ガンッッ!
  ホークアイはいきなり誰かに脳天を殴られた。
「……テッテー…」
  目を開けると、誰かの足が見える。
「…ケーヴィーンー…」
  朝っぱらからケヴィンのかかと落としを食らい、ホークアイの機嫌はすこぶる悪かった。
「……?……」
  不機嫌そうな目付きで辺りを見回す。
  チュンチュン…チチ…。
  外から、平和そうなスズメの鳴き声が聞こえる。天窓から朝日が差し込み、お世辞にもキレイ
と言えない、せまい場所で、みんなそれぞれに寝っ転がっていた。
「……あ、そっか……」
  こんなヘンなトコで寝ている事情を思い出して、肩を落としてため息をついた。ここは屋根裏
部屋で、臨時の住み込みバイトさせられているコトなど思い出す。
  借金を返すどころか、増やしてどーすんだよなぁ…。
  愚痴りたくなる寸前でこらえて、アンジェラたちを見た。
  この様子なら、彼女らぬきでやった方が良いんじゃないかとまで思える。実際、しっかり仕事
してたのなんて、男たちがほとんどなのである。
「おきて下さーい!  時間でーす!」
  下働きの女の子の声が下から聞こえる。
「……ふぁーい!」
  とりあえず返事すると、ホークアイは面倒くさそうにシャツの中に手を突っ込んで、ぼりぼり
とかいた。


「んもう…。こんなに朝早く…」
「愚痴らねー愚痴らねー!」
  アンジェラにクギをさし、ホークアイは床にモップをかける。
「ああ、ダメですよ!  台布巾はきちんと絞らなきゃ。テーブルがビチョビチョじゃないですか」
「え……」
「ちゃんとギュッと絞って下さい。こんなテーブルじゃ怒られちゃいます」
  下働きの娘が、アンジェラの使っていた台布巾を絞る。絞るごとに水がしたたり、バケツに落
ちる。
「ほら、まだこんなに水が残ってます」
「………………」
「はい!」
  ギュウギュウに絞られた台布巾を手渡され、アンジェラは仕方無さそうにそれを受けとった。
そして、ため息をついてテーブルをふきはじめた。
「いやー。あんたら力持ちだね。随分助かるよ」
「そうかぁ?」
  褒められて、ちょっと照れているケヴィンを尻目に、デュランとリースは黙々と仕事をこなし
ていた。
  確かに、力仕事なら彼らの十八番であろう。
  重くて、持ち運びに時間がかかるものを次々と手早く運んでいく。
「んーとぉ、羊しゃんが一匹、羊しゃんが二匹、羊しゃんが三匹…」
  これから眠ろうとしているのではない。羊肉の数を数えているのだ。
  シャルロットがとろとろと数えている中、デュラン達は次々と調達された食料品を運んでいた。
「ご苦労さん!  少し休んでくれ。まだあるから」
「はい…」
  肉体的な疲労より、精神的な疲労の方が大きいような気がする。リースは憂鬱そうな顔でうな
ずいた。
「ふぅ…。…やれやれ……」
  比較的平気そうなデュランとケヴィン。
「……デュランは平気なんですか……?」
「何がさ?」
  肩をこきこき鳴らし、デュランはリースを見る。
「……この仕事の事です…その、なんていうか……」
「ああ、人に使われるって事?」 
「…………まぁ、そういう事ですけど……」
  ズバリと言われて、リースは戸惑いの表情を見せた。
「けっこう平気だな。仕事って、普通、人に使われるモンじゃないか?」
「………………」
  そう言われてしまうと、リースは何も言えない。
「まー、リースたちにゃ慣れない事だろうけど。割り切るしかねぇよ」
  言って、デュランは用意されたコップの水を飲み干した。


「いらっしゃいませー」
  営業スマイルを浮かべ、ホークアイは客を迎える。彼の美形ぶりに、見取られる少女もちらほ
らと。
「どうしたの?  あの新人。見ない顔だけど」
  昨夜いなくて事情を知らない店員は、不思議そうな顔してホークアイを目でさす。
「飯代が足りなかったんでな。ただ働きしてもらってるのさ」
「へー。それにしちゃ随分良い感じじゃない」
「そうだな。本格的に雇っても良いよな」
  そんな店員たちのやりとりを聞きながら、デュランは目の前の野菜をきざんでいた。
  今は昼間の書入時。余計な事を考えるヒマはなかった。ただひたすら目の前の野菜を切りきざ
む。それがデュランの仕事だった。
  リースも隣でひたすらデュランとは違う野菜を切っていた。
「イタッ!」
  リースも何度か野菜ではなく指を切ってしまっていた。
  もう慣れているのだろう。その声が聞こえると、ほぼ自動的に回復魔法を唱え、デュランはリ
ースの指先にその光りをあてる。
「あ、すみません…」
「いいよ」
  そう言って、デュランはまたただひたすら野菜を切り続けた。
「…………………」
  そんな光景をつまらなそうに見ているアンジェラ。彼女の目の前には洗わなければならない食
器が山と積まれていた。
  彼女には食器を洗う役がまわってきたのだ。目の前の流しにはそれらが散乱している。
「はいこれつぎ!」
  半分投げ込まれるようなかたちで、どさっと使用済みの食器がアンジェラの前の流しにやって
くる。
  どうして私がこんなこと……。
  何度そう思った事か。
  泡だらけのスポンジでナイフを洗う。
  あー、きったなぁい…。油や食べかすがこびりついているお皿。クリームべったりのスプーン。
触るのもイヤだが、洗わなければならない。
「遅いわよ!?  早くして!」
  ヒステリックな声にどやされて、アンジェラは目の前の皿をのたのたと洗った。


「ご苦労様。休んで下さい。まだ何も食べてないでしょ?」
  下働きの娘はそう言って、作り残りの食事をそこのテーブルに並べた。
「え…?  いいの?」
「ええ。休んでもらわないと、働けるものも、働けないですから」
  確かにそうだ。
  デュランはリースと顔を見合わせると、そこのテーブルについた。
「アンジェラさんたちも休んで下さい」
「あ、うん…」
  言われて、アンジェラは振り返った。ちょうど、向こうからホークアイもやってきた。
「はーあー!」
  大きくため息をついて、ホークアイはどっかと椅子に腰下ろした。眉間に深いシワを寄せ、か
なり疲れているようだ。
「どうだ?  ウェイターの仕事は?」
「いやいや、やっぱり疲れますよ」
  店の人に話しかけられると、コロッと態度を変えて、にこにこと愛想笑いを浮かべる。
  しかし、こちらに顔が向き直ると、すぐに疲れた表情に戻った。
「…おまえ…、どこでもやってけるヤツなんだな…」
「あ?  まーな。おい、そこの水とってくれ」
「ああ…」
  渡された水を一気に飲み干し、ホークアイはやっとホッとした表情を見せた。
「はぁーあ…。今日一日のガマン、だな……」
「そだな……」
  デュランも小さくうなずいた。
「そういや、ケヴィンとシャルロットは?」
「さあ…。ケヴィンは荷物運びでもやってんじゃねーの?  シャルロットは知らねぇ」
「あぁ、シャルロットは倉庫で食料品の数を数えてますよ」
「そっか…」
  とりあえず、どちらも、あまり不似合いな仕事はさせられていないようで、ホークアイは内心
ホッとした。ケヴィンに力仕事以外はどれも不向きなのはわかりきっていたし…。
「あーあ…。なんで私がこんなコトに……」
  フォークでスパゲティーをぐるぐるまきながら、アンジェラが愚痴った。
「それ言うなよ。んーな事考えてたら、やってらんねーぞ」
  第一の原因がアンジェラにあるように思えてならないホークアイだが、口に出すまでにはしな
かった。
「今日一日のガマン!  ですよ。そう思うしかないですよ…」
  リースは疲れたようにアンジェラを励ました。
「そうよねぇ…。はぁ…」
  でもやっぱり、ため息はでてくる。


「はい、この仕事で最後ですよ」
  下働きの娘はそう言って、ぞうきんとバケツをデュランたちに差し出した。
「最後の最後までこき使われるのね…」
  聞こえないように愚痴り、ホークアイはそれを受け取った。
  もう閉店時間。最後の掃除の仕事だけが残され、それが彼らにまわってきたのだ。
  慣れない事ばかりで、みんなくたくたであったが、なんとか掃除も終わった。
「終わりました…」
  掃除道具も片付けて、ホークアイはそう、店長に報告した。
「おう、ご苦労だったな。もう帰って良いぞ」
「……………………」
  借金額の倍は働いたような気がするが、店長にとってはそうではなかったらしい。
「あ、そうだ」
「はい?」
「これ、持ってけや」
「あ、どうも…」
  と、渡されたのは紙袋いっぱいのジャガイモ。現物支給……!
  怒りを通りこし、なんだか泣きたい気分になってきたが、とりあえず小さく頭を下げると、こ
の店を後にした。
  ホークアイはジャガイモを持つ気力さえもなく、ケヴィンに手渡した。彼は物珍しげに紙袋の
中のジャガイモをのぞき込んだ。
「はぁ……」
「これから、どうする?」
「どうするったってなぁ…。ジャガイモはあっても、持ち金はないも同然だし…」
  つまり、宿屋に止まるお金もないという事である。
「どっかの馬小屋でも借りるかぁ?」
「ウッソォー!」
  アンジェラは真っ先に不満の声をあげた。
「んなこと言ったって、金ねーんだもん。タダで寝泊まりさせてくれるトコっつったら、そこら
へんしかねぇぞ?」
「なによ、一言目には金がない、金がないって!」
「しゃあねだろ!?  本当の事なんだから!」
  疲れてイライラしてるんだろう。珍しくホークアイとアンジェラがギャアギャア口げんかを始
めた。
「だからって怒鳴らないでよ!  お金がないくらいなによ!」
  一瞬、ホークアイのどこかが切れかけた。
「あのなぁ!  金がなきゃ宿屋にも泊まれねーし、何も買えねーんだ!  何にもできねぇんだ
よ!  わかってんのか!?」
「もうやめてくれよ、ホークアイ。どんどんみじめな気分になってくるじゃねぇか…」
  情けなさそーな声のデュランに言われて、ホークアイは口をつぐんだ。
「…とりあえず、夜露をふせげそーな場所、探そうぜ。俺ぁ、どこだって良いからよ」
「オイラもどこでも良いぞ」
「…シャルロットは、ちょっとイヤでち……」
  ちょっと愚痴ったシャルロットにムッときたか、ホークアイは彼女の鼻先に指をつきつけた。
「俺らは何にも言える立場じゃないの!  何にも要求できる立場じゃないの!  わかる!?」
  デュランの手がホークアイの肩に乗る。振り向くホークアイに彼は首を振って見せた。ホーク
アイは深いため息をついた。カリカリしている自分が嫌になってくる…。
  それから、ホークアイとデュランはタダで提供してくれる場所を探しはじめた。
  そして、何とかお願いして泊めてもらった小さな馬小屋。臭いし、汚いし、ワラの寝心地は最
悪ときている。しかも、隣でウマが物珍しげにこちらを見ているのである。
「もー、しーんじらーんなーい!」
  泣きたい気分なのはアンジェラだけではないようだが。
「うるせぇよ…、とっとと寝てくれよ…」
  デュランの方は疲れの方が勝っているらしく、もう寝にかかっている。
「なぁなぁ、このウマ、ごんたって言うんだって!」
「あーそー、良かったなー」
  ケヴィンに付き合う気力は残っておらず、ホークアイも寝に入っている。
「あんたら、ホンっトにこんな場所で眠れるの?」
  ぐるっとここを見回して、そう言うアンジェラに、パーティは寝て答えた。リースと彼女以外、
みんな寝息をたてて寝てしまったのだ。みんな(とは言いきれないが)疲れがたまっていたのだ
ろう。
「うそ…。しんっじらんない…」
「みんな、すごく疲れてるんですよ…。…とりあえず、横になりましょう…ね?」
  リースも、とても眠れそうではなかったが、そう言ってアンジェラをうながした。
  昨日よりはるかに寝心地の悪い場所で、王女二人はほとんどよく眠れなかった。



                              続く→