「いやー今回は大もうけだな!」
「当分お金に困らないでちよねえー」
 エンリケ神官から約束の報酬をもらい、パーティは足取りも軽く、街道を歩く。
「でも…良かったんでしょうか…」
「良いんじゃない? あのへそくりのこと、知ってたらなんか言われるだろうけど、知ら
ないんなら何にも言われないわよ」
「そうそう! それにあのエンリケ神官ってヤツ、やっぱ相当なケチみたいだな。あれ見
つけたら全部神殿のものにしちまうぜ」
 なにしろ、成功報酬をもらうとき、ケチをつけられて商談した額より下げられてしまっ
たのだ。あのへそくりがなかったら、ホークアイも色々言っていたことだろう。
「うーん…。でも、もともと神殿のものだったんですから…」
「気にしない気にしない。あんだけ古けりゃ時効時効」
「そうよ。苦労に見合うだけの報酬を、払おうとしない相手のものにさせてなるもんです
か!」
 ケチをつけられた時のことを思い出して、アンジェラは頬をふくらませた。
「まぁ、世間を知らないんじゃないか?」
 そんなアンジェラを笑顔で流すホークアイ。今回の儲けのおかげで笑いが止まらないの
だ。
「次の町についたら、みんなで買い物行こうねぇ!」
 シャルロットはにこにことみんなを見上げた。
「あんまり無駄遣いするなよ…」
「わかってるでちよう! うふふー」
 買い物が嬉しくて、釘をさすデュランの小言も気にならない。

「おまえ…金がないわけじゃないんだろ?」
「ああ」
 ホークアイはいぶかしげにデュランの目の前にあるミートソーススパゲティを見た。
 食卓には、この前の町でバブリーになっている面々が頼んだ豪勢な食事が並んでいると
いうのに。
 デュランの前には安いスパゲティが一品、あるだけであった。
「なに? 金を使いたくないの? おまえ」
「まあな」
「それにしたって、それだけって…」
「良いんだよ。今、節約してんだから」
 苦笑して、デュランは気にするなと手をふった。
「まぁ、どうせシャルロットとかが食べきれねぇだろうから、残りはおまえに行くんだろ
うけど…」
「ははは…」
 それを期待してないと言ったらウソになるから。デュランは苦笑する。
「デュラン、ちょっとあげるよ?」
「いいって。おまえは全部食えるんだから…」
 さすがにケヴィンは食べ残すという事は絶対しない。
「これ、お肉は美味しそうなんでちけど、ニンジンがありまちから、あとでデュランしゃ
んにあげまちね」
「ありがとよ」
 最近は嫌いなものを残すシャルロットにどうこう言っていない。残した物を全部食べて
いるからだ。やはり、一品だけでは彼は足りないのである。
「なんなんだよ、おまえ…」
「気にすんなって…」
 腑に落ちず、腕を組んでデュランを見るが、彼はやっぱり苦笑するだけだった。

「さて、今回は町にどれくらい滞在するんだ?」
 食事が終わり、ホークアイはのけぞって椅子に背もたれる。
「あの、それなんですけど…。急ぎの旅ですけど…聖誕日があともう少しでありますよね? 
ですから、それまでここに滞在するのはどうでしょうか?」
 リースは前々から考えていたことを口にした。
「そうよねぇ。せっかくの聖誕日なんですもの。それを野宿でなんて、ちょっと雰囲気出
ないわよ」
「でもよー、聖誕日まであと三日はあるんだぜ? そんなに滞在すんのか?」
「もっと安い宿にすれば良い。食事は出なくていいだろ」
 意外なところから意見が出たので、ホークアイはちょっと驚いてデュランを見た。
「いいのか? 急がなくて…」
「聖誕日くらい、ゆっくりしたいって気持ちわかるから、いいよ」
 突然、デュランの頭あたりからフェアリーが飛び出した。
「みんなを急がしている私が言うのもヘンなんだけど…。でも、聖誕日はやっぱり大事な
日だから。この日ばかりはモンスターもおとなしいし」
「そうなのか?」
「うん。この日はマナの力が静寂な方に働くから。今みたいな時でも、モンスターはおと
なしくなるのよ」
「へえ…」
 それは知らなかった。ホークアイはちょっと考え込む。
「じゃあ、ちょっと宿の格を下げて…というよりいつものランクの宿に泊まって…」
「聖誕日の翌々日に旅立とう」
「OK」
「わかりました」
「うひょひょ、長いお休みでちねぇ!」
 言いかけたホークアイの声にデュランが重ねると、みんな次々と承諾した。
「良いのか?」
「良いだろ。年に一回だ」
「…まぁ…いいけど」
 そんなデュランが珍しくて、ホークアイは、考えるように視線を上に向けた。

 最近金回りが良くなっているので、わりに良い宿をとっているのだが、長期滞在という
ことで、前のような安っぽい宿に泊まる事となった。
「もっと良い宿で、ずっといられるならいいのに…」
「そんなことばっかりしてたら、ある金もなくなるぞ」
 ため息をついて荷物を降ろすアンジェラに、デュランは釘をさす。
「なによ。お金持ってるくせにケチケチするなんて」
 舌をべぇっと出して見せたが、無視されてしまった。

「さて…と…」
 デュランは一息つくと、袋から数枚の紙を取り出した。
「全部はいくらなんでも無理だな…。んじゃ、これとこれ…これは外せない…」
 紙を一枚一枚わけて、選ばなかった紙をまた袋にしまう。
「んじゃ、はじめるか…」

「デュラン、何してるの? もうごはん作ってるの?」
 台所で料理しているデュランをケヴィンが不思議そうに覗き込んだ。
「いや、夕食は夕食でまた別に作るよ。これは、後でのお楽しみだ」
「そうなのか? ……甘くて、良いにおいだな」
「そうか? っと、そこの砂糖とってくれ」
「うん」
 ケヴィンは素直に頷いて、机の上の砂糖を取って渡した。

「シャルロット」
「何でちか?」
 リースとあやとりで遊んでいたシャルロットは呼ばれて顔をあげた。
「買い物行くんだけど、ちと付き合ってくんねーか?」
「………」
「いいですよ。行ってらっしゃい」
 あやとりで遊んでくれていたリースを見ると、彼女はにっこり微笑んだ。
「わかったでち。じゃ、デュランしゃん、何か買ってくれまちかー?」
「飴玉くらいなら…」
「ケチでちねぇ!」
 とか何とか頬をふくらませながらも、シャルロットは外に出る用意をはじめている。た
ぶん、何も買ってくれなくても付き合ってあげるのだろう。
 リースはそんな様子を見てにこにこしていた。

「そうでちねぇ。やっぱり、こういうのでちかねぇ…」
 言って、シャルロットは可愛いくまのぬいぐるみを抱き上げる。
「本当かー? おまえが欲しいだけなんじゃないのかー?」
 いぶかしげに、デュランはぬいぐるみを抱くシャルロットを見る。
「ま、シャルロットが欲しいのは確かでちけど。でもフツーに喜ぶと思いまちけど」
「そうかー。でも、邪魔になるだろ」
「それはそうでちね」
 素直に認めて、シャルロットはぬいぐるみを棚に戻す。
「んじゃ、こういうのはどうでちか? 邪魔になんないし、使えまち。可愛くてジツヨウ
テキってのが良いでち」
 言って、シャルロットは可愛い刺繍のついたハンカチを指差す。
「うーん…」
「かわいくてジツヨウテキって、わりと良い線いくと思いまちよ」
「そんなもんなんだ…」
「そんなもんでちよ。あ、これ可愛いなぁ…」
 隣の雑貨に目移りして、シャルロットは可愛らしいブローチを持ち上げる。
「うーん…」
 デュランは困った顔で腕組みして、居並ぶ可愛い雑貨品を眺めた。

「そうだな…。そこのヤツくれ」
 羽を全部むしられ、頭を切り取られた鳥が、たくさんぶら下がっていて、その中からよ
さそうなのを選ぶ。
「あいよ! 一匹まるごとかい?」
「ああ。まるごと二匹くれ」
「毎度ありぃ!」
 威勢の良い肉屋から、鳥を受け取る。
「随分買うのね…」
 暇だったらしく、食料の買出しをするデュランにアンジェラがついてきた。今日は随分
食料を買い込んでいるようで、荷物がたくさんで大変そうだ。
 もちろん、アンジェラは荷物持ちなどしないつもりだったのだが、量が量なので、少し
持ってあげた。
「ああ。あとは、えーと…。ハチミツも買ったし、果物も買ったし…。あとはハーブだな
…」
「どんなハーブを買うの?」
 デュランはポケットからメモ用紙を取り出す。そしてメモを見ながら読み上げる。
「えっと…。けっこう買うな。フェンネル、タイム、コリアンダーだろ。パプリカ、セー
ジ…ローズマリー。他にもサリエットにシナモン…」
「そんなに何に使うのよ?」
「料理だよ。野宿だと、そんなにたくさんハーブが使えないけど、今回は違うからな」
「あ、それはそうよね。へー、今夜は腕をふるってくれるんだ」
「いや、今日はスープとパンとリンゴだけ」
「えっ! 何でよう」
 これだけ買い込んでおいて、随分貧弱なメニューではないか。
「あっ、じゃあ、スープにハーブたくさんとか?」
「野菜とベーコンのコンソメスープにするつもりだけど…」
「手ぇ抜いてんじゃないわよ! こんなに買っておいて、いつ使うのよ!」
「そりゃ、決まってんだろ」
「え?」
 デュランの真面目な顔に、アンジェラは少し驚いた。

「デュラン。何だ? これ?」
 ホークアイは台所にある瓶を手に取る。甘いものが入っているらしく、蓋のあたりがさ
わるとベトつく。封がされてあって、デュランの名前が書いてある。いわゆる『俺のもの
だから食うな』と、そういう意思表示のラベルだ。
「ああ、そこに置いといてくれ。俺が後で使うもんだから」
 イモの皮をむきながら、チラリと視線だけをよこす。
「ふーん?」
 ホークアイは言われた通り、瓶を元に戻す。
 本来なら、宿屋に泊まっている者全員共通で使う台所なのだが、時期が時期なので、彼
ら以外に客はなく、独占状態だ。先程のデュランラベル瓶だって、このような状態だから
できることだ。
「しかし、いつもながら料理すんのは俺たちだけなんだな…」
 たまねぎをきざみながら、ホークアイが愚痴る。
「しょうがないだろ。食えるモンを作れるの、俺たちだけなんだから」
「それでいてレパートリーが少ないだの、味付けが似たりよったりだの、文句言わないで
ほしいよなー」
「それはな」
 剥き終わったイモを水のはったナベにいれ、新しいのにとりかかる。
「明日は聖誕日かー。いつもより、ちっと豪華なの作らないと文句ぶーたれるんだろうな
ー。文句言うなら自分で作れば良いのによー」
 愚痴りながら、慣れた手つきで、ナイフについた玉ねぎをはらう。
「いいよ。俺が作るから」
「え!? 良いのか!?」
「うん」
 思わずデュランを凝視すると、彼は事も無げに頷いた。
「夕食の方だけどさ」
「そっか…。じゃあ、材料費どんくらいかかりそうだ?」
「用意してある」
「はあ?」
 ホークアイが素っ頓狂な声をあげた。自分たちで作る料理の場合、材料費はパーティの
財源から出す事になっているが、財布を握っているホークアイはまだ材料費は出していな
い。
「用意してあるって…、全部?」
「ああ」
 短く頷かれて、ホークアイは口をぽかんと開けた。
「まさか…おまえ…」
「ま。聖誕日だからな」
 苦笑して、デュランは最後のイモをナベに入れた。

 今日は楽しい聖誕日。町中の誰もかれもがマナの女神に感謝の祈りをささげ、程度の差
はあれごちそうに舌鼓を打ち、プレゼントをもらい、みんな優しい顔になる。
 昼食もそこそこに、デュランは台所に立って黙々と料理をしていた。
 その後ろ姿を眺めながら、ホークアイは幾分か怪訝そうな顔をする。その隣にいるシャ
ルロットも似たような表情を作る。
「なんか、あいつ、随分張り切ってるなぁ…」
「そうでちねえ」
 ホークアイに同調して、シャルロットが頷く。
 なにやら牛乳とかを煮込んでいたかと思うと、先程、アンジェラに頼んで作ってもらっ
た大きな氷のカタマリにその中身をいれたものを入れたりしている。アンジェラに魔法で
氷を作れというのも、ヘンな話だと思ったのだが…。
 ホークアイがしばし悩んでいる間にも、デュランは次の作業にとりかかる。
 今度はパンを作っているようだ。いつもながら、造形がいい加減なので、思わずシャル
ロットは声をあげた。
「まん丸だけでちか?」
 その声に、デュランは振り返る。そして、また視線を戻して、相変わらずな口調で言っ
た。
「いいぜ、好きな形にしても」
「じゃ、シャルロットがどーぶつさんのカタチとか、作るでち!」
「手ぇ、洗っとけよ」
「はいでち!」
 二人でキッチンを仲良く占領しているので、ホークアイは短く息をついて、しばらくそ
の場を後にした。
 そして、気になっていたので、再度様子見に来てみると、デュランはチキンや野菜を、
これまたいい加減に盛り付けている最中だった。今度はホークアイの方が思わず声をあげ
た。
「おまえ、いくらなんでもそんな盛り方ないだろう」
「え?」
 まるで自覚がないらしく、デュランは顔をあげる。せっかくいつもよりずっと丁寧に作
っているのに、その『置いただけ』な盛り付けはないだろうと小さくつぶやいて、デュラ
ンから盛り付け野菜が入った鍋をとりあげた。
「俺が盛り付けるから。お前は別なモン作ってろ」
「あ、ああ…」
 すこし戸惑っていたようだが、任せてくれるらしく、また別な料理にとりかかる。
 良いにおいがキッチンいっぱいに広がりまくり、最後のサラダとなった。こちらは野菜
を軽く茹で、盛り付けるだけなのだが、目ざとく、デュランの手つきを見るホークアイ。
だてに一緒にメシを作る仲ではない。
「待て! そのサラダも俺が盛り付ける」
 鶏肉料理の盛り付けもたけなわのホークアイが、サラダの盛り付けに待ったをかけてき
た。
「そうか? …じゃあ、頼む」
「任せとけ。そこに置いとけよ」
 あとで食って散乱させるとわかっていても、はじめからそうなることもないだろうに。
などと思い、やや慎重に最後のソースをかける。
 デュランはしばらくホークアイを見ていたが、ふっと息をついて、パンの焼き具合を確
かめる。ちょっと焦がしてしまったが、良い方だろう。
「よっし! んじゃ並べるか」
 数日前から用意しておいた料理も全部完成したのだ。いつものデュランが作ったとはと
ても思えないごちそうである。シャルロットでなくても、興奮してきた。
「すごいでち! おりょ? でも、このまま並べるんでちか?」
「? そうだけど…」
「テーブルクロスが欲しいでち! せっかくのご馳走なのに…」
「テーブルクロスかぁ…。でも…」
 そこまで頭がまわらなかったので、用意していなかった。
「あ、それなら、何とかなるぞ。ちょっと待っててくれ」
 ホークアイは盛り付ける手を止めて、パッと消えると、白い大きな布を持ってやってき
た。
「おお! すぐに用意できるなんて、なかなかやるじゃないでちか!」
「どうしたんだ? それ…」
「へへっ。使ってなかったシーツだよ」
「え!」
「シ、シーツでちか…」
「まだ誰も使ってないヤツだ。洗濯されてそのままだし、洗っておけばいいさ」
 言って、ホークアイはテーブルの上にシーツを広げる。
 白さが足りないが、ないよりは随分マシになった。
「おおお。なんか雰囲気出てきまちたよ!」
「料理並べといてくれ。サラダもあとちょっとだ」
「おう」
 言われなくとも、デュランは料理を並べ始めた。
「シャルロット。みんなを呼んでこい。メシだ」
「はいでちー!」 
 満面の笑みを浮かべ、シャルロットは外や部屋にいる仲間達を呼びに出た。




                                                             to be continued...