「それでは。これから会議を始めよう」 光の司祭のおごそかな声が、緊迫した雰囲気の円卓に響き渡った。 ―つまらない…。 アンジェラは内心、眉をひそめながら、周囲を目だけで見回した。 ウェンデルの光の司祭。母であるアルテナ女王。フォルセナの英雄王。ローラントの城 主リース王女。そうそうたるメンバーであるのはわかっている。 外にも、ジャドの領主や、砂漠の盗賊団のナバールの首領なども列席している。ただ唯 一、獣人達の国、ビーストキングダムの獣人王のみが、この会議には出席していなかった。 王達の会議。後にそう呼ばれる会議を、光の司祭が各国統治者に声をかけ今日初めて行 われるのである。 アンジェラは次期女王として、この会議に列席していた。同じ年頃のリース王女がいる から、いくぶん気が楽なような気はしていたが、あちらは自分のような補佐などという身 分ではなく、彼女自身が統治者としての出席であったが。 「しかし、まさかこれだけ集まるとは、わし自身、思ってもみなかった。まず、礼を言い たい、有り難う」 光の司祭はまず最初に頭を下げた。驚く人も数人見られた。 各国の王も同じ気持ちだったろう。あの戦乱から多少年数がたったとはいえ、その傷は まだ深い。出席しない国の方が多いだろうとみな予測していたに違いなかった。 唯一、獣人王が出席しなかった理由。別に顔が出しにくいとかではなく、多分に彼の性 格が問題していると、知るものはこの中では少なかったが。 「……では、今回の原因はマナの減少が問題と…」 「…あの闇の司祭殿が…まさか……………」 「……わしもくわしく知っているわけではないが…マナの女神様が……」 「…聖剣を手にしたのは、一体誰で………」 数年前のマナの減少による戦乱についてみな、話し合っている。アンジェラだってそれ に巻き込まれた一人だ。操られた母に国を追い出され、一人、迷い歩いたあの頃。 魔法を使えるようになれないかと、たった一人で模索しながらの旅だった。 結局、マナは消え、魔法の存在自体がなくなり、魔法大国アルテナ女王の母でさえ、魔 法を使えなくなった。 母は正気を取り戻し、自分は城へと戻った。 あのときの事はあまり思い出したくない。ひどい目にもあった。悲しい目にもあった。 ただ、城での自分が随分甘ったれだった事は自覚できた。その分、自分は少し成長できた と思う。 会議の内容は、アンジェラの耳の右から左へと通り抜けるばかりだ。 自分もまじめな顔しているが、頭の中はほとんど何も考えていなかった。 空気が重いわ、つまらないわ、かったるいわ…。 三重苦以上だが、母親の手前、文句を言えなくて、アンジェラは目を閉じてゆっくり息 を吐き出した。これからは本当にトップの面々のみの会議で、補佐という立場であるアン ジェラは会議室から出る事となっている。 「はぁーあ!」 会議室からだいぶ離れて、アンジェラはやっと解放された気分になった。思いっきり伸 びをして、あくびも思い切り。 「はぁ…」 軽く腕を振り、緊張していた体をほぐしながらテラスへと向かった。 「あら…?」 テラスには、男が一人、ズボンに手を突っ込んで、ボーッと突っ立っていた。 ほんの少しだけ興味がわいて、アンジェラはテラスに出る。 男はアンジェラに気づきもせず、ぼけーっと空を眺めている。 「何か面白いものでも飛んでるの?」 声をかけると、男はやっと自分に気づいて、少しビックリしたようだった。 「あ? ああ…。別に、何も飛んでねぇけどよ…」 茶色いバサバサした髪の毛。そこそこ長身で、随分立派な体つきをしているようだ。ぼ けっとしていなければ精悍な顔立ちの、わりと良い男である。 「ヒマでしょうがなくてなー」 テラスのてすりに腰掛けて、やや眠そうな目で話しかけてきた。アンジェラが声をかけ なければ、彼は立ったまま寝てしまったかもしれない。 「確かにね…」 「あの会議で、諸外国から人がたくさん来てるけど、俺みたいについて来てるだけのヤツ は、特にやることもなくってヒマなんだよ」 「それはわかるわ」 まがりなりにも国のトップである。彼らが動けばその配下達もかなりの数が動くのだ。 「あんた、出身は?」 アンジェラはこの男に興味がわいて、尋ねてみた。 「フォルセナだよ」 ズボンから手を出して、目をこする。本当に眠たかったらしい。 「そっか…」 フォルセナといえば、アルテナが攻め込んだ国である。内心聞くんじゃなかったと少し 後悔した。 「それにしても、よくこんだけの国のトップが集まったよな。せいぜい、フォルセナとウ ェンデルくらいだと思ってたけどさ…」 「そうよね。アルテナとナバールは、いわゆる加害国だし、ローラントは復興で手一杯。 他にも、自分の国の事でみんな精一杯よね。…ビーストキングダムは参加しなかったよう だけど…」 「あそこはな…。加害国どうこうっつーより、王様の性格の問題だろ」 「そうなの?」 「単に興味がないか、面倒臭いか。たぶん、たいした理由じゃねーぜ」 「何でわかるの?」 「昔、ちょっと会った事があるから」 「会った事がある? 獣人王に?」 アンジェラは信じられなくて、目を丸くして男を見た。獣人王と面識のある人間なんて、 そういないはずなのだが…。 「まあな。……っと、もう、こんな時間か…。じゃ、俺はこれで…」 庭にある時計に目をやり、男はあくびをしながら、テラスを後にした。 この時は、これだけだった。 会食は、色々考えられた結果、立食パーティー形式となっていた。 「しかし、アンジェラ様はお美しい。それで独身とは信じられませんな」 「いやー、なんてきれいなお方だ。世界一の美女という噂は本当ですね」 「もう、虜になってしまいそうですよ」 男たちはアンジェラに群がり、口々に誉めそやす。 当のアンジェラはそんな男たちが気持ち悪くて、しかし立場上むげにする事もできず、 こめかみあたりに血管を浮き上がらせながら、すこし引きつった笑みでなんとか返してい た。 「ああ、もう…」 髪の毛をかきあげて、うるさい男どもから離れて歩きだす。少し、外の空気が吸いたか った。 「あら…」 すみっこの席に腰掛けて、昼間の男が船をこいでいる。 こんな所で眠れる神経はどんなものなのか、アンジェラは疑問だった。 「こんな所でよく眠れるわね」 「ああ?」 眠いせいなのか、目付きもガラも悪く、男は顔をあげる。 「…なんだ…昼間のあんたか…」 目をこすりながら、男は顔をあげる。 「昼間のあんたって…」 そんな呼ばれ方をしたのは初めてだ。自分に群がる男も癪にさわるがこの男も癪にさわ る男だ。 「デュラン、ここにいたの?」 ふわふわ金髪の可愛い女の子が男に声をかける。この男はデュランというらしい。アン ジェラは知り合いらしい女の子と入れ違いに、ここから離れて行った。 この時も、これで終わった。 夜、なんだか眠れなくて、アンジェラは一人、神殿の中をひたひたと歩いていた。 ふと、庭の方で何かの音が聞こえた。 「?」 何だろうと思って、そっと庭の方に出てみる。 ブンッ、ブンッ、ブンッ! 風を切りながら、例の眠そうな男が一人、大剣を手に、素振りを繰り返していた。 「…へぇ…」 汗を流し、月明かりに照らされた男は、昼間の眠そうでガラの悪そうな雰囲気はまるで なく、真剣な表情で素振りを繰り返していた。 ―けっこう良い男じゃないの。 そういえば、フォルセナ出身だと言っていた。フォルセナといえば騎士の国。彼も、英 雄王のお付きの騎士の一人なのだろうか。 精悍な顔立ちも、立派な体つきもこれで納得できた。 男はアンジェラが見ている事に気づかないようで、夢中で素振りを繰り返していた。 もう少し見ていても良いかなと思ったが、少し肌寒くなってきたのもあって、アンジェ ラは寝室に戻る事にした。 「アンジェラ様? 困ります。夜中に一人で出歩くなんて…」 「ごめんなさいね。ちょっと眠れなくて。大丈夫よ、何ともなかったんだから」 「何かあったら困ります」 警備の神官は出歩いていたアンジェラを見つけ、静かだが厳しい声で言ってくる。 アンジェラは笑ってごまかして、ウェンデルが用意した寝室に戻る。各国のトップが集 まっているので、神殿の警備もいつも以上だ。 少し良いものを見れたような気がして、さっきよりも眠れそうな気がした。 会議は今日もある。ようやっと明日で終わる事だろう。 今回も、補佐としての自分は会議室から出ていく事となった。 「ねえ、アンジェラ様。これからヒマでしょうか?」 昨日のパーティで見たかもしれない男が、馴れ馴れしく近寄って話しかけてきた。 「ごめんなさいね。これから、ちょっと用があるので…」 もちろん、用などあるわけないのだが。 「…残念だな。ウェンデルで美味しいという評判の店があるのだけど」 「ごめんなさいね」 誰があんたなんかと付き合うか! 顔こそ笑っているが、こめかみあたりの血管が浮き上がっているのは、気づかれてない らしい。 昔から王女として、周りの目を気にするような教育を受けていたし、自分が母親似で顔 立ちが美しいという自覚があったし、それのプライドだってあった。 こんな馬の骨ともつかないような男とは、話をしてやってるだけ、有り難いとでも思え ば良い。 なんて考えはおくびに出さないようにして、アンジェラは廊下をつかつかと歩く。自分 も成長したもんだと思ってみたり。 ん? 一瞬通り過ぎ、アンジェラは数歩戻ってさっき目のはしっこでとらえた廊下のすみにい る男を、もう一度ちゃんと見た。 昨日の男だ。 窓に肘をつき、窓の外を眺めてる。 やっぱり眠そうなのかと興味がわいて、アンジェラは男に近寄ってみた。 今度は完璧に寝ているらしく、頭をがっくりたれて小さくいびきをたてていた。 夜行性なのか、この男は。 「…あん…?」 人の気配に気づき、男は目を覚ました。 「うう…。ねみぃ…」 目をこすりながら、振り返って、アンジェラを見つけた。男は一瞬、いぶかしげにアン ジェラを見た。眠いのか、目付きも悪い。 「………ああ…。昨日の……。…何か、用なのか」 どうやら思い出したらしく、男はあくびまじりの声で話しかけてきた。 「別に用ってわけじゃないけど…。また寝てるのかと思って」 「ああ。寝てた」 「昼ってそんなに眠い?」 「昼だから眠いわけじゃねえけど…。ヒマだと眠くなる」 「ヒマなの?」 「ヒマなんだ」 男は深くうなずいた。 「何でヒマなのよ?」 「何でって…やることがないからヒマなんだろ。バカかおまえ」 「なっ…、人に向かってバカ呼ばわりするなんて失礼ね!」 「……………………」 ムカッときて思わず怒鳴りつけると、男は眠そうな目をアンジェラに向けた。 「……そうか…悪かった…」 「………………」 なんだか怒る気力も失せ、アンジェラはあきれてしまった。 「何なの、あなた。昼間っから眠そうな顔ばかりしてて」 「だからやる事がなくってヒマなんだよ。かといって、神殿から出るわけにもいかねーし」 「あらどうして?」 「こんな時に外に出られるかよ。神殿の周りは厳戒態勢でみんなピリピリしてるし」 「外に出られないの?」 男はしばらくアンジェラを眺めていた。 「見てみるか? みんな気を張り詰めてて大変だぞ」 「……うん」 なんとなく、という理由でアンジェラはうなずいた。男はそれを見ると背中を向けて歩 きだす。 「こっちだ」 男の背中をすこし眺めて、少し速足で男に追いついた。 「見てみ」 神殿の外がよく見える窓の前で立ち止まり、男は窓の外を指さす。アンジェラは窓の外 をのぞき込んだ。 神殿の神官と兵士達が、緊張の面持ちで門だの入り口だのにたくさんいた。ただの酔っ 払いでも、全員で襲いかかりそうな雰囲気だ。 「確かに…みんなピリピリしてるわね…」 「こんな状況で外になんか出られないよ。身分証明書だって怪しまれちまう」 「なるほど。そんな雰囲気ね」 「せっかくウェンデルに来ても、観光もできやしねえ」 男はぐいっと伸びをして、出てくるあくびをかみ殺した。 「…なるほど」 さっき、食事に誘った男はこの事を知らなかったらしい。こんな状況では外で食事など というと、かの兵士達がよってたかって止めそうだった。 「デュラーン!」 昨夜のふわふわ金髪の可愛い女の子が男を見つけてこちらに走ってくる。 「…知り合い?」 「親友だよ」 小さな疑問を口にすると、男は少し笑ってそう言った。 「随分可愛い親友ね」 「まあな」 皮肉ともとれるような言葉をそう流し、男はちょっと手をあげてから、彼女の方へと歩 いて行く。 女の子はきゃーきゃーとなにやらわめいているようだった。アンジェラは、ここにいて もしょうがないので、ここを後にした。 to be continued.. |