……………………あれ…?
  ここ………どこ……?
  見た事もない天井を見て、私は違和感を覚え起き上がる。
「アタタタ…」
  頭がガンガンする。どうやら二日酔いらしい。あんなに飲んだのは初めてだった。
  それにしてもここはどこなんだろう。私はいつのまにかベッドに寝かされており、ちゃんと毛
布もかけられていた。
  せまいな、この部屋…。
  10畳弱くらいの部屋で、ベッドがひとつ。小さな机がひとつ。小さいテレビデオがひとつ。
流行りのゲーム機もひとつ。小さな本棚、あまり大きくないクローゼット。
  ひどく簡素な部屋で、家具も物も乏しい部屋だった。壁には白っぽいカレンダーがかけてある
だけ。
「……………?」
  よく見ると、机をはさんだ向こうに床に毛布と座布団があった。誰かがそこで寝ていたらしい
形跡があった。
  シャアァァー…。
  今、気づいたのだが、向こうでシャワーを浴びる音が聞こえる。不審に思って、私は音が聞こ
えてくる方のドア(といってもこの部屋にはこのドアしかないんだけど)を開けた。
「うわ……。せっまー……」
  食料品が乏しくのっている戸棚。床にあるポットと電気釜。あまり大きくない洗濯機が一つ。
ドアをぬけ、さらに進むと、口がとじたゴミ袋が勝手口らしき前においてあり、一番驚いたのが、
簡素すぎる流しだった。あまり広くない流しと、その隣に一つしかないコンロ。少ない食器が並
んでいるところを見ると、どうやらここはキッチンらしかった。
  キッチン!?  ここが!?
  私はちょっと信じられなくて、勝手口を開けた。……いや、まさか、これは、もしかして、勝
手口じゃなくて……玄関なんじゃ……。
  私の考えは当たった。ドアを開けると、目の前に見慣れない町並みがあった。外に出てちょっ
と振り返ると、インタホンの上に『クロフォード』と書かれた表札が見えた。
  ………ここ……一応住居なんだ……。
  小さすぎるけど、一応最低限のものはそろっている。
  あの部屋に戻る時、シャワーを使っている部屋とトイレらしきドアを見た。……洗面所も脱衣
所もないのかしら、ここ…?
  私はドアを閉め、寝かされていた部屋に戻る。とりあえずベッドにこしかけ、昨夜の事なんか
反すうしてみる。
  そういえば、私の車どうなったかしら。ふと、机を見ると、見慣れたキーホルダー。…私の車
のキーだ…。
  やがて、シャワーの音が終わり、しばらくしてから、ドアを開けて男が入ってきた。
  ランニングにトレパン。タオルで頭をごしごしやりながら、デュランが入って来たのだ。
「起きたようだな」
  やや不機嫌そうに私を見る。
「…ったく、なに考えてんだよ。あんな状態で車を運転するなんてよ。自殺行為もいいとこだ」
「………………」
「それ、おまえの車のキーだろ。下の駐車場に止めてあるからよ。さっさと帰れよ。もう帰れん
だろ?」
  デュランはタオルを頭から外して、顎で机の上のキーを指した。
「……あの、ここって…、あんたん家なの…?」
「決まってんだろー?  まぁ、下宿してっから、家ってワケじゃねぇけどよ」
「……私に…何かした…?」
  自分で言うのもナンだけど、顔にも身体にも自身があった。この顔とカラダと財力が目当てで
男が寄ってくる事だってよーく知っていた。
「はぁ?  何もするわけねーだろ」
  どこか吐き捨てるようにそう言い、なおも髪の毛を拭き続けるデュラン。ちょっとカチンとき
たが、衣服も乱れてないし、この様子は本当に何もしていないだろう。
「…ちょっと…そんな大きな声出さないでよ…。頭に響くじゃない…」
「……なんだ、おまえ二日酔いかぁ?」
「………………」
  私がムッとした顔をしたので、彼は二日酔いと判断したらし。
「ったくよー」
  そう言うと、クローゼットを開けて、なにやらゴソゴソしだす。そして、顔をあげると、白い
箱を投げてよこした。
「……?」
  二日酔いにはキャベロン。よく効きます!  などと書かれていた。
  デュランは立ち上がり、この部屋から出て行ったが、すぐに戻ってきた。水の入ったコップを
もって。
「ホラよ。さっさと飲め」
  ぶっきらぼうにそう言って、机の上にコップをおく。
「……………の、飲んでいいの…?」
「そのために持ってきたんだぞ」
「…………………う、うん…」
  私は中の粒剤を取り出し、口の中に入れると、水で流し込んだ。
「……ふぅ…」
  なんだか、すごくホッとしちゃって、私は肩をおろして、一息ついた。
「…もう平気か?」
  さっきよりは幾分か優しい声で私に話しかけてくる。
「…薬がすぐに効くわけないじゃない」
「…いちいちうるせー女だなー」
「………………」
  私はまたなんだかムッときた。コップを机の上におき、ついでに車のキーも取る。
「下に降りれば駐車場はすぐわかるよ。おまえの車は派手だから、すぐにわかるだろ」
「……………………」
  私は何も言わずに立ち上がり、すたすたと玄関に向かった。
  玄関で靴をはいていると、デュランがのそのそやってきた。
  私が無言でドアを開けて出ようとすると、デュランが一緒にドアを開けてくれた。
「じゃーな。気ぃつけて帰れよ」
  この一言に、私の内心はなぜかかなりビックリして、急に心臓がドキドキ言い出した。
「……う、うん…ありがと……」
  小声でそう言うと、デュランはちょっとだけ驚いて、それから小さく、ほんの少しだけほほ笑
んだ。
  その顔が玄関のドアで見えなくなる。私の心臓はいきなり高く大きくドキドキいって、全身に
響き渡るほど、脈打ち続けた。
  体が火照ってきて、妙に息苦しくなってくる。もう一度ドアを開けてデュランのトコへ駆け寄
りたい衝動を必死にこらえる。
  な、なにを考えてんのよ、私は!
  懸命に自分に言い聞かせる。そして、やっとの事でこのドアの前を後にして、階段をおりた。
  さっきのデュランのほほ笑んだ顔が脳裏に強く濃く焼き付いて離れない……。
  ……なんで……?  なんでなの……?
  階段をおりながら、ずっと自問自答をしたけれど、わからない。
  下までおり切ると、郵便受けがずらっと並んでいた。A−6クロフォード。…クロフォード…。
  外に出て、このマンションの名前を確かめる。ドリアンビル…。ドリアンビル…。
  私は車に戻り、早速カーナビをつける。現在地を確かめさせる。
  西京市高天ヶ丘モール町。………………………。
  それから、自宅への道程を表示させて、家路についた。
  案の定、家は私が朝帰りしたところで、なにがどうという事はなかった。お母様は大概家にい
ないし、使用人はわたしが、また遊びほうけてたと思うだけだろう。
  昨夜、プールバーに忘れたバッグがだれかが届けてくれていた。おそらく点数稼ぎの男の一人
だろう。
  でも、そんな事はどうでもよかった。次に私がとった行動は、興信所に電話する事だった。
「西京市高天が丘モール町ドリアンビルA−6に住むデュラン・クロフォードについて調べてほ
しいの」


  ここの興信所は、一応信頼がおけて、私もはべらせる男の素性についてけっこう調べさせてい
たから、そんな男の一人と思われただろう。ここなら、私が個人で何を調べても何も言われない。
  1週間。なんだかすごく長い時間に思えてしかたがなかった。何かを待つ子供のように、私は
興信所の返事を待った。その間、えんえんデュランのあの最後の笑顔が私の頭をぐるぐるぐるぐ
る。それを思い出すたびに、胸が急にヘンに痛くなってきて、息苦しくなってしまった。
  やっと、興信所からの返事が来た。
「デュラン・クロフォード。えっとですね。とりあえず、くわしい履歴はこちらに書いてありま
す。西経大学人文学部教育学科2年生。西京市での住所は下宿先で、実家はフォルセナ州にあり
ます。剣術がさかんなフォルセナ州でも随一の腕前で、州の剣術大会を高校生の時から連続優勝
してますね。なんだって、有名大学の推薦をけって一般で西経大学に入ったかはわかりませんが
ね…。
  両親は早くに他界、妹と一緒に、伯母に引き取られていますね。電話はひいてないみたいで、
どうやら携帯電話のみのようです」
  ……………………。
  隠し録りされた写真と一緒に、彼の細々とした履歴書を眺める。
「それにしても、今回はどういう風の吹き回しですか?  庶民の学生も気に入ったってトコです
か?」
「…まぁ…、そんなところね。金持ちボンボンにもちょっと飽きてきたのよ」
  適当なウソを言って流す。相手の方もそんなに気にしていないようで、そうですかと小さく頷
いた。どうせ、金持ちお嬢様の気まぐれだとか思っているんだろう。
「ありがとう。これ…」
「どうも」
  約束のお金を渡して、私はこの興信所を後にした。早く家に帰ってこの履歴書とあの写真をも
っとじっくり眺めたかった。
  部屋に飛んでかえり、封筒を開ける手ももどかしく、履歴書を読み耽る。
  こうして読むと、デュランってけっこう苦労してる感じがした。それから、隠し録りされた数
枚の写真。あの時一緒にいたホークとあともう一人も一緒に写っている。
  私はデュランだけよく写っている一枚を選んで、お気に入りで今まで使っていなかった写真た
てに入れる。そして、それを眺めて、私はそれをギュウッと抱き締めた。
  ………………………。
  …どうしよう…………。
  ………ヘンなヤツに…惚れちゃったみたい………。
  …出会ってから、1カ月も経ってないのに……。…会ったのはまだ3回しかないのに……。
  ……はしかみたいに……治るかしら……?

                                         
  私は派手に赤いオープンカーをやめて、もっと地味な車を買う事にした。
  まずオープンカーとか、ガルウィングがついてるよーな車はペケ。どこにでもあるような一般
車でOK。ミニワゴン…うーん、これじゃ若い人ってバレそうかな。ここはシブくシルバーで…
…。
  でも、カーナビは非需品だし、MDステレオだって必要。車内は広めが良いし、天井だって高
い方がうれしいわよね。…中、見られたらイヤだから中が見えにくい窓ガラスのヤツが良いな。
  ……やっぱりちょっと高級車になっちゃったかしら……。
  で、でも、一応国産だし…、派手な外見してないし…。いいわよね。
  新しい車の乗り心地はまずまず。ちょっと車幅感覚が前の車と違ってて、ちょっと苦労したけ
どもう大丈夫。
  そして、その新しい車に乗って、私は西経大学の駐車場に止めた。だれが止めるなんて、チェ
ックしてるようで、してないもんだから、バレないようでまずOK。
  派手な服が趣味だけど、ここは目立たないようにしたい。髪形もお下げなんか結っちゃって、
地味に見えるシャツにジーパン。
  ………ちょっと前の私とはわかんないくらいの格好だわ…。ついでだ。メガネもかけちゃお。
  そして、ここから見える駐輪所を調べる。デュランのバイクは………………あった。これね…。
  私は場所を覚えると、小さなセンサー、ゴミみたいに見えるヤツ、を、デュランのバイクのス
キマに張り付けた。
  そうして、急いで自分の車に戻る。それからバイクがよく見える場所に変えて、そして、デュ
ランが来るまで、音楽でも聞きながらのんびり待った。どれくらい待っていたか。3時間はゆう
に待っていたと思う。おもむろにセンサーがなり出して、私は跳ね起きた。
  音楽を消して、私は息をひそめた。
  ……デュランだ!
  胸が高鳴った。すごく息苦しくなった。熱くなって、デュランに視線が釘付けだった。
  デュランがあのホークって男と談笑しながらすぐ目の前を通り過ぎる!  
  心臓が止まるかと思ったくらいにドキドキしてる。
  それから、デュランはヘルメットをかぶると、エンジンをふかして、どっかに行ってしまった。
  しばらく、デュランを見れたうれしさの余韻に浸っていたけれど、私はすぐに車を発車させた。
  カーナビはデュランがどのような道を通ったか点線で示していた。
  ……ついてこ。
  点線のあとをたどりながら、車を走らせる。途中、デュランに追いついて、抜かさないような
スピードで後をつけた。…気づかれないわよね…?  そして、デュランは下宿先のマンションへ
と帰って行った。
  私は持ってきていた双眼鏡を取り出して、部屋へと入っていくデュランを眺めた。
  ……はぁ………。
  なんだか幸せのため息までも出てしまう。
  明日もデュランのあとをつけてこ。そうだ、デュランとこに来てる郵便物を調べるとか………。
  ………ん……?
  …………これって………ストーカー……?
  …ち、違う違う!  こんなストーカーまがいの行動してちゃダメじゃん、私!
  なに、恋すると人はみんなストーカーになっちゃうわけ?  違うよね、違うでしょ!  このま
まじゃだめじゃん私!
  バカバカバカバカ!  私のバカ!  もーう、なにやってんのさぁ!


  自分がストーカーまがいの行動をしていた事に対しての自己嫌悪…。
  ダメじゃん!  世界屈指のアルテナ財団の娘がストーカーなんて、冗談じゃないじゃない!
  ………はあ…。
  何度ついたかわからないため息をもう一度。
  ちらっと、ベッドの棚にふせてある写真たてに手をのばす。このデュランの写真を見てるだけ
でも、胸がしめるけられるように痛い。…せつない…。
  写真たてを胸におしつける。彼の胸に抱かれたなら、きっともっと素敵だろう。
  …………………。
  …………デュラン…………。
  ………会いたいな………………。…ううん、会えなくても、見るだけでも良い……。
  ……デュラン…………。
  …なんだって…、こんなにせつないんだろう……。
  苦しいよう……。


  またストーカーまがいの行動をしてしまうといけないから、デュランの追っかけは2度としな
いと心に決めて。それでも、また会えないかなと、彼のマンションの前を何げに遠回りして通っ
てみたり、彼の通学路をわざわざ通ってみたりしたけれど。
  会う事も、見かける事もなかった。
  ……ちぇっ………。

                                     -続く-