「あら…」
  顔合わせの時、リースは小さく声をもらした。見合いの相手が、デュランだとは思わなかった
のだ。彼がフォルセナの剣士だとは知ってはいたが、黄金の騎士の息子だとは知らなかったのだ。
それに、元々乗り気じゃなかったので、見合い相手の事をよく聞いてなかったというのもあった。
「どうしました?  リース様…」
「あ、いえ…。なんでもありません…」
  こうして。見合いが始まったのであった。
  デュランの両隣にはおばのステラと英雄王が。リースの隣には強そうなアマゾネスがいた。緊
張するなという方に無理があるのだ。
  静かで、やたらと重い緊張感が部屋を包む。
「ふぉ、フォルセナのデュランです…」
  改めてというか、デュランは頭を下げた。幾分か声の調子がおかしい。緊張してるのだ。
「ローラントのリースでございます」
  デュランは真面にリースが見れなかった。着飾ったリースは確かに見とれるほどキレイだった
のだ。しかし、どこかで見てるであろうホークアイの前で見とれるワケにもいかず、視線をそら
しがちにしてしまう。
  それから、アマゾネスと英雄王の話が入る。そんな時だった。
「お茶と前菜をお持ちしました」
「あ、どうも…」
  仲居さんたちが人数分のお茶と前菜を持ってきた。
  デュランは待ち切れなかったように、早速そのお茶に口をつけたその時だった。
  数人の仲居さんたちの一番最後。背が高く、やたら不気味な仲居さんが彼の目にうつった。
「ブフッ!」
  思わずお茶を吹き出す。それに、みんな何事かと目を見張った。
「ど、どうかなさったんですの?」
  リースの位置からにして、かの仲居さんは視界に入らない。
「ゲホゴホッ!  あ、いや…。ちょっと、失礼して良いですか…?」
  むせりながら、デュランはちらっとリースを見た。
「え?  良いですけども…」
「失礼…」
  ステラの非難の目をよそに、デュランは席から立ち上がり、不気味な仲居さんの後ろ襟首を無
造作につかみ、引きずるように去って行った。
  デュランが、お茶を吹き出したのも無理はない。気持ち悪い程、白粉やら口紅やらをとにかく
塗りたくり、女装をしたホークアイだったのだから。
「なにをなさいますの、お客様。こんなおトイレになんてお連れ込みになるなんて…」
「ふざけるなっ!  おめえ、自分の顔、鏡で見てみろ!」
  よよよとなよるホークアイを、デュランは顔を引きつらせながら、備え付けの鏡の前に突き出
した。
「おおぉっ!?  …気持ち悪ぃ…」
「んな格好でうろつくなよ。お茶吹き出しちまったじゃねーかっ!」
「いやー…。化粧するトコなんて鏡で見たくなかったから、見ないでやったんだがー…。まさか
ここまで不気味だとは…」
「早く化粧落とせ…。見るに耐えねえ…」
  実際、見たくないのだろう。ホークアイを見ないように背中を向けている。
「しかし…。ありゃ冗談抜きで正念場だぜ。あんなんで、おまえ断れるのか?」
  バシャバシャと顔を洗いながら、ホークアイが話しかけてくる。
「…断る、つもりだよ…」
「つもりって、おめー…」
「あ、いや、絶対断るってば!  絶対」
  ホークアイは水濡れの顔で、しばしデュランを見ていたが、やがてまた顔を洗い始めた。
「でも…。おまえ本気なんだな…。砂漠からわざわざこんなトコにまでやって来るなんてよ…」
  顔を洗い続けるホークアイに、デュランは静かに話しかけた。
「まーな…。黙って見過ごすわけにはいかなかったから…」
  タオルで顔を拭きながら、ホークアイは答えた。
「なぁ、ホーク…」
  言いかけに、ダンダンダンッと激しく便所のドアがノックされた。
「デュラン?  デュラン!  いるんだろ?」
「お、おばさん…」
「まさかこんな時にでっかいのやってんじゃないだろうねっ!?」
「ゲブッ!  お、おばさん!」
  さすがのデュランも赤くなってドアをあけた。
「おばさん!  そーいう事を大声で…」
「いるんなら速くおしよ。こんな大事な時に、何のつもりだい?」
  どうやら今のは、デュランを早く呼び出すための手段だったらしい。デュランでなくても、こ
のおばさんには勝てそうにないな、とホークアイは思った。
「そ、それは、その…」
「とにかくっ!  今日は……、ん…?  そっちの子は…」
  ステラは、すぐに後ろにいるホークアイに気づいた。
「あ、いや…」
  しまったと思いながらも、もう遅い。
「君は…。デュランの友達だね…?  どうしてここに…」
「いや、あの、その…。……じ、実はデュラン君が見合いすると知って、いてもたってもいられ
なくてっ」
「はあ」
  ステラは気のぬけた返事を返す。
「そして、気づいたんですっ。ボクは、…ボクはデュラン君を愛してしまっていたのですっ!」
「っ!?」
  とんでもないホークアイの言葉に、顔を引きつらせるデュランとステラ。
「なっ!  おめっ…」
「そ、そんな…。デュランだけはそっちのケに走らないと思ってたのに…」
  よろろっと、よろけ、ドアにもたれかかるステラ。
「あんたはノーマルだって信じてたのにーっ!」
「俺は元々ノーマルだーっ!」
「でもぉ、デュラン君ったら、ゴーインでぇ☆  さっきだってここに連れ込んだりしてぇ…」
  またもホークアイがとんでもない言葉をはさんでくる。
「フッザけるなぁっ!」
  デュランは真っ赤になって怒鳴った。
「あのー…」
  便所の外から、のんびりとした声が。
「あ、リースさん?」
  ステラが後ろを振り向いた。そこには、リースが不思議そうな顔して立っていた。
「どうかなさったんですか?  何やら大声で騒いでらしたけど…」
「あ、いや、なんでもないのよ、ホホホホホッ!」
  ステラは慌てて笑って取りつくろった。
  デュランが忌ま忌ましげにホークアイをにらみつけようと振り返ったら、すでに彼はいなかっ
た。女装した姿を見られたくなかったんだろうか。驚くほどの素早さである。
  デュランは内心舌打ちした。
「あー、えーっと、ゴメンなさいね、ホラ、デュラン!」
  グイッと腕を引っ張られ、リースの前に引き出される。
「な、なに…」
「まあ、ここは二人でそこの庭園でも見ておいで!  ねっ!」
「そんな……」
「ね?」
  デュランは反論しようとしたのだが、有無を言わせないステラの視線がそれを黙らせた。
「ホラホラ!」
「あ、あの…」
「おばさん!」
  ステラに背中をおされ、二人は無理やり庭園へ。
「ったくぅ…」
  庭園に投げ出され、デュランはステラの背中を少しにらんだ。
「でも、見事ですね、この庭園は」
「…うん…。そーみたいだな…」
  残念ながら、デュランには芸術概念が欠けており、芸術の善し悪しがよくわからない。
「だけど、私知りませんでした。デュランが黄金の騎士の息子だったなんて…」
「言わなかったっけ?」
  リースは無言で首をふる。
「あのローラント奪回の時は、お世話になりましたわ」
「あ、いや…」
  そう、頭を下げられると、デュランも思わず頭を下げる。
「他のみなさんはお元気ですか?」
「そりゃもう」
  すぐそこに元気な姿で潜んでいるんだから。
「久しぶりにみなさんに会ってみたいですねー…」
  デュランは、おそらく二人が潜んでいるであろうあたりに思わず目をやる。
「と、ところでさ、リースの弟は無事だったか?  さらわれたりなんだしてたらしいがー…」
「ええ、無事でした。あの美獣、スジは通す性格みたいで、エリオットはローラントに戻ってま
した。今も元気ですよ」
「そっか。良かったな」
「ええ…。でも…。あの子今日の事、とても嫌がってましてね。落ち着かせるのにすごい騒ぎだ
ったんですよ」
「そりゃ大変だな。ウチのウェンディ、あ、妹だけどな。あいつもさー、見合い相手は誰だ誰だ
ってウルサくてな」
「へー…。妹さんがいらっしゃったんですか」
  なにやら話がはずんでいる二人に、さっきから青筋入りっぱなしのホークアイとアンジェラ。
「チィーッ!  あのやろー…。断るんじゃなかったのかよ…」
  イライラしながら、ホークアイは下唇をかんだ。アンジェラはさっきから終始無言であるが、
その表情は、よほど面白くないようだ。
  二人が仲良くお話ししているところに、ステラとアマゾネスがやって来た。
「おお、お二人とも仲も良さげにお話しなさってますな」
「ええ、ええ。そのようで。これは…」
  ニヤリ。
  ステラとアマゾネスが不敵な笑みを浮かべる。
「ここは、一気にカタをつけましょうか」
「そーですね。こちらのオシでなんとか一気に…」
  お互いにうん、と大きくうなずき合うと、また不適な笑みを浮かべる。ハタから見るとちょっ
と怖い。
「おやまあ、お二人さん、仲が良いみたいねぇ。そんなに話がはずんで!」
「なかなかお似合いですよ!」
「え?」
  デュランとリースは、いきなり出現したステラたちの方を向いた。
「それなら、結婚相手はリースさんに決めていいわね?」
「ちょ、なに言って…」
「いいわね?」
「う…」
  ステラのとてつもない迫力に、気圧されるデュラン。確かに今のステラは誰が見ても怖い。そ
して、彼女に育てられたデュランであるならば、感じる恐怖は、倍以上のものであっただろう。
「ささ、リース様も!」
「あの、でも…」
「デュランさんが是非にとおっしゃってるんですよ!」
  そんな事は一言も言ってない。デュランが異を唱えようと口を開きかけた時だった。
  ガサリッ!
  突然の物音に、思わず全員がそこに注目する。
  とうとう我慢できなくなったアンジェラが姿を現したのである。
「ア…、アンジェラ…!?」
  アンジェラは無言で、つかつかつかとデュランに歩み寄ってくる。他の三人は、突然、草葉の
陰から姿を表したアンジェラにひどく驚いて硬直している。
「………………」
「な、なんだよ…」
  デュランはアンジェラの視線になにやら怖いものを感じ、思わずたじろいだ。
  そのアンジェラの目に、デュランをにらみつけているその目に、いきなり、涙があふれ出た。
「え、え!?」
  戸惑うデュラン。
「ばかぁーーーーーーっっっっ!!」
  バキョォッ!
  いきなり、アンジェラは手にした杖でデュランを思いきり殴った。
「ってー…。な、なにすんだよ!?」
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカッッ!!!」
  ドカバキゴスベコグチョッっ!
  アンジェラはバカを連発し、涙をボロボロ流しながら、デュランをめった打ちに殴りつけた。
「ひっくうぇっく…。うわああーんっ!  バカバカーッ!  デュランのばかぁーっ!」
  そして、最後には泣きながら走り去ってしまった。
  後には、バコベコにのされたデュランがあった。
「あっつー…。な、なんなんだよ、アイツは…」
  打たれづよいというか、なんというか。デュランはすぐに起き上がった。
「おい、デュラン」
  いつのまにやら、姿を現したホークアイ。素早いだけの事はある。
「ホ、ホークアイ…。おまえいつのまに…」
「それはともかく。アンジェラの後を追えよ」
「……………なんで?」
「だーっ、いーから行けよ!  あーなったアンジェラを、何とかできるのはおまえだけなんだか
ら!」
「え?  へ?  え?」
  まだよくわかっていないデュラン。ホークアイが何を言いたいのかさっぱりわからないようだ。
「とにかく、アンジェラを追えってば!」
「…いや…、だから、なんで?」
「……おまえなあ…。あれっだけ露骨にされて、まだわかんないのかっ!?」
「……何を…?」
  とうとうホークアイは頭を抱えてしまった。
「おまえ、まさか冗談で言ってるつもりじゃあるまいな?」
「だから、俺のどこらへんが冗談なんだよ?」
  ふへーっ…。特大のため息をつくホークアイ。しかし、キッとデュランに向き直り。
「とにかくっ、早く行けってば!」
  ドカッ!
  デュランの尻をけり飛ばし、アンジェラの走り去った方向に向けさせる。
「だ、だからなんなんだよ?」
「早く行かねーと、てめーの背中に手裏剣かますぞっ!」
「わ、わかったよー…。ったく、なんで俺が…」
  ホークアイの手裏剣の命中率と、デュランが避ける確率と。どちらが高いかは五分五分。両者
とも卓越した技量があるのだが、それは本気でやっての事。こんなトコで、ましてや友達相手に
本気でやるワケないのだが、ホークアイが脅してまで、早く行かせたい何らかの理由があるとい
う事は、デュランにもわかった。
  デュランはまだ納得いかなかったようだが、とにかくアンジェラの後を追った。
「…もしかして、さっきのコ、デュランに…?」
  ステラがボーゼン状態から立ち直り、ホークアイに話しかける。彼は無言でうなずいた。
「…で、でも、ホークアイ、あなたいつからここに…?」
「う…」
  リースの問いに、小さくうめくホークアイ。本当の理由なんて、本人目の前にして言えるワケ
がない。
「そういやあんたウチのデュランに気が…」
「あああ、そりゃ、冗談ですよ、ジョーダン!  ホラ、デュランがあんなんだから、ちっとアン
ジェラに協力してやろーかなーなーんてねっ!」
  ホークアイは慌てて弁解する。リースがいるのに、あんな事を言われたら、それこそたまった
ものではない。
「……ふーん…、そう……」
  ホークアイの慌てぶりが気に入らなかったようで、あまり、信用してなさそうな返事を返すス
テラ。
「ま、いいわ…。それで…。この見合いはどうすればいいんだい?」
「………………………」
  まったく言葉を失うホークアイ。ついついデュランにアンジェラの後を追わせたが、見合いの
当の本人を追い出してしまったのである。当初の目的である、見合い壊しには成功した事になる
が、後始末の事は考えていなかった。いや、まさかホークアイ自身に、その責任が来るとは考え
なかったのだ。
「…いやー…、…そのー…。…デュラン君は女と逃げましたって…、ダメ?」
「ホッホッホッホッ!  今時の若い子は冗談が好きねっ!」
  ホークアイは、なかなか良い案だと思ったのだが、ステラは手ごわい。笑って冗談にされてし
まった。その彼女の笑いにも、なにやらかなり怖いものがあった。
「……で?  冗談はともかく。デュランを行かせたキミに、どうにかしてもらいたいんだけどね
ぇ?」
  顔こそ笑っているものの、目は全然笑っていない。ホークアイは冷や汗を流し、やたらひきつ
った笑顔を浮かべた。
「…あ、う、…えと、その…」
  返答に困っている彼を助けたのは、リースだった。
「…もう、いいです」
「リ、リース様!?」
  アマゾネスが慌てて声をあげる。
「だって、この見合い、最初から私も、デュランも乗り気じゃありませんでしたし…。確かに、
デュランと久しぶりに会えて私も楽しかったですけれども、結婚の相手としては考えられません。
これは、私から断った、という形でよろしいですね?」
「…ま、まあ、リースさんがそう言うのなら…」
  そこまでリースに言われては、ステラも頷かざるを得ない。
「ライザ。この見合いは破棄だって、英雄王殿に申し上げて。こちらから申せば、英雄王殿も無
理にデュランには勧めないでしょう」
「し、しかし……」
「ライザ」
「…わ、わかりました…」
  かなり納得いかないようなアマゾネスではあったが、今のリースに逆らえないらしく、おとな
しく引き下がった。
  アマゾネスが行ってから。ステラは小さく息をついた。
「…けど。あの子を想ってくれる娘がいたなんて、意外だねぇ…」
  その様子は意外というより、むしろ嬉しそうであった。
「えーと、あの娘、確かデュランと…」
「そーです。俺とデュランとアンジェラと。3人でつるんで世界、旅してました」
  デュランがステラにどうしても頭があがらない理由を理解して、ホークアイは丁寧語を使う。
「随分キレイな娘だと思ったけど…。まさかあんな娘がデュランに惚れてくれるなんてねぇ…。
なんだぁ…、それならあんな無理させる必要なかったよ」
  もしかして、ステラは女であれば、だれでも良かったのではないだろうか…。
「…あの、…もしかして、本当はデュランの相手、女ならだれでも良かった、とか言いませんよ
ね?」
「え?  …いや、まあ、そー…うとまでは言わないけど、惚れてくれる娘ならー…、特にー…、
ね…。…や、いやまぁ今回縁談が来たし、相手はすごくいい娘さんだって話だし。そういうコな
ら、あの子も何とかやってけるんじゃないかなぁーと思ってサ!」
  そう、ステラは何かを吹き飛ばすように豪快に笑った。
「…………………………」
「…………………………」
  これにはホークアイもリースも言葉を失う。
「まー、あのアンジェラって娘も、跳ねっ返りみたいだけど、そのほうがデュランには良いかも
ね。なによりも、想ってくれるっていうのが一番だから」
「…さ、さいですか…」
  とりあえず、あいづちをうつホークアイ。リースも疲れた顔をしている。
「ところでー、あの娘、どこの娘だい?  ここいらじゃ全然見かけない娘だけど」
「うーん…。あいつ、アルテナ出身なんすよ」
「アルテナ!  へー、へー!  そりゃまた遠いところから。わざわざデュランのために駆けつけ
たってのかい?」
「さいです」
「そーかいそーかい。なんだぁ、心配して損したよ。それだけデュランを想ってくれるなら、あ
たしも安心だよ。いやね、あの子ったら、全っ然女っ気なくてさー。興味もないんじゃないかと、
本気で心配したんだよ。
  ホラ、あの子あんなんでしょ、女の子も寄ってくれなくってー。このまま独身だなんて、あま
りに可哀想だしねー。ここはあたしが一肌ぬいでやんなきゃって、思ってたんだよ!」
  と、ステラは笑いながらホークアイの肩をバンバン叩く。
「は、はははは…」
  ホークアイもいささかひきつった笑みを返す。デュランの苦労を、彼は身に染みて感じていた。
「しっかし、本当にキレイな娘だね、アンジェラってコは。だれかに似てると思ったけど、そう
だよ、アルテナの理の女王の若いころにソックリだよ」
  どうやら、ステラは理の女王を見た事があるらしい。
「そりゃまあそうでしょ。彼女、女王の娘だもん」
「は?」
  疲れて、投げやりに言ったホークアイの言葉に、一瞬時間が止まるステラ。
「今、なんて…」
「え?  だから、アンジェラは理の女王の娘だって…」
「なんだって?  じゃああの子は、あの!  アルテナの!  王女さんに惚れられてんのかいっ!?」
「いやまあ、俺らはあんまり女王の娘だとか、王女だとか、意識してないっすけど…」
「……そ、そうかい…。そーかいそーかい…、そーだったのかい…」
  王族という肩書や権力が消えるもんだと思っていたが、また違うとこでそれが復活しそうだ。
そんな予感に、ステラはなにやらつぶやきながら、その場を後にした。


「な、なんだったんだろう…」
「さ、さあ…」
  しばし、呆然とステラを見送る。
  …でも、ま、いいか…。
  ホークアイは、まだ呆然とステラを見ているリースに目をやった。今日は着飾っていて、前に
見た時よりも、はるかにキレイだった。
  リースは我に帰り、ホークアイの視線に気づいた。
「な、なんですか?」
「え、あ、いや…」
  思わず顔を赤らめて、ホークアイはソッポを向いた。
  しばらく、二人は無言だった。
「あ、あの…」
「ん?」
  沈黙をやぶったのはリースだ。
「ここの庭園を見ませんか?  せっかくここまで来たんですもの。楽しみましょうよ」
「あ、ああ」
  ここの庭園はとても広くて、そして美しかった。さすがは英雄王ご用達というわけか。
「見事ですね…」
「まったくだ…。さすがは草原の国。俺とこの砂漠じゃあ、こんな景色は作れないよなぁ」
「ナバールはどうですか?」
「うん。一応元気にやってる。砂漠緑化っていうのも、なんとかやってんだけどね…。なっかな
かうまくはいかない。このままだと、砂漠を離れるのも時間の問題かもな…」
  マナが減って、砂漠の水不足はますます深刻化している。
「…そうですか…。どこも大変なんですね…」
「ああ…。さっきアンジェラから聞いたけど、アルテナの方は寒すぎて大変そうなんだ。以前の
ような暖かさは望めなくてな。彼らも、移住を考えざるをえない立場に立たされてるらしい」
  ホークアイは空を見上げる。よく晴れた天気である。
「……大変なのは、なにもローラントだけじゃないんですね…」
「…だな。いつもどっかしらで、大変なんだ」
「……なんだか、ホッとしちゃいました」
「え?」
  ホークアイは、リースに向き直る。
「だって、私、ローラント復興でいつも大変だ大変だって…、頭を悩ませてるんです。どうして、
私だけって思った事もありましたけど…。私だけなんかじゃないんですね…」
「………うん…。この時代、だれもが苦しいだろうさ。マナから離れて暮らすなんて、きっと初
めてなんじゃないかな、俺たち…」
「……そうでしょうね…」
  リースは静かに相槌をうつ。
「だから、リースだけじゃないんだよ。俺だって、デュランだって、アンジェラだって。みんな
苦労してるのさ。リースなんか特に、みんなに頼られて、重荷なんだろうけど、でも、それで頑
張りすぎるのもどうかと思うな、俺」
「え?」
  どこか見透かされているような気分になって、リースはホークアイを見た。
「頼られて、それに応えるのは大事な事だと思う。けど、少しくらい、他を頼っても良いと思う
ぜ。全部自分でしょい込むんじゃなくってさ。リースに頼られて、頑張っちゃうヤツは絶対いる
と思うな」
  現にここにいるんだし、とは心の内の言葉だけ。
「だからさ、ちょこっと他を頼って、も少し自分の肩を軽くさせ…」
  ホークアイが言い終わるか、終わらないかのうちに。リースの瞳から涙があふれ出た。
「えっ!?  お、おい、リースっ!?」
  慌てたのはホークアイである。
「な、なんか、マズイ事言ったか、俺?」
  リースは首を横にふる。
「違うの…。違うんです………」
  そう言って、リースはシクシク泣き出してしまった。一瞬、なぜ泣いてるかわからなかったホ
ークアイだが。なんとなくではあるものの、リースの泣いてる理由がわかってきた気がする。
  ホークアイは、フッと息を吹き出した。そして、優しくリースの肩に手をおいた。
「泣いても良いんだぜ…。人間、泣きたい時なんかいくらでもある」
「うっく…。……うええええ…」
  とうとう、リースはホークアイの胸に頭をあずけ、泣き出してしまった。
  泣いてるリースの震える肩に手を置いて、抱き寄せるホークアイ。
  自分自身、不謹慎だと思いながらも、感動に浸ってしまう。このまま時間が止まってくれたな
ら、どんなに良い事か。


  リースが泣き止むのに、けっこう時間を要したが、ホークアイはその間じゅう、ずっと彼女に
寄り添っていた。
  リースの隣に座り、優しく背中をさすっている。彼女は泣き疲れて、ボウッとしている。そん
なリースの腰のあたりをゆっくり引き寄せる。
  引き寄せられて、彼女の頭がホークアイの肩に、こつんとぶつかった。どこのだれが見ても、
きっと二人を恋人同士と思うに違いない。  彼の心は、ことごとく春であった。
  フォルセナまで来た甲斐があった!  来て良かった!  本当に良かった!
「……ホークアイ…?」
「なっ、なに…?」
  だしぬけに呼ばれて、ホークアイは少なからずビックリした。
「…ありがとう…」
  こんなこと言われるとは、まさに感動の嵐である。彼はともすれば吹き出して嬉しさを、懸命
にこらえた。ここで嬉しさを表にだしたら、雰囲気はパアである。
「あ、あのさ…。俺で良かったら、なんか手伝おうか…?  たいした事、できないけど…」
「…ありがとう…。本当に…。私…、ここに来て良かった…。あなたに会えて良かった…」
  感動の台風というべきか。もう、嬉しくて嬉しくて。ゆるんでいく頬を必死でこらえる。
「リース…」
  ホークアイはそっと、リースのあごをとらえた。少し上向きかげんにする。いつだって下心は
あるのだ。
  抵抗しない…。
  チャンスッ!
  唇を近づけようとしたまさにそのとき。
「リース様!」
「っ!?」
  スザザザザザザッ!
  二人は慌てて離れる。
「あ、わ、わた、私…」
  リースは我に返ってしまったようで、耳まで赤い。
  どうやら、アマゾネスたちがやって来るみたいだ。仕方がない。
  ホークアイは内心舌打ちしたが、どうしようもないのだ。
  リースに軽くウインク送って、彼は庭園の塀を身軽に飛び越えた。


「はふー…」
  ナバールに戻ったホークアイ。
  やぁっぱりため息をつく毎日である。
  あのとき、邪魔さえ入らなけりゃあ、一気にやれたのに…。
  悔しさが今日もわきかえる。
  それでも。
  あの幸せを思い出すと、またため息が出てくる。
  今度は、ローラントに直接行こうかな。
  このごろは、そう思う毎日である。
                                                                          END


                          1996.11.23 FRIDAY