「…ラビの森って言うけど…、ラビ、見かけないね…」
  きょろきょろしながら、ラヴィアンは森の中を歩く。
「ヤツら、けっこう臆病だからな。人前にはあまり姿を現さないぞ」
「ふーん…。なんだ、せっかくラビを見れると思ったのに…」
  残念そうにため息をついて、前を向いた時、横から数人飛び出しきて、彼女たちの
前に立ちはだかった。
「やい、てめぇら!  昨日はよくもやってくれたな!」
  なんと。昨日のチンピラである。ケガした男と、昨日みた顔が二人。そして、新た
に数人増えていた。
「あーっ!  おまえら昨日のチンピラ!」
「チンピラだと!?  このジャドじゃ、ドグラマグラ隊を知らねぇヤツはいねぇんだ
よ!  カツの仇、とらせてもらうぜ!」
  それぞれの武器を手にもち、あっと言う間に三人を取り囲んだ。
「なんだよ。昨日は手加減してやったってのによ…」
  立派な体格をしたルガーが、少し怖いようであるが、それでも、チンピラたちはひ
るまなかった。
「昨日のようにはいかないよ!」
  そう言って、ラヴィアンはずらりっと、バスタードソードをぬく。
「あのさー、俺は無関係なんだけど……」
  取り囲むチンピラたちにそう言ってみるが、もちろん通じるハズもない。
「やっちまえっ!」
  リーダーらしき男の声を合図にチンピラたちが、ワッといっせいに襲いかかってき
た。
「チッ!」
  素早く、2本のダガーを取り出し、イーグルも戦闘に入った。
  まず弱そうなのから。そういうコトなのだろうが、ラヴィアンの所に一番多くの人
数が集まったのである。
「フンッ!」
「ぐあっ!」
「ギャアッ!」
「ぶはっ!」
  バスタードソードの一振りに、3人がいっせいにやられ、返す刀で、さらにもう1
人。
  後ろからの攻撃をすんでで避けて、ひじ鉄をくらわす。
  ラヴィアンは、昨日の彼女とは思えないような動きでチンピラを倒しまわった。
「ちっ、ちくしょっ!」
  この三人にかなわないとわかり、後ずさった。
「ひ、引き上げるぞっ!」
  そして、まことにふがいなく逃げるように(実際に逃げたのだろう)走り去ってし
まった。
「フンだ。一昨日おいで」
  そう言って、ラヴィアンはバスタードソードを鞘におさめた。
「けっこうやるじゃねーか、おまえら」
  ルガーは、意外以上に彼らが強い事に驚き、そしてほめていた。
「ま、あれくらいならね…」
  ラヴィアンはニコッと笑って、ルガーの称賛に応えた。


「…ここから先がアストリアだ。こっちがウェンデルになる」
  立て札がたち、ルガーが指さして別れ道の先を教えた。
「…ウェンデル……か…。サフリラの季節はもう終わっちゃったか……」
「サフリラ?  ああ、そうだな。もう、来年だな……」
  ちょっと、残念そうにラヴィアンはウェンデル方面を見たが、すぐに首をふった。
「ここまでありがとう。じゃあ、あたしはこっちに行くね」
「1人で大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」
  ルガーが心配そうにそう言ったが、ラヴィアンは軽く笑って流した。
「じゃあ、俺たちはウェンデルに行くから」
「うん。じゃあね!  ありがと」
  ラヴィアンは手をふると、すぐに走りだした。コロポックルを探したくて、うずう
ずしていたのだろう。
「…本当に、大丈夫なんだろうか…」
  走り去る彼女の背中を見送りながら、ルガーがもう一度つぶやく。
「平気だろ。アイツ、剣の腕もかなりのもんだし、めちゃめちゃアタマ良いんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。やつぁ天才だよ。それより、ウェンデルに急ごうぜ。俺、会わなきゃならな
い人がいるんだ」
「ん?  観光じゃなかったのか?」
  イーグルは静かに首をふる。
「俺には、俺の用ってヤツがあるんだ。ラヴィアンには観光で通してきたけどな…」
「そういえば、おまえとラヴィアンの関係って何なんだ?  最初は兄妹かと思ったん
だが、違うし、かと言って恋人同士には見えねぇし…」
「あったりまえだろ!」
  とんでもない事を言われ、イーグルが思わず叫んでしまった。
「…そう…だな、まあ、仲間って感じかな…。でも、俺はなんとなく保護者な気分な
んだよな……」
「………まぁ、いい。ウェンデルに行こうか」
「そうしよう」
  二人は、ウェンデル目指して歩きだした。聖都ウェンデルはもうすぐである。


  一方、ラヴィアンは、コロポックルを探し初めて、はや二日が経っていた…。
「…………見つからない……。見つからないよーっ!」
  すでに陽もとっっぷりと暮れてしまい、探すだけの光量がなくなってしまう。また
昨日のようにあきらめてキャンプ準備をするか……。
「はぁ…。これじゃ、探すのは無理かな………」
  コロポックルはとても人間ギライだから、そう簡単には目の前に姿を現してくれな
いだろう…。ホークアイはそう言っていた。
  ラヴィアンはぶんぶんと首をふって、パンッと自分の両の頬をたたいた。
「あきらめないあきらめない!  あきらめたら、絶対見つからない!」
  そう自分に言い聞かせて、ラヴィアンは根気よくラビの森で、コロポックルを探し
続けた。
「キュキッ?」
「ん?  わっ!  ラビだ!」
  ラヴィアンの足元に、黄色いふわふわしたモンスターがやってきた。
「うわー、うわー、すごーい、ラビだー」
  しゃがみこんで、ラヴィアンはラビを観察した。くりくりした目で、本当に抱き締
めたくなる可愛さだ。
  可愛いラビを見れた事で、なんだか急に元気がわいてきた。ラヴィアンはラビを見
て、ちょっとほほ笑むと、また探索を始めた。
  ホォー…、ホォー…。
  フクロウがなき、彼らが活動する時間帯になった。
  いい加減疲れてしまったのだろう。自分でも気づかないうちに、ラヴィアンは居眠
りをしてしまっていた。そのすぐ横で、あのラビが一緒に眠り込んでいた。
  そんなラヴィアンの周りに、とても小さな人が、わらわらと集まってきていた。
「人間だ人間だ!」
「こんなトコで眠ってるぞ…」
「邪魔だなぁ」
「俺、人間見たの、何年ぶりかなぁ」
  好き勝手な事を言いながら、コロポックルたちは祭りの準備をはじめた。今日は満
月の夜。決まった場所で祭りが開かれるのだ。
  やがて、チャカポコ音楽が鳴りだし、コロポックルたちは輪になって踊り始めた。
「ん…うう……?」
  祭りも最高潮に達し、一番やかましくなってきたものだから、ラヴィアンのまぶた
が動いた。そして、ちょっと目を開けて、また閉じて。しかし次ぎの瞬間目を大きく
見開いて、バッとコロポックルたちに覆いかぶさった。
「うわーっ!」
「わーっ!」
  もちろん、驚かないワケがない。コロポックルたちは散り散りになって逃げ惑った。
逃げ遅れ、ラヴィアンに捕まってしまったのが一人…。
「うわーっ!  うわーっ!  殺されるーっ!  助けてくれーっ!」
「ちょっ、ちょっと!  あんたコロポックルでしょ!?」
「死ぬのはイヤだーっ!」
「聞いてよ!  あんた、コロポックルなんでしょっ!」
  クワッと、形相が変わるほどに怒鳴りつけたものだから、コロポックルの方もおと
なしくなった。こんな形相になったのも、一重に眠たいだけなのである。
「そ、そうだけど…。た、食べないでくれよ!」
「別に食べやしないよ。ねぇ、ここにドン・ペリっていない?」
「…ドン・ペリ様…?  いるけど…」
  ラヴィアンの顔が輝いた。
「本当!?  お願い会わせて!  読んでもらいたいものがあるの!」
「読んで…?  読む?」
「そう!」
  何度もこくこくうなずいた。
「仲間を離して下され。人間の娘っ子よ。ドン・ペリはわしぞな」
  捕まった仲間を心配しに来たのか、真っ白いヒゲだらけのコロポックルが姿を現し
た。
「あ、あんたがドン・ペリ?」
「さよう。お願いですじゃ、仲間を離して下され」
「良いよ。ちょっと待ってね」
  ラヴィアンはそっとコロポックルを降ろし、それから慌ててバッグの中から石板を
取り出した。
「ねえ、これ読める!?」
「ん?  どれどれ…」
  よちよち近寄って、ドン・ペリは差し出された石板を見た。
「…ほう…、これは…、古の失われた言語ではないか…」
「読めるの!?」
  しかし、ラヴィアンの期待をうらはらにドン・ペリは首を横にふった。
「失われた言語を、読める者はもうこの世におらんじゃろう…」
「そ、そんな…」
「相当に世を生き永らえた者でなければ、まず読めるものではない…。この世界で、
一番年を重ねた者はドラゴンくらいじゃろう…。じゃがドラゴンで字が読める者は希
少…」
「そんなぁ!  じゃ、じゃあ…じゃあこれは、読む事ができないの…?」
  ドン・ペリは深くうなずいた。
「そんな…、そんなぁ……」
  ガックリと肩を落とし、ラヴィアンは手をついた。せっかくここまで来たのに…。
  脱力感と、絶望感で、ラヴィアンは今にも泣きだしそうな顔で、小さく震えだした。
  その姿があまりに哀れなので、ドン・ペリは他に読めそうな者を考えてみた。
「……そうじゃ、娘っ子よ。アストリアに行ってみるのはどうじゃ?」
「…アストリア?」
「さよう。あそこに魔物が住み着いたらしいんじゃ。マナがなくなって、もうたいし
た力も持っておらんようじゃから、それほど危険ではなかろう…」
「そいつなら、読めそうなの…?」
「わからん。じゃが、妖魔なら相当に年を経ているじゃろうしな。しかし、読めるか
もしれん、じゃからな。読めるとは限らんよ」
「……そっか…。でも、ありがとう!  あたし、行ってくる!」
  言うなり、ラヴィアンは立ち上がった。そんなラヴィアンに、ドン・ペリは鋭く声
をかけた。
「やめなされ!」
「…え?  なんで…?」
「力が弱まったとはいえ、妖魔…。夜は危険じゃ…。明日の朝にしなさい…」
「………わかった…。じゃあ、あたしあっちで寝てる。ごめんね、楽しんでるトコ邪
魔しちゃって」
  素直にうなずくと、ラヴィアンは少し先にある木の側に寝っ転がった。
  コロポックルたちは、一同胸をなでおろしたが、もう祭りはやらなかった。


  朝もやの中、ラヴィアンはアストリアを目指した。
「ここ…か…」
  湖が目の前に広がる。霧が出ているせいか、ドン・ペリが言っていた妖魔は見当た
らない。
  まぁすぐに見つかるとは限らない。ラヴィアンはこの滅びた村を、散策してみる事
にした。
  墓がある。それもたくさん。もう二〇年程前に獣人たちによって滅ぼされた村だと
か。薄気味悪い村であった。これなら、妖魔が住んでもおかしくなかろう…。
「!」
  殺気が背後から生まれた。ラヴィアンは体をひるがえし、素早く剣をぬいた。
  カキィン!
  剣と鎌がかちあった。
  鎌を持っていたのは、今まで見た事がないくらいにやたら怪しいヤツだった。道化
師のような格好をして、骨皮しかないようなひどく細い手足、そして、ガイコツのよ
うな頭だった。
「チッ!」
「おまえがここに住まう妖魔か!?」
「死んで、ワタシの御馳走になりなさいッ!」
  相手は答えず、鎌をふりかざす。
  ゴスウッ!
「でやぁっ!」
「ワキャッ!」
  だが、あっさりラヴィアンの剣の前に敗れ去った。
「くくぅっ…。呪法さえあればオマエなんか…」
「あんた…、妖魔なの…?」
「ワタシみたいな人間がいるってんですか?」
  妖魔の答えに、ラヴィアンは片方のまゆを跳ね上げた。
「まぁいいや。それより、あんたこれ読める?」
  ラヴィアンは、バッグから石板を取り出した。
「…ナンですか?  コレは…」
「マナの石板。古の失われた言語で書かれているの」
「…………コレは……何と!?」
  この妖魔は目を大きく見開き、見入ったように石板を読む。どうやら本当に読める
らしい。
「読めるの!?」
「アンタ!  これ、これどうやって見つけたの!?」
「なんて書いてあるの!?」
  ラヴィアンと、妖魔の視線がかちあった。
「答えて!」
  ジャキン。ラヴィアンがバスタードソードを妖魔の首筋につける。ラヴィアンは勝
者であり、妖魔は敗者であった。
「チッ…。わかりましたヨ…。読めば良いんでショ!?  これはデスネ、マナの復活の
仕方が記してあるんです。マナストーンと同じ石材で作られてますし、信頼性は高い
でしょうネ。
  じゃ、最初から読みますよ?  『マナが無くなりし時、これを中の島で掲げよ。さ
すれば聖域への扉が開かれるであろう。マナの樹の上に、剣を突き立てよ。さすれば
マナが得られるであろう』……」
「……それだけ?」
「これだけです」
「本当に?」
「疑り深いコですネ!  大体、この石板にそんなにたくさんの内容が、書かれてると
思ってンの!?」
「………………」
  それを聞いて、ラヴィアンはフム、と小さくうなずいた。
「しかし、アンタこれをどこで見つけたの?  おそらく本物よ、これは…」
「ファ・ザード大陸の南東で見つけたんだ。さ、返して」
「………アンタ、これを実行するつもりなの?」
「そうだよ。でなきゃ、わざわざアンタみたいな妖魔に会いにくるもんか」
「おや!  このワタシに会いに来たんですか!」
「そ」
  ラヴィアンはそっけない返事で、石板をバッグに入れる。
「…どうです?  このワタシを連れてってくれませんかね?  お役にたちますよ」
「何のさ?  あんた、あたしより強くないじゃない」
「そ、そりゃ強さじゃアンタに劣りますがね。色々、アドバイスをしてさしあげられ
ますよ……」
  妖魔の目がキラリと光る。
「どんなアドバイスをさ?」
「それは色々ですよ。色々」
「色々じゃわからないじゃない。もっと具体例をあげてよ」
「…………」
  食えないコですね、この子は!  妖魔は内心舌打ちした。
「…そうですね。この中の島という場所とかですね……」
「それって、今で言う忘却の島の事でしょ?  昔、そこは中心の島だったから中の島。
違う?」
「………………」
  あっさり言い当てられてしまい、妖魔は思わず言葉を失った。まさにその通りなの
だ。
「で、ではなぜ木の上に剣をつきたてれば、マナが得られるという事は…」
「宇宙から得る事でしょ。宇宙から、自ら雷を吸う避雷針のように、マナを吸うって
事でしょ。マナは万物の力。この世界にはなくとも、広い宇宙には存在する。そこか
ら少し下さいってゆー事でしょ。それに、これは仕組みであって、アドバイスとは言
い難いんじゃない?」
「…んなっ……そう、ですけど……」
  今度も言い当てられてしまった。妖魔は少しムキになって次の質問を考える。
「そ、それではですね、なぜ突き立てるのが剣なのか…」
「マナの剣を突き立てるのが本当は一番良い。でも、聞いた話じゃもうマナの剣はな
い。マナの剣は力があるから、悪用もされやすい。破壊されてしまう事も考慮の上で、
この方法はできるようにもなっている。剣を突き立て、その剣がマナを集める避雷針
の役割をする事によって、それが新しいマナの剣になる。これは、他の剣でも代用が
効く仕組みになってるだけでしょう!  これも仕組みだよ!  アドバイスなんかじゃ
ないじゃない!」
「…………………」
  そして、これも当てられてしまった。妖魔は思わず顔色を失う。
「大体において、いきなり、あたしを襲うようなヤツを信用なんかできないよ。それ
に、それくらいの知識ならあたしにもある。ついてこないで!」
  キッパリハッキリ言われ、妖魔は呆然となった。
  確かに、少女は妖魔顔負けの知識を持っていた。ただ、古の失われた言語が読めな
かっただけなのだ…。
  こうして、ラヴィアンはずかずかとこのアストリアを後にした。そして、ここには
また、妖魔が一人、残された。
「フン!  最近のガキは礼儀がなってないネ!」
  妖魔はそう悪態をついて、起き上がった。
「…マナがあれば、あんなガキになめられなかったろうに…。ワタシの得意な呪法で
八つ裂きにしてやったのに…」
  フーッとため息をついた。あの子が本当にマナ復活に成功するかどうか、妖魔にと
ってはかなりの疑問に思えた。
「さぁ、2日ぶりに魂でも食べますか…。ちょっとずつ、ちょっとずつ……」
  そうボヤきながら、妖魔は墓場の奥に姿を消した。ラヴィアンは、マナを復活させ
れば、彼みたいな妖魔をも復活させる事にまだ気づいていない。


  ルガーは、ラヴィアンを今日一日探していた。大きな剣を背負った小さな少女など、
ラヴィアンくらいしかいない。見かけたという人に聞きながら、探していた。
  …そして、捜し出す事ができた。彼女は、小走りでジャドに向かっているようだ。
「おぅい!  ラヴィアン!」
「あ!  ルガー!  どうしたの?」
  ルガーに呼び止められ、ラヴィアンはビックリした。
「ん?  おまえの事が気になってよ。本当に石板を読んでもらえたかどうか…」
  この言葉を聞いて、ラヴィアンがけげんそうな顔をした。
「………あたし、ルガーにそのこと話したっけ?」
「え!?  あ、いや、イーグルのヤツから聞いたんだよ。おまえさんが、信じられない
事をやろうとしてるってな」
「…そんなに、信じられないかな……」
「そうだよ!  マナが失われて約20年。マナのあった生活が今では夢のようなんだ
からな!」
「……夢のような…か……」
  ラヴィアンはボウッと宙を眺めた。確かに、祖母や母など、昔のアルテナを知る者
からのアルテナの話は、ラヴィアンにとって夢のようであった。
  空飛ぶ要塞を創り出すほどの高度な技術。一年中春のように温暖な気候。ひ弱な者
でも、呪文を唱えるだけで凄まじい力を行使できる……。
「それで?  読むヤツには会えたのか」
「まぁね」
「なに!?  じゃあ、本当に!?」
「うん。ところで、イーグルはどうしたの?  一緒じゃないの?」
「え!?  あ、ああ。イーグルのヤツは、親父さんに急遽呼ばれたって言ってな。オレ
より先にウェンデルを出たんだ…」
「そう……」
  ホークアイとの約束は、ジャドまでの事。それ以降は、一緒にいろとは言っていな
かった。すこしさびしいような気もするが、彼にも彼の用事があるのだろう。
「で?  マナの復活の仕方、わかったのか?」
「まぁね…」
「……オレも一緒に行って良いか?  この目で、本当にマナが復活するかどうか見た
いんだ」
「……でも、見たって、色ついてるわけじゃないらしいから、わからないよ?」
「でも肌で感じる事ができるだろう?  それに、この前みたいなチンピラに町中で目
ぇつけられたらイヤだろ?  おまえ、けっこう目ぇつけられやすいみてぇだからな」
「………………」
  ラヴィアンは黙った。一体、何を考えているのかわからない。瞳を左右に走らせ、
そしてまぶたを閉じた。
「うん。良いよ」
  その一言を聞いて、ルガーは本当にホッとした。
「で?  具体的にどうするんだよ?  どこかに行くのか?」
「忘却の島へ行くの」
「忘却の……島……?」
  ラヴィアンは早速歩きだし、ルガーもそれに続く。
「マイアの東にある小さな忘れられた島の事。あそこはマナと深いかかわりがある場
所なんだ」
「へぇー…」
「とにかく、どうしても行かなくちゃ!」
  ラヴィアンは、強い決意を含んだ声で自分にも言い聞かせた。そして、ジャドを目
指して小走りに急いだ。後ろも振り返らずに…。


「あぁ!?  そんなトコに船を出せだぁ!?  冗談も休み休みにしてくれよ!」
  船乗りたちはことごとくラヴィアンの願いを断った。無理もないだろう。こんな小
柄な少女が、金持ちには見えないし、そんな知らない島に行きたくもないのだ。
「…………………」
  今日半日、船乗りをしらみつぶしに廻ったのだが、口から出る言葉はほとんど同じ
…。
  ラヴィアンは港から海を見つめていた。
「……どうするよ、ラヴィアン。無理そうだぜ…?」
  ルガーがそっと話しかけるが、ラヴィアンは無言で首をふった。
「ルガー…。船乗りたちはなぜ、あたしの頼みを聞いてくれないの…?」
  潮風に髪の毛をなぶられながら、ラヴィアンはルガーを見た。
「さ、さあ…。オレにも、よく……」
  ルガーはかなり困ったように、腕を組んで見せた。
「………忘却……忘れられた……知らない……島……。……子供が…お金を………」
  ラヴィアンは何やらブツブツ言いながら、少し考えた。そして、きょろきょろと辺
りを見回した。
「ねぇ、おじさん!」
「ん?  まーたおめぇか!  何度も言うが、そんなありもしねぇ島に行ってどうする
んだ!?」
「おじさん。あたしの言う島に行って。これでどう?」
  言って、ラヴィアンは懐から懐中時計を取り出した。純金製で、小さな宝石がいく
つか埋め込んである。一目でも、相当高価な品だというのがわかる。
「すっ、すげぇ!  おまえ、こんなモン持ってたのか!?」
「どうなの?  それで連れてってくれるのくれないの?」
  キッ、とにらまられて、船乗りは少なからずたじろいだ。子供だと思っていたが、
その迫力はあなどれなかった。
「わ…、わかった。船を用意しようじゃねぇか。だが、どこへ行けって言うんだ?  
そんな島、聞いた事ねえぞ」
「あたしが地図の上に書き込むから。その場所を目指してくれれば良いの」
「あ、あのなぁ、お嬢ちゃん。地図の上に落書きしたって、島がそこに出るわけじゃ
ねぇんだぞ…?」
「だったら、その時計を返して。今すぐに!」
「……………」
  ラヴィアンだけだったら、この時計をだまし取っていたかもしれない。だが、彼女
の背後にいる大男が、そんなことしたらその痛そうなパンチをお見舞いしてきそうで
あった。
「……わかったよ!」
  とりあえず、行くだけ行って、引き返せば良いか…。そう思って、船乗りは渋々承
諾した。
「おい、ラヴィアン…。良いのか?  あんな高そうな時計を渡しちまって…」
「良いの。マナはお金で買えないんだよ?」
「そ、そりゃ、そうだけど……」
  ルガーは、ラヴィアンがマナ復活に並々ならぬ執念を燃やしている事を感じた。

  ラヴィアンは自分の持っている地図を照らし合わせながら、海図の上に何本か線を
ひき、しばらくなにやら検討していたが、やがて海図の上にばつ印をつけた。
「ここに向かって」
「……おまえ、海図がよめるのか…?」
  正しい線の引き方に、船乗りは仰天して海図を見た。ルガーの方も仰天した。まさ
かラヴィアンに海図がよめて、さらに書けるとは思わなかった。
  ルガーも、イーグルが彼女を天才を言っていた事に納得させられてしまった。
「何とかね。どれくらいでこの場所につきそう?」
「……そう、だな…。夜中……夜明け前くらいじゃねぇのかな……」
「そう…。じゃあ、お願い」
「…わかった」
  船長はうなずき、数人の部下に船の出立を告げた。
  まかりなりにも、彼らは海の男たちである。示した場所へは連れてってくれるだろ
う。
  ラヴィアンは彼らに任せる事を決めると、ソファに毛布を借りてもぐりこんだ。つ
くのが夜中だと言うならば、今のうちに寝ておこう…。そう思ったのだ。
「ラヴィアンよう…」
「なに…?」
  ルガーの方を見ずに、ラヴィアンは返事だけをする。
「その、何とかの石板ってのは、何が書いてあったんだ…?  …いや、どんな方法で
マナが戻るなんて書いてあったんだ…?」
「…………………」
  ラヴィアンはそれに答えず、バッグからゆっくりと石板を取り出した。
「……『マナが無くなりし時、これを中の島で掲げよ。さすれば聖域への扉が開かれ
るであろう。マナの樹の上に、剣を突き立てよ。さすればマナが得られるであろう』
……」
  ラヴィアンはまるで読めるように石板を読み上げる。実際には、あの妖魔が言った
事を一字一句暗記しているだけだ。
「……そ、そう、書いてあるのか…?」
「…読めれば、これが読めれば確実なんだ…。仕組みも、理由も他の本に書いてある
けれど。でも、その本だって完璧に解読できたわけじゃないし、どうしても確信はも
てなかった。確信材料がどうしても欲しかった…」
  ルガーに話しているというより、独り言をつぶやいているように聞こえる。
「……………………」
「…………もう、寝ないと…」
ラヴィアンは石板を大切にバッグにしまうと、毛布の中にもぐりこんだ。
「……おい、ラヴィアン……?」
  ルガーは、そっと話しかけてみる。しかし、返事がない。すぐに寝てしまったのか、
それとも返事する気がないのか。
「フーッ…」
  ため息をついて、ルガーは床に寝っ転がった。自分も目を閉じてみる。そして、こ
の気の焦りを、懸命におさえていた。
  それから、どれぐらいの時間が過ぎたか。ルガーが急に思い出したように身を起こ
した。そして、ゆっくりとラヴィアンに近付く。そして、彼女が深い眠りについてい
る事を確かめた。
  ルガーは深いため息をつき、苦悩の表情を浮かべた。そして彼女の剣をゆっくりと
手に取った。

                                  - 続く -