「なんだって!?」
  いきなりの大声と一緒に、ガタン、という椅子から立ち上がる音が食堂に響いた。
「お、おい、そりゃ、本当なのか?」
  苦しいほどに胸倉をつかまれて、男は顔を歪めた。
  胸倉をつかんでいる男は、ホークアイ。ここ、ナバールで随一の実力を持つ男だ。顔も腕も良
いとくりゃ、女にモテて当然。だが、女の子好きで嬉しいはずなのに、時々さびしそうな顔をす
る。
「ほ、ほ、本当らしいけど…」
「らしい?  それじゃ正確じゃねえじゃねえか」
  みんなの注目もなんのその、かまわずにホークアイは首をしめ続けた。
「っく、くく、苦しいって!」
「へ?  あ、ああ、悪い…」
  ハッと我にかえり、ホークアイはその男の胸倉を離した。
「ゲホッゲッ…、ど、どうしたってんだよ?  いきなり、顔色変えやがって…」
  少しむせりながら、男はホークアイの慌てぶりに驚いていた。
「あ、いやその、まあ、ちっと、色々あってな…」
  ホークアイも気まずかったのか、やや苦笑して言葉をにごした。
  それから、食事が終わってからの事……。ホークアイは部屋に戻り、一人つぶやいた。
「リースが見合い?  ……冗談じゃねえぞ…」


  場所はかわって、ここはローラント城。風の王国と呼ばれ、女だけの兵士アマゾネスらがまも
っている城だ。
「リース様。今度の見合いの衣装ですが、これでよろしいですね?」
「はあ…」
  金髪の可憐な少女。だれもが認める愛らしさと、美しさを持つ少女は、うんざりしたような顔
でうなずいた。
  彼女こそ、ここ、ローラントの王女リースである。部下のアマゾネスやじいや乳母などの強力
な勧めによって、今度のマナの祝日に、フォルセナの騎士と見合いをする事になっていた。
「アルマ…。どうしても見合いをするのですか?」
「なにをおっしゃいます。今、ローラントが大変な情勢であるのは、城主であるリース様が一番
ご存じでありましょう?  次期国王となるべきエリオット様はまだお若い。これからはリース様
の肩にかかっております。しかし、リース様一人ではあまりの重荷です」
  それは、リースもわかっている。政治というもの、一筋縄でいくわけがないようなもの。まだ
若いリースにとって、政治はあまりに、手にあまるものなのだ。
  それ故、リース一人だけではなくもう一人、彼女の伴侶となるべく男をアマゾネス達は探して
いたのだ。
  そして、見つけてきた縁談。話に聞くと、そのフォルセナの騎士はフォルセナでも相当な剣の
腕前の持ち主であり、自ら騎士団を率いるフォルセナ国王にさえも匹敵、あるいはそれ以上やも
しれぬとの噂でもあるのだ。
  家柄においても、かの有名な黄金の騎士の息子だそうで、文句ナシ。それ以上に彼の功績もあ
るらしいが、途中うんざりになって、聞き流していたので、よくは知らない。
  槍術にかけてはアマゾネス随一で、アマゾネスの軍団長であるリースと、彼が所帯を持てば、
強い御子が生まれるは必然。
  次期国王となるエリオットにも、剣術を教えられるだろう。
  そして、リース一人ではつらい政治を助け、うまくやってくれるのではないか。そして、リー
スの重荷を少しでも軽くしてくれるのではないか。そんな期待と思いが、アマゾネス達にはあっ
たのだ。
  だが、当の本人であるリースは見合いに乗り気ではなかった。見合いとは名ばかりで、実際に
は結納であることは、彼女もわかっていた。
  結婚はもうちょっと先でいいのに…。
  それに、会って間もない男と結婚というのは、どうにも気がすすまない。
  しかし、アマゾネスたちの強いオシからうかがえる期待と思いやり(彼女にとってはありがた
迷惑だが)を、裏切りたくもない。
  リースは両手で顔をおさえて、ため息をついた。


「なぁんですってぇ!?」
  アンジェラは驚いて、その情報をもってきたヴィクターの胸倉をつかんだ。
  そのままおとなしくしてれば、とても美人なのに、怒った顔が台なしにしている。熟れた体つ
きで、この美しい顔とくれば、健康的な男性諸君は、クラッとすること請け合いであろう。
「ちょ、ちょっと!  く、苦しいですってば!」
「うるさいわね!  それどころじゃないじゃない!  その情報…、本当に本当なの!?」
  そして、胸倉をつかんだまま、がっくんがっくん上下に振る。これはたまったものではない。
「か、かんべん…、ひ、く、苦し…!」
「あぁん、もう!  許さないんだから!  あいつとリースが見合いだなんて!  これで、これで
…。け、結婚なんかしちゃったら、ぜぇったい許さないんだからね!」
  泡を吹いてるヴィクターに気づきもせずに、こぶしを握りしめ、アンジェラはあさっての方に
向かって叫んだ。


「フォルセナは久しぶりだな…」
  ホークアイは、フォルセナに来ていた。冒険の時、何度か来ていた国である。
  ナバールが本拠地、砂漠とは違い、温暖で住みよい土地である。
  彼のつかんだ情報によれば、ローラントの王女の見合いは今日の昼から。王城の近くにある、
立派な料亭だそうだ。
  彼は、今ほど自分の職業がこれで良かったと思った事はない。
  彼ら盗賊にとって、忍び込む事なんて、朝飯前なのだから。
  そっと料亭に忍び込み、中の様子をうかがう。料亭では、完全貸し切りの状態で、仲居さんた
ちがいそいそと、いそがしそうに動き回っている。
  ここで見合いがあるのは本当らしい。こんな立派な料亭を貸し切るなんて、余程の金と権力が
なければできない事だし、ここは英雄王御用達の料亭で、バックに英雄王がついているのもまた
明白な事であった。
  フォルセナに住む友人と会いたかったのだが、今はそれは後回しである。
  自分の想い人であるリースが、見合いだなんて聞いてジッとしてられなかったのだ。王家の見
合いなど、結納みたいなもんである事はほとんど常識だし、どうにかして阻止したかった。
  しかし…。
「見合いの相手ってだれなんだよ…」
  そうつぶやいた時だった。ふと目にした先に、見覚えのある女性が目についた。
  料亭の仲居さんではない。色っぽい容姿の美女…。ホークアイと同じようにここに忍び込んだ
ようで、コソコソしている。
「……アンジェラ…?」
  ホークアイが声をかけると、女はビクッと跳ね上がった。
「えっ!?  ホークアイ!?」
  相当ビックリしたようで、心臓をおさえている。
「…おまえ、どーしてこんなトコに…。おまえの住んでるとこ北のアルテナだろ?」
「あ、あんたこそ!  あんただって砂漠のナバールじゃないの!」
  と、この時、誰か人がきた。二人は慌てて陰に身を潜める。
  しかし、その人は二人に気づかずに、通り過ぎた。ホッと胸をなでおろす二人。
「ちょっと、ホークアイ!  あんたがなんでここにいんのよ!?」
  小声で、アンジェラはホークアイをこついた。
「なんでって………。……アンジェラ、おまえがここにいるっつーことは、リースの見合いの相
手ってデュランか!」
  ホークアイは、あまり推測したくなかった結論に、苦い顔をさせた。デュランは、ホークアイ
と冒険を共にした仲間なのだ。そして、このアンジェラも。
「な、なによ、なんであたしとそれが結び付くのよ!」
  アンジェラは頬を染めながらも、口をとがらせた。
「……あのなぁ。おまえの気持ちくらい、気づいてるって。気づいてねーの、デュラン本人くら
いだろーしな」
  図星なので、アンジェラは黙ってしまった。
「しっかし…。相手がデュランとはー…。っかーっ、厄介な事になったぜ…」
「ちょっと、ホークアイ。あんたこそどうしてここに………、………ああ!  あんた、リースに
気があったのよね!」
「ばばばばバカ!  んな大きな声を出すんじゃねえよっ!」
  彼らしくもなく、顔を赤らめ、バタバタと手をふった。
「あ、ゴメン…。けど…。ということは…、あたしとあんた。利害が一致したってワケね。どう?
  協力しない?  見合い壊しに…」
  アンジェラは小悪魔的な笑みを浮かべ、ホークアイを見る。
「ま、確かに利害は一致しとるわな…。どーせ王族関係の見合いなんて、結納も同然だしな…。
チッ、これだから王族ってーのは…」
「悪かったわね、王族で」
  実を言うとアンジェラは、北の国アルテナの女王の一人娘だったりする。マナがあったころは、
魔法王国として、世界で有数の強国だったのだが…。
「ま、まあ、とにかくだな…。なんっとか、見合いをやめさせてーよなぁ…」
  アンジェラの視線をかわし、ホークアイは関係のない方を向く。
「そうよね。どうやって見合いを邪魔するか、よね。ネックは」
「まーな。なんか策があるのか?」
「ない」
「………………」
  あっさり言い放つアンジェラに、ホークアイは眉をしかめた。
「な、なによ。そーいうあんたには、何か良策があるって言うの!?」
「ね、ねえけどよ…。そ、そうだ。おまえの方は、なんか情報つかんでるのか?」
「そうね…。デュランの方はこの見合いにあまり乗り気じゃないみたいよ。ウワサによると、彼
のおばさんと、英雄王の強烈なオシがあったみたい。余計なことしてくれたもんだわ」
「でも、おまえさんの気持ち、デュランがわかってないとなれば、誰も知らないんじゃねーか?」
「……でしょうね…。どーしてあんなにニブいのかしら、アイツ」
「そりゃあ…人それぞれだな…」
  ホークアイはぽりぽりと頬を軽くかく。デュランとて、女に興味がナイわけではないのだが、
剣術一本で生きてきた男である。そういう情緒には人一倍うとかった。
「で、あんたの方の情報は?」
「これが情けない事に、特にねぇんだわ。ここで何時にやる、とかってーのは調べたけどな。リ
ース個人の気持ちとか、よくわからん」
「そっか…」
  アンジェラは軽く腕組みをして、宙をにらんだ。そして、隣のホークアイを見た。
「ホークアイ、あんた、忍び込むのは得意でしょ?」
「ん?  ああ。まーな」
「じゃあさ、あんたが仲居さんに化けて邪魔するっていうのは?」
「……いくらなんでも、そりゃバレちまうって。それに、どーしてリースのまえで、仲居のカッ
コなんかしなきゃなんねーんだ」
  そんな格好悪いトコ、リースに見せたくない。
「チェー。けっこういい案だと思ったんだけどなー」
「あのなぁ…」
  疲れを隠せないホークアイ。
「じゃあ、この近くで大騒ぎを起こしてさぁ、注意をそちらに向けるっていうのは?  大爆発と
かさせちゃうの」
「……どうやって?  おまえ、もう魔法使えないんだろ?」
「あんた、爆弾持ってない?  ホラ、地雷とか仕掛けんのあんた得意だったじゃない」
「こんっな町中で地雷なんか仕掛けられるかっ。そんなことしてみろ。俺は立派な罪人じゃねー
か。外国に来てまで、んなことやらかしたくねえよ。もちっと穏便で、ソンのねえ方法ねえか?」
「そう言われてもねー」
  すぐに却下されて、アンジェラは顎に手をやり、また宙を見る。
「んー…。じゃあさ、おまえが見合いの真っ最中にハダカでデュランに抱きつくってーのは?  
ホラ、そーすればアマゾネス側は、こんな男は不潔とかなんとかなって…」
「あたしを変質者にでもしたいワケ!?」
「い、いや、その、なあ。ホレ、でも、おまえさんなら、ちっとくらいハダカになったって平気
なんじゃねーの?」
「殴るわよ…」
「じょ、じょーだんだってぇ、やだな、もう!」
  とは言うものの、さっきまで彼が冗談など言ってなかった事を、アンジェラは見抜いていた。
  ここで見つかるワケにはいかないから、とりあえずアンジェラはおさえていたが、彼女は心の
中で、後でホークアイを殴ってやろうとかたく心に誓っていた。
「しかし………」
  言いかけて、ホークアイはカッと目を見開くと、アンジェラを無造作に上から押し付けて、身
をかがませた。
「だれだ!?」
  どうやら気配を探られてしまったらしい。
  アンジェラは緊張した目付きでホークアイを見た。彼は小さく舌打ちをする。
「だれなんだ?  いるのはわかってるんだぞ」
  彼らには、声の主が誰であるかわかった。ホークアイはその時とある案を思いついた。
  ホークアイは、腕だけ草むらから出して、その声の主を軽く手招きした。
「…?  な、なんだ…」
  そいつは、怪しげに思いながらも、こちらに近づいてくる。
  ホークアイたちが潜んでいるところに近づいたとたん、グイッと引き寄せられる。
「な、なん…」
  素早く口を封じられ、男はサッと身構えた。その鋭い目付き、立派な体格からは、彼の強さが
よくわかる。普段は無造作にのばしてる髪の毛も、今日ばかりはブラシがはいっているようだ。
「お、落ち着けデュラン、俺だ。ホークアイだよ!」
  ホークアイとて、真面にデュランとやり合うつもりはさらさらない。慌てて、自分の正体を明
かす。
「ホ、ホークアイ?  な、なんでここに…」
「はぁい☆」
「あ、アンジェラ!?  な、なんだっておまえらこんなトコにいるんだよ?」
  デュランはビックリ眼で二人を交互に見た。これから見合いするだけあって、彼は随分立派な
服を着ている。
「……しっかし、おめーもごたいそうな服着てんじゃねーか」
  苦笑混じりにホークアイがそう言うと、デュランは憮然とした顔になった。
「しょうがねえだろ。おばさんがすっげーうるさくてさー…」
「まぁ、それはともかくとしてだ。おまえ、これからの見合いの相手、誰だか知ってるだろ?」
  ホークアイに問われて、デュランもやや苦い顔になる。
「…………リースだろ?  俺、別に結婚とか、そういうのまだ先で良いって言ってるのによ。陛
下までにも、あんなに強く勧められちまって…」
  はあ、と、彼は特大のため息をつく。
「それに…。相手がリースだというとなおさらな…。おまえに殺されるかもしれねーし」
「なに……。………なんで、おまえが俺の気持ち知ってんだよ?」
  恋愛関係にうといハズのデュランが、何故それを知ってたのか。照れよりも先に驚きがくる。
「わかるってば。おまえ、寝言でよくつぶやいてんだもん」
「ブッ!」
  これにはホークアイも赤面する。確かにリースへの思慕が強い以上、夢に彼女はよくでてくる。
そこは、同じ男として、デュランにもわかってしまうのだろうが…。まさか寝言をつぶやいてし
まっているとは…。彼は自分が情けなくなってきた。
「それに、まあ、おまえの様子見てりゃあな」
  そこまでわかって、なぜにアンジェラの事はわからないのだろうか…。ホークアイは思わず呆
然となる。
「…んで、ホークアイはともかく、なんで、おまえがここにいるんだ?」
  デュランは今度はアンジェラに向き直る。アンジェラがムッとした顔をしたのも、無理はない
かもしれない。
「…なによ。ホークアイの気持ちはわかるくせに…」
「な、なんだよ…」
「まあ、デュラン。ちょい聞けや」
「ん?」
「そこまで俺の事わかってんなら、俺がやりたい事もわかるな?」
「……なんだよ?」
「……あのなぁ…。おめーらの見合い邪魔したいに決まってんじゃねえか」
「…………。あ、そっか…」
「あそっかって。おまえ…」
  ホークアイはしばし、口を閉じられなかったが、すぐに気を取り直した。
「んでだな。これからおまえを誘拐しようと思う」
「誘拐って…」
「あ、なるほど。デュランがいなきゃ見合いもできないってね」
「そゆこと。とゆーわけでおとなしく誘拐されてやってくれ」
  ポン、とデュランの肩に手を置く。
「…あのなー…。どーして俺がおとなしく誘拐されなきゃならねーんだ。それに、これでも俺、
今度騎士団の副団長に任命されるんだぞ。その俺がたやすく誘拐されたら、それこそ面汚しだ」
「チッ。騎士の世界っつーのは面倒だな。じゃあおまえ、このままリースと結婚するつもりなの
か?」
「あ、いや…。そーいうわけでは…」
  デュランを見るホークアイの目がいつもより数倍怖い事には、デュランも気づいた。
「そ、それに、まだ結婚するって決まったワケじゃあ…」
「バカ!  こーいう時の見合いっつーのはな、結納と大差ねえんだよ。見合い見合いと言っとき
ながら、いつのまにか結納になっててアッと言う間に結婚だ」
「…………まさかぁ…」
  そんな大袈裟な、とでも言いたそうなデュランに、ホークアイは彼を軽くにらみつける。
「あのな。こんな時に冗談言う程、俺は軽くねえぜ」
「………………」
  さすがのデュランも黙りこくった。別に彼はリースがイヤなわけではない。結婚がイヤなのだ。
彼女をそういう相手として認識した事はないし、ホークアイの想い人だという事も、知っていた
から。
「どうにかうやむやにできない?」
「んじゃあ、俺じゃなくって、リースの方を誘拐したらどうだ?  アマゾネス軍団長と言えども、
女の子だし」
  デュランには、女の子ならそれなりに、か弱いものだという通念があった。
「そしたらおまえが助けに行く事になるんだぞ」
「なんで?」
「………………」
  ホークアイがパンッと自分の額をたたいて、がっくりうなだれた。説明する気力も失せたか。
「あのね、デュラン。さらわれたお姫様を助ける騎士ってのは、どこのガキんちょでも知ってる
物語よ。見合いの相手なら、なおさらじゃない。いいとこみせろって、あんたのおばさんや英雄
王が言うに決まってんじゃないの」
「あそっか…」
  アンジェラが代わりに説明をいれ、デュランも納得した。
「と、とにかくだなー。俺は結婚するつもりもないし、ハナから断るつもりなんだがー…」
「しかしだなー。英雄王が推してる以上、おまえを断らせるかどうか…」
「な、なんだよ…。そ、そりゃあ陛下には強く勧められたけど…。でも…」
  ホークアイとアンジェラは絶対にできないとふんでいる。まあ、考えれば答えは出るもんで、
英雄王を心から尊敬するデュランには無理な話だろう。
「デュラン!  デュラン!?  どこ行ったんだい!?  時間だよ!」
「あ、おばさんだ…。じゃあ、俺、行ってくるわ。大丈夫だって、絶対断るから」
  と、軽くホークアイの肩をたたいて、デュランは行ってしまった。
  残された二人はため息をついた。
「なんとかしなきゃ…」
  その言葉に、アンジェラも深くうなずいた。


「ったくどこに行ってたんだい?  こんな大切な日に…」
「うんまあ、ちょっと…」
  ちょっと乱れたデュランの服装を、彼のおばであるステラは、軽く直した。
「いいかい、デュラン。絶っっ対そそうのないようにねっ!  わかってるわねっ!」
「う、うん…」
  ステラの気迫におされ、デュランは引きつった笑いで返す。
「しかし…。なんだって俺なんだ…?」
「見合いの事かい?」
「うん…」
「まあ、色々重なった、てのがあるんだろうけど、一つは、あのロキの息子だからだね。黄金の
騎士といったら、有名な話だし。それと、おまえ自身、あんなすごい事やり遂げたってトコだよ」
「うん…。でも、あれは俺一人の力じゃないよ」
  デュランは心底そう思っている。ホークアイやアンジェラや。かけがえのない仲間がいたから
こそ、あんな偉業をやり遂げる事ができたのだ。
「……その心を忘れない事だね」
  ステラは優しく微笑んだ。
  しばらく無言で長い廊下を歩いていたが、デュランが口を開いた。
「…あのさー、この見合い、俺は乗り気じゃ…」
「デュラン、いいかい?  おまえは一生に一度の幸運を今、つかもうとしてるんだよ」
  くるりとデュランに向き直り、ステラはひたと、彼を見据えた。
「そ、そう…?」
「そうだよ!  ご覧、デュラン!  あそこに輝く星を!」
  いきなり、ステラはデュランの肩に手を置き、抜けるような青空を指さした。
「星って…。今は昼間だろ?  んなもんねぇぞ」
  ステラの指さす青空を、デュランは眉をしかめて眺めた。
「心の目で見るんだよ。よぉくご覧。あそこにきらめき、輝いている星の後ろには、明るい老後
が見えるんだよっ!」
「……はあ………」
  彼は顔をしかめたままだが、とりあえず返事だけはしておいた。
「とにかく、デュラン。気を引き締めるんだよ。ここは正念場なんだから」
「正念場って…」
  大袈裟な表現がひっかかるようで、何か言おうと口を開くまえにステラが先に口を開ける。
「大体、今の今まで女っ気のないおまえが、いつ相手に恵まれるかわからんというのに、こんな
チャンスをみすみす逃してどうするんだいっ!?」
「そんな…。女っ気って…」
「あるとでも言えるっていうのかい?」
「………………」
  デュランは言い返す事ができない。
「おまえはいつも剣術剣術で…。それはそれで、悪かないけど、女の子が寄り付いたためしがな
いじゃないか!  あたしゃ本気で心配したんだよ。まさか、女の子に興味がないんじゃないかと
ね!  おまえの部屋でそのテの本を見つけた時にゃ、思わず感動したくらいなんだからっ!」
「そんな事、大声で言わないでくれよっ!」
  デュランも色々苦労しているようである。

                                  続く→