この立食も今日で終わりだ。 面倒臭くてうるさい男達ともこれで終わる。 引きつった笑顔で、どうにか男たちをあしらって、アンジェラは手洗い場に立つ。ここ は婦女子専用なので、さすがの男たちもここまでは来ない。 「ふう…」 化粧を少し直して、アンジェラはため息をついた。 「あーもう!」 バタンとドアを空け、女の子が入って来た。 「なんで、こぼしちゃうのかなぁ、もう!」 ふわふわ金髪のあの可愛い女の子である。白いスカートに茶色いソースがついている。 どうやら、食べ物をスカートにこぼしてしまったらしい。 水でソースをなんとか落としている。 「落ちた…かなぁ…」 少しソースの跡が残っている。水くらいじゃ落ちそうにない汚れだ。 「ん? あら。あなた。えっと、デュランと一緒にいたけど、知り合いなの?」 女の子はアンジェラに気づき、少し不思議そうな顔で話しかけてきた。 「いいえ。昨日出会ったばっかりよ」 「そうなんだ。そうよねー。あのデュランがあなたみたいな美人と知り合いなわけないわ よねー」 腕を組んで、一人でうんうんとうなずいている。 「…あの人、あなたの事、親友って言ってたけど…本当なの?」 ちょっと信じられなくて、聞いてみる。 「そんな事言ってたの? ……そっかぁ…」 女の子はそれが嬉しいらしくて、可愛らしくほほ笑んだ。 「まぁ…そんな感じなのかなぁ。…私は、友達とも思ってるし、お兄さんみたいにもちょ っと思ってるんだけどね」 女の子は11、2歳に見えて、かのデュランとは歳が少し離れ過ぎていて、どうにもわ かりにくい関係に思えた。 少し背伸びした口調だが、声も表情もまだあどけない。 「ねえ、私とデュラン、兄妹みたいに見える?」 「うーん…、あんまり…」 兄妹にしては似てなさすぎるし。 「そうでしょー。この可愛い私といかついデュランが兄妹ってのはちょっと無理があるで しょー」 自分で言うか。思わず喉に出かかった言葉を、アンジェラは引っ込めた。まぁこれくら いの年頃はまだ子供なのだから。 「あ、っと、もう行かないと。それじゃ」 女の子はハッと気づくと、スカートをちょっと見て、そして会釈をして去って行った。 あの女の子、どうしてこの立食パーティーに参加できるんだろうかと考えてみる。まぁ、 大かた貴族かどこかの娘と考えるのが妥当なところだろうか? しかし、あのデュランに 親友と言われる理由は思い当たらない。ちょっと考えてみたが、わからなかったので、考 えるのはやめにした。 「はぁー…」 思わず幸せのため息をもらす。 どこの銘酒か、口当たりの良い美味しいお酒を見つけ、ちょっと飲み過ぎてしまった。 心地よい酔いに、アンジェラは気分が良くなって、少し千鳥足となっていた。 「アンジェラ。いくらなんでも飲み過ぎよ」 「はぁーい」 母にたしなめられる頃はすでに酔っ払った後だった。 「少し、酔いをさましてくる…」 「そうなさい」 アンジェラはふらふらとベランダへと出る。夜風が気持ち良かった。 「大丈夫ですか?」 どこの男がか、自分を心配して声をかけてきた。顔をあげると、どこかで見たような男 だったが、どうにも思い出せない。 「…大丈夫よ…」 「本当に? そんな千鳥足で…」 馴れ馴れしく自分の背中をさすってきた。今日は、背中の空いたドレスを着ているのだ。 男の生暖かい手に、ぞわりとした感触を覚える。 「大丈夫だから…」 アンジェラはその手を拒否して、男から離れようとするが、男は食いつくように近づい てきて離れない。 「顔が赤いよ。お酒の匂いも強いし」 「大丈夫だって…言ってるじゃない」 必死に離れようとするのだが、男は腰をつかんで、引き寄せてきた。 一瞬で酔いもさめ、アンジェラは気持ち悪さで震えがきた。 「やめてよ!」 強く言うが、男はにやりと笑って顔を近づけてくる。 冗談ではない。たいして知らぬ男に触れられるだけでも、おぞましいのに、こんなにも 接近されて、本当に気持ち悪い。 タバコを吸うのか、口がヤニ臭い。 「やめってったら…!」 「大丈夫だよ…」 何が大丈夫なのか。アンジェラは怒りと嫌悪感で男を引き離そうとするが、いかんせん、 男の方が力が強い。 「この…!」 「やめとけよ。嫌がってんじゃねーか」 不意に声がふってきた。自分に迫ろうとした男は一瞬動きをとめ、声のした方を見る。 「い…いつのまに…」 「さっきからいたぜ」 「………………」 男は硬直して、その男の方を見た。 「離してよ!」 いつまで自分をつかまえている気なのか。アンジェラは引き離そうと両手で力いっぱい 押した。 「っとと…」 それでも離そうとしない。 「しつっこいわね!」 「で、でもアンジェラ様…」 「もうあきらめろ」 男は、アンジェラをつかまえていた男の背中をつかんで、引きはがしてくれた。男の手 から離れると、アンジェラは跳び退って男から距離をとる。 「…アンジェラ様…」 男は悲しそうな顔でアンジェラを見るが、アンジェラは怒りの燃えるような瞳で彼を睨 みつけるばかりだ。 「…………す…すいません…」 男は情け無さそうな顔でそう謝ると、ベランダから出て行く。 「…………………」 しばらく怒りでわなないていたが、ふと、助けてくれた男の方を改めて見た。 例の眠そうな男である。酒のグラス片手に、ちびちびと飲んでいる。 「…あ……ありがとう…」 「ああ。気をつけろよ」 それだけ言って、男はまたちびりちびりを酒を飲んでいる。アンジェラは急いで衣服の 乱れを直した。 なんとなく気まずかったが、話題もないし、いてもしょうがないし、もう酔いもさめた ので、アンジェラはちょっとだけ男を見て、それからベランダを後にした。 ちょっと振り返ると、かの男は、相変わらずベランダのてすりによっ掛かって、酒を飲 んでいるようだった。 ―ヘンな男…。 なんとなく、そう思った。 「アンジェラ様。もういい加減にして下さい」 「うるさいわねぇ…」 じいが見合いの話をこれでもかともってくるのだが。 「アンジェラ様。アンジェラ様は、もうお輿入れをすませて、お子様のお一人でも生んで も良い年頃なんですぞ。気が乗らないだの顔が気に入らないだの言ってられないんです ぞ!」 口うるさいじいに、アンジェラはそっぽを向く。 「世界一の美女だなんて言われる時期なんてのはごくわずかなんですぞ! 今が最後のチ ャンスなんですから!」 じいの言う事だってわからないわけではない。そのうちこのワガママを続けていれば、 母親から強制的に婿をあてがわされるかもしれない。 もっとも、母は未婚の母なので、そう自分に強く言えないらしいのだが。 ともかく、どうしても結婚する気にはなれないのだ。 父親がいないせいなのかどうかは知らないが、アンジェラはけっこう男嫌いだった。じ いとか、付き人のヴィクターとか。嫌いでない男ももちろんいるはいるのだが。 自分の美貌のみしか見ない男達を見てきたのもあって、それが余計に彼女の男嫌いを増 長させていた。 「アンジェラ様はどういう方が好みなんですか?」 じいは一枚、一枚見合い相手の肖像画を見ながら尋ねてくる。 「……………そうねぇー…。やっぱ顔が良くなくっちゃダメねぇ。そういえば、次期ナバ ールの首領って随分良い男なんですってね?」 「わしはよく知りませんがね。そういう人は、妻が複数いたりするんじゃないんですか?」 しかめっ面のまま、じいが言う。どうも偏見が混じってるっぽいが、アンジェラは意に 介さなかった。 「そういうもんかしらね?」 天井を見上げて、ハッと一息。 「…確かに結婚は一生の問題ですし、アンジェラ様の婿ともなれば、そんじょそこらの男 というわけにはいきませんが。もっと真面目に考えて下さい。自分の事なんですぞ!」 「わかってるんだけどさぁ…!」 頭をわしゃわしゃとかいて、アンジェラはぶうたれた。 そういえば。あの男はどうしてるだろうか。 いきなり、ふっと、あのデュランという男を思い出した。今の気分なら、彼と見合いし ても良いかもしれないとか、ぼんやりと考えている。 じいの言葉は、やっぱり右から左へと通り抜けた。 周りに推される形で見合いを幾度かしたが、誰も彼も興味さえもわかなかった。口から 出るのは上っ面の世辞ばかり。自分を見る目付きは好奇心とうわべだけ。 どうしてこの世の男と女は一緒になるのやら。 満たされない自分がここにいる。 そんなこんなで一年が過ぎた。 また、王達の会議の招待状がアルテナに来た。 政治的に重要なこの会議はもちろん出席で、アンジェラも去年と同じように、母の補佐 として、出席することとなった。 今回はナバールの次期首領とやらがアンジェラと同じ補佐として、出席してきた。 へぇ…。 思わず口に出しそうになって、思い止めて口を閉じた。 長身で、サラサラの銀髪。涼しげで鋭い目元。華奢な印象を与えつつも、立派な体つき。 噂どおりか、それ以上に美形な男だ。 若い娘のほとんどが彼に目がくぎづけだし、アンジェラも文句ないほどだ。あえて、文 句のひとつを言うなら、軟派な印象がいただけないところか。 ―確かに良い男だわ…。 一瞬目が合うと、彼はふっとほほ笑んだ。 なるほど。たいていの娘がやられるような笑顔ではないか。 アンジェラはその手には乗るものかと思いながら、ほほ笑み返した。 そして、重苦しくも楽しくない会議が始まる。 to be continued.. |