ラヴィアンが連れ戻されて3日ほど経った日の事。
  今度はホークアイに頭を下げてきたのだ。
「お願いします!  あたしを、ジャドに行く事を許してください!」
「え…」
  隠れてコソコソ行くのがダメならば、正々堂々許しを得て行くつもりらしい。
  やはり、ラヴィアンはあきらめていなかったのだ。
「そりゃダメだ!  行くんだったら、アリシアが完治するまで待て!」
「でも!  用が済んだらお姉ちゃんと一緒に帰るから!」
「ダメだってのに!」
「お願いします!」
「ダメなもんはダメなの!」
  こんな問答が4日ほど続いた。今日もラヴィアンは頭を下げる。仕事の合間を、あ
まり長くない休息時間をよくも調べて何度でもやって来る。彼女との根比べは相当キ
ツい戦いであることを身に染みて感じてしまう。
「お願いします!  何でもしますから!」
「何でもってなぁ…おまえ…」
「ジャドまで、行かせてください!」
「…………………」
  いい加減うるさくなってきていたホークアイである。とりあえず、無理難題でも出
してあきらめさせようと思った。
「………わかった!  じゃあ、井戸でも掘ってみろ」
「……井戸…?」
「そう。ちょっとやそっとの日照りで涸れないような、ね。ついでにナバールから近
いとなお良いがね」
「わかりました!」
  無理に決まってるだろうけど……。ホークアイは少しホッとなった気分になった。
ここいらで井戸を掘る技術は高い方なのだが、やはり元が砂漠だっただけに、水脈を
探すのが大変なのである。井戸掘りの名人でも、うまくいかない事が多いのに、素人
ではまず不可能だ。
  その日から、ラヴィアンのお願いは来なくなった。書庫に閉じこもりがちらしいが、
一定の時刻となると、素振りをしに外にも出ているようだ。
  ホークアイが無理難題をラヴィアンに出した日の夜。アリシアがぷりぷりしながら
ホークアイの部屋に入ってきた。とりあえず、動けるくらいには回復したみたいだが、
アリシアの事だ。大事をとって、なんてことはしないのだろう。
「おじさま!」
「な、なんだ?  話があるのか?」
「ええ。おじさま、アイシャから聞いたわ。ラヴィアンに条件を出したんですって?」
  ちょっと怒っているようだ。口調がややキツい。
「ああ、その事か。大丈夫だよ。ここらへんで井戸なんて、今あるヤツ以外では水が
出たためしがないんだ。ウチの井戸掘りでもできた事ねーんだぞ」
「おじさま!  地下ほこらを発見したのは誰だか忘れたの!?」
「!」
  そう。今まで誰も見つけた事がない地下ほこらを発見したのは、ここの人間ではな
い、ラヴィアンなのである。
「条件を出させて、それをクリアして、自分のワガママを通すのがあの子のやり方な
んだから。お父様もお母様も、ラヴィアンをあきらめさせる事はできなかったのよ」
「……でもよー。ここは、ホント、水脈が乏しいんだ。今あるヤツ以外はあるわけね
ぇと思うんだが…」
「……100%不可能でないかぎり、あの子、やってのけちゃうんだから!」
「そうかなぁ……」
  だが、アリシアの言ってる事はやはり的中してしまったのだ。
  ラヴィアンに無理難題を出して6日ほどして……、ホークアイはその事をすっかり
忘れていたのだが、夕方ごろ、団員が転びながら、やたら慌てふためいてやって来た
のだ。
「しゅ、首領!  首領ぉーっ!」
「どうした?」
「あ、あのラヴィアン、とうとうやっちまった!」
「へ?」
「ほ、本当に、井戸を掘り当てちまったんだ!」
「な、なんだってぇ!?」
  ホークアイは思わず椅子から立ち上がった。
  ナバールから走って10分ほどの場所。ごろごろと石ばかりが転がって、特になに
もない場所に、団員たちがわやわや集まっている。
  近づくと、見慣れない仕掛けか何かがある。
「こ、こりゃ一体…?」
「あ、おじさん!  井戸、ちゃんと掘り当てたよ!」
  かなり眠たそうなラヴィアンが、ぱたぱた手を振っている。
「おま、なんだ、これは…?」
「もちろん、井戸掘る仕掛けのヤツ。カズサ掘りって言うんだ」
「……また、ここの文献からか……?」
「うん。や、まあ、それだけじゃないけど。ここらへんは、昔、池だったそうだから
ね、掘ってみたら水が出る確率が高いと思って。ホラ、水もけっこう出てきたし」
  穴をのぞくと、地下から水がこんこんと吹き出してきている。ここらへんに井戸は
なく、もちろん水脈などないと思っていたのだが……。
  呆然と井戸を眺めるホークアイ。
「これで、ジャドに行かせて……」
  ガクッと前に倒れ込んだ。慌ててそれを支えるホークアイ。
「お、おい、ラヴィアン!?」
「…スー…、スー…、スー…」
  どうやら徹夜でこの仕掛けを作っていたらしい。安心して、ドッと疲れが出たのだ
ろうが…。
「……なんてコだ……」
  ホークアイは、それ以上、言葉を発する事ができなかった。


「……ラヴィアン、井戸を掘り当てたんでしょ?」
「……スマン…。無理だと思ってたんだ……」
  アリシアが怒っているのも当然である。
「だから言ったじゃない!  100%不可能じゃないと、あの子はやっちゃうって!」
「スマン!」
  ラヴィアンの能力を甘く見ていたのが、そもそもの間違いか。
「で?  今、あの子は?」
「部屋で寝てる…。徹夜で掘ってたらしい…」
「ふぅー…」
  アリシアはため息をついた。
「まさか、本当に掘り当てるとは思わなかったんだよ…」
「とにかく。井戸を掘り当てちゃった以上、あの子約束を守れって絶っっっ対迫って
くるわよ」
「…だろうなぁ…」
「もう、だれもあの子を止められないわ…。おじさま。せめてここで、信用おける人
をラヴィアンにつけてあげて」
「あ、ああ、もちろんそのつもりだ…」
  この日、ラヴィアンはたっぷりと寝て、次の日、アリシアの言うとおり、ジャドに
行かせてくれとせまった。
「おじさん!  約束通りいかせてくれるよね?」
「…仕方ない。約束だからな…。そのかわり、イーグル!」
「あ?  え…な、なに?」
  いきなり呼ばれて、イーグルはびっくりした。
「ラヴィアン、イーグルを連れていけ」
「ええぇぇっっ!?」
「ええぇぇっっ!?」
  二人がそろって声をあげた。
「親父、そんな話聞いてねーぜ!」
「言ってなかったからな」
  イーグルの不平の声をあっさり流すホークアイ。
「一人で行けるよ!」
「ウソつけよ」
  そしてラヴィアンの方もあっさり流す。
「ここいらの土地が特殊である以上、ラヴィアン、おまえにゃサルタンにはたどりつ
けない。イーグルが一緒でないと、ジャド行きは承諾できないな」
「…………………」
  こうして、イーグルがついて来る事になってしまった。


「お母さん。こんなんでいいかな?」
  末の息子はそう言って、母親を見上げた。
「…そうね。だいぶまとめられたわね…」
  アンジェラは息子の荷造りの様子をやや満足げに眺めた。
「でも…いいの…?」
「なにが?」
「この事。お姉ちゃん達には何も言ってないんでしょ?  帰ってきてすぐに、お父さ
んの所へ行くなんてさ……」
  言われて、アンジェラはため息をついた。そして、悲しげな目で息子を見る。
「…しょうがないわ…。余計な心配させたくなかったし…、素直に旅を楽しんで来て
欲しいし…。それに、あの子達ならわかってくれると思うの……」
  アリシアの思った通りの事であった。アルテナに未来はもうなかった。アンジェラ
は、娘二人が帰ってきたら、国を閉じる宣言をし、そして自分たちもこの地を離れる
事にしていたのであった。
「……ラヴィ姉ちゃんはさ、マナさえ戻ればって言ってたけど…。もし、マナが本当
に戻ってきたら、何とかなる?」
  息子の問いに、アンジェラはゆっくり首を振る。マナがなくなり20年ぐらいたつ。
みな、魔法を忘れて久しい。いくらマナが戻ったところで、みんなすぐに魔法を使え
るようにはならないだろう。それに、これほど疲弊した国力では、マナが戻ったとこ
ろで、もうどうにもならなかった。
  マナが戻れば……。
  今はもう口にしないが、まだ子供たちが幼かったころ、アンジェラがつぶやいてい
た言葉だった。
「あ、女王様ここにおられたんですね。お手紙が届いております」
  ずっとアンジェラを探していたのだろう。兵士が一人、手紙をもってやって来た。
「あらそう。ご苦労様。だれからかしら…?」
  アンジェラは兵士から手紙を受け取り、差出人を読む。
「まぁ!  ホークアイから?  なんだってあの男が手紙なんて出すのかしら?」
  口ではそう言いながらも、アンジェラの表情は笑顔だった。


「ったく、オヤジのヤツ……」
  先にずかずか行こうとするラヴィアンを見ながら、イーグルは悪態をついた。
「ラヴィアン!  そっちじゃないぞ!」
「……………」
  そう怒鳴ると、ラヴィアンは不機嫌そーな顔で振り向いた。
「こっちだこっち。サルタン経由でジャドに行くんだろ?」
「……わかってるよ!」
  イーグルと一緒に行けというホークアイの命令がまだ気に食わないらしく、さっき
からご機嫌ナナメだ。
  だが、イーグルと一緒でなければ、サルタンに着く事ができないのは、ラヴィアン
もわかっている。頭でわかっていても、その現実を素直に受け止める事ができないの
だ。
「あーもうムカつくっ!」
  ダックソルジャーをメッタ切りにしても、まだ落ち着かないようだ。
「はぁーあ…」
  イーグルだって別に好きで一緒に行ってるわけではないのだが…。


「おまえよー、ジャドに行って、それからどうするんだ?」
「ラビの森に行くの。コロポックルに会いにね」
「そのコロポッ…ク…?  ってなんだ?」
「コロポックル。小人族の事だよ。本当に、手のひらに乗るくらいに小さい種族の事」
「ふーん、そんなのいるんだ…」
  今まで、そんな種族がいたとは初耳である。
  サルタンへは、イーグルが一緒というのもあって、3日で着く事ができた。それか
ら、定期船に乗って、二人はジャドを目指した。
「…なあ、ラヴィアン」
「ん…?」
  ジャドへ向かう定期船の中。本来は4人部屋なのだが、ここではラヴィアンとイー
グルの2人しかいなかった。アリシアなら、イーグルと2人で同室なんて、絶対ゴネ
ていたろうが、ラヴィアンはちょっと眉をしかめただけで、特に何も言わなかった。
「おまえさぁ、そんなにしてまでもマナを復活させたいわけ?」
  向かいの2段ベッドの下に横たわるラヴィアンに話しかける。ちなみにイーグルは
2段ベッドの上の方で寝ていた。
「…当たり前じゃん。魔法が使えるようになるんだよ?  そしたら、アルテナが、も
う一度、繁栄するんだから…」
「………なぁ、水を差すようで悪いんだけどよ…。もし、マナが復活してもアルテナ
は本当に前のように繁栄できるのか…?」
「……どういう意味…?」
  気に触ったらしく、ラヴィアンの声にトゲが含む。
「……どういう意味って、そういう意味なんだけど…。いきなりマナが復活して、そ
んでもってすぐに元に戻るのかっていうか……」
「…………………」
  ラヴィアンはしばらく、沈黙する。寝たのかなと思いかけた頃、やっとラヴィアン
は声を出した。
「……そりゃ…、たぶん、すぐには無理だと思う…。でも、マナが復活しない事には、
どうしようもないんだから。まず、なによりも第一歩だよ!  それになにより、あき
らめたら、まずそこでダメじゃないか」
「……まぁ、そりゃ、そうだろうけど…」
「どんなところでも望みは残ってるハズだもの。お父さんだか、お母さんだか、前、
言ってたもん」
「……そりゃな……」
  とくに反論する余地もないので、イーグルは静かにうなずいた。
「マナが戻れば、アルテナも今よりはマシになるはずだよ。お母さん達も、きっと今
より元気になるハズだもん。魔法さえ、使えれば、さ…。なんたって、魔法王国だも
の」
  魔法。自分が生まれる前に、マナがなくなってしまったイーグル達の世代にとって、
魔法というものがどんなものか、まったく知らなかった。
「…ところでおまえさ、魔法って、どんなもんなのか、知ってるのか?」
「知らない。……知らないけど、すごかったんじゃないかな…。お母さん達から聞い
たんだけどね。アルテナにはさ、大きくて、空飛ぶ魔導要塞とかさ、国だけでなく、
付近をも春みたいな気温にするボイラーとかさ。他にも色々魔法に関するものがたく
さんたくさんあったんだよ」
「…へぇー…」
  なるほど。確かにそれはすごそうである。よほど繁栄していたのだろう。
「お母さん、おばあちゃんもね。よくあたしに話してくれたよ。魔法が使えてた時代
の話をね。あたし、お母さん達が言うような国にしてみたい…。そんでもって、そこ
の住みたいの。本物の魔法王国で暮らしたいんだぁ」
「………………」
「他にもね、色々すごかったんだよ。ゴーレムって言う、魔法で動く大きな人形とか
ね。魔法生物って言う種類のヤツなんだけどさ。魔法でただの人形が動くんだよ。す
ごいでしょう?」
「そうだな」
  確かに、今の技術ではそういう事はできそうにないし、聞いた事はない。
「………でも……」
  今までの自慢げな口調が一転し、寂しげなものに変わる。
「…でも…?」
「……ううん…。なんでもない…。おやすみ」
「…………………………あ、ああ…。おやすみ…」
  ラヴィアンの方から話を打ち切られたので、イーグルはそれ以上話す気も失せ、小
さくため息をつくと目を閉じた。
  ジャドへはもうすぐだ。


「ジャドに到着〜」
  水夫ののんびりとした声を聞きながら、二人は定期船を降りる。
「へー…、ここがジャド…」
  ラヴィアンはきょろきょろしながら、ジャドの町並みを眺める。街の周囲には、高
い壁が張り巡らされ、まさに城塞都市の名にふさわしい。
「なんだ、おまえ、ジャドは初めてだったのか?」
「うん。いや、来た事はない事はないんだけどね。もう、全然ちっちゃい頃だもの。
行ったって、言われるだけで、記憶にはないよ」
「ふーん」
  ラヴィアンは、ジャドの様子を見るのに夢中なようだ。
「そうだ、イーグルはジャドまでって約束だったよね。帰るの?」
  不意に、ラヴィアンは振り返ってイーグルを見た。定期船の波にゆられてか、機嫌
はだいぶ回復したらしい。
「え!?  あ、いや、俺は、ウェンデルまで行くつもりなんだ…」
「ウェンデルまで?  どうして?」
「まーなんだ。観光ってヤツだよ。一度、聖都を見ておこうかと思ってよ」
「ふーん…」
  イーグルが少し慌てたような気がするが…。ラヴィアンは、あまり気にしないよう
にした。
「……………」
  ふと振り返ると、ラヴィアンが足を止めて露天商の品々を眺めている。アクセサリ
ーのひとつなど、手にもとっているようだ。
「…あいつ、あんなのにも興味あったんだ…」
  ラヴィアンは、あまりおしゃれらしいおしゃれはしていない。せいぜい、ポニーテ
ールをまとめるあの髪飾りくらいなもんである。反対に、おしゃれに気を使うのは姉
の方で、対象的でもある。
「おまえも、アクセサリーに興味を持つとはな」
「………ホラ、これ…」
  ラヴィアンが見せてくれた腕輪。細々と何かの文字が刻まれている。
「エンシェント・ルーンだよ。我が娘に多いなる愛を、って書かれてるの。なにか、
魔法がかかっていたのかな…」
「…………………」
  イーグルは内心で、前言撤回をしていた。ラヴィアンは別にアクセサリー自体では
なく、アクセサリーに刻まれた文字に興味があったのだ。目ざとくこんなものを見つ
けるとは、本気で活字中毒なのだろう。
  肩をすくめ、イーグルは歩きだした。とりあえず、今日の宿を探さなければならな
い。おそらく、明日あたりからラヴィアンとは別行動になるだろうと思うのだが…。
「おい、ラヴィアン。行く………ぞ?」
  いい加減、ついて来いと振り返ったら、ラヴィアンの姿は人込みにのまれ、どこに
いたのかわからなくなってしまった。
  今は、夕方の書き入れ時。人々がわっと集まる時間帯なのだ。
「あっちゃー…」
  イーグルはぱしん、と軽く自分の額をたたいた。この中からラヴィアンを探すのは
かなりしんどそうである。
  とりあえず、探しだそうと、一歩踏み出した時、ドガシャーンッと、激しくなにか
が倒れる音がした。
「な、なにするんだよ!?」
  ラヴィアンの声である。何があった!?
「てめぇなぁ…、不似合いな大剣なんて持ってんじゃねぇぞ!  俺様にぶつかってお
いて、何も言わねぇたぁ、どういう了見だ!?」
  どうやらチンピラに因縁をつけられてしまったらしい。イーグルは慌てて、人込み
を書き分けた。
「そっちが勝手にぶつかってきたんじゃないか!」
「なんだと!?  ぶつかっておきながら、俺様に刃向かうってのか!?」
「勝手な言い分ばかり並べないでよ!」
  ラヴィアンも強気で、勝ち気な女の子なんである。しかも下手に肝が座ってる分、
こわいもの知らずなところがあるのだ。
「ムカつくガキだな!」
「まぁ、待てよ」
  いきりたつ一人をおさえて、別の一人が前に出る。
「こいつよぉ、人殺しをなんとも思ってねぇんだよな。困った事に。おまえも危ない
ぜ?  ここはひとつ、端金でこいつをおさめてやるよ」
「だれが払うもんかっ!」
  もちろん、そんなものに屈するラヴィアンではないが…。
  一人がヒューッと口笛をふいた。
「じゃあ、跪いて謝りなっ!」
  いつの間にか、ラヴィアンの後ろにまで男がきており、背後から蹴りつけた。
「わっ…」
  ガシャンッ!
  ラヴィアンは穀類を売っている露店にまともに突っ込んだ。
「テッテー…」
  すでに、この周りには人だかりができていた。
「ちっくしょう!」
  ラヴィアンがすぐに起き上がり、背中のバスタードソードを抜こうと、グリップに
手をかけた時だった。
「やめろ!」
  低い怒鳴り声して、見知らぬ、大きな男がずかずかやってきた。
「おまえ、こんな人中でそんなどでかいえものを振り回す気か?」
「そ、それは…」
  ラヴィアンの背丈と同じぐらいもあるバスタードソードは、人がたくさんいる場所
で振るうものではない。
「おまえらもいい加減にしろ。女の子1人によってたかって!」
  体格の良いこの男に怒鳴られて、チンピラどもも少なからずたじろいだ。
「う、うるせぇ!  ごちゃごちゃ口をはさむなっ!」
  こぶしにナックルをつけた男が殴り掛かったのだが、あっさりとかわされてしまっ
た。勢い余って、男はそこの露店に突っ込んでいった。
「ちっ!  このやろうっ!」
  今度は二人がかりで襲いかかってきたのだが。やっぱりあっさりかわされてしまい、
そのうち一人は見せしめとばかりに、一発殴られた。
  ゴキャッ!
「はびゅっ!」
  口から血と歯が飛び出した。よっぽど強力なパンチだったらしい。
「ヒテェ!  ヒテェヨォ!」
  情けない声を出して、殴られた頬をおさえる。ボロボロと涙までこぼしている。
「おい、ラヴィアン!  やべぇよぉ!」
  いつの間にやらイーグルが近くに来ていて、ラヴィアンの服をちょいちょいと引っ
張った。
「そのうち、衛兵がきちまう!  ここは早く…」
「あ、でもあの人にお礼言ってないよ…」
「そんなの後でで良い!  来るんだよ!」
「わっとと…」
  ラヴィアンの手を引っ張って、イーグルが走りだす。
「一体、何の騒ぎだ!?」
  案の定、衛兵が来たらしく、それらしき人の声があっちの方から聞こえる。
  あの場所からだいぶ遠ざかった場所で、やっとイーグルが止まった。
「ハァッ、ハァッ…、もう、大丈夫かな……」
「…ハァッ、ハァッ……んく…。たぶん……ハァ…フゥー…」
  息を整えるため、ラヴィアンは深呼吸をする。
「っとにぃ…、一体、何があったんだ?」
「知らないよ!  あっちが勝手にぶつかってきて、勝手に因縁つけてくるんだよ!  
アッタマきちゃう!」
「からまれたってワケか……」
  おそらく、チンピラたちにとって、小さめの女の子が大きなバスタードソードを背
負ってる姿が気に食わなかったのだろう。
「……おまえ、なんだってバスタードソードなんだ?  もちょっと、扱いやすいてっ
いうか、そこまで大きくない剣だってあるじゃねぇか」
「うん…。でも、他に良い剣がなくてさ。あたしのレベルに合った剣って言うかなん
て言うか」
「そうかなぁ…。デカいと扱いにくいんじゃねーの?」
「そうでもないよ。素振りするにも、ちょうど良い重さだし」
  戦闘経験が浅いため、そんなに強い感じはしないが、なんだかんだ言って実力はあ
るようだ。
「とりあえず、宿屋を探そうぜ。もう日が暮れちまうよ」
「そうだね…」
  夕焼け色に染まる空を見上げ、ラヴィアンもうなずいた。
「あれっ?」
「ん?」
「よう!」
  なんと。さっきの男が手をあげてこちらにやって来るではないか。
「あ、あんたさっきの…………なんて言うの?」
「あぁ、自己紹介がまだだったな。オレはルガーってんだ」
「あたしはラヴィアン。さっきはありがとう」
  軽く頭を下げると、照れたように手をふった。
「別に、どうってことねぇよ。それより、おまえこれ落としたろ?」
  そう言って、さっきラヴィアンが眺めていた腕輪を取り出した。
「あ!  それ…」
「なんだ、おまえ買ったんだ」
  イーグルがルガーの持つ腕輪をのぞき込んだ。
「わざわざ届けにきてくれたの?」
「さっきの騒ぎで落としたと思ってよ」
「……でも、これ、あたし買ってないよ?」
「え?」
「戻そうと思った時に、アイツらがぶつかってきてさ。そのまま落としちゃったんだ
けど……」
「……………………」
  気まずい空気が流れる。
「…あ、あたし、あそこの人に謝って返してくるよ」
「あ、おい、もう露店は閉めちゃう時間だぜ!」
  行こうとするラヴィアンを、イーグルが止めた。今から行ったら、話をややこしく、
面倒臭くするだけなのだ。
「…でも……」
「どーせ、あのチンピラたちが、弁償させられる事になるだろうよ。払わせとけ払わ
せとけ!」
「……そういうもんかな…」
「そういもんにしとけ!」
  とうとうルガーまでにも言われ、あまり納得いってなさそうであったが、ラヴィア
ンはさっきの通りに戻るのをやめることにした。
「ところで、ラヴィアンだっけ?  随分ごたいそうな剣を背負ってるな」
「みんな言うね」
  そりゃおめぇに不似合いだからだよ!
  イーグルは言葉にださないが、心の中で言ってみる。
「でも、あたし、身を守るのに何があるかって言ったら剣術しかないし。この重さが、
なんか気に入ってるんだ」
「ふーん…」
  ラヴィアンは改めてルガーを見た。色黒で、申し分ない筋肉ががっしりついている。
八重歯がするどく、口を開けるたびにチラついている。
「しかし、剣を背負ってる事は、おまえら旅してるのか?」
「そうだよ。ルガーはここに住んでる人?」
  ルガーは首をふる。
「いいや。オレも旅してるんだ。ウェンデルに親父がいるんで、会いに行くトコなん
だ」
「じゃあ、イーグルと行く所は一緒だね」
「イーグル?」
「この人の事だよ」
  ラヴィアンはそう言って、イーグルを指さした。彼は、ちょっと頭を下げる。
「ん?  て事は、おまえは違うトコに行くのか?」
「そうだよ。ラビの森までね」
「ラビの森って、かなり広いじゃねぇか」
「うん。たしか、ここの南にアストリアって滅びた村があるでしょ。あそこらへんま
で行くつもり」
「…そ、そうか…」
  気のせいか、ルガーが動揺したように見えた。
「…もしかして、ルガー、ここらへんにくわしい?」
「え?  別に、くわしいって程でもねぇが、まぁ、わからん事もないな」
「じゃあ、アストリアまで案内してよ!  ついででしょ!」
「へ!?」
  突然の事に、ルガーはビックリした。
  このいきなりお願いガイドは、別にアリシアの専売特許でもないらしい。イーグル
は思わずそっぽを向きたくなった。
「え、や、まぁ、かまわねぇけど…」
  このルガーもけっこう人が良いらしく、なんだかんだ言ってOKしてくれた。
「でもよ、まさか今から行くなんて言わねぇよな?」
「…そう…だね…。もうすぐで夜になっちゃうね……」
  ラヴィアンは、さっきよりも、さらに暗くなりつつある空を見上げた。ルガーはフ
ッと小さくほほ笑んだ。
「こいよ。宿屋はこっちにあるぜ」
  と言って、歩きだした。
「…………………」
  ちょっとの間、顔を見合わせていたイーグルと、ラヴィアンだが、やがてルガーの
後について歩きだした。

                                  - 続く -