「最近、アンジェラ変わったんじゃありません?」
「え?」
  後輩だけど、昔っからの付き合いなので、お互いに呼び捨てにしているコがいる。リ
ースって言って、彼女も良いとこのお嬢様。ウチ程の財力はないけれど、かなりのもの。
  性格的に優しくて、唯一、同性で心を許せる友達。
「そ、そうかなー」
「やっぱり、変わりましたよ。男の人達と一緒にいることが少なくなったし、前ほどす
ごく派手な服も着なくなったし…」
「そ、そう…?」
  …ぜえぇぇんぶ、デュランのせいだけど…。
「そうですよ。何か、あったんですか?」
「あはは…。…わかる…?」
「ええ。長い付き合いですもの。で?  何があったんですか?」
  好奇の目で私を見つめ、ほほ笑むリース。
「……いやー、その…ちょっと、最近…気になる男の子がいてさ……」
  彼女にウソをついてもしょうがないし、あまり隠す気もなかったので、頬をかきなが
らそう言った。
「まあ!  素敵な事ですね。いいなぁ、私もそういう事をしてみたいです…」
「でも、あんたモテるじゃない」
  私がそう切り返すと、リースは苦笑して首をふる。
「ダメですよ。まだ、そこまでいくような人はいません」
「まぁ、難しいこた確かよね」
  顔や財力目当てで群がる男が多くて、どうしても異性に対してナナメに見る事が多い
私たち。デュランに惚れちゃった理由のひとつにたぶん、私を下心なしで見てくれる事
にもあった。
  リースから、どういう男とかを聞かれ、なんとかはぐらかしながら、私たちは人通り
の多い町並みを歩いていた。
「ねぇねぇ、お姉さん達さ、これから時間ない?」
  軽い感じで、若い男が私たちに声をかけてきた。二人で歩いていると、しょっちゅう
ナンパされるので、いいかげん慣れてはいたけど。
「残念だけどそんなヒマは…」
「あ!  あんたは…」
「え?  …あ!」
  どこかで聞いた事あるような声に見上げると、あのとき、デュランと一緒にいた男で
ある事に気づいた。…確か、ホーク、だったような…?
  あっちもこっちの事を覚えているみたいで、すぐに思い出したようだ。
「お知り合い、ですか…?」
  リースが不思議そうに私たちを見比べた。
「知り合いって程のもんじゃないけど…。君、やっぱもう車の運転やめたんだ」
「やめてないわよ!  今日はただ歩いてるだけよ」
「ふーん…。でも歩きの方が安全だろ?  お姉さんの運転よりさ」
「しっつれいねー!」
「アンジェラ…、また、危ない運転してたんですか…」
「ちょ、リースまで…」
  一度、彼女を私の車の助手席に乗せた事があるんだけど、あのときは免許取り立てだ
ったもんだから、ちょっと………な、運転をしてしまい、あれ以来リースは私の車には
乗りたがらない。
「へぇー、君がアンジェラで、君がリースってんだ」
「は?」
「俺、ホークアイってんだ。よかったら、そこの茶店でちっとしゃべってかねーか?」
  人懐っこい笑みを浮かべ、彼はそう言ってそこの茶店を指さした。


  茶店と言っても、パーラーみたいな感じの所で、私たちはなんとなく、という理由で
このホークアイとおしゃべりしていた。
「聖ロベリア…。へー、あの有名なお嬢様学校…」
  私たちがロベリア学園の生徒だと知っても、彼はそんなに驚かなかった。おそらく、
予想はついてたんじゃないかな。ちなみに、聖ロベリア学園ってのは幼稚園から大学院
まである学校で、中、高、大と、女子のみしか通えなくて、設備もかなり充実している。
その分、学費は高いみたい。実際に私が払ってるワケじゃないから、どれくらいなのか
わかんないんだけど。
「で?  あんたは?」
  おそらく、こいつも西経大学だろうけどね。
「俺は西経大学だ」
  ホラね。って、私が知ってただけなんだけど。
「まぁ、どこにでもある3流私大って事は認めるけどね」
  どこか自嘲した感じで、ホークアイは椅子に背もたれかける。
「でもまー、住めば都みたいなもんで、それはそれでたのし…」
  ゴンッ!
  私も、リースも、そしてホークアイ自体もビックリした。だっていきなり後ろからホ
ークアイを殴りつけるんだもん。
「バカヤロウ!  仕事ほっぽといてナンパするヤツがあるか!  さっさと来い!」
  あ!  デュ、デュランだ…。
「い、いきなりなにすんだよ、おめーは!」
「休み時間にどこ行ったかと思ったら…。もう仕事終わっちまったじゃねーかよ!」
  イキナリ殴られて、怒り出したホークアイだけど、逆にデュランににらみ返されて萎
縮した。
「……そ、そう言うなよー」
  どうやら彼、仕事か何かをサボってここにいるらしかった。
「ん?」
  私たちの視線に気づいたか、デュランもこっちを見る。彼は私を見て、いささか驚い
たようだ。
「よう。もう平気か?」
「あっ…、う、うん…」
  どう答えて良いかわからなくって、私は思わず下を向いた。自分でも、赤くなってい
る事に気づいた。
「ともかく!  早く来いよ!  てめーの分の仕事は残しておいたからな!」
「そんないけずな事おっしゃらずに!」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。おら、行くぞ!」
  ホークアイを力づくで、連れてこうと、デュランがホークアイをつかまえる。
「待てよ、待てったら。俺は彼女たちとお話し中だし、コーヒーだってまだ残ってる!」
  ホークアイがそう言うと、やおらデュランはホークアイのコーヒーのカップを取って、
一気に飲み干してしまった。
「あぁ!  な、なにすんだ、おめー、俺の270円!」
「さっさと行くぞ!」
「あ、ちょ、そんなぁー!」
  デュランはホークアイを引きずるようにして、去ってしまった。
  後には、呆然としている私たちが残されるのみ…。
  でも、どれくらい経ったかな。そんなに経ってないんだけど、ホークアイがちょっと
乱れた服装でこっちに走ってきた。
「ねぇ、君たち、よかったらケータイの番号でも教えてくんない?」
「…………」
  私たちはちょっと顔を見合わせた。………よし…。
「いいわよ。これ、私の番号ね」
「え?  アンジェラ?」
  リースはちょっとビックリしたみたいだけど、かまわず私はケータイの番号をそこの
紙ナプキンに書き付けて彼に渡した。リースはその番号を見て目を丸くさせた。
「これよ」
「サンキュー!」
  ホークアイはニコッとした顔を見せて、その紙ナプキンを受け取る。それから、自分
のコーヒー代を机の上に置いた。
「ホークアイ!  早くしろ!」
「わかったよ!  んじゃねー」
  軽い笑顔を見せて、ホークアイはデュランの待ってるところへと走ってった。
  彼らが見えなくなってから、リースが私に話しかけてきた。
「アンジェラ…、今の番号は…」
  私は携帯電話を2つもっている。1つは遊び用ので、持ち歩いていない時もある。そ
して、もう1つのはいつも持ち歩いているもの。番号は限られた人しか教えてなくて、
家の執事と、リースくらいにしか実は教えてなかったりする。私は、そっちのいつも持
ち歩いている方の番号を教えたのだ。
  リースもそれを知ってビックリしたのだ。リースは遊び用の時の番号を教えるだろう
と思っていたんだろう。
「良いんですか?」
「うん。別に良いのよ」
  あの番号をホークアイに教えた理由はデュランと近づく機会がもっと増えるかなとい
う、期待からだった。
  あのホークアイって男、どちらかというと、私よりもリースの方に気があるみたい。
となれば、彼女目当てにこちらにTELしてくるかもという読みがあった。そして、そ
の読みが当たったのだ。


「はい?」
  お風呂あがり、鳴っているケータイをバッグから取り出した。
『もしもしー?  俺。ホークアイだけど、覚えてる?』
「ええ」
『へぇ、それにしても、ちゃんとした番号教えてくれたんだ』
「私がニセの番号教えると思ったの?」
『いや…、まぁ、それはともかくとしてさ、明日ヒマ?  よかったら付き合ってくんね
ーかな?』
「場所しだいね。どこ?」
『前に会った茶店で。そうだな、午後の2時あたりなんてどうだ?』
「…………そうね…。OKよ」
『本当?  じゃ、よろしく頼むぜ』
  それだけ言って、ホークアイは電話をきった。……ナンパしてきたわりには無愛想な
ヤツねー。
  ま、いいか。


  私は時間よりもちょっと遅れて、例の茶店に顔を出した。
  前と同じ席で、ホークアイは私を待っていた。あそこで手をふっている。
  私はミルクティーを注文して、そこに腰掛けた。
「へえぇ、ちゃーんと来てくれたんだ」
「…なんか、あんたの口調聞いてると、まるで私が信用されてないみたいじゃないの」
「いや、あんたが俺を信用してないと思ったのさ」
  う…。
「ま、それはともかくだ。…聞きたいんだけど、あのリースって娘、あんたと仲が良い
のか…?」
  やっぱり…。私じゃなくて、リース目当てだこの男…。
「まーね。かなり長い付き合いになるわよ」
「そっか…。んじゃ、もう一つ聞く。あんた、デュランの事どう思ってる?」
「ど、ど、どうって、どういう意味よっ!?」
  いきなり、不意をつかれた質問に、私は自分でもおかしいとわかるくらいにどもって
しまった。
「どういう意味も何も。もしかしなくても、惚れてるとか?」
「んなっ!」
  私はビックリしたのと、頭に来たのとで、なにを言って良いかわからなくなってしま
った。
「…うっわー…。耳まで真っ赤…。はー、あんたの趣味もわからんねー」
「な、な、な、なん、なんで、そうなるっ…」
「んじゃ、それを否定すんの?」
「そんな、だって…それは…」
「別に隠さなくたって、良いよ。もうバレバレだから」
「…………………」
  ホークアイはそう言って、タバコを出して火をつける。
「まぁ、あいつぁ鈍感だから、ちょっとそっとどころじゃまず気づかねーだろうけど」
「……あんた、なにがやりたいのよ…」
  私がそう言うと、ホークアイはニカッとほほ笑んで、煙りを吐き出した。
「話が早くて助かるよ。わかってると思うけど、俺ぁあっちのリースって娘の方が気に
なるんだ。タイプなんでね。んで、俺はデュランを連れてくる。あんたはリースを連れ
てくる。ダブルデートってのはどうだろう?」
「………………」
  私をずずいっと見つめ、ホークアイが意味ありげな笑みを浮かべる。
「……そうね…。良いわよ」
「サンキュー。あのリースって娘、俺じゃ動いてくれそうにないんで、助かるよ」
  ホークアイの言うとおり、リースはモテはするけど、男に対して疎遠で、自分からも
あまり積極的に男とは付き合おうとはしないタイプ。彼がいくら口説いたところで、リ
ースは警戒をとかないだろう。
「それから。言っておくけど、私はタバコを吸う男って嫌いなの。リースなんてタバコ
の煙りは死ぬほどキライよ」
「…………………」
  ホークアイは一瞬引きつった顔を見せて、慌ててタバコを灰皿に押し付ける。
「まぁ、リースと付き合いたいってんなら、禁煙する事ね。ヘビースモーカーなんてだ
けでも、あの娘は却下よ」
「別に、ヘビースモーカーってワケじゃないけど…。タールだって低いし…」
「キツいも軽いも関係ないわ。煙を吐き出すのがイヤなのよ。匂いだって服につくし、
吸わない人間にだって迷惑かかる事くらい、あんたにもわかるでしょ?」
「わかったわかったよ…」
「あそれと、禁煙できないからリースあきらめるなんて言わないでよ」
「……………」
  ホークアイがちょっといやそうな顔をした。…こいつ、ちょっとは考えたな。けど、
こっちだってデュランを連れてきてもらわないと困る。
「……まぁ、いいや。…一応、俺の携帯の番号教えとくよ。日時と場所はこっちで決め
させてもらうけど、良いかな」
「あんまりヘンなトコじゃなけりゃね」
「最初っから、んなヘンなとこ連れてくかよ。リースってのは、見たまんまのような娘
か?」
「というと?」
「…そーだなー、俺の勝手な観点から言わせてもらってだが、清純、生真面目、育ちの
良い、のほほんお嬢様」
「………けっこう合ってるわよ」
  なかなか的確な表現をするヤツね、こいつ。
「んーじゃー、水族館とか、植物園とか、そのへんか…」
「無難なトコね」
「そーいうトコの方が、彼女もあんまり警戒しなさそうだしね」
  こいつ…、ナンパ慣れしてるわねー…。随分遊んでるっぽいけど、こんなのがリース
に本気になるのかしら…?  …リースをねらうのはかまわないけど、あんまり中途半端
な気持ちだったら、さっさとリースから縁を切らせようかな…。…私とデュランとの仲
が進展してからだけど…。
  私はホークアイの電話番号を教えてもらうと、手帳に差し込んだ。…はべらせてた男
達の住所、けずっちゃおうかな…。

                                    -続く-