怪しい女 「んもうっ! ここまで来たって言うのに!」 オペラはスクリーンに映し出された燃料ぎれの警告画面を忌ま忌ましげににらみつけた。 目的地の星へついたのは良いが、目的の船を捜し出せない。思いのほか時間がかかりすぎてしま い、この船に残る燃料はあとわずかであった。 「…仕方ないわね…。不時着するしかないか…。…どこか…、このへんに適した場所は……」 素早くキーを叩き、不時着する場所を計算させる。 「…どうか、無事に着陸できますように…」 シートベルトをしっかりしめ、オペラは天と恋人に祈った。 「あ」 アシュトンは空を見上げ、何やらおかしな落ち方をしている星を見た。 「流れ星か…。何か良い事あれば良いな……。…でも、今の星…、ヘンな落ち方したよなぁ…。ま さか、不吉の流れ星とか言わないよなぁ…」 ついつい悪い方へと考えてしまうクセを、アシュトン自身も良く思っていなかったが、なかなか 直るクセではなかった。 「ふぅ…。これから、どうしようかなー…」 「ちょっと、どいてよ!」 どんっ! 「どわっ!」 荷物をたくさん抱えた急ぎのおばさんが、たらたら歩いているアシュトンを突き飛ばし、足早に 去っていく。 「とっ、とととと…」 バランスを崩し、アシュトンは手をバタバタさせた。なんとか踏ん張って体勢を持ち直せた…と ころでそこのおっさんにぶつかられてしまった。 どん。 「お、すまん!」 「だあぁぁ!」 大きくのけぞって、アシュトンはそこの材木がたくさん立て掛けてあるところに頭ごとつっこん でしまった。 どがっしゃあんっ! 派手な音をたて、材木がばらばらと崩れ落ちた。 「……おーい、にーちゃん…、生きてるかぁー?」 「……………………」 たくさんの材木の下敷きになっているアシュトンに、やや悪びれたようにおっさんが声をかけた。 ☆ 「あたたたた…、まだ痛むなー…」 宿屋の階段を、アシュトンは痛む腰をさすりながら、ゆっくり降りていた。 材木が倒れる時に腰をしたたかに打ち付けられて、ここしばらく、腰に薬を塗る日々なのである。 これでもだいぶ治ってきたのだがー…。 宿屋を出て、アシュトンは町へと繰り出した。とりあえず、目下の目的は腰の痛みによく効く薬 を探す事だろうか。 ここ、クロスでは、腕の立つ戦士を探してるとかで、町にはアシュトンのような旅の戦士が数多 く集まっていた。 ソーサリーグローブの一件で、漠然とした不安が漂う今日このごろ。ただ、今のアシュトンにと ってはソーサリーグローブよりも、とにかく腰の痛みによく効く薬がほしかった。 町の薬屋や道具屋や、露店の薬なんかを見てまわってみた。 戦士たるもの、体が資本。痛みを抱えた体では、思うように戦えない。 ただでさえ、最近はモンスターたちも暴れはじめて物騒だというのに、戦えない戦士など、戦士 などではないだろう。 とりあえず、効きそうな薬を買い、アシュトンはのんびりと町の中を歩いていた。 しかし、本当に戦士が多い。強そうな者、そうに見えなそうな者、色々だ。アシュトン自身、腕 にはそこそこ以上の自信がある。今度ラクールで開催されるという、武具大会に出てみたいとも思 っている。 どんっ。 「わっ」 「きゃっ」 相手もぼんやりしていたのだろうか。歩いていたら肩がぶつかってしまった。 「あ、すみません…」 「え、ええ……」 金髪の、かなりの美人だ。相手の顔を見た時、一瞬違和感を感じた。だが、それを認めるヒマも なく、お互いにしごく簡単に会釈してすれ違った。 美人だけど、なんか見慣れない服着てたなー…。などとぼんやり考えていた。しかし、さっき感 じた違和感は何だっただろう。 そう。違和感だ。パッと見て、普通見当たらないものがついていた。なにか、額に余計なものが ついていたような気がする。 そうだ。目だ。額に目がついているのだ。 「……三つ目…?」 そんな種族いただろうか? ネコ耳人間は聞いた事があるし、たまに見かける種族だ。では何で あろうか? よくわからない。 結局、単に自分の見まちがいだろうという結論にたどりつき、そろそろ宿屋に戻ろうかなという 気分になってきた。 さすがに城下町だけあって、クロスは広い。色々ほっつき歩いていたもので、目的の宿屋から随 分遠い場所まで歩いてきてしまったようだ。 まぁ、回り道も良いかなと、アシュトンはまたのんびり歩きだした。 空がいつのまにか朱色に染まり、辺りを夕焼け色に変えていた。 ふと、目にした先に酒場があった。戦士たちが集まっているのだろうか。野太い声のにぎわいが 聞こえる。 酒場にでも入ってみようか。なんとなく、という気分でアシュトンは酒場のドアを開いた。 熱気と、酒の匂い、タバコの煙り、料理の匂い。色々な匂いがごっちゃになって、酒場の雰囲気 をいっそう雑然としたものにさせていた。 アシュトンは真っすぐカウンターに向かい、張り出されているメニューを眺めた。 「おにーさん。何にするんだ?」 あまり愛想のないバーテンがアシュトンに尋ねてくる。 「そうだなぁ…。…………………あー……………………お湯割りで…」 「あいよ」 十秒以上の心の葛藤の後、アシュトンは酒を注文した。 お湯割りをちびりちびりとやりながら、酒の味を楽しんでいると、なにやら背中の方が騒がしい のに気づいた。 振り向くと、昼間見た美人が飲んだくれと何か言い合っている。 「あ……」 昼間の違和感は本当だったのだ。見まちがいでも何でもなく、彼女は額に目を持っていた。 「なんだ…。本当に三つ目だったんだ、あの人…」 それだけ小さくつぶやいて、アシュトンはまた背中を向けてお湯割りを飲み始めた。 「……あーもう! 付き合ってらんないわ! スクリュードライバーちょうだい!」 先程の美人がなにやらプリプリしながら、アシュトンの隣に腰掛けた。 「…………………」 アシュトンの視線に気づいたか、美人がこちらを向いた。近くで見ると、もっと美しい事がわか った。 「なによ。私の顔に何かついてんの?」 「あーいえー、そのー、額に目がついてます…ね…」 「…………………」 彼女の目が不機嫌そうに半開きになった。 「そんなに珍しい? この目が」 「ええ。初めて見ました」 「…そう…」 スクリュードライバーがきたので、彼女はアシュトンをにらむのをやめて、グラスに口をつけた。 「……そうだ。あなた、三つ目の男を見なかった? 私みたいなさ」 「いいえ」 アシュトンは首を横に振る。それを見て、彼女は深くため息をついた。 「そっ…か…」 それから、酒をもう一口。 「三つ目の男性を探してるんですか?」 「そうよ…。こんな辺鄙な星にまで、法をおかしてまでやってきたんだから……」 「……? クロスって、辺鄙なトコなんですか?」 彼女の言ってる事が理解できなくて、アシュトンは眉を寄せた。 「えっ!? あ、いや、その…、そうじゃなくて、その、こっちの話なのよ!」 「……そうですか……」 クロスといえば城があり、世界でも指折りの巨大都市である。それを辺鄙な場所とはどういう意 味なのだろうか。 「と、ところでさ、あなたなんて言うの?」 アシュトンが考えていると、彼女が話題を強引に変えてきた。 「え? 僕ですか。僕は、アシュトン・アンカースですけど…」 「私はオペラ・ベクトラ。その、旅しててさ、ここの事とかよくわからないのよ」 「そうだったんですか」 彼女の服装がちょっと見慣れない事も、よくわからない言動はそのためなのかと、アシュトンは 自分を納得させる事にした。 「しかし、この御時世に旅とは大変ですね。あんまり旅人って感じしませんけど…」 「この御時世?」 「え? ほら、ソーサリーグローブの事ですよ。あれのおかげでエルリア周辺とか、大変な事にな ってるみたいじゃないですか」 「そ、そうよね」 オペラは愛想笑いをして話を合わせた。 「…………あ、あのー…ソーサリーグローブの事で…、どうなったのかしら?」 「え?」 アシュトンのやや怪訝な顔に、オペラの笑顔がちょっと引きつった。 「あの…だから…、あれが落ちてから、動物や、モンスターが暴れまわってるじゃないですか」 「そ、そうよねー…。その、私、旅してるものだから、情勢にうとくって…」 「そ、そうだったんですか…」 「そうなのよー。ほほほほ…」 「はははは……」 やや不自然な短い笑いの後。アシュトンはこの女大丈夫かとでも言うような顔で酒を飲んでいた。 しばらく、二人とも無言で酒を飲んでいた。それぞれに考えながら。 「……あの、アシュトン?」 「はい?」 酒も飲み終わったし、そろそろ宿屋に戻ろうかと考えていた時、オペラの方から話しかけてきた。 「えーと、私、お金忘れちゃって……、後で返すから、貸してくれないかしら? あ、あとでちゃ んと返すから!」 「……………………」 アシュトンはNOと言える事ができなかった。 「本っ当ーに、ゴメン! あとでちゃんと返すから!」 そう言って、オペラは何度かアシュトンに謝った。文句を言う気も失せて、アシュトンは酒場を 出ようとしていた。 「ところで、アシュトン。その、あなたが持ってる包みは何かしら?」 「え? これですか? …これは、薬です。ちょっと、情けない事だけど腰を痛めちゃって…その ために……」 自分でも言っててなんだか情けなくなってくる。オペラの方はと言うと、それを聞いて顔を輝か せた。 「あら! それなら私に任せてよ! 良いモノ持ってるんだから!」 「…そんなに、よく効く薬なんですか?」 「腰痛にはもってこいのモノよ! まーかせて!」 そう言って、オペラは自分の胸をどんと叩いた。 「でも、今は持ってないのよ。宿屋にある荷物の中なんだけど…。宿屋は王国ホテルなんだけど…」 「おや。僕と一緒のトコじゃないですか」 「じゃあ、ちょうど良いわ。私の部屋に来てよ。効き目は保証できるわよ」 「そ、そうですか…」 オペラがあまりにも自信たっぷりなので、それに、腰痛に困っていたのも事実なので、アシュト ンはこの話に乗る事にした。 酒場を出ると、陽もとっぷり暮れていて、星が瞬いている。まだ残っている夕焼けが、星を少し 見えにくくしていた。 「…それにしても、ここの星空はキレイねー…」 「? …汚い星空って、どんな星空ですか?」 「うっ…、あ、その…、こ、こっちの話よ! 私の故郷は星空が見えにくかったのよ!」 「星空が見えにくい場所って、どのへんですか?」 「え…、えっと…、あ、ほ、ホラ、宿屋よ。わ、私の部屋、2階なのよ」 話を強引に打ち切ると、オペラは足早に宿屋の中へと入って行き、軽くアシュトンを手招きする。 アシュトンはやれやれという顔をして、彼も足早に宿屋へと向かって行った。 「ちょっと待ってねー。今、探してるから」 アシュトンは部屋の入り口で、所在無く、なんとなく立たされていた。 「そんなとこに突っ立ってなくて良いわよ。そこの椅子にでも腰掛けててよ」 「あ、はぁ…」 ドアを閉め、アシュトンはどこにでもあるような椅子に腰掛けた。オペラは自分のバッグの中を まだあさっている。 「どーこにやったかしら……、これは違うし…、これも違う……。……あ、あったあった」 オペラはようやく顔をあげた。その手には白い、材質のよくわからないケースが握られていた。 「それは…?」 「あー…、まぁ、シップみたいなものよ。よく効くわよ」 受け取ろうと、アシュトンは椅子から立ち上がった。オペラも渡そうとケースを開けた途端。 「うっ!」 「あ……」 嗅いだ事のない不快で強烈な匂いに、アシュトンは思わず顔を背けた。 「な、なんですか、この匂いは……」 鼻を手でおおいながら、顔をしかめて尋ねる。 「あ、あなたたちにはちょっと嗅ぎ慣れない匂いでしょうけど…。大丈夫よ! 効き目はちゃんと あるんだから」 「………でも……」 「大丈夫なんだってば! こういうヘンな匂いする方が効く感じするでしょう!?」 「そ、そうかもしれないけど……」 しかし、この匂いは警戒心をあおられてならない。 「…あ、あの、やっぱり良いです…」 鼻を隠し、さらに鼻の前で手をぱたぱたと仰がせ、後ずさりしながら、アシュトンはオペラから 離れて行く。 「ちょ、ちょっと! 人の好意を無駄にする気!?」 断られた事に加え、このアシュトンのリアクションが気に入らないオペラは怒り出した。 「で、でも、この匂いは、ちょっと…」 「匂いくらいなによ! 効き目と匂いは無関係だって言ってるでしょ!?」 「そ、そう言われても……」 「ああもう! こっち来なさい! これは絶対効くのよ!」 「け、けっこうです!」 逃げ出そうとするアシュトンの後ろ襟首を、オペラはむんずとつかんだ。 「は、離してくださいよぉ!」 「これは絶対に効くんだから! その体で試してみなさい!」 「え、あ、ちょっと、お願いやめてーっ!」 「ジッとしてなさい!」 女性であるオペラに手をあげる事はできない。しかし、力づくで拒否すれば彼女を傷つける事に なりかねない。というわけでどすんばたんとせまい部屋で鬼ごっこが始まった。 「あ、は、離して! な、なにすんですか!?」 「いーから! はやく脱ぎなさいよ! 脱がすわよ!」 「ちょっ、本当にやめてーっ!」 「うるさいわねっ! 服破くわよっ!?」 「そんなぁ!」 ドタッバタバタッ! 彼らの追いかけっこは階下に響き、そこにあるスタッフルームでは、メイドたちが怪訝な顔で上 を見上げていた。 「…どういう関係かしら…。上の二人…?」 「なんだか知らないけど、やたら激しいわね…」 とうとうつかまってしまい、アシュトンはオペラの尻の下にしかれてしまった。 「ほんっとうに、世話のやける!」 「…それはないよ……」 「……あら…?…」 「……なんですかぁ?」 アシュトンがかなり不機嫌そうな声で聞き返す。 「あんたって…。意外に良い体してんのねー…。何かやってんの?」 性格を反映したような表情や、その性格からは考えつかなかったが、彼は鍛え上げられた立派な 肉体を持っていた。 「……あのー…、僕ー…、これでも、戦士やってるんですけど……」 「うそ」 「本当です」 これでも戦士の格好をしているつもりだったが、やっぱりわからないのかなと、自分が情けなく なってくる。そもそも、女の尻にしかれて上半身服を脱がされているという光景がどれほど情けな い格好か、という言う事は考えたくもなかった。 「あんた、すっごい疑ってるみたいだけど。これは効くんだから。本当よ」 言いながら、オペラはシップを取り出す。 「で? どのヘンが痛いのよ?」 「…………その、このへんですけど……」 アシュトンは材木をしたたかに打ち付けたところを指さす。 「このへんね……。あんた運が良いわよ。この私にここまでしてもらえるなんて…」 これのどこが運が良いんだか、まったくもって理解不能だし、全然ちっとも嬉しくもなかった。 ただただ、情けなさでいっぱいで、アシュトンは黙って泣いていた。 「…どう?」 「……気持ち…良い……?」 シップの効能があまりに意外だったため、アシュトンは目を丸くさせた。 「そうでしょ、そうでしょ。まぁ、ちょっと匂いがキツいかもしれないけど、そこはそれ。明日に なればだいぶ痛みが引いてると思うわ」 「は、はぁ…」 オペラが自分から降りてくれたので、アシュトンはゆっくり起き上がった。そして、乱れた衣服 を整えた。 「それにしても、あんた、良い体してるわねー。どこで鍛えたりしたの?」 「…まぁ、色々と……」 言葉を濁し、最後のボタンをしめた。 「……あの…、その、シップの事は、ありがとうございます…」 「いーのよ。わかってくれれば」 「じゃ、僕、自分の部屋に戻りますんで…」 小さく会釈して、アシュトンはオペラの部屋を出た。 「…?」 なぜか、宿屋のメイドが部屋から出てくるアシュトンを怪訝な視線で眺めており、目があうと彼 女はそそくさと立ち去った。 自分の部屋に戻るまでの間、妙にメイドたちの視線が痛かった。 …そういえばさっき大騒ぎしていた…。……よくよく考えるとかなりすごい会話の内容であった ことも思い当たる………。………………。 アシュトンは深い深いため息をついて、部屋のドアを開けた。 「このシップ…。ヘンな匂いだけど、一応効くんだー…」 今まで塗っていたどの薬よりも治りが早く、アシュトンはいささか驚いた。 腰の痛みがほとんど引き、こうやって伸びをしても、平気なくらいになった。 アシュトンはちょっと気分が良くなって、簡単に体操を始めた。 to be continued..