ズンドコ節
  数日後。ホークアイはアニーに連れられてデパートへと来ていた。
「やっぱり、色々と入り用だものね。今のうちに買い揃えておかなきゃ」
  2人でデパートの売り場をゆっくり歩く。家具。食器。ベビー用品。彼女はためらう
風もなく、カードで買っていく。ホークアイはいくつか荷物を持たされていた。
  そこで、ホークアイはいまさらながらに気づいた。
「…………なぁ、アニー」
「なに?」
  2つのティーセットを見比べながら、アニーが返事をする。
「…おまえんち、金持ちなのか…?」
「……え?  …ええ、まぁ、そうね。そうよ」
  顔を上げ、ホークアイをちらっとだけ見て、そしてまたティーセットに視線を戻す。
「私のウチで思い出したけど、あなた、婿にきてね」
「………………はい?」
  一瞬、言ってる事がわからなくて、ホークアイはすっとんきょうな声を上げる。
「わかるでしょ?  ウチ、ちょっとした家なのよ。婿養子に来てほしいのよ」
「………ちょ、おい、それは……」
「あなた、一人っ子なんでしょ?  ちょっと難しい注文だと思うけど、あなたのお父さ
ん説得してよ」
「…………………」
  話がどんどん進んでいる。ホークアイは冷や汗をながした。このまま、アニーのペー
スで良いのか?
  いや、良くない。
  …しかし、人生とはこんなものかも…。
  いやいや、あきらめるのは良くない…。
  ホークアイの心の葛藤は続く。
  ため息をつきながら、ふと振り返ると。
「!!!!」
  彼の内緒の大本命が、友達と2人でなにやらぶらぶら歩いて来るではないか!
  やっ…やっば〜っ!
  なんでこんなとこで鉢合わせするかなー!
  彼は己の不運さを呪った。
  ここは他人のフリをして、彼女から見えない場所に隠れるか。
  しかし、あんまり会えない彼女とおしゃべりはしたいのだが…。
  だがしかし!
  ホークアイは涙を飲んで前者を選んだ。
  軽蔑はされたくない…………。バレなきゃ良い世界ではあるけれど、たらしである事
を見せつけるのはよくないし、二人で赤ちゃん用品買ってるところなんで、見られたら
サイアクこの上なし。
  ホークアイはさりげなーくさりげなーくのつもりで、彼女たちからの死角に入り込む。
きっと絶対見えない、ハズ…。
「ちょっと、ホークアイ?  どこなの?」
  俺の名前を呼ぶんじゃねえええぇぇぇっっ!!
  どんなにかそう叫びたかったが、我慢して、隠れ続ける。彼女たちは2人でおしゃべ
りしながら歩いているのだ。それなら、他人が言ってる事も耳に入らないだろう。それ
に、デパートという人が集まる場所。だから、アニーが自分の名前を呼んでいるという
事に、彼女たちは気づかないだろう。
  案の定、彼女たちはどこぞへと行ってしまい、影も形も見えなくなった。
「ちょっと、ホークアイ。どこ行ってたのよー」
「あ、いや、こっちの商品も悪くないかなって…」
「ま…。気が早いのね…」
「へ?」
  アニーがちょっと顔を赤らめたので、マヌケた声を出すホークアイ。そこは、寝具売
り場だったのである。
  馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!  俺の馬鹿!
  どんなに自分を呪っても勘違いされてもしょーがない事ばかり。
「そうね…。でも、ダブルベッドの方が良いんじゃない?  クイーンサイズとかどうか
しら…」
「………俺はプリンスメロンの種を取るのが嫌いなんだ…」
「?  何を言ってるの?」
  自分が意味不明の言葉をつぶやいている事にさえも気づかない。
  …しかし…それにしても…。
  ホークアイはやっと頭が冷静さを取り戻してきた。こんなにもぽんぽんと物を買うと
は。金持ちというか、まるで金銭感覚がないようなのである。なにせ、アニーは値段を
見ないで、カードで支払うばかり。
  考えてみれば、おかしな事はけっこうある。住所は教えていないハズなのに、なぜ彼
女はホークアイの住所を知っていたのか。確かに、学校関係の名簿をみればすぐかもし
れないが、それだって簡単に見せてもらえるものでもないだろう。ましてや、彼女とは
学年も学科も違うのである。
  学校の友人で住所を教えているのなんで、ごくわずか。しかもサークル関係の奴らば
かりなのだ。前にトラブルを起こして以来、教えないよう頼んである。信頼おける彼ら
が住所を教えるワケがない…。なぜか…。
「…なぁ、アニー」
「なにー?」
  ベッドのシーツの手触りを確かめながら、返事をする。
「俺…君に俺の住所教えたっけ?」
「………え…?」
「だから、俺の住所。教えたっけ?」
「な、なに言ってるのよ。教えてくれたじゃない」
  それはおかしい。
  自分の行動は、自分がよく知っている。そうそうこんなあんまり知らない女の子に住
所を教えるワケがない。しかも、けっこう長い文字数の住所だ。酔った勢いとも考えら
れない。
  やっぱりおかしいのだ。
  医者は確か2カ月だと言っていた。考えてみれば、彼女と関係をもったのは確か2カ
月よりも前だったはず…。3カ月はたっていないが、2カ月ははやすぎる…。
  しかし、それはちょっとここでは言えなかった。なにせデパート。こんなところです
る話題ではない。
  これはハッキリさせておいた方が良い。なんだか今まで思考がマヒして彼女に言われ
るままに行動していたのだが…。
「あ、そうそう、ホークアイ」
「……何だよ…」
「今日、お父さんに会ってね」
「……ハイ?」
  思わずすっとんきょうな声をあげるホークアイ。
「お父さんが、是が非でもすぐにでも、会いたいって…。もう、我慢できないみたいな
のよ…」
「……………ウソ…」
「うそじゃないわよ。この後、このデパートのレストランで会う事になってるんだから」
「………………」
  とことん強引な親子なようである。こちらの事情はまるで無視だ。
「……あの、あのなぁ、アニー。なんかさ、まるで俺の事情っていうの…無視されてる
と思うんだけど…」
「あら。父親になる男が言うセリフじゃないわね。潔くないわ」
  こういうところは潔くなりたくないもんである。本気でこっちがそうだとしたら弁解
の余地がないのかもしれないが、あっちにおかしなところもあるのだ。そう引き下がれ
るものではない。
「あー!  ホークアイしゃんじゃないですかぁ!」
  いきなりの声に、心臓が飛び出るかと思うほど、驚いた。
  振り向くと、見知った顔がちょこまかと走ってくる。女の子、それもまだホークアイ
の対象外の外見年齢の小さな女の子だ。
「どしたんですか?  奇遇ですね、こんなとこで会うなんて」
  どういう関係かと聞かれると窮するが、けっこう仲の良い女の子。別にそういう関係
をもちたいとはさらさら思わないが、一緒にいてけっこう楽しい子である。友達と言い
たいところだが、なんだか年齢差がそう言うのを戸惑わせる。
「シャルロット…。おどかすなよ…」
「別におどかしてないですよ。あんたしゃんが勝手に驚いただけじゃないですか」
  少し舌足らずで、ちょっとヘンな丁寧語でよどみなくしゃべる。ふと、彼女を見下ろ
してホークアイとある事を思いついた。
「……なぁ、シャルロット…。おまえ、俺の娘って事にならないか?」
  かがみこんで、そっと耳打ちしてみる。
「なにいきなり意味不明な寝言を言ってるんですか。シャルロットにはかっちょいいパ
パがちゃははーんといるですよ!」
「いやだからさ、そういう事にしておいて、とか…」
「そんなん無理に決まってますよ!」
  やっぱダメか…。ホークアイはため息をついた。確かに、いくらなんで、シャルロッ
トが娘というのは無理がある。
「…ホークアイ…?  だれなの?  その子は…」
  アニーがけげんそうにシャルロットをのぞき込む。
「いや…。知り合いの子だよ…」
  適当な事を言ってごまかす。アニーはけげんそうな顔をやめなかったが、深くは追求
しないようにするらしかった。
「じゃ、ホークアイしゃん、シャルロットは用がありますから。ではではバイビー!」
  可愛らしく手をふって、シャルロットはまたどこかへ行ってしまった。見つけられな
かったが、どこかに彼女の親がいる事だろう。
「…そろそろ時間だわ…。最上階の展望レストランで待ち合わせになってるのよね…」
  アニーは時計を見て、そう言う。釈然としないままも、とりあえず、ホークアイはア
ニーに従ってエレベーターにと乗り込んだ。
  ため息をつきたくなって、けれどもやっぱりいつものクセで我慢してしまった。
  デパートのレストランなど、高級で学生の行くような場所ではない。しかし、アニー
はかまわず店の中へと入って行く。
「…………?」
  少し、どこか空気がおかしい事に気づいた。
「あ、お父さんだわ。お父さん!  連れてきたわよ!」
  アニーは手を振りながら、彼女の父のところへと小走りに近寄る。
「……?」
  ふと、ホークアイはそのアニーの父親に見覚えがある事に気づいた。…どこで見た顔
なのか思い出せないのだが…。
「ほう…君がアニーの…?」
「………え、……え、ええ…まぁ…」
  アニーにこつかれて、ホークアイは静かに頷いた。
「ふぅむ…。なかなか男前じゃないか。アニーも良いのをつかまえたな」
「フフフフ。もう、お父さんたら」
  ファザコンらしく、アニーは父親にほほ笑む。
「ホークアイ。お父さんよ」
「あ、ど、どうも、こんにちわ…」
  ホークアイが挨拶をすると、彼は満足そうに頷いた。どこか横柄だ。そう、権力慣れ
した感じの…。
「私はマット・マーフィー。アニーの父親だ…。…今回君は………」
  たらたら続く父親の話。その半分も聞いていないホークアイは、適当に返事だけをし
ていた。
  マット・マーフィー、マット・マーフィー…。そうだ、どこかで聞き覚えがある……。
……マット・マーフィー!?
  ホークアイはやっと思い当たるフシが見つかった。…そうだ、それならすべてが納得
がいくではないか…。
  もしかすると、この話…。
  ホークアイは油断ならない目で未だ話を続けるマットと、素直に彼の話を聞いている
アニーを見た。
「…つまりだな、君にも責任というものを自覚してもらいたいのだ。私の可愛い娘なの
だからな」
「………申し訳ありませんが、この話…少し考えさせていただけませんか?」
  いきなり、マットの話をさえぎって、ホークアイがキッパリハッキリ言ったのである。
「なっ…!?  なんだとっ 」
「ちょ…、どういうつもりよホークアイ!」
  マーフィー親子はそろって顔色を変えた。
「思い出した事があるので、失礼させていただきます」
  ホークアイはぺこりと礼を一つすると、唖然とする二人を残して、さっさとレストラ
ンを後にした。
  そして、ホークアイは急いでデパートを後にする。タクシーをひろい、なるべく早く
自宅へと急がせた。
「……追ってきては…ないようだな…」
  しかし、自宅は知られているのだ、これは時間の問題だろう。ホークアイは家へと小
走りに向かって、玄関ドアを開けた。
「イーグル!  イーグルいるか 」
  確か、今日は特に用がないので、自宅にいるはずなのだが…。
「…なんだ…?  どうしたんだよ、ホークアイ…」
  呼ばれて、イーグルが不思議そうに自室から顔を出す。
「イーグル。調べてもらいたいんだ。マット・マーフィー。お前ならすぐに調べられる
と思うんだが…」
「…おいおい、ホークアイ。おまえ、そっちの世界からは、もう足を洗うんじゃなかっ
たのか?」
  名前を聞いて、イーグルの顔付きが少し変化したようである。
「事情が事情なんだよ!」
「………1から話せよ…。調べるにしても何をどう調べろってんだ?」
  イーグルは自室に入るように、ホークアイをうながした。
  ここまできたのなら、全部話すより他あるまい。ホークアイは小さくため息をついた。

                                                          to be continued..