「ライト」 アンジェラが光の魔法を放ち、天井に放り投げる。 神殿内部はひどくほこりっぽく、そこかしこにカビやらキノコやらが生えまくっていた。 「きったないわねー…」 「うわぁ…。ここを掃除しなきゃいけないのか…」 ヨシュアがその後の事を思って情けない声を出した。 「さすがに掃除までは協力できんぞ…」 「わかってます…。こういう仕事は全部僕ら下っ端な仕事なんです…。エンリケ様は人使 いあらいしぶつぶつ…」 デュランの言葉に悲しそうに頷いて、なにやら愚痴りはじめる。 「で、モンスターはどのへんに出るんだって?」 「え? ああ、台所の方です。こっちです…」 先頭のデュランと並んで、ヨシュアは台所を案内する。 「うわああああ!」 突然、ヨシュアがすごい悲鳴をあげて隣にいたデュランにしがみついた。 「わっ!? コラ! しがみつくな!」 見ると、ヨシュアの足元に小さなキノコがうろちょろしていた。 「だ、だだだって、モモモ、モンスター!」 「モンスターって…。ホレ…」 ぶち。 ホークアイは慌てず騒がず、小さなキノコモンスターを踏み潰した。 「ああああああ!」 デュランの耳元でヨシュアがまたも悲鳴をあげたものだから、デュランの耳がキーンと 鳴った。 「おい! 耳元で叫ぶなよ!」 ヨシュアを引き剥がし、デュランは落ち着かせるように、彼の両肩に手を置く。 「はぁっ…はぁっ…。あ…あなたがた…強いんですね…」 「いや…これくらいで強いと言われても…」 あきれ果て、ホークアイはダガーの柄で頭をかく。 「…ホークアイ。ヨシュアのボディガード、頼む」 デュランもあきれた視線をヨシュアにむけ、しばし考えるとそう言った。 「俺?」 「おまえ」 ホークアイは自分を指差すと、デュランは深く頷いた。 「………………」 確かに戦力的からも、それが妥当な案ではあるけれど…。先ほどみたいにデュランに抱 きつかれては彼の邪魔にしかならない。 「つまりおまえは有事には、俺に男に抱きつかれろと…」 「避けるだろ、おまえなら」 「ああ」 ポン、と手を打つ。 「避けちゃうんですか…?」 「そんな恨みがましい目で見なくても…」 ヨシュアの暗い視線に、ホークアイは困った声を出す。 「ともかく、この先が台所で、そいつがいるんだな?」 「ええ。けっこう広い台所なんですけど…。大きなテーブルとかあるんで、気をつけて下 さい」 「よっし、じゃ、行くぞ」 「おー!」 「おうでち!」 一度深呼吸し、デュランは扉を勢いよく開け放つ。 バン! 「ライト!」 扉が開くと同時に、アンジェラの魔法が飛び、部屋の中を明るく照らす。 明るい魔法の光の下、マイコニドとそっくりで、でも色合いがどぎついキノコモンスタ ーが三匹、こちらを驚いたように見ている。ダースマタンゴだ。 「俺が右、ケヴィンが真ん中、リースは左! あと、援護頼む!」 「おう!」 「はい!」 デュランの指示が飛ぶと、ケヴィンとリースは指示通りにモンスターに向かって行く。 「ボフッ!」 ダースマタンゴはいきなりの突入者に、すぐに臨戦態勢をとる。 「ブホッ!」 「うおっ!?」 殴りかかろうとしたケヴィンに、ダースマタンゴは胞子を吹き付けた。 ケヴィンはすんでで避けたのでまともにくらわなかったが、一瞬で辺りが真っ白になり、 何も見えなくなる。 「くそっ!」 目の前が見えなくなりながらも、ケヴィンは拳を振り回した。 「ブワァッ!」 手ごたえはあるものの、どうもかすっただけのようだ。ケヴィンは嗅覚も発達してるの で、それで敵の位置を知る事もできるのだが、胞子の異様な匂いのせいで、それもできな い。 「くそう、どこ…だあぁぁっ!?」 げしっ! きょろきょろしてるスキに頭突きをくらい、よろめく。 「コノヤロッ!」 バランスを崩しながらも、ケヴィンは思い切りまわし蹴りをくらわす。 ボゴン! 「デビャァッ!」 ダースマタンゴはケヴィンの蹴りを真っ向から受け、入り口付近の壁に激突した。 バシィン! 「ううぇああああああ!」 すぐ近くの壁にダースマタンゴが激突したものだから、ヨシュアは悲鳴をあげて近くに いたホークアイに抱きつこうとした。 「おっと」 「避けないで下さいいいいいい!」 「んな無茶な…」 ひょいと避けたホークアイにヨシュアは涙をだらだらと流して抗議する。 「こいつっ! けっこう耐久力あるな!」 ダースマタンゴの体当たりを避け、デュランは思い切り斬りつけるが、厚い皮膚か脂肪 (?)に覆われているからなのか、なかなか効かないらしい。 「こりゃ、根気よく、きりつけるしかねぇ…なっ!」 ドブッ! ダースマタンゴが体を回転させて、よろめきながらも体当たりしようとしたので、それ を避け、再度斬り付けた。 「これで最後にしてやる!」 デュランは持っていた盾を投げ捨て、両手で剣を握ると、倒れてもがいているダースマ タンゴを深く貫いた。 「ガブッ!」 しばらく、もがいていたが、やがてダースマタンゴは動かなくなった。 「ふう…」 一息、つき、デュランは部屋を見回した。 ケヴィンは善戦しており、どうやらもう少しケリがつきそうだ。リースの方は胞子をく らったのか、彼女がいるあたりが白くもうもうとした煙に覆われて何が起こっているのか よく見えない。 デュランは貫いた剣を引き抜き、ジャマなモンスターの死体を蹴っ飛ばすと、応援に向 かうべく走り出した。 「うおっとぉ!?」 途端、デュランは何かにけつまずいて体勢を崩す。なんとか踏みとどまり、転ぶのは避 けられたが…。 「な、なんだ?」 見ると、床の方には先ほどホークアイが踏み潰した小さなキノコがわらわらといるでは ないか。その一つにつまずいたのだ。 「くそっ!」 それを踏み潰し、デュランを足元を見回す。 けっこういる。 「あーもう!」 こいつらを倒さないと足場が悪くなって仕方がない。デュランはキノコを一匹一匹踏み 潰した。 「ああああああ! ここにもそこにもあそこにもおおお!」 「だ、だから、抱きつくのはよしてくれ! 俺が戦えねぇ!」 「ああああ! 助けてぇえ!」 「キャアアア! な、なにすんのよお!」 ホークアイがひらりひらりと避けてしまうので、呪文を唱えようとしていたアンジェラ に抱きついた。 「やだっ! やめてえーっ!」 「あああもう! おまえ寝てろ!」 邪魔にしかならないヨシュアの首筋に手刀を一発。 「はうっ」 「となりの部屋に放り込んでおいてよ!」 真っ赤な顔で怒りながら、アンジェラが怒鳴る。ホークアイは言われなくてもそうする つもりだった。 ヨシュアを隣の部屋に置き、この部屋に戻ってくると、足元には小さなキノコがわらわ らとたくさんうごめいていた。 「な、なんだこりゃあ!?」 「全部踏み潰せ!」 「キリがないでちよう!」 「だあああ増える増えるうう!!」 仲間の悲鳴があちこちから聞こえる。 「ちっくしょ、こいつが根源か!」 リースが手こずっているダースマタンゴを、デュランはホームランよろしく剣を振り回 す。 スバンッ! 見事に分断されて、ダースマタンゴは動かなくなる。 「けほっ、けほっ…すみません…」 胞子をまともにくらってしまったらしく、リースは涙目で咳が止まらない。 ダースマタンゴは全部倒したが、ヤツらが放った小さいキノコは部屋にまだたくさん残 っている。 「潰せ潰せ! 全部潰せ!」 「たくさんいるでちよおう!」 「アンジェラぁ! 魔法でどうにかならない!?」 「こんな小さいのが相手じゃ部屋が吹き飛んじゃうわよ!」 「くそーっ!」 大騒ぎしながらも、なんとか、全部のキノコを踏み潰し、部屋にはキノコモンスターは 一匹もいなくなった。 「はぁっ…はぁっ…はぁっ…疲れた…」 「すごく強いわけじゃないけど…」 「こういうのは…疲れるわね…」 「げほげほっ…。うっく…。窓、開けますね…」 未だムセて辛いリースはたまらなくなって、窓を開け放つ。 「はあ…」 外の新鮮な空気が本当に気持ち良い。 「窓、汚いでちね」 「胞子ですすけてるんだわ…。お掃除…大変そうですね…」 新鮮な空気を吸うため、シャルロットもリースの近くにやってくる。 「…掃除はともかく、まだモンスターがいないか見てまわろう」 「もう疲れたわよ…」 椅子に座りたいのに、椅子はカビやキノコに侵食されており、とても座れる椅子ではな くて、アンジェラは不機嫌そうに椅子をにらみつける。 「デュラン…」 「ん?」 「あの…オイラ…あの机…蹴っちゃったんだけど…どうしよう…」 もじもじと、困ったようにケヴィンは割れた中央の机を指差した。 「うわ…見事に真っ二つだ…」 ケヴィンの蹴りをくらってはひとたまりもなかったのだろう。古くて大きな机は見るも 無残に真っ二つだ。 「ごめんよう。机の上にいたモンスター、避けたものだから…蹴りで…その…」 「気にすんな。あれはモンスターが二つに割った。それでいいだろ?」 「…そうだな」 ホークアイの案にあっさりうなずくデュラン。 「…いいの…?」 「いい」 上目遣いのケヴィンに、二人はそろって深くうなずいた。 「とにかく、見て回ろう」 「あんたたちだけで行ってきてよ」 アンジェラは追い払うように、手を払う。それを聞いて、ホークアイはちょっと考え込 んだ。 「そうだな。じゃあ、おまえ、ヨシュアの様子を見ててくれよ」 「…一緒に行く…」 抱きつかれたのが腹立たしいらしく、不機嫌そうな顔でついて来た。 神殿内は小さなキノコモンスターが一匹二匹いただけで、もういないようだった。 「大丈夫そうだな」 「そーだな」 一通りみてまわり、モンスターの気配はもう感じられない。 「デュラーン」 台所付近で、ヨシュアの様子を見てるはずのケヴィンから呼ぶ声がする。 「どうした?」 呼ばれた方に行くと、ケヴィンが床を指で引っかいている。その近くでシャルロットが 興味津々で床を見ていた。 「なんか、この下、あるみたいだけど…」 「ん? …おーい、ホークアイ。ちょっと来いよ」 こういうのはホークアイに任せた方が良い。デュランはホークアイを呼んだ。 「なんだよ?」 「この下、なんかあるみたいなんだ」 「どれどれ…」 早速、ホークアイがなにやら調べはじめる。ダガーの柄でこんこんと床を叩き、位置を 確認すると、注意深く床にダガーで切り込みをいれはじめる。 「…はっ! こ、ここは!」 今まで気絶させられていたヨシュアが気がついた。 「あ、気がつきまちたか?」 「シャ、シャルロットちゃん、あ、みなさん! モンスターは?」 「大丈夫ですよ。もう倒しましたから」 「本当ですか!? …はあぁ〜…良かったぁ…」 リースから報告を聞いて、ヨシュアは心底ホッとした。 「本当に、本当なんですよね」 「ええ。全部見回って確認しましたから」 「はあ…。ところで、何してるんですか?」 「さあ…。なにか床下にあるみたいなんですけど…」 ヨシュアも何事かと床下を調べているホークアイを覗き込む。 「よしっ…。開くぞ…」 埃をとりはらい、ホークアイは床を開いた。 中は狭く、厳重に封をされた瓶が一つ、置いてあるだけだった。 「? 何だろう…。あ、重てぇ! デュラン、手伝え」 「うん」 二人がかりで瓶を取り出して、床の上に置く。 「何だろうな? 開けてみるぞ」 厳重に幾重にもされた封をとき、蓋をあけると…。 「おおおおー!」 「すげえぇー!」 中には古い金貨が瓶いっぱいに入っていたのだ。 「随分古い金貨だな…。昔の人のヘソクリだったんだな、きっと」 金貨を一枚取り出し、目を細めてホークアイは調べてみる。 「よくこんだけためこんだなぁ…」 感心して、デュランは瓶いっぱいの金貨を眺める。 「でも…これ、どうするんですか?」 リースの声に、みんな顔を見合わせる。 「ここはひとつ、公平にみんなで山分けということで…」 「あの…神殿にあったものなんですけど…」 ホークアイの案に、ヨシュアが遠慮がちに声をあげる。 「もちろん、あんたにも山分け分がいくわけだが?」 「……………」 意味ありげなホークアイに言われて、ヨシュアは腕を組んで考え込んだ。 「あのエンリケって神官、なんかケチそうだったよなー、おまえさんも色々苦労してそう だしさー、こんなモンスターの巣食う神殿に一人でやってきたおまえさんにも報酬をもら う権利だってあるわけだしさー、な? それに、おまえさん、俺たちを案内してくれたか らって、上から何かもらえたりするのか?」 ホークアイがにやけながらヨシュアを見ると、彼は真剣な眼差しでホークアイを見た。 「…何にももらえません!」 「話は決まっていいかな?」 「いいです」 「いいんですか?」 真剣な顔で頷くヨシュアに、リースが困った声をあげた。 「たぶん、金貨から見ても、数世代前のものと思われます。みんな、このことを知らなか ったんじゃないですかね…。いじられた形跡もまるでありませんし…」 ヨシュアも金貨を一枚つまみあげ、古びた金貨を眺める。 「でも、金貨の使い方には気をつけろよ。怪しまれるからな」 「はい!」 早速金貨の枚数を数えてるホークアイに、ヨシュアは力強く返事をした。 to be continued... |