「へえええ! なんかすごいぞ!」
 机の上に並ぶご馳走に、ケヴィンは目を皿のようにしてそれぞれを眺めた。我慢しない
とよだれがたれてくる。
「どうしたのよ、一体」
 いつもは文句ばかり言うアンジェラも、これには驚いた。
「それで、どんな料理なんですか?」
 テーブルの上に並べられていく料理を、リースは笑顔で見る。
「うん。これが、若鶏のはちみつとハーブ煮。こいつがポテトケーキ。こっちのパンはレ
モンクリームソースか、あんずの砂糖漬けの、どっちか好きなのつけて食べてくれ。んで、
トマトシチューだ。サラダはそっち。マヨネーズは昨日作っておいたのあるだろ」
「デュラン! こっちの氷のカタマリはなんだ?」
「アーモンド入りのアイスクリームだ。最後に食おう」
 笑顔で、デュランはテーブルの上にあるふきんで手をふいた。
「何があったのよ、いったい、こんなに…」
 言葉につまり、アンジェラは一品、一品を眺める。
「だぁって、今日は聖誕日でちもんねー!」
「こんなの、今日だけだけどな」
「うし、盛り付け終わりだ!」
 サラダを盛り付け終わり、ホークアイは顔をあげた。
「んじゃ、テーブルに並べようぜー」
 そして、大皿が真ん中に並び、小皿やパン、ワイングラスが個々に並べられていく。
「おおおおおー! なんかすげええぇぇー!」
「ぶどう酒だけど、甘口なら、おまえらでも平気だろ?」
 デュランは今日のための上等ぶどう酒の蓋をあける。それぞれのワイングラスに、なみ
なみとぶどう酒が注がれていく。シャルロットはうっとりした瞳でその様子を見つめてい
る。
「本当に…本当に…これ…食べて良いんでちよね…?」
 興奮を我慢しきれなくて、シャルロットはデュランを見上げた。
「食うために作ったんだ。当たり前だろ」
「えへへへへ…」
 嬉しくて笑いが止まらない。
「しかし…おまえ、よくこんな料理作れたな。どこで教わったんだよ?」
「どこでっていうか…。ウチの聖誕日はいつもこんな料理だったんだよ。おばさん一人じ
ゃ大変だから、俺も手伝ってさ。なかなか思い出せない料理もあって、ちっと大変だった
けど」
 さすがに全部は思い出しきれなくて、店のおばさんなどに料理法を尋ねてみたり、すこ
し曖昧になってしまったりとなったが。
 味見してみて、家で味わった料理とそう大差ないデキにはできたようだ。いつもは適当
にしがちな味付けだが、今日ばかりは昔の味と違いないか、神経を使った。
「デュラン。この花、生けていいですよね?」
「あー? ああ、頼む」
 台所に生けてあった花束を、リースは食卓の上にもってきた。
「どうしたんだ? その花」
「そういや…、お昼は無かったよね、この花…」
 席につきながら、花束を眺める。現れたのは、デュランが料理をはじめる前くらいから
であろうか。
「まぁいいか。食おうぜ」
「じゃあ、お祈りをささげましょう。シャルロット」
 全員が席につき、リースがシャルロットをうながした。
「……………」
「シャルロット?」
「あ、は、はいでち!」
 目の前の料理にうっとりしていたのだ。シャルロットは慌ててよだれをぬぐう。
「シャルロット。お祈りをお願いできる?」
「はっ! そうでちね。ここはシャルロットがやるべきでちよね! んじゃ、みなしゃん、
手を組んでくだしゃいでち」
 ケヴィンはわけがわからなかったようだが、隣に座っているリースを真似て、目の前で
手を組み、目を閉じた。
「聖地におわす、女神しゃまが、今日お生まれくだしゃった事、われら心よりうれしく思
いまち。いま、ここに感謝をささげ、未来えいごー、あなたしゃまが輝き続けること、そ
れゆいつの願いとしまち。めがみしゃま、今日の日をありがとうございまち」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとーございます…」
 他の四人が声を合わせて言ったものだから、ケヴィンも慌てて言う。
「みなしゃん。女神しゃまに感謝ちて、今日とゆう日を祝って、またいちねん、つつがな
く暮らせまちように。いただきましょ!」
 なんだか威厳もおごそかさもない祈りの声だったが。そんなこと気にする者はここには
一人もいない。
「いただきまーす!」
「も、もう食べて良いのか?」
「いいよ。その皿よこしな。わけるから」
 デュランは笑いながら、ケヴィンの小皿をよこすようにうながした。
「オイラ、腹いっぱい食うぞ!」
「ああ、食え。たっくさん作ったからな!」
「このぶどう酒おいしー。良いの買ったじゃない!」
「せっかく盛り付けたけど、やっぱ食う時はメチャクチャだな…」
 ホークアイの力作サラダは、あっというまにマヨネーズに混ぜられてぐちゃぐちゃにさ
れていた。わかっているけど、苦笑する。
「レモンクリームソースがおいしいですね」
「アンズの砂糖漬けもいいでちよー」
 口のまわりをベトベトにしながら、シャルロットは笑顔でリースを見上げる。
「こんな日が続くと、オイラすげぇー嬉しいなあ!」
 がつがつと肉をたいらげて、ケヴィンは本当に嬉しそうにぶどう酒を飲む。
「なに言ってんだよ。今日だけだから良いんだろ」
 自分の取り分を小皿にいれながら、デュランは苦笑しながら言った。
「…そんなもんなのか?」
「そういうもんだ」
「ふーん…」
 ちょっとデュランを見ていたが、やがてまた、目の前の料理に夢中になった。

 量ならあると思われていたご馳走だが、食べてみると、思っていたほど多くなかった事
に気づく。なにより、みんなよく食べた。
「うーん…。もうないのかー…」
 ケヴィンは空っぽになったナベや皿をざっと見回した。もうちょっと食べたいが、ナベ
をこすってもカケラしかない。
「じゃ、最後はアイスクリームでちよね!」
 足をぱたぱたさせて、シャルロットはデュランを見上げる。
「へいへい。もうじゅーぶん冷えてるよな」
 デュランは氷の中からアイスクリームを取り出し、それぞれに渡す。
「こういうのは透明なグラスが良いんだけど…」
 残念ながら、このアイスクリームは小鉢に入っていた。
「しょうがねぇだろ。これしかなかったんだから」
「ま、しょうがないわよね」
 アンジェラは機嫌よさそうに、すぐに納得した。
 甘いアイスクリームを食べながら、ちょっと雑談していると、さっさと食べ終わってし
まったデュランが、なにやら小さな紙袋を取り出した。
「これ、ガラじゃねぇけど、プレゼントな」
「ええっ! デュランがぁ!?」
「どうしたのよ、一体!?」
 一人、一人手渡され、それぞれ驚いているようだ。
「聖誕日だからな。今日だけだけど」
 少し照れて、鼻頭を指でこする。
「んふふー。シャルロットもちゃーんと用意してあるんでちよ! はい、これ。ケヴィン
しゃんは、これ。ホークアイしゃんがこれ。アンジェラしゃんがこれで、リースしゃんが、
これでち!」
 デュランのプレゼントに唯一驚かなかったシャルロットが、かくしておいたプレゼント
を手渡した。
「ありがとう。…後にしようと思ってたんですけど…、今、渡した方が良いですね」
「え?」
「じゃあ…、リースも?」
 驚いて、アンジェラはリースを指差す。彼女は笑顔で頷いた。デュラン達とはまた別に、
彼女も彼女で用意しておいたようだ。
「ええ。ちょっと待ってて下さい。今、とってきますから」
 というわけで。プレゼントを用意してなかった三人は、なんとも居心地悪そうな顔をし
た。
「ご…ごめんよ…オイラ…何にもなくて…」
「いーんだよ。そういう習慣なかったんだろ?」
 軽く後片付けをしながら、デュランはそう言うけれど。
「でも…」
「だから、いいんだよ。気にすんな」
「……………」
「ほれ、片付けるから、そっちの皿をとってくれ」
「あ、うん…」

「デュラン…」
「なんだ?」
 ベッドの上で柔軟をしてると、不意にケヴィンが話しかけてきた。
 ホークアイが今、お風呂なのでここにはいないが、後は全員いる。
「その…ありがとう」
「…何が?」
「プレゼントとご馳走!」
「ああ…」
 もう忘れているのは地なのか、照れ隠しなのか。
「オイラ、なんか、今日すーっごく嬉しかった。すーっごく楽しかったし」
「うん」
「だから…アリガトウ。オイラ、デュラン大好きだ!」
「なんだよ…」
 デュランは困ったように笑った。
「だあー!」
「うわっ! なにすんだおまえ!」
 いきなり、ケヴィンが抱きついてきた。
「ああー! そいなら、シャルロットもー! ちょわあ!」
「って、こら、おい!」
 女の子達だけで遊んでいたシャルロットが、それを見てデュランに飛び込んできた。
「なにすんだよ、おまえら!」
 そう言っているが、デュランの顔は笑っている。
 三人が仲良くじゃれあっているのを、アンジェラはあきれたように、リースは笑顔で見
ていた。
「…何やってんだ?」
 ちょうど、風呂からあがって部屋に戻ってきたホークアイは少し怪訝そうに三人を見る。
「馬鹿やってるんでしょ」
 アンジェラはあきれてそんなことを言っているが。
 ふと、デュランは昔を思い出す。
「はい、デュランにはこれ。ウェンディにはこっちね」
 手渡されたプレゼントは、デュランが前々から欲しい欲しいと思っていた物だった。
 聖誕日のあの日。ステラ特製のご馳走をおなかいっぱいに詰め込んだあと、おばさんは
プレゼントを用意してくれていた。
「うっわー! すっげぇー! ありがとうおばさん!」
「大事にするんだよ」
 おばさんはにこにこ笑っている。いつもは厳しいおばさんだけど、優しい時は優しい。
「ありがとう、おばさん!」
 ウェンディはプレゼントに喜んで、おばさんにぎゅうっと抱きついた。
「はいはい」
 そういえば、最近おばさんと抱き合っていない。そういう年頃じゃないなんて、妙に気
張ったりしていたのだが…。
「あ…ありがとう、おばさん!」
 ウェンディに解放されたあと、デュランは思い切っておばさんに抱きついてみた。
「はいはい。どういたしまして」
 おばさんもぎゅうっと抱きしめ返してくれた。その感触が心地よくて、デュランはちょ
っと目を閉じる。
「そうだ…ねぇ、おばさん」
「なんだい?」
 デュランと目線をあわせ、おばさんしゃがんでいる。
「オレたちは、プレゼントもらったけど、おばさんは…プレゼント、ないの?」
「ああ。それはね。あたしが子供の頃、いーっぱいプレゼントもらったから、あたしはも
ういいんだよ」
「そうなの?」
「そう。いーっぱいもらったんだよ。だから、今度はあたしがあんたたちに、…まぁいー
っぱいとはいえないけど、あげる番なんだ」
「ええー。そうなら、あたし、おとなになりたくなーい」
 それを聞いたウェンディがそんなことを言い出した。
「ははははっ。そういうわけにはいかないんだろうけどねぇ」
 そして、おばさんは自分とウェンディを交互に見て、そして二人一緒に思い切り抱きし
めてくれた。
 今なら、伯母が言うほどに、彼女はプレゼントをもらっていなかったのだろうとわかる。
さして裕福な生まれではないのは知っているし。
 今頃、伯母や妹はどうしているだろうか。
 ぼんやりと、郷愁に浸る。
 そして、目の前で眠そうにあくびをするシャルロットに気がついた。
「ほれ、馬鹿やってねぇで。さっさと寝ろ。もう眠いんだろ」
「ううう…。聖誕日なんでちから…もうちょっと…」
 目をこすりながら、立ち上がる。
「さぁ風呂入って寝ろ。俺も入るし」
 デュランが立ち上がると、シャルロットはしぶしぶとベッドから降りる。ケヴィンはデ
ュランと一緒に入るつもりのようだ。
 三人は風呂に入る用意をすると、部屋から出て行ってしまった。
「ったく。子供っぽいったらないわ」
 アンジェラは不機嫌そうに腕を組んで、出て行った扉を少しにらみつけた。
「いーんじゃねーの?」
 タオルで頭をわしゃわしゃと拭きながら、ホークアイはそう流す。
「あのさ…」
 意外な所からの声に、みんなビックリした。デュランに取り付いてるはずのフェアリー
が、そこに浮かんでいるからだ。
「フェアリー!? デュランから離れていて大丈夫なんですか?」
「ちょっとくらいならぜんぜん平気。みんなさ、今日、どうだった?」
 ふわりと漂い、ベッドのはしっこにちょこんと腰掛ける。
「どうだったって…なんであんたがそんな事聞くの?」
「だって…デュラン、今日すごく頑張ってたからさ…。みんなどうだったんだろうと思っ
て…」
 フェアリーは部屋に残る三人の顔をそれぞれ伺うように見る。ケヴィンとシャルロット
はわかりやすく、全身で喜びを表してくれたが、この3人はそうもいかないし、どうにも
わかりにくかった。
「良いんじゃねえ? 俺はそれで良いと思うけど。ガキじゃあるめぇし、んな大騒ぎする
ような事じゃねぇけど」
「そうよね」
 そんな二人の反応が寂しくて、フェアリーはホークアイとアンジェラの二人を交互に見
る。
「私は楽しかったですよ。料理も美味しかったですし」
「うん…」
 フォローするようなリースの意見に、フェアリーは元気無さそうに微笑んだ。
「それでいいじゃん。なんだよ」
「だって…」
「私もお風呂入っちゃうわよ」
 フェアリーを無視して、アンジェラは少し不機嫌そうに部屋から去ってしまう。
「…………」
 そんな様子を少し悲しそうに見送るフェアリー。
「あのさー。俺らもイイトシなんだからさ。あいつらみたいに素直になれねぇだけなんだ
よ」
 沈んでしまったフェアリーに、とりなすようにホークアイが言う。
「考えてもみろよ。あのアンジェラが、素直に喜べる性格かどうかとかよ」
「…まぁ…それはそうなんだけど…」
「おまえが気にしなくっても良いよ。あのアンジェラが、文句一つ言わねぇでデュランの
手料理あんなに食ったの初めてなんだから」
「…………………」
 言われて、フェアリーは顔をあげてホークアイを見た。
「…その……だから…いいんだよ、もう」
 最後、何を言って良いかわからなくなって、ホークアイも立ち上がる。
「どこ行くの?」
「便所だよ」
 それだけ言って、そそくさと立ち去ってしまった。
 そんな様子を眺めていたリースは小さく吹き出してしまった。
「どうしたの?」
「みんな恥ずかしがっているだけなんですよ。うまく素直になれないだけなんでしょう」
「…そう…かな…。…そう…なんだろうね…」
「そうですよ。…そりゃあ一流の料理人が作った料理に比べれば、今日の料理は味として
は届くものではないですけど。でも、それに負けないくらい…いいえ、それ以上の味があ
ったと思いますよ。私たちにとっては」
「うん…。…私さ、デュランに取り付いてるじゃない。だから、彼が頑張ってるの、すご
くよく見えるんだ。それが報われているのかどうか…確かめたくてさ…」
「心配しなくても大丈夫ですってば」
 リースがそう優しく微笑んでくれると、フェアリーも少し元気が出てくる。
「あのね」
「何ですか?」
「これね、デュランがくれたの。プレゼントに物は無理だけど、これなら良いだろって」
 言って、フェアリーは髪にかざってある小さな花を抜いて見せた。台所にあった花束の
中に同じ種類の花があったはずだ。
「これ一つだけってわけにもいかないから、花束買って。残った花はご馳走の時、テーブ
ルの上に置いたらきれいになるねって言ったら、そうだなって。でもデュランってああい
う性格だから、そのままになっちゃうんじゃないかって、心配してたんだけど…。リース
が気づいてくれて嬉しかった」
「そうだったんですか」
 ちょっと花束にしては小さいなと思っていたが、そういう事だったとは。
「私ね。今日ほどマナの女神様に感謝したことないよ。こんなに嬉しいんだもの。こんな
素敵な日を与えて下さったマナの女神様にね」
 もらった花をぎゅうっと抱き締めて、フェアリーはそっと目を閉じる。
「そうですね」
 リースの笑顔は人を安心させてくれる。フェアリーは、ほぉーっと長く息をついて。そ
して、思い切り微笑んだ。
「ありがとう」

                                                                       END