「へ?  本気…?」
「う、うん!」
  翌日。川辺にやや近い場所で、さてまた野宿だと言う時。夕飯をアンジェラが作りたいと言い
出して、デュランたちを仰天させた。
「……ま、いいか…」
  誰が作っても、別にかまわなかったデュランはそううなずく。
「じゃ、カマド作ってやっから。食えるもん作れよ」
  ホークアイはそう言って、早速カマド作りに取り掛かり始めた。ホークアイがリースに軽く目
配せすると、彼女はクスッと笑った。彼が何を言いたいかわかったようだ。
「それなら、私、薪を取りに行ってきますね」
「んじゃ、オイラ、魚取るー」
「じゃー、シャルロットは水汲みぃ」
「俺は…」
「アンジェラに料理指導でもしてやれば?」
  かぶせるようにホークアイが言うと、デュランはきょとんとした顔になった。
  コイツ……。
  アンジェラはちょっとだけホークアイを睨んで、それから小さく苦笑した。


「どうですか?  あちらの様子は」
  クスクス笑いながら、薪拾いを手伝いにきてくれたホークアイに話しかける。
「さぁね。デュランがあの調子じゃあ、難しいんでないの?」
「ケンカするほど仲が良いって、本当ですね」
「イヤよイヤよも好きのうちってか?」
「フフッ……。…さ、戻りましょうか」
  もう少し、しゃべっていたそうだったが、ホークアイはにこりと微笑んで、リースと並んで歩
きだした。


「うーん…」
  中身のものをスプーンでちょっとすくい、口に入れる。今日は、ジャガイモとキノコ、小麦粉
を水で練った団子が入ったスープ。いびつなジャガイモや、大きさがマチマチの団子が中で煮ら
れている。あとは、ケヴィンが取ってきた川魚がちょうど6匹、串刺しにされて焼かれている。
「もうちょっと塩入れとこうかな…」
「入れ過ぎんなよ」
  デュランが口を出した時だった。
「ぅおーい!  そっちにモンスターが行ったぞう!」
「なんだって!?」
  ケヴィンの声に反応して、デュランはそこの剣を手に取った。なるほど、三、四匹のポロンが
こちらに駆けて来るではないか。
「ちっ!」
  舌打ちして、デュランは猛然とポロンに襲いかかる。そして戦闘が始まった。
「ちょ、ちょっとーっ!?  あっちでやってよ、あっちで!」
  せっかくの料理を台なしにされてはたまらない。アンジェラは慌てて叫ぶ。デュランは声が聞
こえたか、チラリとこちらを見て、ポロンたちを引き付けるように走りだす。ポロンたちも釣ら
れてかデュランを追いかけ始めた。
  ほう…。
  もうすぐ完成だってのに、台なしにされたら、それこそたまったものではない。
「できたーっ!」
  やっと完成。味見もしたし、そこそこの出来だと思う。いや、野宿の場所でこれだけやれば良
い方でないかとも思う。
  けっこう失敗したので、量はそんなにたくさんあるわけではない。六人分よそったら、なくな
ってしまった。
「あれー?  デュランは?」
  他は全員そろっているというのに、彼だけいない。モンスターと一緒にどこかへ行ったままだ。
「ポロンに、頭のヤツ…、ヘルムだっけ?  持ってかれちゃって追いかけてる」
「何をやってるのよ……」
  ケヴィンの説明を聞いて、アンジェラは肩の力が抜けるようだった。一番食べてもらいたい人
間がいないとは…。
「ま、ポロンなら楽勝だべ。気にする事はねぇか」
  ちょっと待ってはいたのだが、来る気配がないし、冷めたものを食べたくなかったので、先に
食べてしまう事になった。
  みんなの反応はそこそこ好評だった。アンジェラに対し気を使ったのかもしれないが、別に不
味くはなかったようだ。アンジェラは少し、安心した。だが、肝心のデュランはなかなか帰って
こない。
「……遅いなぁ……」
  デュランの分はナベに返し、暖め直して待っているのだが、ちっとも来る気配がない。川魚な
んか焦げ焦げになってしまい、結局ケヴィンの腹の中に。
「…様子、見てくるか…?」
  ホークアイが立ち上がった時、向こうでデュランの声がした。
「待てぇーっ!」
  ナルホド。ポロンがデュランのヘルムを抱えて走って来るではないか。どうやらずっと追いか
けっこをしていたらしい。
  そのせいか、ポロンの方がだいぶ疲れている。足もフラフラしてきているではないか。
「キッ!?」
  ポロンの足がもつれた。
  ズベッ!
「ウキュッ!」
「げっ!?」
  ポロンは前につんのめって、派手にすっころんだ。驚いたのは追いかけてたデュランで、慌て
て止まろうとしたのだが、勢い余って転んだままのポロンを思い切り蹴飛ばしてしまった。
「ギャッ!?」
  そして、そのまま蹴飛ばされて、カマドの上にかけてあったナベに見事に激突した。
  ドガッシャァンッ!
「ギャアァーッ!」
  ウソォーーーーーーッッ!
「………………………」
  しばらく、辺りには火の消えかかるブスブスとした音だけがあり、ただただ、みんな呆然とひ
っくりかえったナベと、その中身を浴びたまま、動かないポロンを見ていた。
「……あの、それ…、もしかして…」
「おまえの分……。……もう、ねぇよ……」
  絞り出すようなデュランの声に、同じく絞り出すような声でホークアイが答えた。


  この件がよほどショックだったらしく。アンジェラは冒険中では二度と、料理を作りたいとは
言い出さなかった。


「……はぁー……」
  腹をさすり、デュランは深くため息をついた。腹が減って減ってしょうがないのだ。おなかの
虫もさっきから鳴っている。
  まぁ、ずっと走り回っていた上に、飯抜きはツライだろう。
「しょーがないでちねぇ。シャルロットの秘蔵のぱっくんチョコをあげまちから」
  見かねて、シャルロットが自分のバッグからチョコレートを取り出す。
「足りねー…」
「ワガママ言っちゃいけんでち!」
  せっかくあげたのに、そんなこと言われたくないもんである。
「おい、それよりデュラン」
「なんだよ?」
「アンジェラ、慰めてこいよ」
「なんで?」
  こちらはこの空腹の慰めをしてもらいたいというのに…。
「いーから行けって。アンジェラのヤツ、落ち込むとシツコイんだから……」
「そりゃそーかもしれんけど…。なんで俺なんだよ?」
  ホークアイは、はーっとため息をついた。
「……わかった!  大奮発して、俺のまんまるドロップやるから。行ってこい!」
「ケチだなおまえ」
「あの…、私のドロップもあげますよ?」
「………………………」


  アンジェラを慰めろとは言われたものの…、はたしてどう言葉をかけて良いものやら…。
  などと考えてるうちに、アンジェラを見つけてしまった。
  丈の短い草むらの中で腰掛けて、ぼんやりと月を眺めている。満月に似ているが、まだちょっ
と欠けているそうだ。ケヴィンが言うならまず間違いないだろう。
「…よぉ……」
「デュラン………」
  ホークアイの差し金かな……。
  わかってしまうのが何だか悲しいが、来てくれた事自体は嬉しい。
  デュラン自身もどうして良いかわからなくって、とりあえず、アンジェラの隣に腰掛けた。
  しばらく、無言で二人とも月を眺めていた。
「……月、キレイだね……」
  不意に、アンジェラがつぶやくように言った。
「…ああ……。……ホットケーキを思い出すな……」
「……………………………………」
  いくらおなかすいてるからって……!  口に出すなっつーのっ!
  雰囲気をぶち壊されて、アンジェラも不機嫌そうな顔になる。
  グ〜キュルルル………。
「…うぅー……」
  切なそーな顔をして、デュランは自分のおなかをさすった。
  はぁ…。
  あんた一体なにしに来たの?  アンジェラはため息をつく。
「しょうがないなぁ…。はちみつドリンクあげるわよ…」
「本当かっ!?」
  がばっと身を起こし、期待に満ちた瞳でアンジェラを見つめる。
  ドキン。
  アンジェラの心臓がひときわ高く跳ね上がった。
  …ま、いいかな……。
  機嫌良さげにドリンクを飲むデュランを見ながら、アンジェラはそう思った。
「はぁーあ…」
  幸せのため息をついて、デュランは草むらに寝っ転がった。
「ちょっと、寝ないでよ?」
「そんときゃ起こしてくれよ……」
  大の字に寝っ転がって、のんきそうに目をつぶっている。
「デュラン?  デュランてば!」
  寝るなっつったのに………。彼はすでに寝息をたてていた。アンジェラはあきれて、ハッと短
く息をついた。
  ふと、デュランの寝顔を見てみる。
  ………………。
  アンジェラはそっとデュランに近づいた。月明かりに照らされた無邪気な寝顔は、年下なんだ
なと意識させられる。アンジェラはクスッとほほ笑んだ。
  無防備だなぁ…。襲われたって、知らないから…。


「寝るなって言ったのにさ!」
「だからって、魔法ぶっ放すなよ!」
「そうでもしなきゃ、あんた起きやしないじゃないの」
  なにやら軽く口げんかしながら戻ってきた。火の様子を見ながら、ホークアイは彼らに顔を向
ける。
「おまえら遅かったなー」
「デュランのヤツ、来るなり寝ちゃうのよ!?」
「うっるせぇなぁ…」
  それで遅かったのか…。理由がわかったホークアイは今までの想像を打ち消して、薪を入れた。
「デュラン、寝たなら体力回復したろ?  薪拾ってきてくれよ。足りなそうなんだ」
「……なんで俺が…、……チッ…わかったよ!」
  ブツブツ文句たれていたが、また、森の奥へと消えた。
  アンジェラの方はみんなの所に戻ってきて、腰を下ろす。すると、隣のケヴィンがくんくんと
鼻を動かした。
「?  アンジェラ、おまえ、はちみつドリンク飲んだか?」
「え!?  の、飲んでないよ!」
「……そっか……」
  ケヴィンは首をかしげていたが、やがて、もう気にも止めなくなったようだ。
  パチッパチチ…。
  炎がわずかにはぜながら、アンジェラの顔を真っ赤に照らし出していた。
                                                                               END


                                        1998.8.14  FRIDAY   Ryouri-Ichiban