「1203ルクになります」
  チーンとレジの音がする。それを聞いて、ホークアイは苦い顔になった。
「むぅ…」
  ホークアイは眉間にシワ寄せて、自分の財布の中身とにらめっこをした。
「おい、あと940ルク持ってねぇか?」
  くるっと振り返って、後ろにいる仲間に問いかける。
「足りねぇのか?」
「パーティの財源がな…。それに、俺の個人のもはっきし言ってカラに近い」
  中身の少ない財布を開けて見せる。
「でも、武具買っちまったからな。俺もあんまし手持ちねぇぞ」
「私もです…」
「なに、お金足りないの?」
「シャルロット、まんまるドロップ4つ買えるくらいしかないでちよ」
「オイラはぱっくんチョコが1コ買えるくらいかなぁ…」
「…………………」
  ホークアイは仲間の声を聞いて絶句した。
「…と、ともかく、みんな、カウンターに出してみてくれねぇか?」
  店員はカウンターに並べられた小銭を指で数えている。ホークアイは緊張した目付きでそれを
見ている。
「ひぃふぅみぃよ………。全部で705ルクしかないですね」
  パーティの面々(一人のぞく)に、雷が落ちた。


「ったくもぉ!  財布の中身くらい把握しといてくれよ!」
  仕入れものの大きな箱を抱えながら、デュランが皿洗いをしているホークアイに愚痴った。
「だってぇ〜、もっと安い店になると思ってたんだよぉ〜」
  ここに入るのにちょっとモメたのだ。アンジェラ、シャルロット、ついでに言うとリースも、
育ちの良い女性陣は、今日は少しくらい良いものを食べさせてと言い張った。
  最近、大きな出費が続いているもので、とにかく安さを追求したものばかり食べていた。それ
なものだから、ちょっと良いファミレスでちゃんとしたものを、と言うのが女性陣の言い分だ。
  ホークアイは金銭面の事を考えて、やめてくれと言ったのだが、金銭感覚の欠如とも言える面々
に説得は徒労に終わり、彼女たちは強引に店の中に。まぁ、なんとかなるだろうという自分の感
覚も甘かった。
「これ、ここに置くのか?」
「ああ、それはそっちの倉庫に置いてくれ」
「おう」
  ケヴィンは店の人に言われて、頭のない丸まる一頭の牛を抱え、倉庫に入っていった。
「ホラ、な?  ケヴィン見習えよ。文句も不平も愚痴も言わねぇで頑張ってるじゃねぇか!」
「話をそらすなっ!  ったくぅ、ケヴィンと一緒にするなよなぁ。あーあ…、なっさけねぇよな
ぁ…」
  確かに、金が足りず働かされるというのは、はなはだ情けない事である。
  ガシャーンッ!
「キャーッ!」
  アンジェラの悲鳴と皿の割れる音が向こうの方からする。
「……あんたんとこのあの女。顔は良いけど、やることなすこと、失敗ばっかだなぁ」
「も、申し訳ありません…。働いた経験がないヤツでして…」
  店長にイヤミを言われ、ホークアイは卑屈な笑顔で応じた。
「この分じゃ、借金上乗せだな」
  ホークアイの卑屈な笑顔が凍りついた。


「もういい!  あんたは他の仕事をしてくれ!」
  外見的には接客業に向いているのだが、内面的にはまったく向いていないアンジェラ。とうと
う悲鳴に近い声でそう怒鳴られた。
「なによ。あんなに怒鳴る事ないのに」
  プンむくれたアンジェラを引きつった顔で見るホークアイ。彼女一人のおかげで借金額が倍増
してしまったのだ。
「キャアア!  なにするんですか!?」
  ドガッ!
「うぎゃあっ!」
  さらに追い打ちをかけるように、あちらの方でリースの悲鳴と誰かを殴る激しい音。そして、
その誰かの悲鳴が……。
「まったく!  せっかくのお客様になんてことしてくれるんだっ!?」
「で、でも…」
「でもも何も、客商売なんだから!  あのお客様はお得意様なんだよ!?」
「………………」
  納得いかない顔で、リースは黙り込んだ。
  臨時ウェイトレスで、なんとかやっていたリースであるが、酔ったお客の一人にお尻を触られ、
例のあの力で殴り飛ばしてしまったのだ。
  しかも、相手は常連の金持ち客ときている。店長がヒステリックになるのもわからなくはない。
  幸い、ちょうどすぐ近くにいたデュランが回復魔法をかけたので、そこは慰謝料を払うという
かたちで、なんとか丸くおさめたのではあるが…。
「借金、上乗せだからな!」
  ああああああああぁぁぁぁぁぁ………。
  内心、大泣きしながら、ホークアイは頭を抱えた。これじゃ、自分たちが稼いでもすべてがま
っったく無駄になってしまったのだ。
  シャルロットは、店の方もあまり労働力はアテにしていないらしく、たいした仕事を課せられ
ず問題はなかった。デュラン、ケヴィンは力仕事くらいなら難無くこなしてくれる。ホークアイ
は、大抵の仕事をこなせる自信はあったし、ちゃんとこなしていた。
  だが…………………。
「あの、じゃあ、彼女には力仕事にしてくれませんか…?  それなら、大丈夫だと思うんですけ
ど…」
  いつもより相当腰が低くなっているホークアイが、やんわりと話しを持ちかける。
「力仕事?  この娘にか?」
「ええ。こう見えても彼女、かなり力持ちなんです。並の男よりは力、ありますよ。本当に」
  確かに、あの客を殴り飛ばした力は相当なものだった。
  店長はちょっと考えて、それからうなずいた。


「イタッ!  イッター…。ねえ、シャルロットお願い」
「またでちかぁ?  アンジェラしゃん、ようけ指切りまちね。指じゃなくて、野菜を切るんでち
よ?」
「わかってるわよっ!」
  シャルロットは何度目かの回復呪文を唱える。
「あーあ…。ジャガイモなんて切った事ないわよ!」
  正確にはジャガイモのかわ剥きである。
「あ、そこ芽が残ってまちよ。芽は毒だって、言ってたでちよ」
  目ざとく、シャルロットがアンジェラのジャガイモを指さす。
「うるっさいわねっ!  そんなコト言うならあんたがやってみなさいよ!」
  グイッとナイフとジャガイモを突き出されて、シャルロットはたじろいだ。
「ダ、ダメでちよぉ…。シャルロットには、この泥つきおジャガを洗うとゆー、大切な使命があ
るんでちから…」
  そう言って、シャルロットは洗い途中のジャガイモを見せる。
  外見がチビっちゃいから、こんなしごく簡単な仕事がまわってきたんである。
「はぁーあ…」
  ウェイトレスもダメ、野菜むきもダメ、力仕事もダメ。ため息だってでてくる。
「んもう、魔法でなんとかならないかしら?」
「無理でちね」
  ボソッと余計な事をつぶやくシャルロットをにらみつけ、アンジェラはため息ついてジャガイ
モをまた手に取った。
「すすんでるか?」
  自分の仕事が終わったのだろう。デュランが、アンジェラ達の仕事をのぞき込みにやってきた。
「じぇんじぇんでちよ」
  泥で汚れた手をひろげ、肩をすくめてみせるシャルロット。
「ん?  なんだよ、おめぇそのジャガイモは」
  アンジェラが時間をかけてむいたジャガイモは、本来の姿よりかなり小さくなっていた。
「ノルマあるんでちけど、も、じぇんじぇんダメって感じでち」
  シャルロットは大袈裟に手を広げ首をふった。
  青筋はいった顔でシャルロットを激しく睨みつけるアンジェラだが、シャルロットもなかなか
したたかで、どこ吹く風の顔だ。
「なによなによ!  これでも頑張ってやってんのよ!」
「それでか?」
  ぐさっ!
  アンジェラの胸に突き刺さる冷たい言葉。
「じゃ、あんたやってみなさいよ!」
  半泣き状態で、ジャガイモとナイフをデュランに突き付ける。
「良いよ」
「え?」
  事もなげに言って、デュランは慣れた手つきで、ジャガイモの皮をむきはじめた。
  アンジェラよりも早く、キレイで、スピードも早い。
「ほえー……。デュランしゃん、皮むくの得意なんでちか?」
  口を開けて、デュランの手つきに見入るシャルロット。彼が料理してるトコを見るのは初めて
ではなかったのだが、今までいい加減にしか見てなかったし、さっきまでアンジェラの手つきを
見ていたので、まるで神業のように見えてしまう。それくらい、差が激しかったのだ。
「別に、得意ってワケじゃねぇけど。家の手伝いしてるうちに、な…。傭兵の仕事する前は、け
っこうやってたし。ホレ、次ぎ」
「あ、はい…」
  差し出された手に、シャルロットは洗ったジャガイモを乗せる。
「ノルマ、あとどんくらい?」
「え、えーと、これ全部でち」
  シャルロットはタライの中のジャガイモを指さす。
「そっか…。なら、俺がやっとくからよ。おまえはリースんトコ手伝ってこいよ」
「あ、うん…」
  それから、デュランは黙々とジャガイモの皮むきを始めた。
「しかし、違うもんでちねぇ。デュランしゃんのむいた皮と、アンジェラしゃんのむいた皮。皮
の大きさや厚さが思いっきし違うでち」  二人のむいた皮をつまんでシャルロットが見比べる。
「うるっさいわね!」
「ひちゃちゃちゃちゃちゃっ!  やめてくらしゃい!」
  アンジェラはシャルロットの両ほっぺを思い切りつまんだ。
「遊んでねぇで、早く行けよ。あっち、人手が欲しいんだから」
「わ、わかったわよっ!」
  デュランの背中にアカンベをすると、プンすかして、リースの所へと向かった。


「何のために働いてんだよ…。借金増やしちまって…。…また明日も働いてもらうぞ」
「はぁ…」
  店長の愚痴に、疲れた返事で返すホークアイ。
「屋根裏部屋を用意したから、そこで寝ろ。毛布くらいは貸してやる」
「はい…」


「なによ、ここ、ほっこりくっさーっ!」
  鼻をつまんで、アンジェラがばさばさとはたく。
「しょうがねぇよ…。日雇いバイトなんて、こんなもんだよ…」
  疲れた様子で、ホークアイは毛布を広げた。
「ちょっと…、ここで寝るって言うの!?」
「じゃ、どこで寝るんだ?」
「…………………」
「とりあえず、寝る場所だけでも掃除しましょうよ」
「……んだな…」
  それから、なんとか寝る場所分ホコリをはくと、みんなつぎつぎと眠ってしまった。なにしろ、
精神的な疲労が大きかったのだ。
  みんなが寝息をたてて眠ってるなか、アンジェラはぼんやりと、天窓から覗く月を眺めていた。
(……料理のできない女って、そんなにダメかなぁ……)
  今まで、そんなに気にしてはこなかったが、デュランにああも差を見せつけられてショックだ
った。
  そりゃあ、確かに今までやった事のない人間と、やっていた人間を比べるというのは意味のな
い事だ。
  デュランの好みの女というものがどういうのかわからないけれど、料理ができないよりは、で
きる方が良いのではないかと思う。なにしろ、一般的に料理のできる女性が好まれるというのは
アンジェラだって知っている。
「ふぅ…」
  ため息をついて、すぐ近くのデュランを見る。投げ出した彼の立派な腕を枕にして、シャルロ
ットが寝ている。
  ム…。
  小さなジェラシーを感じ、アンジェラはシャルロットの頭から、デュランの腕を強引に外した。
  ゴン。
  枕がなくなり、シャルロットは軽く床に頭をぶつけた。
「ぐ…」
  一瞬、寝息が止まったシャルロットだが、またすぐに寝息をたてはじめた。
  ふっと息をついて、アンジェラはまた月を眺めた。
  みんなが寝てしまったなか、一人だけ眠れないというのは、さみしいものである。
  寝ようと目をつぶってみるのだが、なんだか、逆に目が冴えてきているような気がしてしょう
がない。
  そっとデュランの方に近寄ってみる。
  彼の大きな背中が月明かりに照らし出される。
(へへ……)
  内心ちょっと笑って、アンジェラは目を閉じた。




                                                            続く→