それから、ホークアイと日時の場所を決めて、リースもついてくる事を、承知してく
れた。
  私が、男も来るからと言ったら、彼女は私がはべらせてた男たちを連れてくると思っ
たみたい。ため息つきながらも、苦笑してうなずいてくれた。
  …そして、やってきました水族館…。
「加嶋臨海公園に10時…」
「ちょっと、早く来てしまいましたね」
  私一人なら、完璧遅刻しただろうけど、今日はリースも一緒なのだ。随分早くに迎え
に来られて、こうやって待ち合わせの時間に20分も早く来てしまった…。
  ま、いいか…。音楽でも聞きながら、のんびり待とうっと…。
  私の隣に乗るのを渋ったリースだけど、この新車の地味さにちょっと驚いて、興味半
分もあってか、乗ってくれた。
  待ち合わせ時間の10分前。茶色いワゴンが隣に止まる。運転してるのは…ホークア
イ?
「ったくよぉ、なんだよ、いきなり連れてきやがってよー」
「ボヤくなよ、お前は。どーせヒマなんだろ?」
  デュランだ…。ホークアイとなんか口論しながら、車を降りる。
「行こっか。来たみたいよ」
「ええ」
  私も車を降りて、待ち合わせの場所へ向かった。
  水族館の入り口で、ご機嫌ナナメのデュランと、機嫌の良さそうなホークアイがいた。
「よう!」
「あら…」
  リースは私の取り巻き連中だと思ってたらしく、ホークアイとデュランを見て驚きの
声をあげた。
「初対面じゃないけど、とりあえず紹介するよ、俺はホークアイ。こっちがデュラン」
「おはようございます」
「お、おはよう…」
  礼儀正しいリースに、ちょっと驚いて、デュランもたどたどしく頭を下げる。
「私はリース・ローラントです」
「あ、ああ、どうも…」
  リースの礼儀正しさに、調子が狂ったようなデュラン。
「ま、とりあえず、入ろうぜ」
  ホークアイがにこにこしながらそう言った。


  あんまり興味なさそうに、デュランはすたすたと歩いて行く。
「そんなに早く歩くなよ、おまえは。せっかく来たのによぉ」
「来たくて来たんじゃねーよ。…ったく、朝いきなり電話でみんなでどっか行くから来
いだけでよー」
  ホークアイ…。何にも説明してなかったのかしら…?
「今月はピンチなのに…。しかも行き先も誰とも行くとも何にも言ってねーじゃねーか
おめー」
「いちいち愚痴るなよ、おまえは。いーじゃねーか。可愛い娘二人もいるんだから」
「そういう問題じゃないだろう」
  デュランは不機嫌そうにホークアイにくってかかる。リースはちょっとオロオロした
様子で二人を見る。
「じゃあ、俺が昼飯オゴってやっから。それで円満解決だろう」
「……………」
  あ、沈黙した…。…なんか、本当に解決してしまったらしい。
「……じゃあ、夕飯は?」
「俺のスネをかじるな!」
  デュランが夕飯もおごってもらえまいかと、ホークアイに言ってみたが、ホークアイ
は怒って却下した。
「じゃあ、私が夕飯おごったげるわよ。全員分、ね」
  私が口をはさむと、男二人はビックリしたように私を見た。
「お、おい、本気か…?」
「本気もなにも。そんな4人分の食事で10万もかかんないでしょ?」
  10万くらい、どうって事ない。
  ところが、この私の発言に、男二人は情けないくらいに口をあんぐりあけた。
「じゅ、10万もって…そんな…」
「さぁ、お金の話はこれくらいにして。せっかく水族館に来たのよ?」
「………………」
  私がそう言うと、二人は顔を見合わせた。


「マグロを飼育するって難しいんでしょ?  ずっと泳いでないといけないんですって
ね」
  水槽の中をぐるぐる泳ぎ続けるマグロを見ながら、リースが言う。
「ここの水族館だけ、飼育に成功したって聞くけどな」
「……俺はマグロよりネギトロの方が好きだけどな…」
「俺は軍艦巻きかな」
「…………………」
  デュランとホークアイの会話に沈黙するリース。……そうよねぇ…。こういう話題に
なってくような人達と付き合うって、リースも初めてなんだろうな。…って、私も初め
てなんだけど。
  なにしろ彼らと来たら魚と言うと食べる事しか頭にないらしく、イカを見てはスルメ
だサシミだ言うし、タコを見るとタコ焼き、酢蛸。タツノオトシゴを見て一口。電気ウ
ナギを見てるクセに、鰻重やらウナギパイやらって言ってるんだもん。リースでなくて
もあきれるわよ。
  ホークアイよりも、デュランの方が魚が食べ物に見えるみたいだけど…。
「あのさぁ、デュラン」
「あ?」
「なんだってあんた、水族館に来て魚を見たら食べ物にしか見えないワケよ?」
「魚は食い物じゃねーか」
「だぁっ、だから!  水族館ってゆーのは、魚を食べるトコじゃなくて、見るとこなの
よ。料亭の生けすとはワケが違うんだから」
「…でも……………似たようなもんじゃないのか?」
「違う違う」
  さすがにこれには、リースやホークアイまでにも首をふられた。
「…でもよー、俺、朝飯食ってねーんだぜ?  なんかもう、イワシもアジもサバもなん
つーかよぉ、食ってくれと言わんばかりに泳いでるよーで…」
  ロマンのカケラもないヤツ……。
「でも、朝ごはんをぬくのは良い事じゃありませんよ?  一日の計は朝にあり。しっか
り、とらないと」
「いや、俺もとりたいのは山々なんだが残りの金がそろそろヤバくてな。きりつめない
と、次の収入まで底をつきそうなんだ…」
「ごはんのお金、ご自分で出してるんですか?」
「そうだよ。俺、下宿生だからな。みーんな自分でやんなきゃいけないじゃん」
「そ、そうだったんですか…」
  リースはちょっとカルチャーショックを受けたようで、ビックリした顔でデュランを
見上げた。
「はぁ…」
  デュランはため息をついて、泳いでいるサンマを見た。
「…サンマ…。2匹で150円のヤツ…買っときゃよかったなあぁ…」
「おまえ、その所帯じみた事を言うのはやめろ」
  ホークアイに言われて、デュランはまたため息をついた。


  その後、水族館の中のレストランで食事をした。
「やっぱりビーフカレーかなー…」
「高い!  おまえ、俺と一緒にミートソースにしろ、ミートソースに」
「ええー…」
  デュランはホークアイに強引にミートソースにさせられていた。
「この俺様がオゴってやるんだから、ありがたく食え!」
「ちっ…」
  ……でも、この二人、本当に仲良さそう。軽い口ゲンカなんか、水族館でしょっちゅ
うやってたけど、なんだかんだ言ってイキは合うみたいだし…。
  リースも同じ事を思ったらしい。小さく吹き出した。
「?」
「あ、ごめんなさい。別に、悪い意味で笑ったワケじゃないんです。あなたたち、本当
に仲が良いんですね」
「男と仲が良いって、言われても嬉しくないなぁ」
  ホークアイが困ったようにそう言う。
  二人はちょっと顔を見合わせて、そしてヘンに照れたように目を背けた。
  はは、なんか、この二人って、可愛い。


  それから近くの海岸へ行って、童心に戻ってというか、何というか、はしゃいで遊ん
できた。
「もう、潮風で髪の毛がバサバサになっちゃいました」
  そう言うものの、リースの顔は無邪気に笑っていた。女の私から見ても可愛いのよね
ー、この娘は。
  ……まさか、デュラン、リースの方に気が向いたり…してないわよね…?
  うっ……。
  …なんか、男二人、リースの方を見てるんですけど……。
  ちょっとぉーっ!  私ってそんっなに魅力ないワケぇ!?  それとも、リースの方が魅
力あるって言う事…?  
  うぅー…。自分でも嫌だけど、リースに嫉妬しちゃうなぁー…。
  ……そんなにダメかなぁ…。なんか、自信なくしそうだよぅ…。


  帰り際。リースがトイレに行ってて、みんなで彼女を待っていた。
「………あ…あのさぁ、デュラン……」
「あん?」
  ホークアイのワゴン(彼の父親の車らしいけどね)によっ掛かりながら、面倒くさそ
うにこっちを見るデュラン。
「…あ、あんたのケータイの番号。よ、良かったら教えてくんない?」
  自分ではなるべく自然に言ったつもりだけど、そう聞こえなかったかもしんない…。
  もっとも、デュランはそんな私に気づくふうもなく、ズボンのポケットから自分のケ
ータイを取り出した。
「……………えっとぉ……?  …俺の番号…どれだったっけ…?」
  デュランは顔をしかめながら、自分のケータイのボタンを押す。
「……あれ?  俺、何番だったかなー…。えっとぉ…?  俺、入れてなかったかなー?」
  …ちょ、ちょっとちょっとちょっと…。
「…わりぃ。何番かわかんねーや」
  苦笑して、こんな事を言いやがる。
  ばかぁーーっ!!
「あ、そうだホークアイ。俺の番号いくつだったけ?」
  デュランは苦笑しながら、隣にいるホークアイに話しかける。
「あーん?  おまえなぁ。自分の携帯の番号くらい覚えとけよ。ちょっと待ってろ」
  ホークアイは車のドアを開け、中に入る。そして、しばらくゴソゴソやっていたのだ
が、やがて車から出てきた。
「わりぃ。どこいったかわかんねーや。悪いけど、お前の携帯でかけてみてくんない?」
  こっ…こいつらは……。
  デュランは言われて、ケータイの番号を押す。
「……おかしいな…。音がしねぇぞ?」
  車の中をのぞきこむホークアイ。デュランはなんとはなしに、電話を耳につける。
「…ん?  あ?  ケヴィン?  どーしておまえが出るんだよ」
  どうやら、電話がかかったらしく、デュランが不思議顔になる。そして、相手の話を
聞いているうちにデュランの顔がどんどんあきれたものになっていく。
「バーカ!  おまえ、ケータイ、寮に忘れてくんなよ」
「あれ?  俺、忘れてったぁ?」
  あわてて、デュランのケータイを借りるホークアイ。
「ケヴィンか?  おまえ、どっからかけてんだ?  え?  本当か!?  …………あっちゃ
ー…」
  パン、と自分の額を叩くホークアイ。
「おい、もう良いだろ?  ケータイの通話料バカになんねぇんだからよ、もう切ってく
れよ」
「…へいへい……」
  ホークアイは仕方なく、ボタンを押してケータイを切る。………もしかして……。
「悪い。俺、デュランの携帯の番号、自分のに入れてあるから、これじゃわかんねーわ」
  ………………………。
「そ、そんなに、なに怒ってんだよぉ…。俺のケータイ番号くらいいーじゃねーか」
「まーまー、今度電話して教えるからさ!  な?」
  私はかなり怒った表情をしていたらしく、男二人は、焦ったように私をなだめにかか
った。
  大体デュランは、私のケータイの番号を教えたところでかけてくるような男じゃない
だろう。なんかケチケチしてるし、私にかける用だってないんだろうし。…なんか、自
分で考えてて悲しくなってくるけど、事実なんだからしょうがないし…。
  っとにもう!  人の気持ちも知らないで!


  …その夜の事だった。潮風でバサバサになっちゃった髪の毛を入念に洗った後。もう
寝ようとベッドに入ろうとした時に、ケータイがバッグの中で鳴った。
  誰だろう。このケータイの番号を教えてんのは、今のところ3人…。今、ウチにいる
んだから、執事なワケないし、リースかな、ホークアイかな…?
「もしもしぃ?」
『…よう…』
「…デュ……デュラン!?  ど、どうしたの!?」
  本当にビックリして、私はケータイをぎゅっと握り締めた。
『…いや、なんか昼間悪い事したみたいでよ…。悪いと思ってな…』
「う、ううん、だ、大丈夫。よ、よくある事だから!」
  自分でもワケわかんないこと言ってるって、気づいたけど、もう遅い。
『そ、そうなのか…?』
「え…あー、その…、と、ところで、どうして私のケータイの番号知ってんの?」
『ホークアイに聞いてな。それで…』
「そ、そっかぁ…」
  ど、どうしよう…。なにしゃべろう…なに、話したら良いだろう…。
『いや、気ぃ悪くしてねーかと思ってよ』
「う、うん……。だ、大丈夫…大丈夫だよ」
『そっかぁ?  そんなら良いんだけど。なんか、急に無口になっちまうからちょっと心
配してたんだ』
「へ、平気平気。な、何とも思ってないってば」
『そっか。俺さ、あんまりあういう事ってやった事なかったからわかんなくってよ。な
んか、気にさわったらゴメンな。…まぁ、そんだけなんだ。んじゃな』
  プツッ。
「えっ?」
  あまりに急な展開に、一瞬私の時間が止まった。
  なっ……ちょっ……な、なんなのよぅ!
  これからなんか話そうと思ってたのにぃ!  なーんで切っちゃうのよぉ!
  んもー!
  それから、ホークアイのトコにかけてデュランの番号聞き出そうとしたんだけど、あ
の時、彼から聞いた携帯の番号の紙。手帳にはさんだハズなのに、どこへやってしまっ
たかどんなに探しても見つからなかった。捨てるハズはない(と思う)んだけど、どこ
にやったかなぁ…。あーもう、私のバカ!
  …ったくもう!  ちっともうまくいかないじゃないのよ!  頭にくんなぁ!
  本当にまったくぅ!
  その日はムカムカしたのと、でも、デュランがわざわざ電話をかけてきてくれたって
いう事実にもちょっとドキドキして、なかなか眠れなかった。


  私のケータイの番号知ってるんだから、かけてきてくれないかな、なんて期待もした
んだけど。そういう事はあれ以来一回もなくて。
  もう一度、ホークアイが私のトコにかけてくるまで待つしかなくて、彼らのケータイ
番号を聞き出すのにはあれからかなり時間がかかった。
  ………あーあ……。
  …なんか、ヘンなヤツに惚れちゃったよ…。
  …あーあ…。最近ため息しか出してないや…。
  私はため息をついて、それから机の上の写真立てを見た。彼の写真を見て………。…
そして…やっぱり……私は、またため息をついた。
                                                                      オシマイ