「あ…」
「ん?」
 デュランのあげた声に、ホークアイは目だけで彼を見る。
 見ると。彼は壁にかけられたカレンダーを見て突っ立っていた。
「どうかしたのか?」
「ああ…。ちょっとな…」
「うん?」
 ホークアイは少しだけ怪訝そうな顔をしたが、すぐにそれも忘れて、目の前の新聞に視
線を戻す。
「しまったなぁ…忘れてた…」
 そんな独り言が聞こえ、またホークアイはデュランを見るが、彼がそのままどこかへ行
ってしまったので、ホークアイは無視して新聞の続きを読む事にした。



「どうしたんだ?」
「別に…」
 そうは言うものの、最近のデュランはいつもと違っていた。
「でも、デュラン、足りるのか? 今日それだけで」
「足りねぇよ」
 ややつっけんどんにそう言って、ピラフを口に入れる。
「最近、おまえが頼むモンって安いモンばっかだなー。単品のみだしよー」
 スプーンを口にいれたまま、ホークアイはデュランの前のピラフを見る。今回、彼が頼
んだのはこの一品だけだ。大食漢の彼がこの一品だけで満足するとはとても思えないが。
「なに、そんなに金が足りねーの?」
 食費は外食に限り、個別に清算する事になっている。食事の量や好みが個人個人差が激
しい事から、いつだったかみんなでそう決めた。やはり例外もあるが、外食の時はそうい
う彼らのルールがある。
「…まぁな…」
「本当?」
 ケヴィンは驚いてデュランを見る。金銭感覚のあるはずのデュランがお金を使い込むと
いう事は珍しい事だった。
「へぇー、あんたもたまにはそうなんのねぇ」
 それがおかしいのか、アンジェラはにこにこしてデュランを見る。
「また、立て替え分の徴収忘れとかってのはないんだろうな?」
「…ない………と思う…」
 記憶力に自信のない彼は語尾が弱い。
「……貸そうか?」
 最近の、食事の貧弱ぶりに、ホークアイの方も心配になってきた。
「あー、いい、いい。大丈夫だって」
 ホークアイの申し出に、デュランは苦笑して手を振る。
「そうか?」
「ああ。大丈夫だよ」
 どうにもこれ以上、ホークアイに心配をかけるのが嫌のようだ。少し腑に落ちないなが
らも、彼は食事に戻った。
「じゃ、デュランしゃん。シャルロットのニンジンさんをあげるでち」
 言って、シャルロットは皿の上のでかいニンジンを差し出す。ニンジンはシャルロット
の嫌いな食べ物の1つだ。デュランは苦笑して、そのニンジンをいただいた。やっぱりあ
れだけでは足りないらしい。
「どうしたんだろうな? アイツな」
「さあ…」
 食事の帰り道、ホークアイは耳打ちするようにリースに尋ねるが、彼女も首を振るだけ
だった。

 マナが減り、世界規模でモンスターが暴れるようになり、前のような豊かな暮らしが少
しずつ身をひそめつつある昨今。物価は少しずつだが、上がり続けている。
 この時世が続けば、暮らしは確実に苦しくなるだろう。ただ、今のところは物資の不足
より、モンスターの脅威の方が先だったが。
 民衆の顔から少しずつ笑顔が消えていくのは、みんな肌で感じている。
 しかし。
「この町はなんか明るいな。なんかいいことあるのかな?」
 ケヴィンは笑顔ではしゃぎ走りまわる子供たちを眺めてそう言った。
「この時期はこの町でなくても、きっと明るいと思いますよ」
「え? そうなのか?」
「ケヴィンのところではなかったかしら? マナの女神様の生誕を祝うお祭りは」
「ああ、聖誕日?」
 リースは笑顔で頷く。
「でも、オイラんとこは、特に何かするってわけじゃなかったな。みんなでお祈りして、
大人たちが酒を飲んで終わりだ」
 まだ飲酒する年齢ではないから、ケヴィンにとってその日、どうして大人たちが大騒ぎ
するのかわからなかった。
「おりょ? じゃあ、ぷれぜんととか。ごちそーとか、なかったでちか?」
「酒飲んで終わりだ。酒って苦いから、オイラあんまし好きじゃない」
「じゃ、つまんないでちねぇ…」
「うん。面白くない」
「まぁ、酒がわかればもっと面白くなるんじゃねー?」
 ホークアイは歩きながら、浮き足立つような町の様子を眺める。
「でも、ケヴィンしゃんとこってつまんない聖誕日でちねぇ。パーティーで、ごちそーと
か、ぷれぜんととか! そんなのがないなんて」
「でも、俺んとこも似たようなモンだぜ? まぁ、ご馳走はでるけどな。みんなで食って
飲んで馬鹿騒ぎする日なよーなもんだ」
「マナの女神様の聖誕日なんですから…。お祈りとかはしないんですか?」
 少しあきれて、リースはホークアイを見る。
「しないことはないけど…メインは飲み会だな」
「そ、そうなんですか?」
「ナバールじゃなぁ…」
 デュランも苦笑する。確かに、男だらけの環境では、そういうイベントは飲み会と化す
であろう事はなんとなく想像できた。ましてや自由を謳う盗賊団だ。そんな儀式的なイベ
ントを率先してやるとは思えない。
「シャルロットんとこは、朝から夕方までずっとお祈りと儀式で、それが終わったらみん
なでパーティーするんでちよ。プレゼントとか、もらったりするんでちよ」
「ま、そうなんだろうな」
 ウェンデル、という土地柄だけでも、そうなるだろう。
「やっぱ、祈りやら儀式やらって大掛かりなのか?」
「神官たちみんなで準備するでち。それでも、2ヶ月もかかるでち。今頃、みんな準備で
いそがしーと思いまちよ」
 故郷を思い出して、シャルロットは少し寂しそうな笑顔になる。
「へぇ。やっぱりウェンデルは違うんだな」
 ホークアイは後ろ頭に手を組んで、うつむいてしまったシャルロットを見た。
「アンジェラやリースのとことかはどうなんだ?」
 振り返り、近くを歩いている王女二人を見る。
「ウチもそんな感じよ。ただ、儀式が朝から夕方までって事はなくて、一、二時間くらい
で終わるけど」
「私も、そう違いはないですね。かける準備も半月くらいですかね」
「まぁ、その日が一年で一番大掛かりなパーティーになるのは確かよね」
「そうですね」
「そういえばさぁ、リースんとこもドレスとか着ると思うけど…」
 それから、王女二人の間でなにやらハイソな会話が始まってしまったので、ホークアイ
は無視して前を見た。
「で、おまえんとこはどんなだ?」
 あと、聞いてないのはデュランだけだ。ホークアイはあまり関心がなさそうな顔で尋ね
る。
「ま、フツーにお祈りしてパーティー…ってほど大掛りなモンはしねぇな。ま、ご馳走食
ってさ。プレゼントもらって。規模は違うけど、やってる事にたいした違いはねぇな」
「ふーん」
「まぁ、あの日ばっかりはケチなおばさんも好きなもん買ってくれてさ。うまいもんたく
さん食えてさ。俺は好きだよ」
「…へぇ…」
 デュランが珍しく優しい笑顔を作るものだから、ホークアイは思わず声をあげた。
「おまえ、良い思い出が多いんだな…」
「ん? …そういうもんだと思ってたんだけど…おまえ、違うのか?」
「…まぁな…。ガキの頃はそんなもん、できる環境じゃなかったし…」
 遠い瞳で、ホークアイは空を眺める。その様子が寂しげだったから、デュランは少し驚
いてホークアイを覗き込んだ。
「どうしたんだよ?」
「…。何でもねぇよ」
 フッと息を吐き出して、ホークアイは少し強い歩調で歩き出してしまった。
「どうしたんだろ?」
「なぁ」
 デュランとケヴィンはそんな彼を見て、不思議そうに顔を見合わせた。

「つかぬ事をお尋ねしますが…あなた方、冒険者じゃありませんか?」
 安い飯屋で食後のまったり気分を満喫している所に、年のころ三十は過ぎてそうな神官
が6人に声をかけてきた。くたびれた神官服を着て、顔には疲れが浮き出ている。
「冒険者だけど…何か?」
「ああ、そうですか。最近は冒険者がめっきり減りましてな。仕事を頼もうにも依頼する
相手がいない有様でして…」
「仕事の話でしょうか?」
「そうです」
 ホークアイが本題に入ると、相手はあっさりそれを認めた。
「この町の北の山の上に古い神殿がありましてね…。つい最近あそこに魔物が住み着いて
しまいまして…。普段は使わないのですが、聖誕日には町中の人々があそこで祈りを捧げ
るのです…」
「つまり、その神殿に巣食った魔物を退治してほしい、と…」
「その通りです。民家に近いので、住民も不安ですし、このままだとあの神殿が使えなく
なり、困った事になるのです。聖誕日は町中の人々が心待ちにしている日ですから…」
「…どうする…?」
 答えはわかりながらも、ホークアイはみんなの顔を見回した。
「ま…おまえに任せるよ…」
 口下手だったり、ウソやハッタリが苦手だったりと、商談に向くのはホークアイしかい
ないから、デュランは全権をホークアイに委ねている。彼は、絶対悪いようにはしないか
ら。
「…わかった…。で、どんな魔物なんすか、そりゃ?」
「私もよくはわからないのですが…魔物を見た人はマイコニドによく似た魔物だそうなん
ですが…」
「それじゃ…」
「わかっています。本当にマイコニドなら、我々だけでもどうにかできるのですが、似て
いるというだけで、強さはマイコニドの比ではないのです…」
「うーん…。マイコニドによく似ていて、強さはぜんぜん違うモンスター…」
 ホークアイは腕を組んで考え込む。
「あれじゃない? ほら、いつだったか、ラビの森に一匹だけ出てきたアイツ!」
 アンジェラが声をあげる。
「えーと、凶悪で強いキノコが一匹だけ出てきて、てこずって倒したじゃない! 雑魚し
かいないラビの森で、やたらめったら強いキノコがさ! マイコニドの亜種とか、誰か言
ってたじゃないの」
「…あ! あーあーあー…。そういや、いたな、そんなの…」
 忘れていた記憶もよみがえってきた。そういえば、強いキノコに出くわした経験があっ
た。
「あいつか…じゃ、俺らでもちと苦労しそうだな…」
 ホークアイの言葉に、神官は不安そうな顔になる。
「それじゃあ…さ、俺ら六人パーティなわけでさ、んで、必要経費込みで、こんぐらい…
はどうだ?」
 ホークアイは早速そろばんを取り出して、はじいて見せた。パーティの財務担当のホー
クアイは便利だからと、こんなものを持っているのだ。彼は、そろばんをはじきながら、
難しい顔をしている事がある。ケヴィンやシャルロットも隣に来て、彼と一緒に難しい顔
をするものだから、からかってるのかと怒られた経験がある。
 ともあれ、そろばんを見た神官の顔が難しくなる。
「その…手前どももあまり持ち合わせがなくて…。こ、これくらいでは…」
「おいおい、そこまで勉強はできねぇなぁ…。こんぐらいは…」
「ううーむ…。せ、せめてこれくらいで…」
 二人はそろばんをぱちぱちとはじきあっている。
「ホークアイ…。あまり、困らせちゃいけませんよ…」
 リースは値段交渉を繰り広げるホークアイを困ったように見る。
「まぁまぁ。じゃ、これで」
「う…。………」
 神官は心底困り果てた顔でそろばんを見つめ、そしてリースを見た。
「いや、あの…。ホークアイ…?」
 いきなり見つめられて困ったリースは、やっぱり困ってホークアイを見る。
「いくらリースの頼みでも譲れないもんはあるの。じゃ、神官さん。この額で。半額前払
いで、あとは成功報酬って事でどうですか?」
「……………。わ…わかり…ました…」
「オッケー! 商談成立ね。じゃ、魔物退治は明日ってことで」
 さっさと話をすすめられてしまい、神官はため息をついた。
「…わかりました。申し送れましたが、私はエンリケ。この町の神殿で神官を勤めており
ます。では、明日、町の中央にある神殿を訪ねて下さい。私の名前で話は通るはずです」
「わかった。俺はホークアイ。東の宿に泊まってるんだ。何かあった場合は、そっちに」
「ええ。それでは、お受け下さりありがとうございます。では、失礼いたします」
 エンリケ神官は会釈すると、席から離れ、飯屋から出て行った。
 彼が完全に出て行ってから、リースは口を開いた。
「ホークアイ…。困っている人相手に、あまり足元を見るような事は…」
「気にしなさんな。まぁ困ってるのは確かなんだろうけど、あいつ、あれでなかなか食え
ない男だぜ」
「え…? そうなんですか?」
 リースは少し驚いてホークアイを見る。
「こっちが最初言ってきた額を思い切り下げたよな」
 そろばんのやりとりを眺めていたデュランはそう、口をはさむ。あの下げっぷりに、彼
も少し心に引っかかるものを感じたり。
「魔物退治が命がけだって事、わかってねぇのかな。ま、ともかく。そういうことなんで、
明日は気張ってくれや」
「わかった」
「OK」
 それぞれ返事がかえってくると、ホークアイはフッと一息ついて、天井を仰ぎ見た。

「こちらです」
 エンリケ神官の助手だというヨシュアという小僧に連れられて6人は古い神殿への道の
りを案内されていた。
「この道をまっすぐ行けば神殿です。石畳の道なので、迷う事はないです」
「モンスターが巣食う前までは、どれくらい使ってたの?」
「神殿ですか?」
「そうよ」
 ヨシュアは美人なアンジェラに見つめられたので、頬を染めてうつむいた。
「ええっと…、あの神殿は聖誕日の他に、神官に任命された時の儀式とかにも使ってまし
て、そうですね、三、四ヶ月に一回は使ってましたよ。一ヶ月に一回はみんなで掃除しま
すし…」
「じゃ、やっぱ困ってたんだ」
「ええ。聖誕日にあの神殿が使えないのはとても困るんです。聖誕日に使うために掃除だ
ってしなきゃいけないのに…」
 ヨシュアは静かにため息をつく。
「あ、見えてきました。あそこです」
 山の中腹に立てられた古めかしい神殿は、その古さが趣きをかもしだしており、風格が
漂っている。
「あそこに…モンスターが?」
「ええ。…町の力自慢の人たちにも行ってもらったんですけど、命からがら逃げてきて…」
「よし。じゃ、行こう。ヨシュアはここで待っててくれ」
 デュランは鞘から剣を抜き放ち、ヨシュアにそう言った。
「あ、は、はい!」
 一緒に来てくれと言われたらどうしようと思っていたので、待てと言われヨシュアは心
底ホッとした。だがしかし、その安堵感をホークアイが打ち壊す。
「ちょっと待てよ。神殿内部がどうなってるかわからないんだ。ヨシュアも来てくれよ」
「ええええっ!?」
 泣きそうな顔で、ヨシュアはホークアイを見た。
「そっか…。じゃ、頼む」
「お願いしますね」
「は…はい…」
 リースに言われ、ヨシュアは泣きそうな顔ながらも、杖を握り締め、小さく頷いた。




                                                             to be continued...