「あんたさ、イーグルって言ったっけ?」
「そ、そうだけど?」
「ここらへんの見所って知らない?」
「見所?」
「そう。せっかくサルタンにまで来たんだもの。ここらへんを、見て回るのも悪くな
いじゃない?」
  アリシアにそう言われ、ラヴィアンはちょっと考え込んだ。…まぁ、確かにそれも
悪くないかもしれない…。
「…そうだなー…。…サルタンとディーンとをつなぐバレッテ乗りとか…」
「なにそれ?」
「バレッテってちゅう魔獣がいるんだけどな。まぁ、そいつにのってサルタンとディ
ーンを往来するわけだ。他にも、ダックソルジャーのメイスダンスとかな」
「……へぇ……」
  やはり知らない土地は異文化でいっぱいである。アリシアは聞いた事もないものに、
やや怪訝そうな顔をした。
「じゃ、あんたヒマなの?」
「え?  俺?」
  いきなり、そんなことを言われて、イーグルは目を丸くした。
「ま、まぁ、ヒマと言ったらヒマだし、ヒマじゃないと言ったらヒマじゃないし」
「どっちなのよ!?」
「ヒ、ヒマです!」
  ヒステリックに言われ、思わずイーグルは敬語で返す。
「じゃーさ。あんた、私たちのガイドになってくんない?  ここじゃ私たち、右も左
もわかんないし。やっぱ知らない人間だけだと不安なのよね」
「え!?」
「お、お姉ちゃん…」
  ラヴィアンはアリシアを軽くこついた。
「良いじゃないの。害は無さそうだし。それに、初めての土地での観光にガイドはつ
きものだと思うの」
「そう…かなぁ…?」
  なんだかんだ言ってお嬢様育ちであるアリシアに、ラヴィアンは不安を感じた。
「あ…、あのなぁ…。ガイドになってくれって…、はいそーですかって承諾できると
思うか?」
「あら。私に勝手に声をかけてきて、勝手についてきたのはあんたじゃない」
「そ、そりゃ…そうだけど…」
  まさかいきなりガイドになれなどと言われるとは、思いもしなかった。
「俺にも、俺の都合ってのもあるわけで…」
「さっきヒマってあんた言ったじゃないの。なによ、自分の発言に責任持てないの?」
「そんなぁ!」
  強引なアリシアに、さすがのイーグルもたじたじになってきた。
「わかった!  じゃあこうしよう。お姉ちゃんはガイドがほしい。イーグルはガイド
をやりたくない。だからこうしよう」
  言って、ラヴィアンはコインを一枚取り出した。
「おい…。もしかして、表か裏かってヤツ…?」
「そう。これで決めれば良いじゃん。あたし、どっちでも良いんだよね」
「おまえなぁ!  そんなんで決められてたまるかよ」
「ガイドやりたくないんでしょ?  じゃあこれで勝てば良いじゃない」
  どこまでも強引な姉妹である。イーグルは声をかけたことを今更ながらに後悔した。
「じゃいくねー」
  問答無用にも、ラヴィアンはコインを指で跳ね上げた。コインは宙でくるくるっと
回転して、彼女の手の甲に受け止められる。
「はいどうぞ」
「じゃーねー。……表!」
「……ウラ…」
  不機嫌そうにイーグルが言うと、ラヴィアンはゆっくり手を外した。
「表。お姉ちゃんの勝ちー!」
  ずる…。イーグルが椅子からずり落ちた。
「おまえら仕組んでんじゃねぇか!?」
「別に仕組んでなんかいないよ。そんな芸当持ち合わせていないもん」
「フェアに感じない!  俺から決めさせてくれたって良いだろ!?」
「…わかったよ…。じゃ、もう一回ね」
「えー!」
  アリシアは不満をもらしたが、もう一度、ラヴィアンはコインを跳ね上げた。
「どっち?」
  じっとラヴィアンの手を見ていたが、悩んだ末に一言。
「…………………………裏!」
「じゃ、お姉ちゃんは表だね…。…………」
  ラヴィアンはそっと手を外す。
「また表!」
  がくっ…。
「決まり決まり!  ガイドお願いねー!」
「…………………………」
  突っ伏したまま、イーグルは顔を上げる事ができなかった。
「た、タダでやらせる気か…?」
  やっと一言。そう言うと、姉と妹は顔を見合わせた。
「じゃあ、これ」
  と言って、アリシアは、ラヴィアンがかけに使った例の1ルクコインを、イーグル
の前に笑顔で差し出した。
「…………………………」
  イーグルは頭をかかえ、しばらく立ち直る事ができなかった。


  なんで俺は…こうしてバレッテに乗って揺られているんだろうか……。
  イーグルはなかば呆然としながら、前方をぼんやりと眺めていた。
  バレッテはかたい甲羅に覆われた大型の魔獣で、今ではだいぶおとなしいモンスタ
ーである。
  三人はバレッテを借りて、特定ルートであるオアシスの村ディーンに向かっていた。
もっとも、今では水も緑も昔より豊富なため、オアシスという感じがしないそうであ
る。
「思ったより遅いなぁー、これ…」
「良いじゃないの。これはこれで、けっこう良いと思うけど?」
  せっかちなラヴィアンに対し、アリシアはのんきだ。
「イーグル。オアシスにはどれくらいでつくの?」
「………………」
「イーグル!」
「へ?  あ、なんだ?」
「んもう、しっかりしてよ。ディーンにはいつごろつくの?」
「……そうだな…。夕方にはつくんじゃないか?」
「そうー…」
  ラヴィアンは少し居心地悪そうにバレッテを見た。アリシアの方は、のんきそうに
周りの景色を眺めている。
  灼熱の砂漠は、本当に名ばかりな感じである。短い草がそこかしこに生い茂り、南
国特有の木々が大小たくさんある。見慣れない景色に、アリシアは見るのに忙しいよ
うだ。
「きれいねぇー…」
  真っ赤に染まる夕焼け空を眺めながら、やっぱりアリシアはのんびりつぶやいた。
「そうだね…」
  ラヴィアンはヒマそーにバレッテの上に寝っ転がっている。バレッテは大きくて、
人一人寝っ転がっても余裕なくらいのスペースがある。
「そろそろつくぜ…」
  手元で、なにやら仕掛けらしきものを作っていたイーグルは、それをしまって、目
の前に広がる湖を目でさした。
「へー、あそこがディーンなんだ」
「なんか、オアシスって感じはしないね」
「もう今はな」
  それは、そのうちこの地がオアシスという名で呼ばれなくなることを言っていた。
  ディーンにつくと、バレッテは宿舎に帰っていく。このバレッテの巣に帰る習性を
利用して、ここはバレッテ使いの人件費を削減していた。もちろん、確実性にはやや
かけるため、値段も手頃になっている。
「降りるぞー」
「よっ!」
  ラヴィアンは荷物を持って、ひらりと降りるのだが。アリシアは一人、もたもたし
ている。
「ちょ、ちょっと待って、やだ止まってぇー!」
「なにやってんだよ…」
  はぁーっとため息ついて、イーグルはアリシアが乗ってるバレッテに近づいた。
「ほら、早く降りろよー!」
「せ、せ、せーのっ!」
  勇気を振り絞って、アリシアはバレッテから飛び降りる。
  しかし、着地にグラついた。
「わ、ととと…」
  支えようとイーグルが出した腕に、ぐらりともたれかかる。ちょうど、彼の腕に彼
女の胸が重なった。
「わお!」
  その感触に思わず声をあげたイーグルだが、数秒後張り手を三、四発くらう事にな
る。


「ふぅー…」
  ヒリヒリする頬をおさえ、イーグルはとぼとぼ歩いていた。
「へー、ここがディーンなんだ」
  アリシアは不機嫌そうに歩き、ラヴィアンはきょろきょろと周囲を見回しながら歩
いていた。
「あ、そうだ。俺、ちょっと用事があるんだよ」
  急に、イーグルはハッとなって顔をあげた。
「用事?」
「うん。おまえらのガイドするなんて、俺の予定に入ってねえだろ。予定、変更して
こなきゃ」
「ここで?」
「え…、うん。俺の親父が酒場にいるんでな。ちょっと言ってこないと」
「へー。あたしも行こうっと」
「へっ!?」
  イーグルはすっとんきょうな声をあげた。
「良いじゃん。別にお酒飲むわけでないから。お姉ちゃんはどうする?」
「……………………」
  無言であるが、ラヴィアンと一緒に歩きだしたところを見ると来るつもりなようだ。
  まぁ、本人達がいた方が説明はしやすいかな…。
  そう思って、イーグルは軽く手招きして、酒場に足を踏み入れた。
  酒場の中はうるさくて汚くて、まさに荒くれ者共の巣窟のように思えた。
  アリシアとラヴィアンは、一瞬、息を飲んだ。
  アリシアたちにとって、このような場所は初めてなのだ。特にアリシアは相当なカ
ルチャーショックを受けたようだ。真っ青になり、思わず立ちすくむ。
「よーっ!  おネーちゃん」
  アリシアの美貌に口笛をふいたり、にたにた笑ったりして、アリシアにとっては気
持ち悪くてしょうがない。怖くなってラヴィアンの背中にしがみついた。
  ラヴィアンの方は可愛い顔にして、背中には不似合いな大剣を背負っており、こち
らもひやかされた。だが、肝はすわっているようで、ずかずかとイーグルの後に続い
た。
「かぁわいいお尻しちゃって!」
  飲んだくれの一人が、アリシアのお尻をなでた。
「キャァアーッ!」
  かん高い悲鳴をあげて、アリシアは座り込んでしまった。目には涙までためて、小
さく震え出している。この反応に、逆に飲んだくれの方が驚いてしまった。
「なにするんだよ!?」
  姉を守るように、ラヴィアンがその飲んだくれにくってかかる。
「おい、お前ら。いらねーちょっかいかけんじゃねぇぞ」
  低い声が奥の方から聞こえた。
  振り向くと、長身の男がゆっくり歩いてきた。彼が通る所に道を開けているところ
を見ると、彼はかなりの有力者らしい。
  歳は彼女たちの父親とそう変わりない感じで、若いころは相当な美形だったろう。
もちろん、今でも通じるものはある。でも、どこかで見た事あるような気がする…。
「すまねぇな。ここはお嬢ちゃんたちみたいな客は珍しくてね」
  ちょっと腰をかがめ、にこっとほほ笑みかける。
「親父!」
「おう、イーグル。なんだ?」
  ああ。道理でどこかで見た事あると思ってたら。ラヴィアンはちょっと納得した。
なんてことはない。イーグルに似てたのだ。いや、この場合はイーグルが彼に似てい
ると言うのだろう。
  イーグルとその父親はなにやら話し合っている。ラヴィアンは振り返って、座り込
んだままの姉をゆすった。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんってば!」
  しかし、よほどショックだったらしく、立ち直れそうにない。
「…………………」
  ラヴィアンはちょっと考えて、そしてすぐに何か思いついたらしい。
「メソメソしないでよ。ブース」
  アリシアの動きが止まった。
  バシィンッ!
  次の瞬間、ラヴィアンはアリシアによって張り倒されていた。
「おっと」
  よろめいたラヴィアンを支える、イーグルの父親。
「あんたねぇ、姉が泣いてるって言うのに、なに!?  その思いやりのカケラもない言
葉の掛け方はっ!?」
  涙も吹っ飛んだようで、今度はぷんぷん怒っている。
「だからっていきなり殴る事ないじゃん!」
「殴られるような事やってんでしょっ!?」
「ああ…。また始まった…」
  うんざりして、イーグルは頭をかかえた。しかし、そんなやりとりを見ていた彼の
父親はいきなり笑い出した。
「くっはっはっはっ!  いやー、良い姉妹じゃねーか、お嬢ちゃん方!」
  いきなり笑い出したこの男に、ラヴィアンは顔をしかめた。なにがそんなにおかし
いんであろうか?
「まぁ、そんな顔しなさんな。えっと、お嬢ちゃん方………」
  二人の顔を見て、イーグルの父親はアリシアの顔を見てギョッとなった。
「んなっ…、ア、アンジェラ!?」
「えっ!?」
  これには二人もビックリした。なんだって彼は彼女たちの母親の名前を口走ったの
か。
「お母さんを知ってるの!?」
「お母さん!?  …あ、あーあーあーあー!」
  イーグルの父親はワケがわかったようで、ぽんと手を打って納得した。
「えーと、お姉さんの方がアリシアで、妹の方がラヴィアン!  違うか?」
「ええっ!?」
  今度はイーグルさえも驚いた。彼は教えてもいない二人の名前を当てて見せたのだ。
「なーんだよ、アンジェラの娘たちだったのか。そっかそっかー!」
「ちょっとあなた。お母様を知ってるの!?」
  アリシアに尋ねられ、イーグルの父親はにこっと笑って見せた。
「ついでに君たちのお父様もね。まーなんだ。俺は君たちの両親の親友ってヤツだ」
「うそーっ!」
「ウソだぁ」
  真っ先に否定する二人を見て、イーグルの父親は苦笑した。
「本当だよ。アリシアちゃんが小さいころ、一度会ったんだけどね…。覚えてないか
…」
「覚えてないわよ、そんなこと」
「…うーん、そうだな。じゃあ、君らのお袋さんは派手でワガママで、どえらいヤキ
モチやき。違うか?」
「えらい言われようだぁ…」
「でもあってるわ!」
  自分たちの母親について当ててみせられて、目を丸くさせる。
「じゃあ、本当なんだ!」
「そうそう。やっと信じてくれた?  しかしどうしてアルテナからここに来たんだ
い?」
「観光だってよ」
  これにはイーグルが口をはさむ。二人もうんうんうなずいた。
「へぇ!  じゃこの地方を観に来たわけだ」
「まぁ…そうよ」
「ふーん…」
  彼はちょっと顎に手をやって、少し考えた。
「そっか…。じゃあ、せっかくこの地に来たんだ。俺たちの歓迎も受けてもらおうか
…」
「え?」
「親父、まさか…」
  父親は息子にいたずらな笑みを向けた。
「どうだい?  君たち、ナバールに来ないか?  歓迎するよ!」


「い、良いのかよ、親父…、ナバールに招待するって……」
  イーグルが心配そうに父親に小声で話しかける。酒場にいたほとんどの飲んだくれ
を連れて、彼らはナバールに向かって歩いているのだ。
「良いんだ良いんだ。俺が良いって言ってんだ。文句は出ないって。それに、母さん
も喜ぶだろうよ」
「お袋が!?  なんで!?」
「母さんもあの子たちを知ってるからさ」
「????」
  はぐらかされたような返答に、イーグルは納得した顔を見せなかった。
「あんたさぁ、ナバールって知ってた?」
「名前だけね。砂漠の盗賊団でその規模は一国にも値するそうだけど…」
「え!?  そうなの!?」
「って本で読んだ…。義賊だって話は聞いたけど。でも、ナバールってどこにあるか
わかんないんだよ?  地図にも載ってないし…。そんな所に招待って…なんでだろう
…」
  ラヴィアンは腕を組んで少し悩んだ。この人達を本当に信用して良いのか、ラヴィ
アンにはわからない。でも、これだけの男達に囲まれてどうにかできる自信はなかっ
た。
  けど、この人達に悪意は感じられないし、さっき食事も全部おごってもらっちゃっ
たし…。
「そうよね…。そういえば、あのイーグルのお父様。まだ名前聞いてなかったわね」
「あ、そういえば…」
  確かに、彼の名前はまだ知らなかった。もしかすると、母親の口から出た事のある
名前かもしれない。
「ねえねえおじさん!」
  しかし、イーグルの父親は振り向かない。
「おじさんってば!」
  ラヴィアンが彼のそでを引っ張ると、なにやらショックを受けたようである。
「お、おじさんって、俺が?」
「うん」
  おじさん…。確かにそう言われてもおかしくない年齢かもしれないが、面と向かっ
て言われるとかなりショックだ。
「なにショック受けてんだよ。言われてもおかしかねートシしてんだろ」
  息子に突っ込まれ、彼はかなりイヤそうな顔をした。
「あたし、おじさんの名前聞いてなかったよ。なんて言うの?」
「あ、ああ…。まだ言ってなかったな。ホークアイってんだ。聞いた事あるか?」
  ホークアイ…。聞いた事あるような、ないような…。
「そういえば、お母さんが言ってたかな…」
  ラヴィアンがちょっと自信なさげに言う。
「そうだっけ?」
「あんまし覚えてないよ。お母さんの交友関係よく知らないもの」
「まーね。それはね」


「ほら、ここがナバールだ」
  連れて来られてきた所は、天然の巨大な要塞がそびえたっていた。
「へー…。すごいわねぇ…」
「本で読んだのとちょっと違うかも…」
「お帰りなさいませ」
  門番が頭を下げる。
「おう、ご苦労」
「この人、偉いの?」
「私が知るワケないでしょ?」
  二人はなにやらコソコソ言い合った。その時、二人の肩に大きな手が乗っかった。
「さ、入った入った」
  背中を押され、二人はナバールの分厚い鋼鉄の扉を通る。
  外が自然的であるのに対し、中は人工的であった。
「へぇえぇえぇ…」
  二人はただただ口を開け、中を見るばかり。
「お帰りなさいませ!」
  中の男たちが、いっせいにホークアイに頭を下げる。
「おう。悪いが、この子たちが泊まれるような部屋を用意しといてくれ」
「……あ、はい!」
  一瞬、不思議そうな顔をしていたが、言い渡された男はすぐに返事をして頭を下げ
た。
「さー、君たちはこっちこっち!  あ、そうだ。おい、カミさんは?」
  二人の肩に手をまわし、歩きだそうとするが、ふと思いついたように足を止めた。
「アネさんですか?  部屋にいるんじゃないでしょうか?」
「じゃあ、呼んできてくれねーかな?」
「はい」
「あの……」
「うん?」
  声をあげたアリシアに、ホークアイは顔を向ける。
「おじさまは…、その、ここの王様なんですか?」
  おじさま…。若くて、これほどキレイな娘におじさまと呼ばれる…。それもなんだ
か悪くないような気がする…。などとホークアイは考えていた。
「お姉ちゃん!  ナバールで王様ってのはないでしょう  王政じゃないんだもの」
「あら。じゃあ、なんて言うの?」
「知らないよ。…ボス…とかなんかじゃないの?」
  そりゃねーよ。思わず突っ込みたくなったが、その言葉をのみこんだ。
「あ、あのね。首領ってヤツをやってるんだよ」
「へぇ!  首領って言うんだ。こういう時に使う単語なのね!」
「へー!  盗賊団のボスってみんなデブでハゲでアイパッチつけてると思ってた!」
「………………………………」
  ホークアイの顔が引きつった。なるほど手ごわい娘たちである。イーグルがうまい
ようにのせられてしまったのもわかる気がした。
  それから、軽いお茶をもらって、彼の奥さんも紹介してもらった。彼女もなぜか自
分たちを知っていて、二人は複雑な思いをさせられたのである。


  しかし、それにしても今日はとてもとても目まぐるしい一日だった。
  あてがわれた部屋で、二人はベッドにもぐりこんだ。最初、ナバールやホークアイ
を疑っていたラヴィアンだが、それも晴れたようである。
「おじさまって面白い方ねぇ!」
「そーだね…」
  ちょっとはずんたようなアリシアの声とは対照的に、ラヴィアンの声は眠そうだ。
実際にとても眠いのである。
「でも、イーグルって、彼のお母様とは全然似てなかったわね」
「父親似なんでしょ…」
  そんなもん一目瞭然じゃないか…。しかし、そう言いたいと思うよりもラヴィアン
は眠りたいと思っていた。
「なんだか、ウチのお母様とは違った感じの方ね…。優しそうで、しとやかそうで…。
なんだか盗賊団には不似合いな感じよねぇ」
「そー…だね……」
  ほとんど返事するのみで、ラヴィアンの意識は消えかかっていた。
「確かに、昔、あの夫婦に会ったかもしれないのよね、私…。お父様とお母様に連れ
られて…。いつだったかなぁ……」
「…………………」
  すでにラヴィアンは夢の国へと旅だってしまい、アリシアは一人、部屋に残された。
「ラヴィアン?  ……寝ちゃったのね……。はぁー…。あんたは良いわね。違うベッ
ドでも、ソファーでもすぐに眠れるんだから…。……あぁーん、お父様ぁ〜!」
  アリシアの情けない声も、もうラヴィアンには聞こえなかった。


「は、あ、ああぁー…」
  窓から朝日が差し込み、小鳥たちのさえずりが聞こえる。ラヴィアンは上半身を起
こし、思いきりのびをした。
  昨日怠っていた柔軟運動を、ラヴィアンはゆっくりやっていた。姉はまだ起きそう
にない。
  やがて、ドアがノックされ、朝食だと告げていた。
「ホラ!  お姉ちゃん起きて!」
「う、うぅーん…」
  しかし、寝返りをうつだけで起きてくれない。
「お姉ちゃんてば!  んもー!  おーきーてーよ!」
  ラヴィアンは枕を手にしてぼすぼす殴りつけた。
「…っったいわね!  なにすんのよ!」
「早く起きてよ。朝食だってさ」
「だからって枕で殴る事ないでしょ!?」
「お姉ちゃんがなかなか起きないからじゃないか!」


「朝っぱらからケンカか?  よくやるな…」
  ホークアイは二人の様子を見て苦笑した。二人と出会ってからすでに数回彼女たち
はケンカしている。きっと彼女たちの家族からにしてみれば、二人のケンカがないと
落ち着かないんでないかとも思う。
  二人のムスったれた顔を見れば、ケンカしてたのはよくわかる。それに、ケンカの
声が外まで響いていたのだ。
  しかしそれも、食事になればさっきのケンカなど忘れたように仲良く話し合ってい
るのだ。
  ホークアイは仕事があるらしく、朝食時にしか見る事はできなかったが、代わりに
イーグルがナバールを案内してくれた。もちろん、案内してくれない所があるくらい
は二人もわかっていた。
「ここが書庫だ。本が好きなヤツはここには少ないからな。人も来なくて妙にほこり
っぽいんだよな」
「あ、あのさぁ、あたし他の案内は良いからここにいていい?」
  わくわくしたように、ラヴィアンが中に入って行く。
「え?  別に良いけど…。良いのか?」
「うん!」
  許しが出ると、にこーっと笑みを浮かべ、書庫にすっ飛んで行った。
「あいつ、本が好きなのか?」
「本の虫よ。その気になりゃ、一日中読みふけってられるわ」
  あきれたように、実際あきれているのだろう。アリシアは肩をすくめてみせた。
「頭良いのか、アイツ?」
  本を好んで読むヤツは頭が良い、という通念があるイーグルは書庫を後にしながら
アリシアに尋ねる。
「良いわよ。読書量なんて相当なもんだしね。ただ、頭でっかちになってるところが
あるのは確かだけど」
「……あれ?  じゃあ、いつ体を鍛えてるんだ?  あいつ、けっこうなバスタードソ
ードなんぞ背負ってるけど、使えないのか?」
  イーグルの問いに、アリシアは少し考えてから、話し始めた。
「……最初はあの子、体が弱かったのよ。今じゃ考えられないけどね。だから、小さ
なころは本当に本ばっかり読んでた。いつのころだったかな。一人で旅に出たいって
言い出してね。体が弱いんだから、そんなの許せるわけないでしょ?  だから、お父
様が体を鍛えて大きくなったらっていう条件を出したの。
  あの子、これと決めたら何がなんでもやり通すのよ。もう執念って言って良いわね。
怖いぐらいよ、それは。旅に出るために、お父様やお母様が出した条件をクリアーし
てったの。剣術なんかは、お父様がだした条件よ。その方面の才能があったのは確か
でしょうね。あそこまで上達したんだから。あの子の剣術、歳のわりには相当なもん
よ」
「じゃ、強くもあるわけか!」
「歳の割りに、よ。プロにはもちろんかなわないわ。それに、実戦経験浅いから、ど
うなるかわかんないってのが本当のところよ」
  ここのところは、単に父親の受け売りのセリフでもあって、アリシアは一度、口に
してみたかったのだ。
「…とは言え、デキが良いのは確かだわ。比べられるこっちはたまったもんじゃない
んだから」
「そ、そうだな…」
  デキの良い兄弟に比べられると、多かれ少なかれ劣等感が生まれるのは仕方のない
事だろう。
  一通り案内してもらってから、アリシアはイーグルの母からお茶に誘われた。


「こ、これだ!  あったんだ…。本当にあったんだ!」
  ラヴィアンは震える手でページをめくった。まさかこんなに早くこの本に出会える
とは…。
  心臓のドキドキがおさまらない。世界中の書庫を調べて、この本を捜し出したかっ
た。
  ナバールに来て2日目。またも入り込んだ書庫で、ラヴィアンは目的の本を見つけ
だした。
「これだ…。これだ…。これで…」
  目のはしっこに涙を浮かべ、ラヴィアンは古ぼけたこの本を思いきり抱き締めた。

                                    -続く-