  ラヴィアンはマナの樹に向かって駆け出した。ホークアイの声もまるで届かないよ
うである。
  マナの樹に上って、この剣を突き立てろ!  マナの樹に上って剣を突き立てろ!  
樹の上に剣を突き立てろ!
  頭の中は同じ言葉が何度もリバースして、最大音量でラヴィアンの頭の中で叫んで
いた。
「ハァハァハァハァハァハァ!」
  息つくヒマを自分に与えぬほど、ラヴィアンは必死になって樹を上った。何度足が
すべろうが、体中全部がどんなに痛かろうが、かまわず登り続けた。
「ハーッハーッハーッハーッハーッハーッ!」
  とうとう上まで登り詰め、ラヴィアンはひざまづいて激しく呼吸を繰り返した。汗
と血が一緒になって流れ落ちる。だが、そんなことはかまってられなかった。
 口から流れる血をぬぐい、気力で立ち上がろうと何とか身を起こす。
「ハアッ、ハアッ…ハッ…」
「ラヴィアン!」
  なつかしい声が、ラヴィアンの意識を覚醒させた。見下ろすと、母が、父が、こち
らに向かって走ってくる…。
「お母さん……お父さんまで……なんで…?」
  なぜ…?  なぜここに……?
  信じられなくて、我が目を疑った。
「ラヴィアン、お願いやめて!  もうやめて!」
  ラヴィアンは大きく目を見開いて、母を見下ろした。少しなつかしい母の顔を。
「やめて…?  どうして…?」
  ゆらり、と、ラヴィアンが立ち上がる。足元が少々フラついている。
「どうして…どうしてやめてなんて言うの!?」
「シャルロットたちを殺さないで!  あなたが……、あなたが、彼女たちを殺してし
まったら…!  お願い!  それだけはやめて!  …それに、マナが復活しても、もう
……もう……もうアルテナはダメなのよ…。疲弊しすぎて…、もう、どうにもならな
いの!」
「……………………」
  泣きながら叫ぶ母を、ラヴィアンが無言で見つめる。
「…ウソだ!  ウソだウソだウソだウソだーっ!」
「ラヴィアン!」
「だってマナがないと魔法が使えないんでしょ!?  でも、マナがあれば…、マナが
あれば魔法は使えるんでしょっ!?  この剣を、ここに突き立てるだけでマナが戻る
んだよ!?」
「でも、もう……どうしうようもないのよ!」
「お母さんは女王じゃなかったの!?  アルテナの女王じゃなかったの!?」
「!」
  アンジェラの動きが止まった。
「女王なのに…、女王なのにそんな事言わないでよ!  国民見捨てて、国をあきらめ
て…、女王じゃなかったの!?  アルテナが好きじゃないの!?  アルテナが前のよ
うになるのを一番望んでるのは、お母さんなんでしょ!?」
「あ……あ、あ……」
  ブルブル震え、涙がぼろぼろこぼれ落ちる。それでも、アンジェラは娘を見上げた。
「使えない魔道書がたくさんあって…、魔法がなきゃ、ガラクタ同然の魔道機がごろ
ごろしてて…、過去の栄光に浸るばかりで、身も心もボロボロの国民しかいなくて…、
みんな死んでいくか、離れていく…。凍った死体の処理もままならない!  アルテナっ
てこんなみじめな国だったの!?  こんなにみじめで情けない国がアルテナなの!?
  みんなが語るアルテナは……ありもしない夢の国だったわけぇ!?」
  ホークアイは思わずギュッと目をつぶった。
「ちくしょうっ!」
  背中の鞘から、剣を抜き出した。
「やめろ、ラヴィアン!  やめてくれーっ!」
  ルガーが有らん限りの声で叫んだ。
「親父が…、シャルロットが死んじまう!  やめてくれ、やめてくれーっ!」
「ラヴィアン!  シャルロットたちは…、あいつらは、俺の…、俺だけじゃない。お
まえの父さん母さんの…かけがえのない仲間なんだ!  どうかやめてくれ!」
  傷口がひらくのも気にせずに、ホークアイが叫んだ。
「うるさーいっ!  知らない知らない!  そんな人知らない!  そんな人、あたしは
知らない!」
  耳をおさえ、ラヴィアンが絶叫した。
「みんな…、みんなみんなみんなみんな!  あたしの知らない人の味方ばかりしやが
って!  シャルロット!?  そんな人あたしは知らない!  知らないヤツが死んだっ
て、あたしは痛くもカユくもないっ!」
  父親の声が耳に入ってくる。ダメだ。このまま両親の声を聞いていたら、自分はこ
こでくじけてしまう。くじけてしまうのだ!  聞いてはダメだ、聞いてはならない!
「うわあああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁっっっっ!!」
  もう誰の声を聞いてはならない!  聞いてはダメだ!
  ラヴィアンはみんなの声をかき消そうと、有りったけの大声をあげて、剣をふりか
ぶった。
  このまま突き立てればマナが復活するんだ!
「やめてぇぇえぇええぇぇぇぇっっっっ!!!」
  アンジェラも叫んだ。悲痛な叫びがのどをつんざき、涙がこぼれ落ちた。

  ドガガカカカッッッッ!!!

  激しいばかりの雷がマナの樹の上に落ちた。
  ルガーもホークアイも、そこにいた全員が叫ぶように樹上を見た。
 ただひとり、アンジェラは上げた手をおろせずにいた。あれだけ使いたいと願った
魔法だが、今は、魔法が使える事がひどく恨めしかった。
  カラン。
  剣が落ちた。そして、樹上でバランスを失い、焼け焦げた少女の体が落ちた。


  少女の体はスロモーションがかかっているかのように、ゆっくり落ちていくように
見えた。


  バシャン!
  マナの樹の下に、わき出る泉の中に少女が落ちた。ジュワァッと湯気が立ち、その
音で少女のわずかな悲鳴もかき消される。
「…あ、あ、あ…あ、あああああああぁぁぁああああああっっ!」
  信じられないように首を振って、そして絶叫して、駆け出した。
  バシャバシャバシャ!
  女王の衣が濡れるのもかまわず、アンジェラは娘に駆け寄った。そして、抱き抱え
る。
「………あ、ラ、ラヴィアン…、ラヴィ……」
「…ぉ、かぁ……さ…」
  ぼろぼろと次々に涙がこぼれ落ちる。信じられないように自分の娘を見て、首を振
る。
「…わた、わたしの子よ……。わたしの……娘…わたし……の……あ、うぁ、うああ
あぁぁぁあああああああぁぁぁっっっ!!!」
  焼け焦げ、血まみれのわが子を抱き締め、アンジェラは狂ったように泣き叫んだ。







  カラカラカラカラ………。
  淡い、ピンクの花をたくさんたくさんつけた並木道を、車椅子を押して歩く。やや、
距離をとって少年が付き添う。
  風が吹き、花びらが舞い落ちる。そんな花びらのじゅうたんの上を、車椅子が通り
過ぎる。
「ホラ、ラヴィアン。花がきれいよ…」
  アリシアは、包帯に包まれた妹に話しかける。
 あの後、父親のとっさの回復魔法で一命は取りとめたものの、身体には一生消えな
い火傷を残す事となった。包帯で焼けただれた素肌を隠し、あの元気で可愛らしかっ
た彼女も今では見る影もない。
「……サ、サフ…リ、ら、落葉…高木…。しょ、初夏……に、さ、咲く…」
  聞き取りにくく、震えた、そしてやや耳障りのある声が、半分焼けただれた唇から
もれた。
「…あんたはいつだって物知りね…。あのとき、ウェンデルのサフリラの花が見たい
って言ってたもんね…。あんたの言った通り、すっごくきれいよ……」
  サフリラの花を見上げ、アリシアは穏やかに妹に話しかける。
「…でも、こんなにキレイなら、お父様とかと一緒でも良かったんじゃない…?  わ
ざわざ私と行かなくてもさ…」
  そしてまた、車椅子を押す。
  身体と、精神を襲った多大な負担は14歳の少女にはあまりにも重すぎた。結果、
身体、精神共に障害を引き起こし、介護を必要とする身になってしまった。


「アルテナが国を閉じて、もうすぐ1年、ですか……」
「そうだな…」
  光量の少ない部屋の中、二人の男が声少なめに話し合っていた。声からすると、ヒ
ースとホークアイのようだ。
「アンジェラさんの様子は…?」
「……あんまり…。……自分の娘を……自分で…、やっちまったんだ…」
「……そうですか…。…そうですよね……」
「伝統ある魔法王国も、魔法が使えなきゃあな……」
「……………………」
 深いため息だけが、暗い部屋で聞こえる。
「…どうすれば、よかったんだろう……」
「…………………」
  ヒースは無言で首をふった。重々しい雰囲気がなぎはらえない。
「……どうして…、どうすれば……」
  静かに立ち上がり、ヒースはマナの女神像を見上げる。
「…マナの女神さま…。大いなる加護をあの子に…お与え下さい…」


「ラヴィアン?」
「あ、……う…あ…」
  ぶるぶると震える腕で、車椅子のひじ掛けをつかみ、ゆっくり立ち上がろうとする。
「あ、ちょ、ちょっと!」
  だが、ガタッと崩れ落ちた。それでも、もう一度ひじ掛けをつかんで、立ち上がろ
うとする。
「ラヴィアン!」
  すぐにアリシアが横につき、彼女を支えた。後ろの車椅子の方は、イーグルが受け
持った。普段の彼女の介護はどちらかというと、親がやっている事が多いのだが、今
日に限ってラヴィアンは、アリシアと外に出たがったのだ。
「ラヴィアン…?」
  何か、何か言っている。他人にはいくら耳障りに聞こえようとも、アリシアはちっ
とも気にならなかった。
「……サフ、リラ…。おね、ちゃんと……いっしょに……見た…かった…たの…」
  聞いて、アリシアは思わず涙がこぼれ落ちた。
「…う、うん…。見よう…。サフリラ、一緒に見よう……」
  腰にまわした手に力がこもる。後ろで車椅子をひいていたイーグルは、そっぽを向
いた。気づかれたくなくて、小さく鼻をすすった。
「…きれいだね…、ラヴィアン…。本当に………」
  そっと妹の頬にキスをして、咲き誇るサフリラを見上げる。
  ラヴィアンは、照れくさそうにかすかにほほ笑んだように見えた。

                                                                      END