馬小屋の主に礼を言い、パーティはまた元の冒険へと旅出た。
「やっぱり、バイトより、こっちで稼いだ方が楽ねぇ」
  アンジェラは喜々として、モンスターから金をまきあげた。
「そうかぁ?  あっちの方が楽だと思うけど?」
「あら、どうして」
  アンジェラは驚いてデュランを見た。
「そりゃ、ここいらのモンスターは俺らにとっちゃ楽勝レベルだけどよ。でも、強いの相手にし
たら、おまえ、さっきと同じ事言えるか?」
  言われて、アンジェラは口をつぐんだ。
「命の心配のない、あっちの方が楽に決まってんだろ?  そりゃ、不器用なおめぇにゃツラかっ
たかもしれんけどよ。戦闘ってのは死と背中合わせな事くらい、わかるだろ?」
  さらにホークアイまでにも言われてしまい、アンジェラはなんだかムッときた。
「シャルロットはわかりまちよ!」
  そりゃあんたはラクな仕事ばっかだったから……。
  アンジェラは言いかけたが、その言葉は引っ込めた。大体のメンバーが同じ事を思っていたら
しく、みんな似たような視線をシャルロットに投げていた。
「でも、ま、あーゆーバイトは二度とごめんだな…」
「そりゃな」
  借金のカタに労働力。しかも、それぞれに合った職種ばかりが用意されているわけではないの
だ。さらに言えば給料は現物支給ときていた。
「とりあえず…。先に進みましょう?」
  みんなをまとめるようにリースがほほ笑みかけると、ホークアイはにへらっという笑いを返し、
歩き始めた。
「はぁーあ!  なんか、つまんない事ばっかりだわ!」
  後ろ頭に手を組んで、アンジェラも歩きだした。
「じゃ、アンジェラしゃんにとってたのしー事って、なんでちか?」
「私にとって楽しい事ぉ?」
  なんだろう…。
  そう聞かれると、なんだか悩んでしまう。買い物?  好きなもの食べること?  きれいな服着
て、きれいな化粧品そろえて…。そうそう、使える魔法が増えていったり……。
「そうね…。ショッピングとか、使える魔法が増えていくのは楽しいなぁ…」
  魔法が使えなかったアンジェラにとって、それはかなりの喜びであった。今のアンジェラを見
たら、きっと国の者は目を丸くするに違いない。お母様だって……。
「他には………」
  ……………………。
  思わず、アンジェラは横のデュランに目がいった。彼はのんきにあくびなんぞしている。
「他には?」
  後ろ向きで歩きながら、シャルロットがアンジェラを見上げる。
「おい、んーな歩き方してたら転ぶぞ」
「平気でちよ。他には?」
「……他には……、まぁ、そこそこあるかな」
  アンジェラが笑ってごまかすと同時に、シャルロットは後ろにのけぞって転んだ。
「うひゃっ!」
「バッカだなー。俺がさっき言ったばかりじゃねーか」
  言わんこっちゃないと、デュランがシャルロットを助け起こす。
  その滑稽さに、他のメンバーもクスクス笑っている。部が悪いシャルロットは、ちょっと頬を
ふくらませた。
「フンでち!」
  ムスッとして、ぱんぱんとお尻についた土埃をはらう。
「もう行くでち!」
  頬をふくらませたまま、シャルロットはずんずんと歩きだした。だが…。
「うひょっ!」
  ズベッ!
  今度は、何かに蹴つまずいて前にすっころぶ。
  さすがにこれにはメンバー全員笑い出してしまった。
「なんでちか!  人が転ぶのがそんなにおかしーんでちか!」
  ちっとも面白くないシャルロットは、近くにいたデュランにくってかかった。
「くっはっはっ…。だって…」
「んもー!  デュランしゃんのせいでち!  デュランしゃんがさっきシャルロットに不吉な事を
ゆーからこんな事になったんでちぃ!」  赤面しながら、メチャクチャな理由を言う。彼女自身、
かなり恥ずかしかったようだ。
「責任とっておんぶしてくだしゃいぃ!  シャルロット歩くとまた転んでしまうでちぃ!」
「そんな事あるわけねーだろ?  疲れたんならケヴィンに頼めよ」
「デュランしゃんのせいでちだからもーん!」
  とうとう、シャルロットはデュランをぽかぽか叩き始めた。
「あーあー、わかったわかったよ…。モンスターが出てくるまでだぞ」
  なんだかんだ言って小さい子には面倒見の良いデュランは苦笑しながら、シャルロットをおぶ
った。
「いーなー、シャルロット」
「へへん、でち」
  なんだか羨ましげなケヴィンに、シャルロットはなにやらえばっている。
「いーなー、いーなー、いーなー」
「言っとくが…、男はおぶらんぞ」
  指くわえて眺めるケヴィンに、デュランはやや引きつった表情でクギをさす。クギをさされた
ケヴィンは、残念そうな顔でショボンとした。
  ……ケヴィンじゃなくても羨ましいなぁ……。
  アンジェラはおんぶしてもらっているシャルロットを見た。
  さっきの不機嫌そうな顔はどこへやら。ニコニコして鼻歌まで歌っている。
  とても楽ちんそうで、なんだか気持ち良さそう……。彼の広い背中におぶさって…。
  …良いなぁ…。あれ、シャルロットが外見コドモだからやってんのよね…。まぁ、内面的もほ
とんどコドモみたいなもんだけどさ…。
  私じゃ無理かぁ…。無理だよねぇ…。
  …そういえば……。
  ふと、アンジェラはデュランを見た。シャルロットをおぶって、たいして重そうでもなく、平
然と歩いている。
  デュランの好みの娘って、どんなタイプなんだろ?  あんまり、異性に興味を示すような男じ
ゃないけど…。
「……あのさー、デュラン……」
「あん?」
「あんたさ、あんまし女の子に興味あるよーな感じしないけど、それでも、やっぱ好みのタイプ
とかってあるの?」
「タイプぅ?」
  デュランは眉をしかめた。
「三つ編み!  ゼッタイ三つ編みの女の子でち!」
「あっ!  シャルロットおまえ、人の髪の毛でなにやってる!?」
「デュランしゃーん。ちゃんとリンス使ってまちかぁ?  なんか、ばさぼさしてまちよ」
  シャルロットはおんぶしてもらいながら、デュランの髪の毛で、三つ編みを何本か編んでいた
のだ。
「おめーな。んなことするんだったら降ろすぞ!」
「いやーんでちぃ!」
  デュランの首にかじりついて、けらけら笑っている。
  むか。
  話をそらされた上に、シャルロットときたら、デュランにがっちりとかじりついているではな
いか。
  …な、なにイライラしてんのよ。子供相手にさ…。
  アンジェラはそう自分に言い聞かせ、努めて無表情を装った。
  でも……。なんかムカつくわ……。
  そう思うと、なんだか自分自身にため息がつきたくなってきてしまった。


「野宿、かぁ……」
  暮れかかる夕日を眺め、ホークアイがつぶやく。地図を見ても、ここらへんで歩いていける距
離の町村は見当たらない。
「なにボサッとしてんだよ。カマド作るの手伝えよ」
  このメンバーでまともな料理を作れる人員は限られている。そしてちゃんとしたカマドを作れ
る人員も限られているのである。
「ケヴィンたちは?」
「薪拾いに決まってんだろ。リースは水汲みに行った」
  軽く穴をほっておき、石をうまい具合に乗せてカマドを作る。
「今日はなんにするー?」
「うーん…。あそこでもらったジャガイモ使おうぜ。あれだけあると荷物でしかない」
「そだな。パンは買っといたっけ?」
「ああ。ただ、そろそろ賞味期限ヤバいかも」
「そんじゃーあ、材料はと…ジャガイモに香野菜にウサギちゃん…。こんなもんか」
  ホークアイは昼間、ちょうどよく捕らえる事ができたウサギを、ジャガイモと香野菜と共に並
べて置く。
「…んで、何にする?」
「……………………また、焼き物でいっかぁ」
  一応、献立にちょっとは悩むのだが、結局めんどうなので、いつも同じようなメニューになる。
彼らの料理がそんなに上達しない理由はここにあった。
「薪拾ってきたよー」
「ゴクローさん」
「ねね、何やってるの?」
「ウサギの血抜き」
「……………………」
  アンジェラはのぞき込むのをやめて、思わずそっぽを向いた。
「見るか?  今度は皮剥だぞ」
「ホークアイしゃん、意地悪でち!」
  シャルロットも顔をしかめて、アンジェラと一緒に彼を非難の目で見た。
「今日、何にするんだ?」
  しかし、ケヴィンはいたって気にとめていないようで、彼らの作業をのぞき込みながら尋ねる。
「焼き物」
「またぁ?」
「レパートリー乏しいでちねー」
「うるせぇな。なら、おまえらが作るかぁ?」
  デュランがうるさそうに顔をあげた。
  …やっぱり、デュランも料理できるコの方が好みなのかな…?
  アンジェラの脳裏にそんな考えがよぎる。
「…やって、みようかな…」
「え?」
  予想外の答えに、デュランの方が間の抜けた声を出した。


「…どうしたんですか…?」
  何杯目かの水を汲んできたら、アンジェラが料理に取り掛かっているのである。リースは目を
丸くした。
「さぁ…。女心は秋の空のごとく移ろいやすいものだから…」
  適当なこと言って、ホークアイは肩をすくめて見せた。
「あィたっ!」
「だから、もっと落ち着いてやれってば。そう焦るなよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
「アンジェラしゃん!  ファイトでち!」
  なかなか進んでいないようである。
「…だ、大丈夫でしょうか…?」
「さぁね。でも、初心者なんだから、しゃーないよ。それに、本人がやりたいって言ったんだ。
最後までつきあってやろうぜ」
「……え、ええ……。でも…時間…、かかりそうですね……」
「ま、確かに、俺たちがやっちまえば楽だし、時間もかからない。でも、それじゃアンジェラに
とって進歩はないだろ?」
  そう言われると、リースも自分もやった方が良いんではないかと思えてくる。いつまでもホー
クアイたちに頼り切るわけにいかなくなってくるかもしれない…。
「そうですね…。あの…、私もやってみてかまいませんか?」
「え?」
  今度はホークアイが間の抜けた声を出した。


「あつっ…」
  やっぱり目の前の材料よりも、自分の指の方が切る事が多い。
「ほれ、貸してみな」
  デュランはそっと彼女の手を取って回復呪文を唱える。このまま手の甲にキスでもしたら……。
  なんて考えると妙に顔がほころんでくる。まぁ、料理して指切るのも悪くないかな、なんて事
まで思えてくる。
  ちなみにシャルロットはリースの方で回復呪文を唱えている。もっとも、あっちの方が需要は
少なくなってきているようだが…。
「水。また汲んでくるか?」
  足りなくなった水量を見て、ケヴィンが言い出す。ホークアイも言われて水量を見る。
「そだな。頼む。悪いな、さっき行ってきたばっかなのによ」
「ううん」
  ニッと笑って、ケヴィンはまた水を汲みに行ってくれた。川までけっこう距離があって面倒な
のだが、彼は嫌な顔一つせず、行ってくれる。
  …仲間って…、良いもんなのね…。
「おい、ぼさっとすんなよ。また指切るぞ」
  デュランの声で、アンジェラの思考回路は中断される。…そうね、とりあえず、このウサギ肉
を切り終わらなきゃね…。切り終わったら、今度はいよいよナベで料理する。
「やだぁ。ケムくさーい!」
「こら逃げるなっつーの!」
「けほけほっ…」
  煙りがこっちにやってくるとやたらツライ。涙流しながら、ナベの中身を焦げ付かないように
リースと二人でかきまぜる。
「良いかぁ?  絶対味見しろよ。味付けにはあんまし大きな事言えないけど、味見だけは忘れん
なよ」
  味見を忘れ、えらい失敗をした事があるのか、デュランはそう言って何度も念をおした。
  大騒ぎをしながらも、リースと二人で、なんとか食べれるものを作れた。
  ウサギとジャガイモと香野菜を、塩コショウや酒など、その場の調味料で味付けて焼いただけ
のもの。本当にただの焼き物だ。
「ははー…。このカタチ、私が切ったヤツだ…」
  苦笑しながら、いびつなジャガイモをフォークで拾い上げる。
「ま、初めてにしちゃ上出来かもしれんな」
  褒めているようないないような言葉をはいて、ホークアイはウサギ肉を口にいれる。
「けっこーうまいぞ」
  どんな料理でも大抵そう言うケヴィンの言う事は、アテにはならないが、それでもやっぱり嬉
しい。
  デュランはというと……。
「そだな。けっこう食えるぜ」
  ……それ……、褒めてるの……?
  喉まで出かかった言葉を引っ込めて、アンジェラはジャガイモを口に入れた。
  それにしても、自分がつくった料理を食べてもらうというのは、なんだか少し緊張する。明日
は、自分一人で作ったヤツを食べさせて反応が見てみたいな……。
  なんて思いながら、アンジェラはパンを一カケ、口に放り込んだ。



                                             →続く